目が覚めた瞬間、指先がまだ震えていることに気づいた。
昨日の疲労が、一晩の睡眠では抜けきっていない。天井を見上げたまま、僕はしばらく動けずにいた。夢の中でも、あの黒い機影の群れが視界の端をちらついていた気がする。
「……起きるか」
声に出して自分に言い聞かせ、体を起こす。関節の一つ一つが軋むような感覚があった。昨日までは気づかなかった疲労の澱が、体の芯に溜まっている。
兵舎清掃、朝食。今日のミリ飯はいつもより喉を通りにくかった。
「顔色悪いな、坊主」
オルテガが向かいの席に座りながら、こちらを一瞥する。愛想のない言い方だが、目つきには昨日の演習を気にかけている様子が滲んでいた。
「……大丈夫です」
「大丈夫かどうかは軍医が決める。今日は体調チェック、念入りにやってもらえ」
言われるまでもなく、朝の体調チェックで血圧を測った軍医は眉をひそめた。
「疲労の抜けが悪いな。無理はするなよ」
それだけ言って、特に飛行制限はかけられなかった。今日は金曜日――極限演習日だ。夕方から夜間にかけて、センサーを一部遮断した状態での不意打ち対処訓練が組まれている。昨日のような集団戦の負荷はないはずだが、それでも気は抜けない。
午前は座学と軽い機体馴致飛行に留められた。シーマが意図的にメニューを調整したのだろうと、僕はなんとなく察していた。
「らしくないな、お前が大人しくしてるの」
昼食の席で、グレンがからかうように肩をぶつけてくる。
「昨日の演習、すぐ隣で見てたぞ。誤魔化しようがないくらいな」
グレンはそう言って、いつもの飄々とした表情を少しだけ崩した。
「お前、途中から明らかに様子違ってた。レナとダンも夕食で騒いでたぞ、あいつらガイア小隊側で直接やられた側だからな。C型のくせに隊長格振り回してたって」
昨日の夕食の光景が頭をよぎる。あの時の自分がどう見えていたのか、当人の僕にはよくわからない。ただ、体の奥に残る震えと、視界が異様に狭く鋭くなっていた感覚だけは覚えている。
「正直、自分でもよくわからないんです。気づいたら周りの音が遠くなってて……」
「音が、遠くなる?」
グレンが身を乗り出す。からかう色は消え、純粋な興味がその目に浮かんでいた。
「はい。グレンさんの呼びかけも、最後の方はほとんど聞こえてなくて……その代わり、目の前の機影だけが、やけにはっきり見えるというか。動きが全部、先に分かるような感覚でした」
言葉にしながら、自分でもうまく説明できている気がしなかった。だが、グレンは腕を組み、しばらく考え込んでから、ぽつりと呟いた。
「それ、スポーツ選手とかがよく言う『ゾーン』ってやつじゃないか?」
「ゾーン?」
「格闘技とか、球技とかでもあるだろ。周りの音が消えて、相手の動きがスローモーションみたいに見えるってやつ。極限まで集中が研ぎ澄まされた時に、たまに入るらしいぞ」
その一言で、昨日から輪郭の摑めなかった感覚に、初めて名前がついた気がした。
「ゾーン、か……」
「まあ、俺も聞きかじりだけどな。でも、しっくりくるだろ」
グレンは笑って、それ以上は追及しなかった。ただ最後に、少しだけ真面目な声で付け加えた。
「ただな、坊や。それが制御できないもんなら、危ういぞ。解けた瞬間に何もできなくなるようじゃ、実戦じゃ死ぬ」
昨日、シーマから言われたのと同じことだった。仲間からも同じ言葉が返ってくることに、僕は妙な緊張を覚えた。
それでも、昼食後の座学が終わり、夕刻の演習まで小さな空き時間ができると、僕は自然と足をシミュレーター室へ向けていた。
昨日のあの感覚を、もう一度確かめたかった。
制御できないと言われれば言われるほど、あの瞬間に見えていた景色――音が消え、視界の中で機影だけが異様なほど鮮明になった、あの一瞬を手放したくない気持ちが強くなる。忘れないうちに、輪郭だけでもなぞっておきたかった。
「お、奇遇だな」
シミュレーター室の扉を開けると、先に来ていたグレンと目が合った。悪びれる様子もなく、コンソールの前の椅子にもたれている。
「僕も、少し」
「わかってるよ、顔に書いてある。昨日のアレ、もう一回摑みたいんだろ」
図星だった。答えられずにいると、グレンは肩をすくめて隣の席を軽く叩いた。
「付き合ってやるよ。ただし、無理すんなよ」
操縦桿を握った瞬間、腕の重さに驚いた。筋肉が昨日の消耗をまだ引きずっている。反応も精彩を欠いていて、いつもなら難なく躱せる初動の誘導に、二度も引っかかった。
「――遅い」
グレンの声が飛ぶ。模擬弾のロックオン音が短く鳴る。悔しさより先に、体が言うことを聞かない苛立ちが込み上げた。
それでも僕は操縦桿を握り直した。もう一戦、もう一戦、と繰り返す。だが、何度やっても昨日のあの静けさは訪れなかった。音が消えるあの感覚も、視界が鋭くなるあの一瞬も、欠片さえ見つからない。ただの疲れた自分が、いつもより下手な動きを繰り返しているだけだった。
「……おかしいな」
思わず声が漏れた。
「何が」
「昨日の感覚、全く……掴めなくて」
グレンは少し考えるように黙ってから、コンソールの画面に目をやった。
「まあ、こいつはあくまでシミュレーターだからな。実機の重さも、外の景色も、命のかかり具合も、本物とは違う。もしかしたら、この箱の中じゃそもそも起きないもんなのかもな」
「……そうかもしれません」
五戦目、結局一度も昨日の気配には触れられないまま、グレンが操縦桿から手を離させるように言った。
「今日はそのくらいにしとけ。これ以上やっても、体が悲鳴あげるだけだ」
「……はい」
「焦る気持ちはわかるけどな、こういうのは狙って出せるもんじゃないんだろうよ。次に実機に乗った時、また会えるかもな」
珍しく諭すような口調だった。僕は素直に頷いて、椅子から立ち上がる。腕にはまだ鈍い痺れが残っていたし、求めていたものには結局手が届かなかった。それでも、あの感覚が幻ではなかったことだけは、この空振りではっきりした気がした。
夕刻、演習が始まった。
今日のメニューは、コロニー内の疑似夜間環境――照明を落とした暗礁地帯の一角を模した空域での、単機ごとの不意打ち対処訓練だった。センサーの一部を意図的に遮断され、視覚と勘だけを頼りに接近する模擬敵(教導班の一機)をかわし、反撃の糸口を見つける。
水曜日の通信訓練で叩き込まれた発光信号のリズムが、暗闇の中でかすかな道標になる。だが今日の僕は、いつもよりも反応が半拍遅れていた。
「――右だ、右!」
インカムの向こうでオルテガの声が飛ぶ。頭では分かっていた。分かっていたのに、腕がその通りに動かなかった。模擬弾のロックオン音が、機体のコンソールで無機質に鳴った。判定は「被弾」。
「もう一度だ、体勢立て直せ」
二度目。今度は左側面からの奇襲を、いつもなら余裕を持って躱せる角度のはずだった。だが機体の反応が、自分の意志より一拍遅れて追いついてくる。避けきれず、装甲の端をかすめる形で再び被弾判定。
「――何やってる」
オルテガの声が、初めて低くなった。
「昨日と同じ動きをなぞるだけならまだいい。だが今のはなぞることすらできてない。目は開いてるのか」
「……すみません」
「謝罪はいい、直せ。三度目、行くぞ」
三度目の接敵。僕は歯を食いしばって操縦桿を握り直した。今度こそ、と思う端から、暗闇の中の機影が二重にぶれて見えた。疲労のせいなのか、意識の集中が乱れているせいなのか、自分でも判別がつかない。判断が半瞬遅れ、回避動作の軌道が浅い。かすった装甲の警告音が、また鳴った。
「三連続被弾。お前らしくないな、坊主」
インカム越しの声は、もう叱責というより呆れに近かった。
「四度目、行きます」
「いや、もういい。ここで打ち切る」
オルテガの声に、僕は思わず息を呑んだ。切り上げられるということは、それだけ今日の出来が悪いということだ。悔しさと情けなさが、腹の底で混ざり合う。
夜間演習にしては、あっさりと、そして最悪の形で決着がついた。
整備エリアに機体を降ろした後、オルテガが歩み寄ってくる。今度こそ本格的な叱責が来る――僕はそう身構えた。だが、聞こえてきた声は、意外にも穏やかだった。
「今日は無理に修正しなくていい。昨日の消耗が抜けてないのは見ればわかる」
「……でも、三回も被弾しました。いつもなら、あんな初歩的な誘導、引っかかりません」
「知ってる。だからこそ言ってるんだ」
オルテガは一拍置いて、僕の目を見た。
「卑下することじゃない。むしろ、限界まで出し切った証拠だ。無理に取り繕う方が、俺は心配だった」
その言い方が、叱られるよりもずっと堪えた。厳しく突き放されるほうが、まだ楽だったかもしれない。今の自分の不出来を丸ごと見透かされた上で、それでも気遣われている――そのことが、かえって自分の情けなさを際立たせる気がした。
「限界を知ることと、限界に甘えることは違う。明日からはまた上げていくぞ」
短い言葉だったが、突き放すようでいて、確かに気にかけてくれているのがわかった。だからこそ、悔しさは簡単には消えてくれなかった。
夕食後、僕はシーマに呼び出された。
小隊長用の狭い執務室、机の上には演習データのコンソールが開かれたままになっている。シーマは椅子に腰かけたまま、こちらを見もせずに切り出した。
「昨日の話、覚えてるか」
ゾーンのことだ、とすぐにわかった。
「あれは意志で制御できるもんじゃない。だから対策は一つしかない」
「体力……ですか」
「そう。解けた瞬間に指一本動かせなくなるようじゃ、実戦じゃそのまま蜂の巣にされて終わりだ」
シーマはようやくこちらを向いた。厳しい表情の中に、わずかな気遣いが滲んでいる。
「来週から訓練メニューに体力面の強化を組み込む。有酸素、筋力、それから……集中を解いた直後に即座に次の行動へ移る反射訓練もな」
「はい」
「言っておくが、これは罰じゃない。お前があの域に踏み込める才能を持ってるってことは、もう疑ってない。だからこそ、それを実戦で殺すような真似はさせたくない」
珍しく、言葉を惜しまない口調だった。僕は黙って頷いた。
「あと、もう一つ」
シーマは少し声のトーンを落とした。
「ダンが昨日の夕食後、思い詰めた顔をしてたらしいな。ガイアから聞いた」
「……はい。僕が、原因かもしれません」
「原因とか気にするな。ああいうのは勝手に燃える連中だ、お前が気に病むことじゃない。むしろ、切磋琢磨できる相手が増えたと思っておけ」
それだけ言うと、シーマは話を切り上げるように書類へ視線を戻した。
「今日はもう休め。明日は大点検日だ」
執務室を出ると、廊下の冷たい空気が火照った体に染み込んでいくようだった。
昨日の異様な集中と、今日の重い疲労。その両方を抱えたまま、僕は自分の中に何か新しいものが根を張り始めているのを感じていた。まだそれが何なのか、言葉にはできなかったけれど。
兵舎への帰路、グレンが待っていた。
「辛気臭い顔すんな。明日は大点検日だ、腹一杯食って寝ろ」
「……そうですね」
軽口を叩き合いながら歩く廊下の先で、僕はふと、シーマの言葉を反芻していた。
――限界を知ることと、限界に甘えることは違う。
まだ知らない自分の限界が、この先いくつも待っているのだろう。
翌朝、土曜日。
機体大点検日ということもあり、朝から兵舎は慌ただしかった。ザクは整備班に預けたまま、パイロットたちは兵舎の掃除と報告書の作成に追われる。
昼前、点呼のついでに小隊ごとの簡単な確認が行われた。シーマが名簿を片手に、パイロット一人一人へ短く声をかけていく。僕の番になったとき、彼女は名簿から目を離さないまま言った。
「昨日、執務室での受け答え、覚えてるか」
「はい」
「お前、まだ自分のことを『僕』って言ってるな」
指摘されて初めて、意識していなかった癖に気づいた。士官学校の頃からの言い回しが、まだ抜けきっていない。
「……はい、すみません」
「謝ることじゃない。ただな、この先お前は現場で部下を持つことも、他部隊と渡り合うことも出てくる。その時に『僕』のままじゃ、軽く見られる。舐められた指揮官の下では、部下は死ぬ」
シーマの声には、からかいの色はなかった。
「今日から『私』で通せ。癖は早いうちに直しておいた方がいい」
「……わかりました。私、これから気をつけます」
まだぎこちない言い回しに、シーマはわずかに口の端を上げた。
「上出来だ。すぐには馴染まないだろうが、そのうち板につく」
それだけ言うと、シーマは次のパイロットへと視線を移した。短いやり取りだったが、また一つ、自分の輪郭が変わっていくのを感じた。
「――私は、コンディション良好です」
次の相手はオルテガだった。昨晩の醜態を思い出しながら、それでも声に出してみる。オルテガは一瞬だけ眉を上げたが、何も言わずに名簿へ視線を落とした。
「体調チェック、異常なしだな。よし」
それだけだった。拍子抜けするくらい、あっさりと流された。むしろそのそっけなさが、今の自分にはありがたかった。
大点検日の午前は、機体整備班との合同作業に充てられていた。
パイロット自身が装甲の隙間や関節部の稼働域を一つ一つ確認し、整備班に異常箇所を報告する。地味な作業だが、シーマ小隊の担当整備士――口数の少ない年配の女性だった――によれば、これを疎かにするパイロットほど、実戦で機体に裏切られるのだという。
「昨日の消耗は機体にも出てるぞ」
整備士は僕のザクの右腕関節部を指でなぞりながら、淡々と言った。
「稼働域が微妙に狭くなってる。お前の反応が鈍ったのと関係あるかもな」
「機体のせい、なんでしょうか」
「半々だろうな。お前が無理な負荷をかけたぶん、機体も応えてくれた。でもその分、今日はガタが来てる。そういうもんだ」
人と機体は、思っていた以上に繋がっているのかもしれない。そんなことを考えながら、僕は指示されるままに工具を握った。
隣のブースでは、グレンが整備班と冗談を言い合いながら作業していた。反対側では、ダンが黙々と、しかしいつになく真剣な顔で機体をなぞっている。昨日の夕食での様子が、まだ尾を引いているようだった。
「よう、順調か」
休憩の合間、ダンの方から声をかけてきた。意外だった。今までは、向こうから話しかけてくることなどほとんどなかった。
「……順調とは言えないな。昨日、夜間演習でボロボロだった」
「聞いたよ。三連続被弾したって」
噂の広まる速さに、僕は苦笑いするしかなかった。
「でも、それを聞いて、ちょっと安心した」
ダンの言葉に、僕は思わず顔を上げた。
「安心?」
「お前でも、そういう日があるんだなって。……昨日の夕食の後、色々考えたんだ。お前に追いつくとか、置いていかれるとか、そんなことばっかり考えてた。でも、お前だって完璧じゃない」
ダンは工具を置き、少し照れくさそうに続けた。
「だから、勝手に張り合うんじゃなくて、普通に頑張ろうと思う。お前を目標にするのはいいけど、お前になろうとするのは違うんだよな、多分」
昨日の切迫した表情とは違う、どこか吹っ切れた顔だった。僕は何と返していいかわからず、ただ頷いた。
「……うん。私も、まだ全然できてないことばかりだ」
まだぎこちない「私」の響きに、自分でも少し笑いそうになる。ダンは特に気にする様子もなく、軽く手を上げて自分の持ち場に戻っていった。
昼食を挟んで、午後は座学の合間、シーマから個別に呼び出された。
「予告した通り、体力強化メニューを本格的に導入する。ただし――今回はお前だけだ」
「僕、いえ、私だけ、ですか」
「ああ。有酸素、筋力、それから集中を解いた直後に即座に動ける反射訓練。他の連中にはまだ課さない」
意外な言葉に、僕は思わず問い返した。
「どうして、私だけ……」
「お前が抱えてるものが、他の連中とは種類が違うからだ。ゾーンが解けた瞬間に指一本動かせなくなる――あれを起こしてるのは今のところお前だけだからな。負荷のかけ方も、当然お前だけ変わる」
スクリーンに表示されたメニュー表を見て、僕は思わず息を呑んだ。朝の駆け足に加えて、休憩時間の一部も体力トレーニングに充てられるらしい。他の同僚たちには回されない、僕一人だけの日課になる。
「ただ、負荷ばかり増やして潰すつもりもない。その分――」
シーマは一拍置いて、続けた。
「シミュレーターの自主練習、いつも同じ相手とばかりつるんでるだろう。グレンとか、カイとか」
「……はい」
「今度からは、普段組まない奴らとも当たってみろ。マッシュ小隊のフィンやリン、レナでもいい。視野を広げるのも、体力と同じくらい必要なことだ」
思いがけない提案だった。今まで自然と気の合う相手とばかり組んでいたことに、言われて初めて気づく。
「実戦は、演習みたいに都合よく終わってくれない。限界まで機体を振り回した後も、次の瞬間には別の敵が来る。そこで動けなければ、それまでだ」
シーマの声は、いつになく真剣だった。
「――というわけで、早速だが今日から始める。座学が終わり次第、訓練エリアに来い」
突然のことに、僕は一瞬言葉を失った。
「今日、からですか」
「善は急げだ。それとも、心の準備が必要か?」
からかうような口調に、僕は慌てて首を振った。
座学が終わると、僕はそのまま訓練エリアへ向かった。
メニュー表通り、まずは有酸素。無重力エリアの一角に設けられたランニングマシンのようなトレーニング器具で、負荷をかけながら一定時間走り続ける。次に筋力トレーニング、最後に反射訓練――目の前のライトがランダムに点灯し、それに応じて即座にボタンを押す、単純だが地味にきつい課題だった。
「今日はこれくらいにしとけ。明日からは毎日この調子だぞ」
立ち会っていた軍医の言葉に、僕は汗だくのまま頷くしかなかった。腕も脚も、機体を操縦する時とはまったく違う種類の疲労で震えていた。
トレーニングを終え、シャワーを浴びた後、まだ夕食まで少し時間があった。僕は迷った末、シミュレーター室へ足を向けた。シーマの言葉が頭に残っていたからだ。
――普段組まない奴らとも当たってみろ。
扉を開けると、先客がいた。マッシュ小隊のフィン・アッカーだった。口数の少ない、冷静な狙撃手気質の彼女とは、これまでほとんど話したことがない。
「……お前がここに来るのはいつものことだが、私とここで会うのは珍しいな」
フィンは驚いた様子もなく、淡々と言った。
「シーマ中佐から、いつも同じ相手とばかり組んでるって言われて」
「ふうん。じゃあ、付き合ってやろうか」
意外にもあっさりとした返事だった。
いざ組んでみると、フィンの戦い方は僕が今まで対戦してきた誰とも違った。カイのような一撃必殺の近接でも、グレンのような自由奔放な機動でもない。徹底して距離を取り、こちらの動きを見切ってから最小限の弾数で仕留めにくる、静かで無駄のない戦い方だった。
一戦目、僕は間合いを詰めることばかり考えて、あっさり狙撃判定を受けた。
「近づけば勝てると思ってるだろ。悪い癖だ」
フィンの指摘は短く、的確だった。二戦目、僕は接近のルートを工夫し、死角を突く形でなんとか距離を詰めることに成功したが、土壇場でわずかに反応され、僅差で仕留められた。
「初見にしちゃ、悪くない」
素っ気ない言葉だったが、フィンにしては珍しく、口の端がわずかに緩んでいた気がした。
「ありがとう、ございます」
「礼はいい。それより、次は当てるんだな」
短いやり取りだったが、いつもと違う視点からの気づきが確かにあった。距離を詰めることに慣れすぎて、詰め方そのものを疑っていなかった自分に、初めて気づかされた気がした。
夕方、兵舎に戻る道すがら、グレンが隣に並んできた。
「今日の私、様になってきたじゃん」
からかうような口調に、僕は思わず顔をしかめた。
「……まだ慣れません。舌が勝手に『僕』って動きそうになる」
「そのうち慣れるって。俺も士官学校出たての頃は苦労したもんだ」
グレンは珍しく、少しだけ過去の話を匂わせるように言った。だが、それ以上は続けず、話題を変えるように空を見上げる。
「明日は久々の休みだな。何すんの」
「特に予定は……。少し、体を休めようかと」
「真面目か。まあそれも大事だけどな」
軽口を交わしながら歩く廊下の先で、僕はふと、この二週間の出来事を振り返っていた。ゾーンという名前がついた感覚、三連続被弾の屈辱、優しさが堪えるという発見、そしてダンとの距離が少しだけ変わったこと。
まだ何一つ、完成していない。それでも、輪郭だけは少しずつ、確かに形になり始めていた。