目の前が暗い。完全な闇が包み込んでいる。そもそもここが夢の中なのか、現実なのかさえ分からない。
玄関でぶっ倒れたところで完全に記憶の糸が切れている。どうやら意識は戻ったらしいが、まだ金縛り状態は解除されていないようだ。指一本動かせず、頭も悪い魔法にかけられたように重い。
それに、自分の体が横たわっている状態だってことも感触を通して感じている。息苦しくないので、おそらく仰向けだろう。
寝ているということはやはり夢の世界なのだろうか。それとも、あのまま成仏してしまったのだろうか。
「まさかな……」
――そうだったら、後悔してもしきれない。
自分でツッコミをつぶやいてしまうぐらいには思考が戻ってきたのだろうか。
「…………」
まずは、状況把握からしなければならないだろう。
視界は全くあてにならないが、触覚は機能している。自分の腕に力を込めると痛みが起こったものの、少し持ち上がった。そのままゆっくりと、左右に動かす。大事なものを探すように、文字通り手さぐりで。
「あれ?」
自分のか細い声が出たのがわかった。腕を右に伸ばすと、なにかやわらかいものに五本の指が当たった。
ソファーやベッドとは違う柔らかさで、少し膨らんでいる。
これがなんなのか皆目見当もつかない。ただ、以前この感触を感じたことがあるような気がする。
軽く真上から手で押してみると、それも沈んだ。離すと、元の形に戻る。
さらに手を伸ばすと、同じようなふくらみがもう一個あるのを感じた。どうも、左右対称にあるものらしい。
なんどか触れたのち手を戻して、気を付けの姿勢に戻って考える。
「……だめだ」
視界が開けないのがもどかしい。
明かりがあればわかるのだろうか。いや、俺がもうこの世にいなければ、電気は意味をなさないか。
「ともかく明かりを……」
パチッ
「あれっ?」
俺が声に出した瞬間、白い光が煌々と照らされた。
なぜ俺がしゃべったとたんに? そもそもここは? この感触の正体は?
疑問はいろいろあるが、ともかく好都合だ。片づけられる疑問から手を付ける。
先ほどまで全くいうことを聞かなかった頭だったが、今は少し制御を戻せている。先ほどより大きな力を籠め、横を確認すると、
「はえ?」
またすっとんきょうな声を上げてしまった。
そこにあったのは、幼いながらに、端正な顔立ち。透き通るような緑の髪を横で束ねる黄色のリボン。閉じた瞳のうえで、長いまつげがはねている、俺の良く知っている人物。
「大妖精……」
意識していないのに言葉が漏れ出る。それほど、隣の正体に驚きを感じているのだろう。
こちらを向いて寝ている。その上には厚い毛布が掛けられている。なるほど、ここはベッドということか。
あれ、ちょっと待てよ? 隣にいたのが大妖精ということは、さっき俺がふれたのは大妖精というわけだ。ということは、あの感触は大妖精の体の一部で、大妖精の柔らかい部分といえば、それは大妖精の……
いったん落ち着け。心の中で大妖精を連呼しすぎだ。
冷静な自分がそう告げる。一回深呼吸すると、冷たい空気が頭を冷やした。
一回整理して考えよう。俺がさっき触ったのは間違いなく大妖精の体だ。
あのやわらかい部分は俺の手の位置にあった。つまり、それは上半身にあったということだ。
大妖精の上半身にある、左右対称で、柔らかいものといえば?
「……………………」
頭では正解がはじき出されたが、なぜだろう。「それは大妖精のほっぺだ!」と、声を大にしている自分がいる。
もともと火照っている身体が、さらに熱くなるのを感じる。今まで気にしてなかった心臓の鼓動が急に胸中で主張してきた。
以前一度だけ感じたことがあるこの感触。あれも弾幕ごっこ大会の時だっただろうか。
羞恥心のようなもの、といえばいいだろうか。にしても、なぜ大妖精の時だけこんなに強く……
「お目覚めかしら?」
感じてしまうのだろうか。――あれ? 今声がした?
「ちょっと、聞こえてる? もしかしてまだ聴覚が戻ってないのかしら」
「全然平気ですよ」
「『全然』の後には否定形で文を作らないといけないのよ~」
「日本語は日々変化していくもの……って、当然のごとく会話してますけど俺、まだあなたが誰か見えていないんですよ」
「じゃ、病人にこんなこと言うこの口を確かめたら?」
急に声がして驚いた。だがさっき明かりがついたということは、ここに誰かがいても何らおかしくはない。
実は声色でもう確信を得ていたのだが、顔を逆側に傾けると、
「何事も変わらないのが幻想郷の良さなのよ?」
赤と青のツートンカラーの服。大人びた体形。
月の頭脳こと、八意永琳が座っていた。
「あの……一応こんな話したくないほどボロボロなんですが。それにいろいろ聞きたいです」
「どこから話しましょうか。自分が玄関で気絶したのは覚えてる?」
「ええ、しっかりと」
「その後帰ってきた大妖精が見つけたらしくね……。私を頼ってきたよ」
「そうなんですか」
もし大妖精が永琳に知らせなければ、そのまま死んでいた可能性もあったのか。
「けれどあの子すごいわね……。パニックになってたのもあるかもしれないけれど、私のところまで1人で行こうとしたのよ?」
思わず息をのむ。永琳の居住場所といえば、
「迷いの竹林……」
「そうよ。躊躇なく突っ込んでいったわ。迷うかもしれないとか、いったんほかの人に知らせようとか考えてなかったみたい。とにかくあなたが心配だったのよ」
「それで!? 大丈夫だったんですか!?」
「落ち着いて。そんなに声を張るなんてレアな光景ね」
「俺が質問してるんです」
「今ここにいるってことは、平気だってことよ。特にケガもしてないわ」
「そうですか」
思わず声を荒げてしまったが、永琳の言葉を聞いて、力が抜ける。
「大妖精もラッキーだったわね。
「え……」
つまり永琳はこんな事態になることを……
「えっと……ありがとうございます」
「お礼なら慧音先生とか霖之助先生に行ったら~? 案外みんな、あなたのことを気にかけてるのよ」
「そうですね」
そうか、隠してたつもりだっだけれど、全部見透かされていたわけだ。
「まあ、そんな感じで時系列が進んだのよ。――ああそう、話は変わるけど……」
今まで微笑んでいた永琳の口角が上がり、小悪魔な笑みを浮かべている。これはもしかすると……
第五十三話でした。弾幕ごっこ大会といえば優斗を追い込む時期ですね~。
永琳先生初登場です! 「幻想高校の日々」では何回か出てきていて、保健室の先生をやっています。これから優斗と絡ませるのが楽しみですね。
では!