「う……痛……」
ガンガンと重い響きが脳内で鳴る。失われていた意識がほんの少し、戻ってくる。
本日2回目の起床は頭痛が目覚ましとなった。
右手で頭を抑えながらゆっくりと目を開けると、ほこりが光で反射しているのが見えた。どうやら朝を迎えたようだ。それを見てもう少し正気になる。
えっと、寝る前は何をしていたんだっけ? 玄関でぶっ倒れて、それから……永琳と話をしたような気がする。
あれが夢でないのなら、もう体は動くはずだ。
「ん……!」
腹筋に力を込めると、それに呼応するかのように上半身が動く。
ベッドの上で上半身だけ起こした、まさしく病人の姿勢になった。太陽の暖かな光が目に入りこみ、思わず目を細める。
あと永琳と何を話したか……確か俺が寝ぼけて大妖精の胸を、
「ああ……」
意識が一瞬で覚醒する。
そうだ……さんざんイジリ倒されたんだったな。
もとはといえば、永琳が俺の隣に大妖精を寝かしたのが悪いのだ。それなのにあの女医は俺を悪人に仕立て上げたのだ。
あれ? とすると大妖精はもしかして。
ある可能性に行きわたり、ゆっくりと首を曲げて横を確認してみる。すると、
「……やっぱり」
思った通り、大妖精が静かに寝息を立てていた。
時計のほうを見ると、もう7時30分。普段ならとっくに起きているのにまだぐっすりだった。
それも当然であろう。なにせ昨日の真夜中、たった一人で不気味極まる真夜中の幻想郷へ飛び出していったのだ。しかも一歩足を踏み入れれば、右も左もわからなくなる迷いの竹林へ躊躇なく。
その時に使われたエネルギーは察するに余りある。
そんな俺の命を救った顔を見ると、いろいろな想いがあふれてくる。
どれだけ不安だったのだろうか。どれだけ寂しかったのだろうか。どれだけ怖かったのだろうか。俺などでは到底想像できない。もし自分がこの立場だったら……逃げ出していたかもしれない。
そして、その原因を作ったのは何か何まで俺である。先ほどからあふれ出るような後悔と自責の念が襲ってきている。
けれどそれ以上に感謝の気持ちがある。あのまま誰にも見つけられなかったら、最悪の想定をしなければならなかっただろう。
こんなしがない居候のために命を張ってくれた……どれだけ優しくて慈悲深いのだろうか、この小さいけれど大きい妖精は。
こんなことを大妖精の顔を見続けながら考えて続けていた。
数秒だったか、数分だったか、数時間だったか。しばらくして心がとても落ち着いた頃、
「う……」
大妖精が小さなうめき声を漏らした、お目覚めの合図だ。
無意識に目をこすりながら、俺と同じように上半身だけ起こした。
パジャマ姿の大妖精はまだこちらに気づいていない。
「おはよう大妖精」
「ん……おはよ……」
とりあえず朝の挨拶をしてみると、きちんと返してくれた。あんなことがあったが、もう平常に戻っているようだ。
「もう学校へ行く時間だぞ」
「まだ眠いよ……優――」
突然大妖精の動きが固まり、動きが固まる。すばやくこちらに回したその表情は、驚愕に安堵が入り混じっていた。
こちらをじっと見つめてくる。その顔がほころびてくる。今度は不安そうな顔に変わってくる。
「心配をかけて悪かったな。おかげで一命を取り留めたよ」
「…………」
「まあこれからはもう少し休息もとっていく。今までちょっと無理しすぎた」
「…………」
「そうそう、明後日には弾幕ごっこ大会だろ? もう準備したほうが……」
「優斗!」
間をなくすために続いていた俺の言葉が遮られた。なぜなら、
「よかった……私、倒れてたの見てびっくりして、何をすればいいのかわからなくなって……」
大妖精が手を俺の肩から後ろに回したからだ。顔を俺の肩にうずめて、声を漏らした。
柔らかい感触が体全身に伝わってくる。もちろん胸の話ではない。
「いや、その判断は正しかったと思うぞ。こうして無事に生きられてるわけだし」
俺も何も考えずに大妖精の腰に手を置く。こんなに本能的になったのはどのくらい前だっただろうか。
なにか気のきいた言葉の一つでも掛けられればいいのだろうが、そこまで器用ではない。ただ大妖精の反応を待つしかない自分がもどかしい。
「頭の中で、死んじゃう優斗が何回も映ってきて……永琳先生を呼ぼうとしたんだけど、道に迷って……」
「そこでてゐに出会ったんだっけな」
「うん……ほんとについてた……」
震える声を聞いて、事の重大さを再認識して、申し訳なくなる。けれど、そのことは顔に出さないようにしている。
『少しは隣にいてあげなさい』
永琳の言葉が頭の片隅に残っている。俺まで怖い顔をしたら、ますます大妖精を不安にさせてしまうだろう。
「……よかった。本当によかった……」
こちらを上目づかいで見るその目は、涙がこぼれていた。
「ああ。ありがとう」
「こちらこそ。無事でいてくれてありがとう」
ただし、満面の笑みで。
これで大妖精の不安はぬぐい切れただろう。
「ねえ、もう少しこのままでいいかな?」
「大妖精が迷惑でなければ」
「そんなわけないよ……」
そしてこれが大妖精のそばにいるということなのだろうか。
傍から見れば抱き合ってる恰好のまま、しばらくベッドで座っていた。
「なあ、もうそろそろ時間……」
ちらりと時計を見ると、登校時間まで20分を切っていた。
いくら俺がインフルエンザでも、遅刻させるわけにはいかない。
「ほんとだ。けど、今日は休むよ。優斗を一人にさせるわけにはいかないよ」
「いやいや、弾幕ごっこ大会も近いだろ。俺のことは構わずに行ったほうがいい」
「けど……」
「大丈夫さ。昼食くらい自分で用意するから」
「そんなに言うならそうするけど……絶対無理しないでね」
大妖精が教科書類をバッグに詰めたその時、
「その必要はないわよ~」
不意に天井から声がした。
驚いた俺たちがとっさに顔を上げると、
「あの妖怪のスキマって便利ね~。こんど開発してみようかしら……」
「これ以上厄介ごとを増やさないでください」
スキマがパックリ開いており、永琳が顔を出していた。
「あんまり遅かったから迎えに来たのよ~」
「わざわざすみません」
「だからお礼なら紫先生とかに行ったら? 無償でスキマを提供なんて、たまには優しいこともするみたいね」
確かにいつものトラブルメイカーな一面からは考えられない。
「お昼時にはもう一回つないであげるわよ。――ほら、来なさい大妖精」
「は、は~い!」
ちょうど歴史の教科書を詰め込んだ大妖精がスキマに上がる。
「ではよろしくお願いします」
「あら、そんなご丁寧に。お代はもうもらってるから」
「紫先生からですか?」
「いいえ、あなたたちからよ」
「俺(私)たち?」
お代とはいったい何のことだろうか。夜中のイジリ代だったら、俺が払ったものだろうし……
「これよこれ」
ポケットから取り出したのは……夜中のビデオカメラ!? まさか――、
「さっきの一幕、撮らせてもらったわよ」
「ええええっ!」
「マジか……」
二人同時に頭を抱える。どうも俺たちにプライバシーはないらしい。
「もちろん小悪魔の持ってるのとは比べ物にならない、月の最新技術で作られたカメラよ。――さっ、行きましょ大妖精」
「えっ!? ちょ、ちょっとまって、今の話本当だったら……その……ひゃあ!」
顔を真っ赤にした大妖精が無慈悲にも連れて行かれ、スキマは閉じた。
第五十五話でした。自分で言うものなんですが、DMT(大ちゃんマジ天使)ですね。
大妖精は初期からびっくりするほどキャラがぶれませんね。行動性が一貫してるからでしょうか?
では!