大妖精は昼時に帰ってくるらしい。それまでの3時間半、1人で過ごさなければならない。
外に出たくても教師として教壇に立ちたくても、身体がそれを許さない。インフルエンザに罹ったのは久しぶりだが、この体を押し付けられるような感覚は鮮明に覚えていた。
何をすることもなく、ただ耐える時間が続く。苦しい時間が長く感じるのは科学的根拠があるらしい。相対性理論に書かれているとかなんとか。
そんなどうでもいいことを考えていても、やっぱり時計の針は進まない。退屈過ぎて死にそうだ。
なにか暇つぶしはないものかと、上半身を起こして首を回しあたりを確認してみる。すると、
「むむ……」
数メートル先のテーブルにタブレッドが置いてあった。俺がぶっ倒れた後、永琳が回収して置いてくれたのだろう。
思わず手が出そうになる。イケナイことだとは理解していても、身体が制御できない。熱のせいであろうか。
「……ハッ!」
それでも思いっきり息を吐き、身体がベッドから出るのを留まらせる。
必死に理性を働かせて、もう1度横たわる。画面を見たらさらに体調がひどくなることはわかりきっている。普通に考えれば寝ているのが最善の策だが……それでも……。
欲望と理性の狭間でやきもきしていると、唐突に2人の人物が脳内に浮かんできた。その2人はそれぞれ、天使と悪魔を模していた。
この天使と悪魔は確か……バレンタインの時と同じだ。天使が大妖精で悪魔がさとり。
大妖精の羽が天使の羽毛のような羽に変わっていた。パタパタとわずかに揺れているのがかわいらしい。一方さとりはまさしく悪魔といえる角や尻尾があり、第3の目をさすりながら薄ら笑いを浮かべていた。
こんなおかしい妄想をしてしまうなんて、どうやら俺の脳内はウイルスにむしばまれているようだ。だが、暇つぶしにもなるのは確かだし、面白そうだ。
先に前に出てきたのはさとりのほうだった。
「やっちゃいましょうよ優斗さん。10分や20分パソコンいじったって、身体は悪くなりません。むしろ精神安定になるんですよ。これは心理カウンセラーとしての所見なので間違いはありません」
「絶対だめだよ! 風邪の時は寝てるのが一番だよ。それに明日には弾幕ごっこ大会もあるんだよ!」
「だからこそですよ。インフルエンザを1日で直すのは至難の業です。それを達成するには、精神面でのケアが重要なのです。これは心理カウンセラーとしての所見なので間違いはありません」
「だけど……それでもし体に何かあったら……」
「心配ありませんよ。もし電子機器をいじっただけで死ぬのなら、外の世界の方々はほとんど亡くなっています。なので心配する必要はないですよ。これは心理カウンセラーとしての所見なので間違いありません」
「うう……」
「お分かりいただけましたか? これが心理カウンセラーです」
さすがさとり。理路整然としていながらも押しが強い。ディベートをやったら最強なのではないだろうか。ただし、心理カウンセラーは全く関係ないが。
ただ大妖精の言うことも一理ある。パソコンをいじった結果、体調が悪くなっては本末転倒だ。
ここはひとつ誰かに意見を聞きたいのだが……あいにく今は無理だ。
はあ、とため息交じりの空気を漏らしたその時、
「――え?」
なにかの表現技法ではない。突然見上げていた天井から真っ黒な穴が開き、そこから誰かがベッドの横に落ちてきたのだ。
まさか、と数秒間固まっていた。俺が思ったことがまるまる見透かされ、家に誰かが侵入してくる。そんなことあっていいはずがない。
だが俺は知ってしまっている。それができる人物が1人いることを。
なんだか頭痛がひどくなってきた。今度はどんなことをされるのやら……。
その地霊殿の主は、気を付けの姿勢でこちらに視線を送った。そして一言、
「呼びましたか優斗さん」
「帰れ」
先ほど脳内で登場した古明地さとり、その人だった。
「優斗さんが暇そうにしてるのが見えたので来ちゃいました。どうですか調子は?」
「さっきよりひどくなった気がするな」
「それは大変ですね、永琳先生に来てもらって、大妖精さんの胸の話をしてもらいますか?」
「いや……それは……」
「では改めて、調子はどうですか?」
「さとりが来たから少し良くなった。さすが地霊殿の主だな」
「お褒めいただき光栄です」
だめだ、舌戦で勝てる気がしない。
さっそく強烈なジャブを食らわせたさとりは、近くにあった丸椅子に座った。
「ところでさとり、2つほど質問があるんだが、」
「なんでしょ?」
これ以上話を続けられるわけにはいかないので、強引に話をそらす。
「さっきの穴、どうしたんだ?」
あんな時空をゆがめるような穴、紫でもない限り作れないだろう。
「ええ、優斗さんの思ってるとおりですよ。あの穴は紫先生が作って、ここと学校を繋げたものです。いつでもお見舞いに行けるようにとのご好意らしいです」
「プライバシーはどうなってるんだ」
「そんなのここでは、あってないようなものです」
つまり、俺の行動がすべて監視されてるわけだ。気を付けないと。
「もう一つ、こっちのほうが大事なんだが、」
「私が優斗さんの秘密をばらさないか、ってことですか? ご心配なく、こいしにしか話しませんよ」
「そうじゃねえよ。俺の脳内に映った天使と悪魔。あれは誰がやったんだ?」
「やだな~、私に決まってるじゃないですか」
「…………」
殺意がわいたのは言うまでもない。
それにしても、このジト目で見られると、すべてを見透かされてるように感じる。
例えばこのように、
「あ、そうそう。結局ネット見るんですよね。持ってきましたよ」
一瞬で俺のパソコンを手元に持ってくるところとか。
画面を開き、実に器用にマウスを使って操作するさとり。外の高校生のようだ。
「へえ……外の世界で私たちの人気投票やってるみたいですよ」
「東方キャラのか?」
「そうですね。残念ながら、優斗さんは入ってないみたいですね」
「あたりまえだ」
1年に1度、非公式で人気投票をやってるという話を聞いたことがある。
当然トップは霊夢……と思っていたのだが、こいしがとったこともあるらしい。
「優斗さんならだれに投票しますか? やっぱ大妖精さんですよね、そうですよね、決まってますよね。絶対入れますよね」
「畳み掛けるな。――けどまあ……そうなるな……」
「……さらっと惚気やがりましたね。さすがです」
「えっ?」
さとりがあまりにぼそっと言うものなので、聞き取れなかった。
あと投票するなら霖之助とかだな。
「ちなみに前回は……やっぱり霊夢さんでしたか」
「えっ?」
今のさとりの言葉に違和感を覚えた。
やっぱり霊夢? なんでこいつは外の世界で霊夢が人気なことを知ってるんだ?
「ちょっと待て。なぜ……」
「ああ、私外の世界の女子高生と交流があるんですよ。バレンタインのとき言いませんでしたっけ? この流れるようなパソコン技術も、彼女から教わったんです」
そういえば前、さとりから外の板チョコをもらったな。けどあれの出所は教えてもらわなかったような……。
「話戻しますけど、私は今回こそこいしが1位になると思いますよ」
「いや、なんだかんだいって霊夢だろ」
「あれ? 大妖精さんを推さないんですか?」
「前回50番台だったし……きついだろ」
「やはり古明地姉妹は最強なのですね」
「今回こそはお前を抜いてやるからな」
などと、人気ランキングの話を数十分続けていた。
「では優斗さん、もう帰りますね。あとはゆっくり休むよう」
「ああ、もう話疲れた」
最初さとりが来たときは戦々恐々としていたが、なんだかんだ俺に気を使ってくれたようだ。おかげで暇が潰せた。
「じゃあ最後に催眠術をかけてあげましょう。――だんだんあなたは眠くな~る。目がとじ~る……」
「おいおい、そんなの効くわけ……」
さとりの上ずった声に、思わず笑みがこぼれる。だが、その笑みはなぜが眠気を誘発させた。
まぶたが自然と閉じて、意識が遠のいていく。
第五十五話でした。さっとりん!さっとりん!
優斗たちが話していた東方人気投票が始まってますね!(一月十五日現在)
みなさんはだれに投票しますか?
もし投票するキャラが決まってなかったら……ぜひ優斗と同じ投票先で!
では!