「皆さんお待ちかね、古明地姉妹の心さとりんタイムが始まりました~」
「誰に話してるのお姉ちゃん?」
優斗が寝静まってから数時間後。さとりは再び大妖精の家に訪れていた。
今度はこいしも連れ、優斗の寝顔をのぞきこむ。何も知らずにスヤスヤと、ひと時の安らぎを謳歌していた。
そんな幸せそうな顔を見て、さとりは納得した。
――なるほど、これは惚れる。
こんな整った顔立ちに、あの性格だ。大妖精が夢中になるのも無理はないだろう。事実さとり自身も、優斗を魅力的に思っていた。もちろんラブでなく、ライクのほうだが。
(優斗さんも甘いですねぇ。ちょっと優しい言葉をかけただけで、すぐに堕ちるんですから)
表現は大変卑猥だが、言っていることは間違っていない。興味を持った相手をとことん掘り下げる。そんな意地の悪い面をさとりは持っている。
それをすっかり忘れ無警戒で寝てしまった優斗は、彼にしては思慮が足りなかったと言わざるを得ない。
(まあそこが優斗さんの可愛いところなんですが)
クスリと笑いを漏らしたさとりは、こいしに視線を送る。それだけで優斗をじっと睦めていたこいしは気づき、さとりに満面の笑みを向けた。
「楽しみだねお姉ちゃん!」
「ええ、ドキがムネムネしてます。興奮ですね」
「もう始めちゃっていいんでしょ?」
「さっさとやってしまいなさい。早くしないと帰ってきてしまいますからね」
さとりの注意を聞き、すばやく優斗のもとに駆け寄る。
こいしは片膝を床につけ、優斗にかかっている毛布をそっととった。
今度は、優斗の頭を抱えるようにして持ち上げた。小さいうめき声が漏れだしたが、起きることは無かった。
その顔が、こいしの顔に少しずつ近づく。こいしが優斗の顔を持ち上げ、自身の顔も
接近させているためだ。
10センチ、5センチと、彼我の距離が縮まる。
傍から見ればそれはまるで、キスで姫を目覚めさせる王子のようだった。
こいしの視界が優斗で遮られるくらい、顔を近づけたその時、
「な、何やってるの!?」
古明地たちの後ろから声がした。具体的には、さとりの真後ろに。
予想通り、とこいしが振り返るとこの家の主が立っていた。そう、大妖精である。
時間はもう正午。彼女は昼食を優斗に渡すため、戻ってきたのだ。その手には、皿に盛られたおかゆがある。
大妖精が衝撃を受けたのも無理はないだろう。こいしの行っている行為は、大妖精にライバルができたことを意味しているように見えるのだから。
「さとり先生なんでここに? いやそれより……こいしちゃん……? いったい優斗に何を……」
事態をわかっていない、いや、わかりたくない大妖精は口をパクパクとするばかり。
そんな無防備でか弱い妖精は、性根が悪いさとり妖怪の格好の的となる。
さとりは固まっている大妖精の背後に回り込むと、両手を大妖精の脇に回した。腕に力を込めて、羽交い絞めの完成である。
「ちょっと静かにしてもらいますよ」
「えっ? ちょ、離して……――ふえっ!? どこ触ってるの!? あっ、だめっ……」
ついでにちょっとセクハラもして、大妖精の行動を完全に封じる。
「こいし、やってしまいなさい!」
こいしの顔が優斗と重なる。
「ダメっ、やめてっ!!」
大妖精の叫びが部屋中に響きわたるが、その願いが聞き入れられることは無い。
とうとう、こいしと優斗の顔に距離がなくなり、
触れた。
「……あれっ?」
間のぬけた声が大妖精から漏れた。
こいしは唇を合わせたわけではない。触れたのは額であった。
こいしは2つの目も閉じて、なにかを感じるように静止している。
しばらく経ったのち、
「……にゃるほどにゃるほど」
したり顔を上げた。
「安心してください。優斗さんを奪うほど、古明地姉妹の性格は悪くありませんよ。むしろ、あなたに協力したのですが」
ポカーンと口を開けている大妖精に、さとりが説明をし始める。
「久しぶりに優斗さんの心の中をのぞきたくて、さっき話していたんです。しかし私の能力では、うわべの心しか読み取れません。そこで、こいしを連れてきたというわけです」
「こいしちゃんが優斗のことを……」
「ないない! だって二人の意識を感じるほうが楽しいもん!」
震える声で尋ねる大妖精を、こいしは一蹴する。
「そんなわけで、どうでしたこいし? 優斗さんの純粋無垢な恋心は?」
こいしは勢いよく親指を突き立てた。
「とっても進行中! 本人はまだ自覚してないけどね~。もう1イベント2イベントあれば……」
「ほうほう。だそうですよ大妖精さん」
「は、はあ……」
「なんですか、嬉しくないのですか?」
「そ、それはやっぱりうれしいけど……」
畳み掛けて説明を重ねる古明地姉妹に、まだ思考が追い付いてないようだ。
さとりは羽交い絞めを解除して、大妖精を自身の正面に立たせた。
「もう一度説明しましょう。今こいしに、優斗さんの深層心理を見てもらいました。その結果、なんだかとってもいい感じだったということです」
さとりも親指を立て、白い歯を見せる。
「そう……なの?」
小首をかしげてぼそっとつぶやく大妖精に、さとりは大きなため息を吐いた。
「……事の重大さがわかってないようですね。説明し直しますよ」
さとりは珍しく目を見開き、真面目な顔になった。その姿を見て、こいしが驚いていた。
さとりはふだんどれほど、人を小馬鹿なしてる顔をしてるのだろう。
「私、初めは優斗さんとあなたがここまでいい関係になるとは思ってませんでした。てか正直、大妖精さんの一方通行で終わると思ってました」
「うん……――へえっ!?」
予想外の言葉に、叫び声が上がる。
「確かに優斗さんはあなたを好いています。ただそれは……父親が娘に向ける愛情といえばいいでしょうか」
「……そのくらいわかってるよ」
嫌なものを見たかように、目を背ける大妖精。
彼女だってとうに理解しているのだ。優斗は自分を女性として見ていないことぐらい。
「けれど驚くべきことに、今じゃ風向きが変わってきたんですよ!」
「そうだよ! ちょっとずつ、ラブのほうへ向かってきてる! 私が言うんだから間違いない!」
「まさか……けど……」
だが、それは過去の出来事。彼は少しずつ、惹かれてきている。大妖精の女の子でなく、女性の部分を。
大妖精の顔が少し赤くなり、目を泳がせる。嬉しさと疑念が入り混じった、複雑な表情が現われる。
古明地たちの言葉を信じたかった。しかし同時に、信じることが怖いのだ。
「それになにより、」
さとりの顔が一気にデフォルトに戻っていく。すべてを見透かしたような薄ら笑いが再びみられる。いきなりの出来事で、大妖精は警戒する暇もなかった。
「もし優斗さんがあなたに恋愛感情を抱けば、優斗さんはロリコン認定されるんですよ! それでイジリ倒せるなんて……ああっ! 興奮でおかしくなってしまいそうです!」
「違うよ!? 優斗がロリコン? そんなことないよ!」
この発言に、さとりは心の中でほくそ笑んだ。
『なぜあなたはロリコンという単語をご存じなんですか?』とツッコみ倒して大妖精を泣かせることも考えたが、こいしが『もっといい方法があるよ』なんて面白そうな考えを送ってきたので、それに従う。
「優斗さんがロリコンじゃない? おかしいですね。そうなると考えられる可能性は2つ。優斗さんがあなたを好いていないか、あなたが子供ではないかのどちらかですね」
「そ、そう! 私は大人! ――少なくともチルノちゃんより……」
さとりの思った通りの発言を大妖精はしてしまった。
「なるほど、大人なんですね。……それにしては、身体が成長してないですね。ご存じですか? 胸は揉むと大きくなるらしいですよ」
「ふえっ!? 何する気!?」
さとりがいやらしく指を動かすのを見て、思わず両手で胸を抑える。先ほどのセクハラがよっぽどトラウマらしい。
「まあ体型はしょうがありませんね。勘弁して差し上げましょう」
大妖精が本当に安心して息を吐いたのもつかの間、
「だったら心を伸ばそう。私にいい考えがあるよ!」
「ほお、どんなのですかこいし?」
「これぞ甘々カップルのすること! って感じのやつだよ!」
こいしが間髪入れずに、提案をする。
すばやく大妖精の横に回り込みそっと耳打ちをして、その内容を告げる。
「そんなこと……やらなくちゃいけないの?」
「そうすれば、ワンランク上の大人の女になれるよ!」
「私もこれはお勧めします。絶対優斗さん喜びますよ」
相変わらず顔が赤い大妖精はしばらく考えていたがやがて、
「……わかった」
悪魔二人の罠にかかった。
第五十六話でした。東方人気投票がさとりこいしそろってトップテン入りしたので、今回は二人大活躍の回。
三人称視点が久しぶり過ぎて苦労してました。優斗に語らせるのってほんと楽ですね……
ではっ!