「優斗、優斗ー! 起きてー!」
大妖精の遠くからの声で頭が覚醒した。時計を見るともう8時。眠りつづけた12時間が光のごとく進んでしまった。
今日は待ちに待った弾幕ごっこ大会だ。大妖精の雄姿をぜひこの目に焼き付けたい。問題はインフルエンザが完治しているかどうかだが……なんとなくわかってしまっている。
ほおを触ってみるとまだ熱い。体を動かすと筋肉痛でもないのに痛い。起き上がろうとすると脳が霧に包まれたように動かない。これは完全に、
「カゼはどんな感じ……まだみたいだね」
「パッと見でわかるくらいまだまだ治ってないな」
額に置かれた大妖精の手からひんやりとした感触。まだ治っていなかった。
まあ初めから覚悟はしていた。外の世界なら特効薬のタミフルやリレンザを用いれば、一晩で治ることもある。だが科学技術のかけらもない幻想郷では仕方のないことだろう。
「じゃあゆっくり寝ててね。今日試合は午前中だから、午後には帰ってくるよ」
ありがたいお言葉が胸に刺さる。だが今は……それを拒みたい。
「試合が午前中なら、その試合だけ見ることはできないか? 午後は休むから」
「だーめ。そうやって無理したから倒れたんでしょ。きちんと寝てないと長引くよ」
「そこをなんとか……」
「いくら優斗の頼みでも譲れないよ。だって……もうあんな思いは……」
ぐう、そこを突かれるとツライ。
家に帰ったら玄関に同居人がぶっ倒れていた。不安になって当然であろう。その全責任は俺にあるので、反抗するわけにもいかない。
「わかった。じゃあこっちからも1つお願いがある」
「なに?」
「今日は帰らないで1日学校にいてくれないか?」
「帰らない? なんで?」
なんでって……どこまで純粋なのだろうか。昨日から罪悪感が胸を支配しっぱなしだ。
「たまにはみんなでワイワイやったほうが楽しいだろ? 昼ご飯とかはさとりに面倒見てもらうからさ」
ずっと世話をしてくれるのはありがたい限りなのだが、少しは俺のことを忘れて楽しんでもらいたい。そのくらいのわがままは通させてもらうぞ。
そんな覚悟を決めていたが、大妖精はあっさりと首を縦に振った。
「じゃあずっと寝ててね。見に来たりしないでよ」
「わかったわかった」
大妖精はこちらを何度も振り返りつつも、鼻歌を刻みながら学校へ向かった。
では弾幕ごっこ大会見に行くか。
……大妖精には大変申し訳ないが、わがままパート2だ。年に3回しかない弾幕ごっこ大会、見逃すわけにはいかないのである。
といってもこのまま無理をして出かけても、あの時の二の舞になるだけである。
そうなると、久しぶりにあれをやるしかない。
困ったときに何とかしてくれるあの人を呼ぼう。いつもは仕事を俺に押しつけまくっているのだから、こんな時ぐらいは何とかしていただかないと困る。
動きづらい身体を気力で起こし、大口を開け、肺の奥までたっぷり空気を充満させる。そしてありったけの声で、叫ぶ。
「助けて~! ゆうかりん~!」
「はいはーい!!」
さすが、どこでもドア妖怪。天井からゆっくり降り立った姿も様になっている。
「それで何の用?」
「この熱を治してほしい」
「そういうのは永琳の仕事じゃないかしら~」
「どうせ永琳から薬もらってるんだろ? さっきのやり取りも全部聞かれてるだろうし」
「あら、幻想郷のなんたるかがわかっているじゃないの」
「個人情報も減ったくれもないってことだけは、身体で覚えさせられた」
ホント……外とかけ離れてるよな。いい意味でも悪い意味でも。
「その学習能力のご褒美に、この薬をあげましょう」
手渡されたのは、カプセル状のたった一錠の飲み薬。
一見すると即効性はなさそうだが、月の世界を甘く見てはいかない。すぐに治る優れものだろう。
「永琳から伝言されたこと言っておくわ」
そうつぶやくと紫はのどを軽くさすって、裏声を出した。
『本当はアポトキシン4869くらいの強いやつも作れるけど、あなたの体が持たないからただの解熱剤にしておくわ。飲んだらすぐに平常に戻るけど、激しい運動とか蝶ネクタイで声を変えたら、熱がぶり返すから気をつけなさい』
「なんでコナン知ってるんだ。あと声マネうまいな」
「さっき大急ぎで準備していたのよ。じゃ、頑張ってね~」
「連れてってくれないのか?」
「それは甘え過ぎよ。ホントは私を呼ぶだけで、国家予算クラスの大金が発生するのよ?」
「幻想郷に国家なんてないけどな」
「じゃ、ばいばーい」
俺のツッコミはきれいにスルーされ、再びスキマに消えていったのであった。
第六十話でした。話を伸ばしたいときは紫を使いましょう。
また外に出る優斗ですが、今度は無事に帰ってこれるのでしょうか……
では!