クラウンピースが背後を振り返った時には、すでに優斗とさとりははるか遠くまで走り去っていた。
「逃がしたか……!」
顔が歪ませ、松明を振り回す。一瞬優斗たちのほうへ重心が傾くが、すぐに目の前の妖精に向き直る。
「やってくれるわね。妖精のくせして」
「あなたも妖精でしょ? 対等だと思うけど」
「そこら辺で生まれたただの妖精とアタイを一緒にしないでくれるかしら」
「私だって、結構戦ってきたんだよ」
「確かに確かに、ここまで来るってことは妖精にしては最強格ね。ただ、私と全然違う」
「どういう意味で?」
「『狂気』だよ」
松明を高く掲げ、陶酔したようにまくしたてる。
「アンタからは狂気が全然感じられない。大概の妖精は無垢なもんだけどさ。それはプラマイゼロってことじゃない? アンタは違う。まるで天国の泉のように、穢れがない。地獄の妖精の私とは対極。どっちがいいか悪いか、そんなのは分かんないけどね。私はこの立場で満足してるけど」
「それはそうとしてさ、」
間髪入れずに、大妖精が話題を切り替える。
「ああ、なんか聞きたいことがあるんだっけ? いいよ、なに?」
思えば深く考えていたことはなかった。ただ、これを解決せずに真の優斗は判別できない。大妖精も彼女なりに、考察を建てていた。
まずは、確認の1つ目。
「私たちが最初に会った時、あなた、優斗のことを知ってるみたいなそぶり見せたよね」
「え? ――ああ、そんなこともあったかもね」
言質はとった。次に2つ目。
「あの式神は、あなたたちが発したものだね?」
「ああもちろん。ご主人様お手製のものさ」
少しずつ、核心に迫っていく。心拍数が上昇する。
もしかしたら、自分はとんでもないパンドラの箱を開けてしまうかもしれない。これを知らなければ幸せに生きれるかもしれない。妖精の第六感が制止をかけていた。
だが、突き動かされる妖精は大妖怪よりずっと肝が据わっている。
「私ね、同じような式神を幻想郷で見たことがあるの。今回と同じように、話も聞かずに弾幕を放つ、凶暴なやつだった」
「月の世界と幻想郷は関係があるからね。ご主人様が偵察に向かわせることもあるかもねー」
忘れもしない。大妖精が優斗とペアで、魔理沙、チルノペアと弾幕ごっこを行った時。
「その式神にね、優斗は傷つけられたんだ」
式神から大妖精をかばって片腕にまともに被弾した姿を、血が滴り落ちて苦しがる姿を、それでも気遣って笑みを浮かべる姿を、気絶している間に包帯を巻かれる姿を、嫌でも覚えている。
それだけで、今では万死に値する重罪だ。しかし、ここ付きの世界では、仕返しをこらえていた。必ず、その正体を突き詰めるために。
「あら、まあそういう不運もあるかもね」
「それだけじゃない」
少し俯き、自分に最後の歯止めをかける。ここで戦いに入れば、まだ引き返せるかもしれない。心のどこかで反抗している自分がいた。
「もしかして……
当然抑え込む。覚悟は、とっくに決めている。
「あなたたちは、
目を一度ぎゅっとつぶり、すぐに限界まで開く。
「優斗が幻想入りしたことと関係があるんじゃないの?」
今まで決して話してこなかった、優斗が別世界に飛ばされた要因。そもそも原因が分からなかったし、いちいち話し合う事でもなかったからスルーし続けてきた。
そもそもただの幻想入りだったら紫がスキマで簡単に戻せる。しかし、紫は接続先が分からないと言ってかわし続けた。となると、他に優斗が元の世界に戻れない原因があるはずだ。
「どうして初対面であるはずのあなたが優斗を知ってるのか。もしかして、昔に接点があったんじゃないの?」
「幻想入り? 何それ」
「優斗はもともと、表の世界からやってきたんだよ。それがなぜか幻想郷に飛ばされてきたんだ」
「へー。そんなことが。……あれ?」
今まで適当に返事していたクラウンピースの思考が回る。
「別世界に飛ばされる人間……朝霧、優斗……?」
「何か知ってるの?」
「うるさい、思い出すから待って」
首を右に、左に、グルグル回して考え込む。妖精の中では賢くとも、あくまで妖精の中の話だ。
1分、2分、――それから、40秒後。
「……ああ」
大きくため息をついた。記憶の底から引っ張り出してきたのだろうか、若干疲労している様子さえ見受けられた。
「どう、思い出した?」
「ああ、確かに」
そこから繰り出されるのは、予想はしていたが、しかしあまりに残酷な一言。
「ご主人様だよ。朝霧優斗を幻想郷に送ったのは」
大妖精の喉が鳴る。思わずワンピースの裾を強くつかんだ。
「私たちの住処と月世界をつなぐテストをしていたころだったかな。間違えて別世界の人間を転送してしまったと言ってたよ」
「それが……優斗?」
「その名前、そこで聞いたんだろうね。それで、ご主人様と一緒に
「……痕跡?」
「朝霧優斗が存在していた痕跡さ。あいにく転送ゲートは未完成品の一方通行でね。急に朝霧優斗がその世界から消えたら周りが不思議がるでしょ? そうしたらこちらが突き止められるかもしれない。だから、朝霧優斗という存在を消した」
「……消したって、何を!?」
「全てだよ。彼が生きてきた証全て。周りの人の記憶や、彼の持ち物。もちろん、公的にその存在を証明するものも。朝霧優斗には姉がいたからねー。一人っ子ということにしておけばそこまで違和感はなかったさ」
「だから、戻れなかった……!?」
「まあご主人様も無関係な人を巻き込んで何もしないほど残酷ではないのでね。もっとも、さっき話したような不都合が起こるからだろうが。しかしそれが廻り廻ってアタイ達の邪魔をするだなんてね……たかが人間なのに」
「……それが、真実」
何かクラウンピースに返す言葉を浴びせたかった。けど出てこない。
あまりに、あまりに、予想外で、受け止めなければならない事実。
おそらく優斗はそのことを知っていたのだろう。紫が教えていないはずがない。
自分という唯一無二の存在が抹消され、家族にも会えない。それなのに、不安な顔一つせず、いつもみなと明るく接していた。優斗との日々を思い返すたび、ぎゅっと胸が締め付けられる。
大妖精は去年まで家族という存在はいなかったが、いつしか優斗との生活が当たり前になっていた。もし今、それが引き裂かれ、記憶まで消されれば――。
「それから忙しくなったから、ご主人様も忘れちゃったんじゃない? まっ、ここで倒される運命なんだけど」
「……理解したよ」
いや、そんなことを考えてるべきではない。今の話を聞いて判明した事実がもう1つ。
「あなたたちなら、元に戻せるってことでしょ?」
「その発言は理解した内に入らないかな。それにいいの?」
スペカを握りしめて臨戦態勢の大妖精に、クラウンピースが舌なめずりして不敵に笑う。
「もし私たちを倒してすべてが元通りになったとしてさ。それって、朝霧優斗が元の世界に戻ってしまうことにならない?」
「……そうだね」
「どういうレベルでかは知らないけど、アンタは朝霧優斗をとても信頼しているようだし。帰っちゃうかもしれないけど、いいの?」
今がチャンスとばかりにまくしたてる。普通の妖精なら、いや、人間だろうが妖怪だろうが同じだが、突きつけられた真実に肩を落とすしかない。
「……いいよ」
――ただ、それに動じるほど大妖精は弱くない。
「だって、約束したから」
涙は、後だ。
「約束だって?」
敵に向けるには甘すぎる、穏やかな笑みで、
「たとえ帰っちゃうからって、優斗が何もしないわけないよ。きっと、私の想像をはるかに超える秘策で、ぜんぶぜんぶ解決しちゃう。さとり先生じゃないけど、分かるんだ、私には。だから、まずは」
今度は鬼気迫るほどに眉を吊り上げて、
「あなたを倒して、終わらせて、ちゃんと、話をする」
第九十五話でした。シリアスシーンを書くのは体力が要る。
色々伏線回収する回でした。書いたのが昔過ぎて、思い返すのに時間がかかったのは内緒。
では!