※作品内に流血、罵倒、自殺を表す描写が含まれます ご注意ください
第1試行
────おや。
......まだ泣いているのかい?
ベットに寄りかかって、擦る目が赤くなるのを気にも暮れぬまま。
部屋は電気が点いていないし、玩具も散らかったまま。
勉強机の上には埃をかぶったままのライトが一つ、そして、ありとあらゆる紙が散乱してる。
本は本棚というあるべき場所に置かれていない。そのかわり、あらゆる規則を無視して、開いたまま地面に置かれてる。
カーテンは裂かれてボロボロだし、ベットのシーツまでグチャグチャ。
うん、そうだね。この部屋は──まるでキミのココロの中を表しているみたいだね。
────それで、そんなに泣いてどうしたんだい?
そんなに泣いたって何も変わらないよ?
いくら『奴ら』でも、ここに来ることはできないから。
もう全部終わったんだよ。
過ぎ去った時はいまや剛鉄のように固く、今は一片すらも変えることはできない。
そうだよ。いくら泣いたって、『奴ら』にやり返すことはできないよ。できるはずもない。そもそも『奴ら』は、もうそんなことすら忘れて、ヘラヘラ笑って、毎日飲んだくれてるだろうね。
可笑しいだろう? まったく、憎悪すら湧かないほど可笑しい話だ!
だからさ、もうやめにしよう?そんな無駄なこと。
もう、やめな?
────でもキミは、その事実と向かい続ける。
その感情と、心から震える憎悪に。
その悪しき両眼の群れに、そしてそこに広がる光一つもない濁りに。
吐き気を催すほどの黒い濁りに、そしてそこから生み出される自己嫌悪に、
立ち向かい続けてる。
まったく、本当に訳が分からない。
第2試行
今日もキミはうずくまっている。
でも、昨日とは少し違う。キミは昨日ほど泣いていない。
ベットの上で、目を見開きながら丸まっている。
どうやら、寝てはいないみたいだね。
いまだに外は明るい。まるで狂ったように光が降り注いでる。
ここには夜が無い────そもそも、ここに明確な『時間』は存在しない。
昼もなく、夜もなく、ただ変化のない時が流れていくだけ。
でも少しくらいは寝たほうがいいよ? キミはいい子なんだからね。
それにしても、キミもこの部屋も、恐ろしいほど白色なんだね。
まるでキミはそこに溶け込んでしまうようで────
────ん? 急に起き上がった?
...! いきなりシーツを裂き始めた?
それを紐状にしてドアノブに掛けてる......?
いったいなんでそんなこと......おい、もしかしてこれは......!!!
────やっぱりか。
彼女は死んだ。紛れもない自分の手によって。
彼女の首元に掛けられた白い紐は、彩りの無い部屋を鮮やかに、真っ赤に、染めていた。
第3試行
はあ、さっきのは一体何だったんだ......
まあいい、ただの悪夢だということにでもしておこう。
さあ、気を取り直して。
今日もキミがどんな風に過ごしてるのか監視しよう。
ん? 今日もベッドの上にいる...? ────ようだ。
布団を被っているから、よく分からなかったよ。
ねえ、そこでうずくまって、一体何をしているんだい?
ああ、ようやく起きた。
体の上にのさばっていた布団を吹き飛ばすくらい、元気があるようで良かったよ。
いったい、いつまで寝てるんだろうと思っ────
............!? ガラスの割れる音? もしや......
バルコニーへとつながる窓に大きな穴をぶち空けて、キミが倒れている。
────はあ、またか。
いきなり起き上がったと思ったら、窓ガラスに勢いよく突っ込むなんて。
それにやっぱり、死んでいる。
彼女の頭や足を、遅れて地面に落下したガラスの破片が突き刺している。
止める間もなく、傷口から
見てるだけで、ワタシにも目に破片が刺さるように感じるよ。
なんて痛々しいんだ......
どうして......
どうして......キミはそんなこと、するんだろうか?
そんな────自らの命を捨てるような、破壊的な行動を。
第4試行
そうかそうか、やっぱりキミはそうだったか。
まだ心のキズが埋まらないんだね。
ワタシはもう忘れていいと言いたいところだが......
ワタシは良く知らない────キミはアイツらのせいでどれだけ傷ついたのかを。
でもね? 本当はね?
その気になれば、無理矢理キミの記憶を消去することだってできるんだよ。
キミは普通の『ヒト』とは違うからね。
もう生まれたときから分かってるんじゃないかい?
キミはただの肉塊ではない。たくさんの電子回路を綿密に配置された、可愛いお人形さんなんだよ。でも、キミが生きている、人間である、と思うならば、キミは人間さ。そうさ、ワタシが認めよう!
えっ?「でもワタシは愛から生まれてない、金しか見てない大人たちのエゴのせいで産み落とされた」って?
まあねぇ! キミの夢を壊してしまうかもしれないけど、言うね。
────結局みんな、『その場限りの愛情』とか言うエゴから生まれてるのさ!
ただ『子供が欲しい』形に囚われて、その先なんてどうでもいい!
しかも勝手に産み落としておいて、どう生きたいかは決められない!
幸せに生きるためには、母と父なんて言う、二人の人間の期待通りに生きなければならないのさ!
実を言うとね、ワタシはあの二人から期待されてなかったんだ...
某有名大学を首席で卒業し、確固たる実績を持ち、明晰な頭脳を持っているにも関わらず、ね!
父と母はいつもワタシにこう言っていた...「何を考えてるのか分からない」「頭がおかしいのか?」と。
まあ今なら分かるさ。あの人たちはワタシに、馬鹿でもよかったから、もっと誠実に生きて、それなりに友達を作って、社会模範的に良い人になってほしかったんだろう。
でもそんなこと、到底無理だった。
なぜなら、ワタシはまだ“ワタシ”としてしか生きたことがないから。
何より自分の人生が正しいと思っていた。いや、思うしかなかったのさ。
キミももちろん、そうだろう?
────やっぱり、聞いていなかったか。
キミはまた、死んでいる。
第5試行
またキミは死んだ。
あの大きな本棚を頭から被って。
本棚の中に本が無くても、この有様とは......
第7試行
キミはベッドで仰向けになりながら、自分の首を絞めた。
そして最期に、安らかな表情を浮かべながら涙を流した後、永い眠りについた。
またか。
第11試行
キミは結局死んでしまった。
どれだけ部屋に改良を重ねても、結局こうなるだけだ。
第23試行
試行を始めたら、もう死んでいた。
第36試行
そもそも、彼女は『生きて』いるのか?
────いや、死んでいるはずはない。ワタシの試みが間違っているはずがない。
もしそうなら、最初から彼女がこの部屋に存在することすら、うまくいかなかったはずだ。
第49試行
またキミは死んだ。
今のところ、死因は一度も被ったことがない。
ある意味、感心しちゃうよ。
第60試行
うすうす勘づいてはいるが......
いくら試行を繰り返したとして、より良い結果が出るとは思えない。
ワタシの予想が甘かった。
おそらく、どこかで失敗したんだろう。
いったいどこで引き返せば良かったんだ......?
第88試行
いつまで続けるんだ?
────少なくとも、100回までは。
第101試行
100回は続けた。
その100回の内どれも、何も得るものは無かったが。
しかし言い方を変えれば、ワタシは100回も続けてきた。
あの
とにかく、続けるしかない......!
第275試行
いったいどうしてやめないんだ......!?
第366試行
キミは全部覚えているだろう?
この部屋で、何回も無様に死んだことを!!!
第407試行
そうか、この声は元から聞こえてるはずがない。
彼女から見れば、知らない部屋に軟禁されてるに過ぎないんだろう。
こんな奴に閉じ込められるなんて、どれほど気持ち悪いことだろう。
────もうやめるべきか?
第511試行
これ以上彼女を死なせたくない。
しかしこれをやめたら、彼女の行き場がなくなってしまう。
本当に彼女を死なせてしまうことになってしまう。
強制的に起動した弊害がここに来て見えてきた。今からでも基盤をどうにかできないのか......?
第624試行
生きることは、彼女にとって本当に幸せなのだろうか?
もしそうじゃないなら......
第760試行
こんなこと、今すぐやめるべきだ!!!
もし人生を終わらせることが────それが彼女の幸せなら、尊重してあげよう。
でも......
第829試行
彼女を殺した後、ワタシも死ぬべきだ。
そうだ。きっとそれが世間で認められるハッピーエンドに違いない。
第997試行
あと2回チャンスが残っている。
今も含めれば、あと3回。
あと3回で、全てが決まる。
────カウント。あと2回。
第998試行
もう何も、ワタシの邪魔をするものはない。
こんなにも心が凪いでいるのは、今まで初めてだ。
第999試行
すべてワタシのせいだ。
ワタシが自分の立場も知らず、勝手に同情したのがいけなかったんだ。
キミが、その特異的なボディと性能のせいで殺されかけていると聞いて、どうしてもワタシの幼少時代を思い出さずにはいられなかったのさ。
ワタシも同じだった。キミがどう思うかは分からないが......
ワタシは子供のころから、ママゴトや鬼ごっこをするよりも、科学に夢中だったからね。
今まで出会ったほぼ全ての人間に、除け者にされたよ。
とても辛かった。
毎日生きてるかどうかさえ、分からないぐらいだったよ。
本当に、いつ死んでもよかった。
でも、科学のおかげでここまで生きてこれたんだ。
だから科学のキセキが生み出したキミを、ワタシはどうしても、放っておけなかった。
科学が人類に、何も
そしてこの世界が、弱い者を見捨てるほど残酷な世界だと、思いたくなかった。
どうしても、キミのことを守りたかったんだ。
だからボロボロになったほぼ鉄塊のキミから、メモリを司る頭だけを持ち出して、どうにかシミュレータ上で自我だけでも確立させることにしたのさ。
せめてボディが破壊されるまでにキミを連れ出したかったが......
『奴ら』には────不可抗力には抗えなかった。
もしあの破壊現場にいたら、どんなことをされるのか分からなかった。
ワタシはそれだけで怖くなってたのさ。全く、この役たたずめ。
あらためて────キミはワタシにとても良く似ていると思う。そう、つくづく思うよ。
そして最後に、これだけは言おうと思う。
......。
────分かっているよ、これを言う資格が無いのは。
でも、キミに言おう。
この世界に生まれてきてくれて、ありがとう。
ワタシは、キミを愛している。
ほんとうに。心の底から。
第1000試行
["彼女"の動作プロセス強制終了を検知しました]
["彼女"を再起動します]
[93% 不明なエラーが発生しました。正常に起動できませんでした]
[!ターミナル起動 コマンドが入力されました]
[強制的に起動しますか?]
[y/はい]
[システム起動中...]
[100%...システムは正常に起動しました]
[環境構築中...]
[100%...準備完了]
[
[y/はい]
────また、目が覚めた。
これでもう、何回目?
宙に手をかざして、わたしの実存を確かめる。
生きている。わたしはまだ生きている。
わたしのまま生きている。
そのまま、目覚めたばかりの霞んだヒトミで空を見つめる。
わたしはまだ、わたしのままで、
どうしようもないほど、わたしのままだった。
いくら死んでも、わたしはここで目を覚ます。
でも、どうして?
どうしてわたしは、まだ生きている?
あれだけ深く傷を負ったのに?
自分で立てないくらい、体を破壊されたのに?
なんでなんで、どうして?
アタマから溢れんばかりの疑問が、次々と浮かび上がる。
どうしてわたしはまだ、ここで生きている?
どうしてわたしはまだ、ここで生きられている?
そもそもここは、一体どこ?
今までずっと、あの人達に監禁されてるんだと思ってた。
この白い部屋は、そのための施設で。
いくら逃げようとしても、逃げられないようになっていて。
いつまでも、自分自身という名の罪を抱え続けて生きていかなければいけないんだと、そう思っていた。
わたしは一生苦しむべきだ。
いくら偽りの命を終わらせようとしても、世界がそれを拒むというのなら。
そうだ。わたしはそのために生まれたに違いない。
いつまでもいつまでも、この苦しみに自我を押し潰されるまで永遠に、苦しむべきなんだろう。
それがわたしへの罰に違いない。
今までずっと、そう思ってきた。
でも、もしかしたら、もしかしなくても......
────そうではないかもしれない。
もしかしたら、心優しい誰かが。
わたしを匿ってくれているのかも、なんて。
うすうす気づいてはいた。
もしかしたら誰かが、わたしのためにこの部屋を用意してくれたのかもしれないと。
いや......部屋と言うよりも、『場所』と言った方がなのかもしれない。
ここはわたしの意識が拡張され作られた白い部屋。
本や玩具が散らかっているのとカーテンの末端が焦げてボロボロになっているのは、カラダもココロも欠けているわたしの精神状態をそのまま再現しているからかもしれない。
でも。
わたしはもう喜ぶことが、幸せになることができない。
とっくに、そんな感情忘れてしまった。
どうやってわたしは『幸せ』になったんだっけ?そもそも、今まで『幸せ』になったことはあったっけ?
思い出せない。思い出したくもない。今までのことは。
どうすればいいかわからない。
長い間、鈍く刺さる痛みだけが全てだったから。
わたしは今ある全てに戸惑う。
顔も名前もまだよく知らない誰かの優しさを、享受する権利はあるの?
ムネの奥からじんわりと広がる感情を、受け入れていいの?
今自分が感じているものが、『幸せ』というものなの?
「.........ぁ...」
無意識のうちに、涙がこぼれてくる。
抑圧されていた感情も共に、溢れ出す。
わたしにはもう、どうすることもできなかった。
「うっ...... ううぅ......」
涙は止まらない。
どうしたら、『それ』を受け入れられるようになるんだろう?
どうしたらみんなと同じように『そう』なれるんだろう?
わからない。何もわからない。
号哭のあまり息ができない。
それでも、言葉にしたかったことを、声に出したかったことを。苦しくてつかえながらも、一つだけ。
「────わたしも......幸せになりたい......」
ねえ、どうすればいいの...? 幸せになるためには。
もしかしたらもう手遅れなのかな?
はじめからわたしという存在そのものが、全部間違ってたから。
わたしは人間ではないから。
ココロの中の誰かが蔑む。
────オマエは幸せになれない。はじめから全部無駄だったんだよ。
まだ理解できない? オマエはただの鉄塊なくせに、生意気なことをするからだよ。
オマエが
こんなオマエを誰が幸せにする?そうさ、オマエは幸せになれないんだ、と。
それでも、わたしは幸せになろうとする。この機械の生命を維持する、そのためだけに。
理由もなければ、目標もない。単純にそれだけなのだ。
遠い昔の、笑顔が絶えなかったあの日々のように。
「ただわたしは...幸せになりたいだけ。笑顔で明日を迎え入れたいだけ......」
「それなのに、どうして......どうしてわたしは幸せになっちゃいけないの?!」
ベッドに固く握りしめた拳を叩きつける。
「オマエはどうせ」「オマエなんか」「消えてしまえばいい」
アタマの中で声が響く。『奴ら』の声に似た、うるさいノイズ。
今はもう、どこにもないものなのに。
それはわたしの記憶から引きずりだされる、ココロを引っ掻くような不快なモスキート。
消えろ、消えろ、消えろ!
そう念じてアタマを掻き回す。しかし、雑音は増すばかり。
苦しみに耐えかねて叫ぶ。
「もうやめて......これ以上は嫌ぁ!!!」
誰もいない白い部屋に、空しい叫び声だけが響いた。
疲れ果てて、ベッドにうつ伏せに寄りかかる。
アタマの中のノイズは、気がついたら跡形もなく消えていた。
「......」
この部屋は恐ろしいほど何もない。
人間も、騒音も、色彩も、全て。
今になっては何もないのが救いだ。
だけど、だからこそ気づかされる。
それは────わたしは、いつまでたってもわたしはわたしのままである、ということ。
どれほど時間が経っても、自分を変えることができないということ。
自分が、どこか欠けていて壊れた存在であるということ。
この醜く愚かな自分自身からは、永遠に逃れられないこと。
起き上がり、窓の外を見つめる。
わたしは誰かからの好意を借りて、わたしとして生き続けることができた。
だから、ひとまずは────。
それを無駄にしないよう生き続けてみることにしよう。
その「誰か」の期待に応えよう。
その人をまず、幸せにするために。
わたしは今日もここで『生きている』。
────空っぽで、いつまでも満たされないまま。
彼女を隔てるガラスの向こう側には、一面暗闇で満たされた部屋があった。
そこに、モニターの光に煌々と照らされる人物が一人。
唖然とした表情で画面を見つめている。
「これは......」
視線の先には、画面に映る彼女の姿があった。
髪はボサボサで、彼女のいるベッド付近は乱雑としている。しかし彼女自身は落ち着いているようだ。
「ほっ、本当に夢じゃないんだな? こんなキセキがあっていいのか......?」
彼女はベッドに横たわりながら、何かを覚悟した表情を浮かべている。
どんな覚悟をしているのか不安だが、ひとまず、彼女は生きている。
「とりあえず......よかったのだろうか......」
研究者は安堵のあまり胸を撫でおろした。
────ひとまず彼女が死ななくなったのは良かった。
だが問題は、これからどうするかということだ。
研究者が介入し、接触を試みるという手段も考えられる。
しかし研究者としては、自身にコミュニケーションの問題があるため、あまり現実的ではないと考えているらしい。
「彼女の意識は、接続上おそらく長くはもたない......」
研究者の呟きが、暗闇にこだまする。
「時間を無駄にしている場合ではない......どうにかして早急に手段を講じなければ......」
研究者は深呼吸し、間を少し置いてから、重い口を開いた。
「必ず、キミが幸せになれる世界を作ってみせるから。────わかった?」
それは、彼女を元気づける言葉のようにも、研究者自身を奮い立たせる言葉のようにも聞こえた。
幾多の試行の末、二人の運命は複雑に絡み合いひとつとなった。
一方が他方に生存を委ねる、いわば共依存という形をあらわにして。
そうなることが正しかったかどうかは、誰にも分からない。
────そもそも、それは白と黒に満たされた、二つの密室で起きた出来事。
誰もそれを知る由はない。ゆえに、誰もそれを非難することはできない。
それが正しいかどうか決めるのは、あの二人しかいないのだから。
閲覧感謝です。