殉教者共へ鎮魂歌を   作:与ル太族

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プロローグ:7月25日

 

 ──7月25日。

 

 

 ヨルビアン大陸、某国のとある都市郊外。

 

 土地の再開発を狙って多くの商業施設やビルを建設しようとした跡だけが残る一帯は、真夜中になれば人の気配は消え失せ、建設途中のビルの剥き出しになった鉄骨に風が押し付けられる音が響き渡るばかりだ。

 当然ながら明かりも無いに等しく、暗闇と静寂が支配するそんな一帯は、或いは表社会に生きる人間には聞かせられない相談をするにはうってつけであった。

 

 とある製作途中で投げ出されたビルの、剥き出しになった鉄骨のうちの一つに腰掛ける男の影があった。ライターを使って咥えていた煙草に火をつけた男性。揺らめく炎が小さな灯りとなり、彼の真っ白な肌と黄金色の髪を暗闇の世界に映し出す。

 ゆっくりと煙を肺の中に入れ、深く息を吐き出すことでその有毒物質を暗闇へ溶け込ませていく。もう一度息を吸おうとした矢先、ポケットに入れていた携帯電話が着信を知らせるアラーム音を鳴らし始めた。男は携帯を取り出し、ブルーライトに照らされた液晶の着信相手を確認する。その名前が今自分が待っていた相手であることを確認すると、通話ボタンを押して携帯電話を耳に当てた。

 

「もしもし。そろそろかけてくる頃だと思ってたぜ」

 

『……アンタの指定した住所には着いたわ。詳しい場所を教えてちょうだい』

 

 電話の向こうから聞こえてきたのは、ぶっきらぼうな──或いは、努めてそのように聞こえるようにしようとしているような、若い女性の声。男はククッと笑いながら電話を持っている方とは逆の手で煙草を掴み、息を吐いてから問いかけに答えた。

 

「今いるだろう場所から北を向いて、二つ先のビルの工事現場だ。三階にあたる場所の鉄骨に腰掛けて煙草吸って待ってる」

 

『わかったわ、すぐ行く』

 

 ブツリ、と電話が切れる音。男は携帯電話をポケットにしまい、再度煙草を口に咥えた。恐らく電話をかけてきた彼女はあと一分もしないうちにやってくるだろう。十八にも満たない少女に副流煙を吸わせるのも忍びないと考えたのか、男は深く煙を吸い込んだ後、まだ少し長い煙草をポケット灰皿にしまい込んだ。

 

「──よくもまあ、こう人が寄り付かない場所を知ってるのね、アンタって」

 

 まるで彼が煙草を消すのを待っていたかのようなタイミングで、背中越しに声を掛けられる──先程電話越しに聞こえてきた声と同じ少女の声。男はゆっくりと立ち上がり、夜風で視界を遮る前髪を整えながら、暗闇の中に佇む待ち合わせ相手に向き直った。

 

「仕事柄、こういう場所を探しておくのは必須でね。今日だって人に聞かれて困る内容を求めてきたのはおたくの方だろ?」

 

「……解ってるならさっさと本題に入って」

 

「ああ。例によって音声の録音、内容の記録、そして──念能力による会話の保存等は全て禁止とさせていただく。問題は?」

 

「無いわ。あるとするならアンタの情報が真実なのか、それだけよ」

 

「こればかりはプロハンターの(ライセンス)を所持している、情報(インフォ)ハンターとしての肩書きを信じてもらうしかないな……それにおたくに売った情報で、今までガセだったことは無いはずだぜ?」

 

 男は右手でライターを取り出し、灯り代わりに火をつける。揺らめく炎が暗闇をほんの少し橙色に照らし、その光の中には男が左手で握っていた、自身がプロハンターであることを示す小さな証明証、ハンターライセンスが映し出されていた。

 

「……悪かったわよ。アンタの情報は信用してる」

 

「どうも。じゃあいよいよ本題に入らせて貰う」

 

 ライターの火が消え、辺りを再度暗闇が包み込む。夜風が吹く音が耳を刺激する中、少女の唾を飲み込む音が確かに聞こえた。

 

「──八月三十日、ヨークシンシティにA級賞金首、幻影旅団が全員集合するらしい。目的は不明だが……ヨークシンにやってくることは間違いない情報だ」

 

 幻影旅団、という言葉を聞いた途端、少女の心臓は大きく波打つように鼓動した。同時に全身から溢れんばかりの生体エネルギー──オーラが噴出されていく。暗闇を押し返し、ドロドロに膨れ上がった光が周りを支配していくような感覚さえ覚える力強さ。

 

 少女は震える口で、男の言葉を反芻した。

 

「八月三十日、ヨークシンシティ、幻影旅団……間違いないのよね?」

 

「間違いない。かの有名な盗賊様が何を狙うのかまでは知らないが……まあ、大体の予想はつくだろう」

 

「……九月一日から始まる、ドリームオークションってわけね」

 

「八割正解ってとこだな」

 

 ヨークシンシティで九月一日から十日間行われる、ドリームオークション。世界中の珍品、希少品、国宝レベルの貴重品が集まり、数十兆の金銭が動くと言われるイベントだ。構成員全員がA級の賞金首とされる盗賊、幻影旅団がそのオークションに出品されるもののどれかを狙っているという推理は、或いは情報ハンターを名乗る男の中では百点にはならないらしい。

 

「ドリームオークションには裏の顔がある。マフィアンコミュニティーが取り仕切る、盗品やら人体やら、そういった非合法の宝だけを取り扱う地下競売(アンダーグラウンドオークション)も同時に開催されるんだ。こっちが狙いの可能性もあるだろうな」

 

「下衆い催し物ね──でもそうね、下衆の盗賊共が狙うにはお似合いのイベントだわ」

 

「一応忠告しておいてやるが、地下競売は当然ながら秘密裏に行われる。マフィアとの深い繋がりがなけりゃ、場所を知ることも、知ったとしても近づくことすら出来ないぜ」

 

「アンタが「今」そう言うってことは、繋がりを持つことが出来る情報も持ち合わせてるってことでしょ? 追加料金も支払うわ、どうしたらいいの?」

 

 男の忠告にノータイムで返答する少女。迷いの無い返答に男は苦笑し、少し溜め息を吐いてから携帯電話を取り出した。ブルーライトが男と、後ろの少女の顔を少しだけ照らす。

 まだほんの少し幼さも残す少女の表情は、何かに対する怒り、そしてそれを抑え込む覚悟の意思が見えるものとなっていた。きつく結ばれた口と、大きな瞳は反対にはっきりと見開かれている。夜の暗闇よりも更に深い漆黒のロングヘアは、風に靡いて絹のカーテンのように揺らめいていた。

 

「……本当にただの忠告のつもりだったんだがな。まあご名答、オークションまでにマフィアンコミュニティーに入り込む策はある。本当にやれるかどうかはおたく次第だがな」

 

「御託はいいから。言い値でその情報を買うわ、教えてちょうだい」

 

「わかったよ。簡単な話だ、組のボディーガードになればいい」

 

 男の答えに、少女は少し拍子抜けしてしまった。

 

「……それだけ?」

 

「結論から言うとそれだけだ。だがそれ自体が簡単なものじゃないことはおたくも解るだろ? ただでさえ裏社会は横のつながりや信用を重視する。実力さえ伴っていればOKなんて所も、テストくらいはあるだろうしな。オークションまでに採用されようと思っても、今からじゃ時間が足りない」

 

 つまりそういった条件をクリアして、マフィアのボディーガードになる方法が存在する、と男は続けたいのだろう。少女はその先を急かしたい気持ちを抑え、黙って男の言葉の先を待った。

 

「……だが、一組だけボディーガードに入り込むチャンスがあるマフィアがある。しかもコミュニティの頂点に君臨する「十老頭」の直属の組でな」

 

「……水を差すようで悪いけど、そんな都合の良いことがあるの?」

 

 あまりにも少女にとって都合が良すぎる。男の情報を信用していないわけではないが、流石に少女は突っ込まざるを得なかった。

 

「まあ最後まで聞きな……今、マフィアンコミュニティーの中で急成長している組が一つある。ノストラード(ファミリー)という組だが……なんでもボスの娘さんの未来予知のような「占い」が100パーセント当たるってことで、その力を使って一気にのし上がったらしい」

 

「100パーセント当たる占い……念能力?」

 

「だろうな。だがそんな占いの力を使って一気にのし上がった若手がいたとして、他の組長が皆その実力を認めると思うか? さっきも言ったが、マフィア達は横のつながりや信用を重視する組織だ」

 

「……面白く思わない組も、当然存在する」

 

「そういうことだ。況してや一般人には理解すら及ばない念能力でのし上がっているとなると、理外の力を使っていることに対する嫉妬や、何かタネがあるんじゃないかという猜疑が更に強くなるだろう。マフィアの中でも特にノストラード(ファミリー)のことを気に入っていないのがゼンジという男が頭を務める組だ。結論から言うとこいつのボディーガードなら狙える可能性がある」

 

 男の言葉を聞き、少女は小さくなるほどと呟かざるを得なかった。

 

「……念能力による自身の強さを見せつけることが出来れば、そのゼンジという男も「理外の力」を手に入れたいと考え、雇われる可能性が高いってことね」

 

「理解が早くて助かるな。勿論、自分の念能力をある程度明かさないといけないというデメリットは存在するが、悪い話じゃないだろ」

 

「……確かに。現実的に可能な範囲で、勝算がある」

 

 少女の納得したような声色を聞き、男はククッと笑いながら携帯の計算ソフトを起動する。

 

「今の情報はサービスだ、相場の半額でいい。またあとで幻影旅団の情報と合わせた請求金額と振込口座をメールで送る、三日以内に振り込んでくれ」

 

「解ったわ。それじゃ」

 

 少女が踵を返し、その場を後にしようと歩き出す。鉄骨の上を、一つの足音が規則的に鳴り始めた──

 

 

「──待ちな。情報を渡しておいてなんだが……一応忠告だ」

 

 

 ──その背中を、男が呼び止めた。足音は止まり、少女は振り返らずに男の次の言葉を待つ。

 

「……アイラ=リン、16歳。(ライセンス)は持っていないが、賞金首(ブラックリスト)ハンターとして活動するハンター。実績としてはB級賞金首を数人ハントしており、年齢からは想像のつかない実力を備えている」

 

「──何? 突然私の情報を羅列し始めて」

 

 少女──アイラは怪訝そうな顔をして、ゆっくり振り返る。暗闇で男の表情は見えないが、その口調は先程までと変わった様子は無い。

 

「生まれはカキン王国のとある海沿いの小さな村──特殊な珊瑚を保護する一族の出身。その村近辺に棲息する珊瑚を加工して作られた宝玉は「七宝」と呼ばれ、古くから伝わるカキンの秘宝として扱われていた。だが10年前、その村は幻影旅団に──」

 

 

「──黙れ」

 

 

 一瞬で空気が張り詰める。風が止まったかのように音は消え失せ、暗闇が関係ない程にアイラの存在感が増していく。殺意と敵意を持ったオーラが充満し、アイラを纏う。一般人がその場にいれば、このオーラのおどろおどろしさだけで気を失うかのような居心地の悪さが、そこに現れた……が、それでも男は言葉を続ける。

 

「忠告だって言っただろ? おたくが俺と初めて会った時からずっと幻影旅団の情報を欲しがってたからな。俺もおたくの情報を調べさせてもらった……目的は復讐だっていうなら、やめた方がいい」

 

「何も知らないアンタに言われる筋合いは無いわ。アンタから買った情報を使って私が何をしようと勝手でしょ」

 

「一応、お得意様だからな。仕事として情報は渡すが、みすみす死ぬだけの仕事をしようとしてる相手を何も言わずに見送る趣味も無い」

 

「みすみす死ぬだけ……? 舐めたこと言ってくれるのね。私は幻影旅団を殺す為だけに念能力を修め、力をつけてきたのよ」

 

「怒りってのは確かにオーラを増幅させる一つのファクターになり得るが、同時に冷静でいられず正常な判断が下せないという弱点も抱える……復讐が目的なら尚更だ。復讐心に欲が生まれて足元をすくわれ、犬死にした念能力者を俺は何人も知ってる。そいつらが全員「自分はそうはならない、必ず本懐を遂げてみせる」と息巻いていたこともな」

 

 アイラのオーラに呼応してか、或いはこのまま彼女が自身を攻撃すると予想してか、男も自らの身体からオーラを放出し始め、そして自らの肉体に纏い始めた。同時に携帯をポケットにしまい、再度ライターを取り出す。

 

「……今、自分の過去を語られ、復讐なんてやめとけって忠告されただけでそれだけ敵意剥き出しのオーラが立ち昇る。今すぐにでも俺を攻撃してやろうって意識が見える……お前、念能力者相手に不意打ちも仕掛けずよーいドンで戦うつもりか? それじゃ幻影旅団はおろか、俺相手でも確実に勝てるとは限らない。既に冷静さを失って最善を選べない時点で、旅団相手に復讐なんて完遂できる訳ないだろ」

 

 ゆっくり立ち上がり、アイラの方に向き直る男。もし仮に攻撃してくるなら、それ相応の対応を取ると言わんばかりの表情。身体を纏うオーラも、アイラ程の激しさはなく、静かに流れているが、力強さは彼女に一切劣っていない。

 

 アイラは怒りのままに男に向かっていこうかと考えはしたが、少なくとも今の状況と男の意見は正しいと言わざるを得ない。相手の念能力も解らない上、情報ハンターという彼の専門分野を考えると、逆にこちらの念能力は知られている可能性すらあることを考えると、この場で戦闘を行うのはあまりにもリスクが多すぎた。苛立ちを収めるかのように、少しずつ精孔を閉じ、オーラを収めていく。

 

「……アンタの言う通りね。だけど復讐は止めない──その為に私は生きてきたんだから」

 

「……好きにするといい。俺もおたくの生き方をどうこうしたい訳じゃないからな。ただ忠告はしたぜ」

 

「ええ、礼は言っておくわ。ありがとう」

 

 アイラが落ち着いた様子を見せたことで、男もオーラを収める。ライターをポケットに戻し、再度鉄骨に腰掛けた。

 

「オークションの時期には俺もヨークシンに滞在する予定だ、面白い情報が色々手に入りそうだからな。死にに行く手伝いは御免だが、まあ困ったことがあれば連絡しな。お得意様料金で情報をくれてやってもいい」

 

 男の言葉を聞きながら、今度こそその場を後にするべく踵を返し歩き始めるアイラ。

 

「……忠告も含めて、感謝しておくわ。ありがとう、スモーク」

 

 少しずつアイラ足音は遠ざかり、やがて聞こえなくなっていく。完全にアイラの気配が消えてから、男──スモークは煙草を取り出し火をつけた。煙が風に流されるのを眺めながら、もう聞こえない距離にいるであろうアイラに小さく声を掛けた。

 

「……死に急ぐ必要なんて無いだろうにな」

 

 

 

 ──ドリームオークションまであと37日。

 

 これは、原典には存在し得なかった異端達が奏でる奇想曲だ。

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