殉教者共へ鎮魂歌を 作:与ル太族
(……ここまで歩いて、見られている感覚がずっと消えない。つまりターゲットは私ってことね)
ホテルを出て歩き始めて五分は経過しただろうか。アイラは未だ何処かから常に監視されている感覚を払拭出来ずにいた。間違いなく見られているが、その場所までは特定出来ない──尾行に長けた、戦闘慣れした人物が後をつけていることは間違いない。
依然場所も掴めなければ目的も不明な尾行者だが、既に幾つか把握出来ていることはある。アイラはなるべく平静を装いながら、人混みに紛れ──時には敢えて人通りの少ない場所を歩きながら、スモークとの待ち合わせ場所の近くまで移動することにした。
仮に尾行者の目的がマフィアの監視、或いは攻撃であった場合、今アイラが尾行されているのにも二つ可能性が考えられる。一つ目は「か弱そうな少女が出てきたから、隙を見て拘束し交渉材料にする、或いは殺害する」ことを目的としており、十分にホテルから離れるのを待っている。そして二つ目は「念能力者が出てきたから、迂闊に攻撃も出来ず、外に出てきた理由を探る」為に様子を伺っている。
現時点でアイラが気配を探ることが出来ていないということは、尾行者は少なくともアイラに対して強い警戒を抱いている可能性が高く、アイラはすぐに一つ目の可能性を頭から排除した。一度敢えて路地裏を通り、人通りの少ない場所で何かアクションを起こしてくるかも確認したが、変わらず監視されている感覚だけが残り続けたことも相まって、二つ目の可能性でほぼ間違いないだろう。
そして向こうがそういった誘いに一切乗ってこないことから、相手が慎重な性格であることも予想。一度路地裏を通ったことが「誘い」であり、こちらが相手の尾行に気付いていることを察した可能性も考えなければならなかった。
(……未だに場所は掴めないけれど、恐らく路地裏を通ったことで尾行がバレている、ということは共通認識になったはず……! ここでアクションを変えてくるか、或いは尾行自体を中止してくるのか……いずれにせよこの状態でスモークに会いに行くことは出来ないから、どこかで決着はつけなければいけない)
スモークとの情報のやり取りは、彼自身のプロハンターとしての信用を高く担保したいらしく、近くに人がいる状態では絶対に行われることはない。プロハンターの彼がアイラでも気付く尾行相手に気付かないことは無いだろう。つまりアイラは現時点で目的を達成するには、この尾行相手を撒くか、位置を特定して倒す必要があるのだ。
そして尾行を実行している側──ウシワカもまた、気配を消し音を断ち、細心の注意を払いながらアイラのことを追っていた。アイラの読み通り、人気のない路地裏に入ったタイミングで尾行自体がバレていることは把握していた。この時点でウシワカはアイラのことを相当な実力と念能力を持っていると仮定し、この後の動きを考えることとなる。
(先程の路地裏に入ったのは俺の尾行がバレている証拠……敢えて人通りのない場所を通ることで、俺が奇襲をかけることを誘っているのは間違いない! だがそれは同時に相手が俺の居場所までは把握出来ていないことの証明にもなる──これは明らかな俺のアドバンテージ!)
仮に、何処でウシワカがアイラを監視しているかも既に把握されていた場合、わざわざ人通りのない路地裏を通り、その上でこちら側が仕掛けてくるのを誘う必要性は薄い。強力な
このまま細心の注意を払い、居場所までは特定させずに尾行を続けることが出来れば、ウシワカは常に先制攻撃を仕掛けることが出来るという圧倒的な優位性を持ち続けることが出来る。だが同時に、仮にアイラの能力が
(最低でもあと二回……人通りの少ない場所であの少女が誘いを仕掛けてきても、罠の可能性を考慮し待ち続ける……! 俺が仕掛けるタイミングは、向こう側が「尾行者がいつ仕掛けてくるか解らない」という精神的なストレスを感じ続け、勝負を焦ったタイミング!)
念能力による罠を仕掛けられそうにない場所、タイミング。そのタイミングを見極めるまでは「待ち」に徹し、相手が隙を見せた瞬間に攻撃に転じる。既にアイラとウシワカの勝負は索敵と隠密によるハイドアンドシークではなく、時間と精神を削る我慢比べへと変貌していた。
──お互いが「既に尾行はバレているが居場所までは掴めていない、アイラは次のアクションを待っている」という事実を共通認識として捉えた時点で、この我慢比べは既にかなりアイラの不利に傾いている。相手のアクションが確定してから動かなければならない為、どうしても後手で動かざるを得ない。同時に、このまま警戒し続けて相手の攻め方を伺っているどこかで、相手が尾行を中止した場合──アイラはボディーガードとして、念の為ホテルに戻り、襲撃の有無を確かめなければならない。場合によってはただ状況が振り出しに戻っただけで、アイラは自身が放出系の瞬間移動能力を持っていることをバラすだけという、最悪の状況すら予想出来るのだ。
更にアイラはそもそも自身の性格が「待ち」に向いてるとは思ってもいなかった。相手が痺れを切らして集中を欠き、少しでも気配を出すのを待つ──それまでに確実に先にアイラが音を上げる。だからこそアイラは、敢えて隙を見せることで敵の襲撃を誘い、初撃を躱して堂々と一対一の状況を作る。現時点での彼女の理想はそれしか見えていなかった。
襲撃するにはうってつけの路地裏へ入り、隙を晒すかのように携帯電話を取り出すアイラ。相手を誘い出す意図もありつつ、相手がここで襲撃にこないならばそのままレンズに「ホテルからずっと尾行されている」ということを知らせるメールを送り、ホテル側の警戒度も上げることが出来る一手だ。
──ウシワカはアイラが携帯を出した瞬間に二択を迫られることとなった。
(俺の尾行はバレていると仮定するなら、わざわざ人通りの無い路地裏に入ってからの携帯電話を取り出す行動はあからさまな誘いであることは間違いない! だが同時に携帯電話で応援を呼ばれる可能性も加味するなら、その誘いに乗った方がいいのか……?)
ウシワカは昨日の時点で、ホテル内にはアイラの他に、操られた警察官を無力化した念能力者がいることを知っている。仮に今アイラが携帯電話を使ってその念能力者と連絡を取り、合流するかこちらの捜索に当たられると状況は一転して大きく不利となる。増援を呼ばれる前に、あからさまな誘いと解っていても今仕掛けるか──或いは、今携帯電話を取り出したのは本当にただこちらを誘い出したいだけで、増援を呼ぶつもりはないと判断し「待ち」を続けるか。
──アイラがレンズに対してのメールの文章を打ち込み始めようとした瞬間、人通りも少なく薄暗い路地裏に異様な雰囲気が生まれた。
「……!?」
アイラはすぐさまオーラを練り上げて堅を発動し、今まで気配すら掴めなかったオーラの塊の方へ振り返る──尾行していた相手が誘いに乗ってきたということだ。
凄まじい勢いで接近してくるオーラの塊──アイラはそれを視認するや否や、大きく後ろに飛び退いた。その一瞬後、先程までアイラが立っていた所にズドォン、という音と共に土煙が舞う。恐らくはアイラを監視していたビルの屋上からオーラを練り上げ、全身に纏った状態で一直線に突撃してきたのだろう。土煙が晴れ、その中から現れたのは白髪の精悍な男。地面に刀を突き立て、翠色に輝く瞳がアイラを貫くように見据えている。
「ずっと私を尾けてたのはアンタね? 何が目的かしら」
「…………」
アイラの問い掛けに、ウシワカは答えない。ゆっくりと地面に突き刺さった刀を抜き、足を大きく開きながら鋒をアイラに向け、そのまま静止する。隙の無い流麗な構えは迂闊な動きを許さず、何か少しでも甘えた動きを取れば、その瞬間に身体を斬り裂かれそうな雰囲気すら感じられた。
アイラはその場から動けずにいた。相手を誘い出したら初撃を躱し、そこからは念能力による格闘戦で有利を取る──つもりだったが、想像以上に相手のオーラの流れに無駄がない。オーラの流れや纏、練の練度である程度の念能力者の実力を測ることが出来るが、アイラの見立てで言うならこの男は少なくともレンズよりは間違いなく実力は上だ。刀を構えた状態で静止し、全身から漲るようにオーラを発している状態は、或いはこちらの攻撃に対する
──だが、その「警戒」こそがウシワカの望む展開である。ウシワカは刀を構え静止した時点で、自身の能力を発動していた。
ウシワカの念能力、その名は「
強化系能力者のオーラが増幅するということは、それ即ち更なる肉体の強化が行われるということと同義である。攻撃力や防御力、俊敏性や治癒力も大幅に向上する性質上、単純な格闘戦に於いて強化系の能力者は最強と言っていいだろう。ウシワカの「
──相手が静止し、こちらの出方を伺っていると判断したアイラはどうしたものかと考えつつ、ウシワカの刀の射程範囲を見極めていた。こちらから仕掛けるにしても、どうしても素手では刀のリーチに届かない。「
(何が目的かも解らないけど、明らかな敵意は伝わってくる……正直「
──アイラはそこまで思考しながら、自身の「ミス」に気が付いた。目の前の男──ウシワカの偏在オーラ量が上がっていることに気がついたのだ。
「なっ……」
何時から能力を発動していた? と自問する前に身体が動き出していた。狼を前にした草食獣のように勢いよく後ろに飛び、ウシワカの間合いから数歩分離れる。そして防衛本能のように自身も身に纏うオーラ量を更に練り上げ、何かに縋り付くかのようにすぐ側に置いてあったエアコンの室外機に左手を置いた。
「気付いたか、速いな。だが──もう遅い」
能力により増幅したオーラに気付いたアイラが飛び退くのを見るや否や、ウシワカは足にオーラを溜めて一気に地面を蹴る。「
「っ……!?」
驚いたウシワカは路地裏の壁に叩き付けられながら、自身を襲った衝撃の正体を目で探す。そこにあったのは数瞬前、アイラが左手で触れていたエアコンの室外機がひしゃげた状態で煙を吹いている姿だった。
アイラのもう一つの能力、「
アイラは一瞬出来た隙を逃さず、煉瓦の地面に右手でのマーキングを施し、身を翻して路地裏の奥へ駆け出す。路地裏の入り組んだ道を曲がる前に左手で排水パイプにマーキングを施し、ウシワカの視界から逃げるように路地を曲がった。
「チッ……操作系能力者か」
ウシワカは体勢を立て直し、すぐさまアイラを追おうとして──煉瓦の地面に彼女のオーラがマーキングされているのを発見し、足を止めた。ウシワカは先程の室外機による攻撃を見て、アイラは「触れたものにオーラでマーキングを施し、そのマーキングしたものを操作することが出来る操作系能力者」であると認識している。ウシワカが体勢を立て直して、アイラを追い始めるタイミングを見計らい能力を発動すれば、地面から煉瓦が飛び出し、顎を撃ち抜くアッパーカットを不意打ちのように浴びせることが出来るかもしれない。煉瓦によるアッパーカット自体はオーラの防御でさしたるダメージにはならないかもしれないが、ある程度の質量のものが高速でぶつかれば、その反動を受けてしまうことは先程の室外機で実証されている。顎を揺らされるということは即ち脳を揺らされることと同義だ。一瞬の脳震盪を引き起こされ、オーラの流れが乱れれば、彼女の拳もダメージとして受けることが有り得る。「
ウシワカは最短距離でアイラを追うことはせず、勢いよく跳躍し、壁を蹴って地面を踏まずに彼女を追いかけようとした──が、アイラはウシワカが「地面のマーキングを警戒し、地面を飛び越えて自身を追う」という選択肢を取ることを完璧に想定していた。
足音が消えた瞬間、アイラは排水パイプに仕掛けていた「
(目眩しっ……だと……!?)
不意の水飛沫に思わず目を覆うウシワカ。先程の室外機による打撃、そしてこれ見よがしな煉瓦のマーキングで、ウシワカは相手の能力による攻撃手段を「質量を使った物理攻撃」という一つに囚われてしまった。排水パイプのマーキングも見えており、警戒しているつもりではあったが、想定していた動きは「自身がそこを通る際に通せんぼうとして落下させるトラップ」としてしか考えておらず、想定外の動きに一瞬思考が鈍らされる。
そしてアイラはウシワカが水飛沫によって視界を奪われた瞬間、今度は「
視界を奪われている状態かつ、空中という身体の制御が効かない状態の相手であるなら、強化系の能力者が相手だとしても不意打ちでダメージを通すことは出来る──アイラは右足にオーラを集中させ、まだ背後に回り込んでいることに気がついていないウシワカに向かって跳躍し、そのまま蹴りを叩き込む……狙いは刀を持っている右腕側。
「なっ……!?」
「ぐっ……」
不意を突いた蹴りは確かに右腕に命中し、先程の拳にはなかった確かな手応えを感じる──が、それでもアイラの一撃は明確なクリーンヒットにはなり得なかった。ウシワカは痛みと不意の背後からの攻撃に顔を顰めたが、同時にここまで不意を打っても想定よりも相手に与えたダメージが少なそうな反応に、アイラの顔も歪んでしまう。
アイラの想定通りなら、ここで右腕に大きなダメージを与え、握っている刀を手放させる予定だった。しかし、ウシワカは刀をより鋭く振る為に、全身に纏っているオーラを特に右腕には集中させており、結果としてアイラは攻防力の高い部位を狙って攻撃してしまったことになる。もしこれが違う場所を狙って蹴りを叩き込んでいたなら、もう少しダメージが通っていただろう。
だが、間違いなく空中でダメージを与えられ、更に体勢を完全に崩したウシワカはそのまま着地もままならず、地面に叩き付けられる。そのままゴロゴロと地面を転がり、立ち上がる頃にはアイラは体勢を立て直して既に次の手を考える準備が整っていた。
(今のでも大したダメージになっていない……となると相手は強化系の能力者でほぼ確定と見ていいわね。最初に突きを見せた時と比べて今のオーラ量は少なくなっていることを見ると、恐らく能力は自身に条件を与え、それを達成することでオーラの総量にボーナスを得るような能力! 私と向き合いながら条件を達成したと考えるなら、恐らく能力発動の条件はあの刀の構えを取ることと予想出来る……なら常に攻め続けて、相手にあの構えを取らせる隙を与えなければいい)
ウシワカが立ち上がろうとするのを待つ前に更なる攻撃を仕掛けるべく、アイラは突撃の姿勢を見せる。だが、ウシワカもすぐさま立ち上がり、刀を構えてアイラが自身の間合いに入る前に刀を振り抜く姿勢を見せた。アイラは一瞬立ち止まり、間合いを測る──その瞬間だった。
「「っ!?」」
一瞬の睨み合いの最中鳴り響いたのは電子音。アイラもウシワカも虚をつかれ、二人同時に音の出処を探ろうとする。鳴っていたのはアイラの携帯電話。二人の意識がその電子音に向かった途端──二人の間に凄まじい速度で何かが飛来した。
直後、ズドォンという爆発音と共に凄まじい風圧が二人を襲う。壁や煉瓦の破片が飛び散り、塵が煙幕のように舞い散る。突然の出来事に顔を覆うしかなかったアイラは突如身体を持ち上げられるような感覚に陥り、声を上げる前にそのまま浮遊感に襲われた。
「ちょっ……何!?」
「舌噛むぞ、黙っておきな」
アイラの耳に届いた声は、聞き覚えのある──馴染みの情報屋の声。アイラが顔を上げると、そこには彼女を抱えてビルの屋上を飛び移るスモークの顔があった。