殉教者共へ鎮魂歌を 作:与ル太族
路地裏で起きた突然の爆発。恐らくは念弾による攻撃だったのだろうが、その規模と威力は相当なものだった。風圧と砂塵がウシワカの全身を叩き、視界と聴覚を奪い尽くす。飛び散る破片が肉体を掠る痛みに耐えながら目を開け、煙が晴れるのを待つ──目の前にいたはずの相手は既に消えていた。
「逃げた……いや、新手か?」
念弾が飛来する直前を思い返すと、相対していた少女──アイラの携帯電話に着信が入っていた。その電子音を聞いた瞬間、それが合図であるかのように念弾が飛んできたのだ。予想出来る可能性としては、あの念弾──延いてはそれを放った念能力者はアイラ、或いはマフィアンコミュニティーの味方であり、助太刀に入る為、或いは彼女を安全に戦闘圏から逃がす為に意識外から攻撃を仕掛けた、と見るべきだろう。念弾の威力から見て、相当練度の高い放出系の能力者に相当するはずだ。ウシワカは「
(……仮に念弾を放った能力者があの女の仲間だとするなら、俺に勝ち目は無い。今やるべきことは確実にこの場を離脱し、あの女の能力をミコトに共有することだ)
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「ちょっと、いきなりどういうつもりよ!」
スモークに担がれてビルの屋上を飛び回ること約二分。元々スモークに指定されていた集合場所でようやく下ろされたアイラは、不満を露にぶつけた。スモークはそんな彼女の怒りを受け流すかのように煙草を取り出し、ライターで火を付ける。
「……気を付けな。今ヨークシンシティはおたくも知ってる通り、マフィア達が集まってピリピリしてやがる。あのまま戦い続けて騒ぎになれば、明日から動きづらくなるぞ?」
どう考えても一番騒ぎになりそうなのはアンタがぶっぱなした念弾でしょうが、というツッコミを必死に抑え込み、それでも納得はやはりいかないのでスモークを睨みつける。
「やけに張り詰めた空気が気になって覗きに来たらおたくがバリバリ戦ってるんだもんな、驚いたよ。だけどあのままやってて勝算あったのか? あの剣士、強化系だろ。普通に正面から戦ってもジリ貧でやられてたんじゃないのか」
「それはっ……」
勢いに乗って言い返したかったが、明確に否定できる材料も無かった。こと戦闘に於いてバランスの良い強化系能力者を相手にするには、アイラの能力は素直すぎる。目眩しや瞬間移動による翻弄で相手の隙を作り続けても、単純なオーラによる肉体の強化幅でダメージを通せない以上、いつか手が尽きてアイラが先に膝をつく可能性は低くない。スモークが横槍を入れなければ、そのままアイラが敗北していた……ということも有り得たのだ。
「一部始終を見てたが、おたくは間違いなく強い。だけど鍛えた強化系の能力者が戦闘に於いて最強なのは、ある程度死線を潜ってるおたくも理解してるはずだろ。避けられない戦いだったんだろうが、そこで意地張って勝ち負け決まるまで戦い続ける必要はないんじゃないのか?」
「……アンタには関係ないわよ」
「今はあるな。大事な取引相手だ」
「…………悪かったわよ」
まるで子どものように言い返していた自分に恥ずかしさを覚えるアイラ。スモークは何も言わず口から煙を吐き、廃ビルの壁にもたれかかって携帯電話を取り出した。
「──で、取引の前に一応聞いておくか。薄々予想はついてるが……あの能力者は何者だ?」
「……解らない。可能性として挙げられるのは、ゼンジ
「十中八九後者だろうな。遠目にしか見ていないが、瞳の色がミコトと同じだった」
スモークの言葉を聞き、アイラはレンズの「
「……アンタ、よくあの一瞬であの男の瞳の色まで見てたわね」
「一応プロのハンターだからな。表には出回ってない情報だが、ミコトには同じ瞳の色をした付き人がついてるって話を聞いたことがある……血縁者のボディーガードってところか」
「いいの? そんな表には出ていない情報を私の前で話して」
「おたくとあの男の念能力を見ることが出来たから、それと交換ってことにしておこうか」
スモークは何食わぬ顔でそう答える。アイラは仕方が無かったとはいえ結果的にスモークに自身の念能力を明かしてしまったことに若干の後悔をしつつも、スモークの能力と思われる念弾をこちらも見ていることでなんとか天秤の釣り合いは取れていると思うことにする。
「──だがミコトも、その付き人も念能力者であるというのは知らなかった。ぶっちゃけおたくの話を聞いた時には話半分に聞くつもりだったんだが……流石にさっきの襲撃者をミコトの付き人と断定するなら、その話を信じざるを得ないな」
「結果として交渉がスムーズに進みそうで助かるわ」
直前に尾行からの襲撃を受けたことで先に共有すべき情報のやり取りが増えていたが、元々の本題はミコトに関する情報の交換だ。アイラはまず自分の持つ情報をどのようにしてスモークに信じてもらうかを考える必要があったが、幸いにも襲撃者がミコトの関係者である可能性が高かったことでそのハードルは容易に超えることが出来た。
「先に念能力から教えて貰いたい」
「いいわ。一応言っておくけれど、本人から能力の詳細を聞いた訳じゃないから、能力についてはある程度の推測と予想が含まれるわよ」
「そこも含めて、話を聞いてからおたくにどれだけの情報を対価として渡せるか考えることにするよ」
あくまでもスモークが求めているのは「商品として売るに値する信用度のある情報」だ。アイラの推測が何に基づいており、何処まで念能力そのものについて理解しているかを推し量らなければならない。
そしてアイラも「情報自体は信憑性があれど、肝心の念能力の詳細を何処まで信用させられるか」がキモになることは理解している。だが過剰な情報を与えた場合、一転して誰かがアイラの情報、或いはゼンジ
「……ミコトの能力は、課せられた条件を達成した人間を操る操作系強制型の能力で間違いない。それも、条件さえ達成させることが出来れば一気に複数の人間を同時に操ることも出来る可能性が高い」
「間違いない、まで言い切ったか。根拠は?」
「昨日の夜、念能力によって操作されていた警察官がゼンジ
スモークは顎に手を当てて思考し始めた。彼女のここまでの話が本当かどうかを考えなければならない──仮に警察官が本当にマフィアの滞在するホテルを襲撃したというなら、今頃ディープウェブと呼ばれるネットの奥深くに晒し首くらいは貼り付けられ、自身の情報網に引っ掛からない筈がない。だが同時に、アイラがそんな嘘を吐いてまでミコトの情報を欲しがる意味も解らない。
(……仮に、偶然ホテルを襲撃しようとしている警察官を最初に見つけたのがアイラだったとするなら。念能力によって操作されていることを見抜き、少しでも情報を引き出す為にマフィア達に気付かれないよう警察官を無力化し、殺さずに念能力の詳細を調べようとするのは有り得る話か。先の戦いで見たアイラの瞬間移動能力と物質移動能力を使えば、マフィアに気付かれることなく警察官を無力化し、拘束する方法は幾らでもある)
ここまでのアイラの話に嘘は無いと判断したスモーク。ゆっくりと顔を上げ、それでもまだ彼女の情報の精査は終わらない。
「……その話が本当だとすると、まあ少なくともヨークシンシティ内に操作系の能力者が潜んでいるのは間違いないだろうな。だがそれがミコトだという判断材料はどこにある?」
アイラはここで選択を迫られることとなった。今彼女がスモークに対して最も隠したい情報は「レンズという協力者の存在」と彼の念能力だ。
先月、スモークがアイラにゼンジ
だが、アイラはその後ゼンジ
つまり、現時点でレンズの存在──そしてレンズの念能力は、スモークにとって或いはミコトの念能力以上に「美味しい」情報となる可能性がある。今アイラが最も信用している協力者の情報を洩らし、ゼンジ
だが──ミコトの路上ライブを目視し、そして彼女からオーラが発せられていることを確認したのも、同じタイミングで襲撃してきた警察官と共に彼女の歌声を聴いていたのもレンズだ。アイラはその日まだヨークシンシティに到着していない。つまりここでミコトの身体からオーラが発せられていたことや、歌声による能力発動の可能性が高いことを話そうとするなら、必然的にレンズの話はせざるを得なくなってしまう。
(私に協力者がいることはなるべく隠しておきたい……私が一昨日ミコトのオーラを見たことにして話を進めてもいいけど、万が一スモークがゼンジの動きを把握していたらその時点で私は一昨日の時点ではヨークシンに来ていないことも把握されていることになり、嘘がバレるのは確実!)
アイラはある程度思考力にも長けている自信はあったが、この場で彼を納得させながらレンズの存在を誤魔化すことができるような嘘をでっち上げられる程の機転を備えていない。ある程度、内部に協力者──或いは念能力者がいることは明かす必要がある。アイラはそう判断した。
「……私がボディーガードとしてゼンジ
アイラが取った選択は、真実を混ぜ返して小さな嘘を混ぜること。彼女の念によって念能力に覚醒した構成員はレスターが存在している為、この発言について嘘は存在しない。だが、実際にミコトのオーラを視認したのはその構成員ではない──あくまでも組内にいる念能力者はまだ目覚めたばかりの
スモークの表情は変わらず、続けて話を聞く姿勢を崩さない。アイラはそのまま話を続ける。
「能力の影響を受けたと思われる警察官は、その構成員と共に一昨日から地下競売の時に道路をどのように封鎖するのかの打ち合わせと確認をする為、夜間行動を共にしていたと聞いているわ。もしミコトが「自身の歌声を一定時間以上聴いた者、或いはライブを一定時間以上鑑賞した者を自在に操作することができる」といったような条件をつけていたとするなら──」
「──警察官が念能力の攻撃を受けたタイミングも、そしてミコトがその操作系能力者であるという仮定も、全て辻褄を合わせられるということか」
アイラの情報はかなり信用出来る──と、スモークは判断した。少なくとも、彼女も何かに騙されていたり、既に操作系能力による攻撃を受けているということがない限りは、少なくともミコトの能力についてはほぼ間違い無いのだろう。恐らく彼女のボディーガードと思しき剣士と戦闘をしていたことも含めて、疑う部分はほぼ無いに等しい。強いて疑う部分を挙げるとするなら、彼女の言う「組内で覚醒した構成員がミコトを見た」という部分だろうか。
スモークは再度思考を始める。確かに能力を発動する条件を「歌声を聴かせる」や「パフォーマンスを観せる」ことに設定しているなら、操作対象は複数でも可能にしているだろう。聴覚や視覚に働きかけるような能力は、特定の対象を狙い撃ちすることは難しいが、一気に多くの対象を相手に条件を達成させることが出来るのがメリットだ。それ単体を能力の発動条件にしてしまうと、制約が軽すぎて能力の強制力や命令できる内容の難易度が著しく下がるだろうから、そこに追加して「何メートル以内」や「何秒以上」というような条件も足していると考えるのが妥当である、とスモークは考え……そこで一つの可能性に辿り着き、思わず顔を上げた。
「……おい、アイラ。仮にミコトの能力の達成条件が「歌声を聴かせること」だと仮定してだ。それはミコトの口から発せられた歌声を直接聴かないと達成出来ないのか、或いは……例えば念を込めてレコーディングをしたものだったり、何か条件を達成さえしていれば録音でも発動するのか、流石にそこまでは解らないか?」
「何よ急に。流石に解らない……けど、念のことならアンタの方が解るんじゃないの? プロハンターなんだし。私は制約を重くすれば出来そうな気もするけど……」
「──ミコトの情報、幾らでもくれてやる……というか俺も動かないとマズいかもしれない。最低でも目的を知る必要がある、いや倒さなければいけない」
突然スモークの表情が真剣そのものになり、態度が豹変した。アイラは初めて見る彼の真に迫った顔を見て驚き、情報よりも彼がそこまで焦っている理由の方が気になり始めた。
「ヨークシンシティの中心にある
「──明日、地下競売やドリームオークションなんて目に入らないレベルの暴動が起きるぞ」