殉教者共へ鎮魂歌を 作:与ル太族
──8月1日。
高速列車の指定席に腰掛け、窓から景色を眺める少女──アイラ=リンの表情は覚悟と多少の不安を孕んでいた。
漆黒のロングヘアを後ろで縛り、大きな瞳とツヤがかった肌はまだ少し幼さを感じさせる。黒い袖つきのワンピースを身にまとっているのも、どこか少女が大人に見られるよう背伸びをしているような印象を与えていた。だが同時にその幼さが何処か触れてはいけない人形のような美しさと、簡単に壊れてしまいそうな危うさも兼ね備えているように見え、ただ列車の車窓から外を眺めているだけの姿すら、絵画のように非現実を覚えるようだった。
行き先はマフィアンコミュニティーの十老頭直属の組である、ゼンジ
勿論、裏社会を牛耳るマフィア組のボディーガードなど、一般的にはアイラのような見目麗しいだけの少女に務まるものではないだろう。暴力や恐喝、時には殺しすら日常の中に組み込まれる世界に、彼女の風貌はとても似合うようには見えない。
それでも、彼女には勝算があった。理由は至極単純、アイラは見目麗しいだけの少女ではなかったからだ。
──身体から溢れ出す生命エネルギー、オーラを自在に操る能力、念能力。アイラはそれを修め、常人の能力を遥かに上回っているのだ。
極めることが出来れば、真正面から銃火器の攻撃を受けたとしても肉体に傷がつかないほどの強度や、岩盤をゼリーのように抉ることも可能となる力。アイラはこの念能力を駆使することで、齢十六にして多くの賞金首を狩ることに成功しており、プロ証を持たずとも
アイラは携帯電話を取り出し、目線を車窓から自身の携帯の画面へ移す。開かれたメールの受信画面は、先日情報のやり取りをしたプロハンター、スモークから昨日送られてきたメッセージを映していた。
『贔屓にして貰ってるからサービスしてやる。8/1の19時にゼンジ組にアポイントメントを取っておいた。「紫煙からの紹介だ」と伝えれば、組長に会えるはずだ、あとは自分でなんとかしな。健闘を祈る』
……一体、どのような繋がりでアポを取り付けられる程にマフィアと仲良くなれるのだろうか。恐らくはあらゆる情報を仕入れる為に様々な偽名を使ってコネクションを作っているのだろうが、プロハンターの手腕に内心舌を巻く。だが、そのおかげで第一にして最も大きかった関門、「どのようにして接触するか」をクリア出来るのだ、素直に感謝すべきだろうと考え、淡泊ながら感謝の言葉をメールの送信画面に打ち込み、そのまま送信した。
「……さて、次の問題は」
アイラは静かに指先にオーラを集める。接触はほぼ可能となった以上、次に考えなければならないのはどうやって自分の力を認めさせるか。
念能力が常人の力を超えているとしても、そもそもオーラ自体が常人の目には見えない為に、その力を証明するのは難しい。恐らくは自身の力を証明する為に、組の武闘派と戦わされることになるだろう。或いは向こう側は銃器での武装も有り得る。万が一アイラが敵対勢力のスパイだった場合、その場で即座に処理することが出来るように──仮にそうでなかったとしても、その場で殺される程度なら、ボディーガードには相応しくないからと、容赦無く殺意を持って向かってくるだろう。
だが、逆にアイラ側は相手の構成員を誰一人殺すことは出来ない。一人でも殺してしまえば組への敵対行為と見做され、ボディーガード志望どころか組総出で追われる立場になるだろう。つまりアイラ側は、仮に戦闘になった場合、相手側の構成員を一人も殺すことなく、そして同時に相手を制圧して自身の有用性を示さなければならない──その難易度は念能力を以てしても、決して低くはない。
それでも、やれるという確信があった。自分の念能力をフルに使えば、恐らくこの二つ目の関門を突破することも難しくはないとアイラは確信していた──自身の念能力を、フルに使う前提なら。
列車が少しずつ速度を緩めていく。もうすぐ目的としている街に到着するのだろう。アイラは指先に集めていたオーラをゆっくりと霧散させ、ふぅ、と息を吐きながら列車を降りる準備を始めた。
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六大陸、十の地区を縄張りとするマフィアンコミュニティーのトップに君臨する十人の長、十老頭。
その直属の組であるゼンジ組の縄張りとなっている街は、アイラの想像を上回る栄え方をしていた。
彼女の中でのマフィアの縄張りのイメージは、ある程度栄えてこそいれど片田舎に片足を突っ込んでおり、司法や警察の手が届かないからこそ裏社会が根を下ろすことが出来るというものであったのだが、少なくとも今アイラが降り立った街は都会と呼んで差し支えなく、間違いなく警察も機能しているように見えた。
「……思ったより大きな組かもしれないわね」
ある程度下調べは行っていたつもりだったが、マフィアンコミュニティーの組織としての大きさを、そしてゼンジ組の大きさを感じるアイラ。しかし、だからと言って怖気付いて帰る訳にはいかない。自身のターゲットである幻影旅団の目的が地下競売だった場合、マフィアとの繋がりを持つことは必須条件になるのだ。
スモークから送られている地図のデータを頼りに、ゼンジ組の本拠地となる邸宅を目指す。道中すれ違う人達の様子を伺ってみても、この街が暴力や犯罪に溺れているようにはとても見えない。或いはこの街を牛耳っているのがマフィアであることを知らないようにすら見えた。ゼンジ組は表向きは不動産業とホテル経営を営む会社ということにもなっているらしく、一般人はそのダミー会社の姿しか知らないのかもしれない──或いは、市長や警察組織も裏社会と繋がっており、その犯罪行為を見て見ぬふりしているのか。
仮に後者だった場合、もしゼンジ組とコンタクトをとった後、ボディーガードとして雇ってもらう算段が上手くいかずに敵対してしまった場合、無事にこの街を出ることが難しくなる可能性がある。組だけでなく、市の警察にも追われればそう易々とは逃げられないだろう。
「……失敗は許されないってことね。上等だわ」
どの道退くつもりはないのだ。アイラは元々固まっていた意思を更に強く固め、眼前に迫る洋風の豪勢な建物を睨みつけた。
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「止まれ。何者だ」
ゼンジ組の本拠となる邸宅の門扉前に辿り着くと、スーツを着た門番と思しき男に行く手を遮られた。アイラは言われた通りに足を止め、静かに男を観察する。凡そ裏社会とは関わりの無さそうな少女の来訪に、訝しげな表情と少しの警戒。ある程度場馴れはしているのだろうが、戦闘のプロという雰囲気は無い。当然ながらオーラを纏っている様子もなく、鉄砲玉のような構成員だろう。
このレベルの構成員ばかりなら、ボディーガードとしての有用性を示すのは簡単そうだなと考えつつ、反抗の意思はないことを示すように両手を見せながらアイラは口を開いた。
「紫煙という男の紹介だと伝えてくれる? 組の頭──ゼンジ氏と話がしたいの」
「なんだと?」
頭と話がしたい、という言葉に男の警戒心が跳ね上がる。だが同時に紹介があるというアイラの言葉も聞いている為、頭ごなしに突き返す訳にもいかない。門番の男は少し思案した後、「そこで待て」という言葉をアイラに投げかけてから、携帯電話を取り出し誰かに連絡を取り始めた。恐らくは邸宅の中──ゼンジか、或いはその側近にあたる人間に確認を取っているのだろう。
しばらくすると通話は終わったらしく、門番の男は門扉を開け、アイラを一瞥した。
「確認が取れた。ついてこい」
「ありがとう」
男に導かれるまま門扉を潜り、マフィアの本拠へ足を踏み入れるアイラ。広々とした庭を通り抜け、豪奢な玄関口へ。門番の男が玄関の扉を開け、そのまま中へと入っていく。中に入るや否や視界に広がるのは、如何にも高級そうな意匠の凝らされた絨毯や、飾られている花瓶や絵画達。組としての規模の大きさや、頭の見栄が透けて見えるようだ。
「客間に案内する、こっちだ」
そのまま男に促され、邸宅の中を進んでいく。大理石の廊下をしばらく歩き──やがて一つの大きな部屋に通され、「ここで待て」と一言残し、男はその部屋を後にした。
アイラは入ってきたばかりの部屋の扉を閉めるべく、
「……綺麗だけど、変な部屋。いえ、或いは──」
思考を巡らせながら、アイラは部屋の真ん中にあるソファに腰掛ける。もう少しすれば、恐らく向こう側の扉が開き、ゼンジが顔を出すのだろう……そう考えながらアイラは緊張を解すかのようにゆっくりと息を吐き、目の前の机に、
「……大丈夫。落ち着いて、アイラ。一時も油断してはいけない──」
アイラがそう呟いた途端、彼女が入ってきた扉とは反対の扉がガチャリと開けられた。部屋に入ってきたのは──先程の門番の男と比べて明らかに武闘派と見られる男。着ているスーツこそ門番の男と同じに見えるが、その衣服に包まれた肉体は鍛え上げられていることがよくわかる。部屋に入ってからの一挙手一投足も洗練されており、少なくとも格闘術の心得はある程度修めているように見えた。男はゆっくりと歩を進め、机を挟んでアイラと向かい合うようにソファに腰掛ける。
男に続いて更にもう2人、部屋の中へ入ってきた。ソファに座った男ほどではないが、間違いなくこの2人も武闘派だろう。2人の男はソファに座らず、先に入ってきた男の後ろに立ったまま控えた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。紫煙様からのご紹介とお聞きしておりますが、どのようなご要件で?」
ソファに座った男が口を開いた。細い目はアイラを値踏みするように見据えており、声色からも一定の警戒の色が見て取れる。
「……貴方がゼンジ氏?」
「いいえ、私はゼンジ組の幹部を務めております、レスターと申します。ボスはただ今立て込んでおりまして、すぐにこちらに伺うことが難しく──」
「──その後ろのマジックミラー越しに、私のことを監視しているのね?」
レスターと名乗る男の言葉を遮るように、アイラは彼等が入ってきた扉の横にある鏡を指さしてみせた。その瞬間、マフィア達3人の空気が一気に張り詰める。
部屋に入った瞬間から少し違和感を感じていた、鏡張りの壁とその隣に設置された扉。アイラはその鏡がマジックミラーとなっており、扉の向こうにある部屋から客間を監視できるようになっているのではないかと推理した。そして或いは向こうの部屋で、組のボスであるゼンジが今もこちらを見ているのではないかと予想していたのだが……レスター達の反応を見るに、どうやら正解だったらしい。
「……流石は紫煙様の御友人ですね。観察力と推理力に優れているご様子だ──テメェ、何者だ?」
一瞬固まってしまったのを取り繕うかのように言葉を並べ、そして同時に一気に警戒の色を強めるレスター。先程までの値踏みするような瞳は消え失せ、代わりに組に仇なす敵対勢力を睨み付けるかの如く鋭い瞳へ変貌する。身体の前で組まれた両手の指にも凄まじい力が入っているのか、手の甲の皮が大きく引っ張られていた。
あまりにも張り詰めた雰囲気と、警戒と敵対の意思が向いたレスターの空気。一般人ならその雰囲気に飲まれ怖気付くような空間だが、アイラは逆にこの状況を見てこの先の展開に光明を感じていた。
──ここまで怒りや敵対の意思を見せておきながら、レスターも後ろの2人もオーラを一切出す気配が無い。
念能力の源であり、念能力者の戦いに於いて基本であり根幹とも言える生体エネルギー、オーラ。ここまで一触即発のような空気になっておきながらレスター達がそのオーラを出そうともしていないということは、少なくとも彼等は「念能力者ではない」ということの証左足り得るのだ。
アイラが最も避けたかった展開、それは「ゼンジ組の構成員の中に既に念能力者が存在していること」だった。アイラが自身の有用性を示す際、最も強いセールスポイントとなる点は「念能力者であること」となる。が、既に組の中に念能力者がいた場合、そのセールスポイントは一気に市場価値が下がってしまうこととなる。更に仮に念能力者同士の戦いとなった場合、一対一でも苦戦を強いられることは必至だ。少なくとも現時点では、アイラにとって最悪のシナリオは避けられたということになる。
そしていくらレスターが肉体を鍛え、格闘術を修めていたとしても、念能力を持たないならアイラはほぼ確実に勝てると確信した。今この場この状況であれば、自身のボディーガードとしての有用性を示すことは可能だろう。アイラの内心に生まれた自信と確信が、次の望んだ展開に誘導する為の思考を加速させる。
「私の名前はアイラ=リン。私をボディーガードとして雇って欲しいの」
「なんだと……? テメェ、舐めてんのか?」
アイラの言葉を聞き、レスターは今にも掴みかかってしまいそうな程に青筋を浮かべる。対してアイラの態度は一切変わらない。努めて冷静に、どうやって誘導していくかを考えていた。
アイラにとってこの場の最終目標は、自身の能力を見せつけてゼンジ組のボディーガードになることである。そしてその為には、ほぼ間違いなくレスターと戦うことにはなるだろう──だが、このレスターとの戦いは、突発的に起きたものであってはならない。必ず、「これから自分の有用性を証明します」とゼンジに宣言し、ゼンジがそれを認めた上での決闘でなくてはならない。
仮にレスターの怒りが心頭に達してしまい、ゼンジが認める前にアイラを攻撃してしまった場合。もしアイラがそのまま反撃をしてしまえば、それは組に対する「敵対行為」と見做され、交渉の余地は無くなるだろう。無論、アイラの方から先制攻撃を行ったとしても同じだ。レスターとの戦いはあくまでも「戦闘」ではなく、ボディーガードを務められるかどうか、自身の有用性を見せる為の「交渉材料」でなければいけない。
その為に、まずはレスターを、そして扉の向こうにいるゼンジを挑発し、「この女に少し痛い目を見せてやりたい」と思わせ、こちらの「決闘」という条件を通りやすくする必要がある──但し挑発しすぎて怒り心頭にさせてもいけない。だからアイラは努めて冷静に、そして言葉を紡ぎ続ける必要があった。
「大真面目よ。私をボディーガードとして雇って欲しい」
「それが舐めてるって言ってんだコラァ!!」
『まあ待て、レスター。面白いお嬢ちゃんだ、少しくらい話を聞いてやろうじゃねえか』
激昂したレスターを諌めるように、部屋に響き渡る声。恐らく客間のどこかに拡声器が仕込まれているのだろう。アイラはその声の主が誰なのか、容易に推理出来た。
「この声……貴方がゼンジ氏ね?」
『ご名答。俺がゼンジだ──アイラって言ったか? お嬢ちゃんが言う通り、マジックミラー越しにお前達のいる部屋を観させてもらってるよ』
──マジックミラーを挟み、客間の向こう側にある部屋。灯りは最小限に留められた部屋の中で、大きな椅子にでっぷりと腰掛け、客間の様子を下卑た笑みを浮かべながら眺めているのが、マフィアのゼンジ組の頭である、ゼンジその人だった。丸々と太った身体は贅を尽くしていることがよくわかるが、その身体が逆に威圧感を演出している。両脇に静かに佇む侍女達を侍らせ、一国の王のようにふんぞり返っていた。
「さて、お嬢ちゃん。ボディーガードを志望しているらしいが……とてもじゃないがその風貌で荒事が務まるとは思えねえな。何が目的だ?」
マイクに口を近付け、拡声器越しに客間に声を届ける。客間でアイラと向かい合っているレスターは既に頭に血が昇り切っているようだが、反対にゼンジは冷静に彼女の目的を伺った。
対するアイラは、何処まで自分の目的を話すかを思案していた。彼女の目的は幻影旅団であり、ヨークシンシティの地下競売に彼等が現れる可能性を考えて、地下競売に関わるパイプが欲しいだけである。だがその目的は、ゼンジ組にとっては何もメリットが生まれない。つまりこの場でアイラが取るべき選択肢は、それらしい嘘をつくことになる。スモークから情報を買ってから数日間、マフィアンコミュニティーについて調べたことを思い出しながら、彼女は口を開いた。
「目的……そうね、十老頭に近付きたいの」
『なんだと?』
「十老頭は皆、自分の縄張りから最強の武闘派を一人ずつ集めて、「陰獣」という実行部隊を作っているんでしょう? 私はそれを目指している」
陰獣、という言葉を聞いてゼンジはほぉ、と声をあげる。アイラの目の前にいるレスターは最早アイラが何を言っても怒りに火を注ぐようになっているらしく、額の上の青筋がピキピキと音を立てる勢いとなっていた。
「何処までも舐めた口きく女だな、テメェは……! 言うに事欠いて陰獣だぁ? ふざけるのも大概にしろよテメェ」
『落ち着けレスター。だが確かに解せねえな、さっきも言ったがお嬢ちゃんが荒事をこなせるようには見えねえんだ。一体どうやって陰獣の座に座るつもりだ?』
──アイラは勝負をかけるならここしかない、と本能的に感じ取った。ゼンジすら怒らせる可能性こそあるが、ノーリスクで目的を達成出来るとは思っていない。
「……ゼンジ氏。貴方はノストラード
『……なんだとテメェ』
拡声器越しにも「圧」が伝わる、低く重い声色。スモークの情報通り、間違いなくノストラード組の話はゼンジにとっての「地雷」だ。アイラはその圧に屈することなく、冷静を保ちながら言葉を続ける。
「ボスであるライト=ノストラードの娘による的中率100パーセントの占い。十老頭にも彼女の占いの顧客がいるそうね」
『今そのインチキ野郎の占いの話が何になるってんだ、ぁあ!? 俺をイラつかせたいだけなら幾らでも受けて立ってやるぞ!!』
「あれはインチキなんかじゃないわ。勿論ただの占いじゃなくて、常識を超えた力を使っているけれど」
『……なんだテメェ、あのインチキ野郎の回しもんか? 俺がノストラードの野郎を認めてねえことを知って、あの野郎が根回しする為に送ってきた工作員か!?』
「──私も同じ、常識を超えた力を持っているわ」
『────なんだと?』
ゼンジは彼女の言葉に耳を疑った。思わず椅子から立ち上がり、身を乗り出すくらいには驚いている。
ノストラードの娘──ネオン=ノストラードの占いは確かに人智を超えている。その月に起きることを100パーセント予言する、占いというより未来予知。ノストラード組がのし上がっているのは、誰にもわからない筈の未来の情報を売ることが出来るからだ。
アイラの言う通り、未来予知にインチキや仕込みが無いと言うならば、それは常識を超えた特殊能力だと言わざるを得ない。そして彼女は同じような特殊能力を自分も持っていると口にしたのだ。或いはそれはネオンのような未来予知なのか、はたまた別の能力なのか──いずれにせよ、彼女の言うことが本当だとするなら、その力を自分の組で保持することは圧倒的な「力」となる。
「……おい、今アジトにいる武闘派構成員に伝えろ。中庭方面から客間の様子を伺い、警戒状態で待機しろと。女が中庭の方へ逃げたなら殺して構わねえ」
「……承知いたしました」
マイクをオフにし、侍女に命令を下す。
もしアイラが言っていることが本当だとするなら、恐らく彼女の持っている常識外の能力とは未来予知のような類ではなく、戦闘用の能力だろう。そしてその能力に自信があるから、ボディーガードとして自らを売り込みに来た。ゼンジ組に売り込みに来たのは、十老頭直属の組であることが大きな理由だろう。アイラの目的が陰獣になることであるならば、なるべく十老頭に近い組で名を上げたいはずだ。
──本当に特殊能力を持っているならば、確実に欲しい。ノストラードのように、常識外の力を使って更に成り上がるチャンスとなる。
だが、もし特殊能力を持っている上で、他の組にこの女を取られたらどうする? そんなこと許してはならない。他の組に取られるくらいなら、今日この場で殺してしまった方がいい。
ゼンジは口の端を持ち上げる。そしてゆっくりマイクのスイッチをオンにして、客間に向かって声を届け始めた。
『……テメェの言うことが本当だっていうなら、テストしてやる。目の前にいるレスターはウチの組でも屈指の武闘派だ。アイラっつったな? テメェが本当に常識を超えた力を持ってるっていうンなら──』
拡声器から聞こえる声を聞きながら、アイラは内心驚いていた。ここまで自分の思った通りに動いてくれるのか、と喜んでしまいそうになる──だが本番はここからだ。これから始まるであろう戦闘で下手を打てば、全てがお釈迦となるだろう。
既に下準備は二つ行っている。普通にやれば負けることは無いはず。アイラは気を引き締め直し、ゼンジの言葉の続きを待った。目の前のレスターも「早く命令を」と言わんばかりに、今にも飛びかかりそうな雰囲気のままソファに座っている。恐らく次のゼンジの言葉が、開戦の合図──
『目の前の3人を無力化して、客間から脱出してみせろ!』
「ぅおぉらぁぁぁっ!!!」
ゼンジの言葉と同時に、レスターはソファから飛び上がり、机に飛び乗りながら膨れ上がった右腕を力一杯振り抜いた。狙いは勿論アイラの顔面──しかし、その拳は空を切り、誰も座っていないソファをぐしゃりと潰すだけに終わった。
「なっ……!?」
レスターは己の目を疑った。間違いなく、一瞬前まではアイラはソファに座っていたはずなのに。拳が届く瞬間、その姿が跡形もなく消えたのだ。後ろに控えていた2人の男も突然の「有り得ない光景」に驚き、まるで時間が止まったかのように固まってしまう。
──その一瞬後、突如としてレスターは浮遊感を味わうこととなった。何が起きたか理解する間もなく、そのまま空中に投げ出される──自分が足を乗せていた机が、独りでに勢い良く真上に飛び上がったが故に自分も空中へ投げ出された、ということにレスターが気付いたのは、重力による自由落下が始まった瞬間だった。
「何だ!? 何が起きた!?」
突如消えたアイラ、独りでに勢い良く動き始めた机。間違いなく常識外の能力である。
──アイラはレスターが空中から落下していく様子を、最初に入ってきた扉のドアノブに手をかけながら見ていた。レスターの後ろにいた2人の男も同じように空中のレスターに目を奪われている。今なら足音にさえ気を付けて移動すれば、気付かれることはまず無いだろう。
「……戦闘開始」
全身の精孔を閉じ、身体から湧き出るオーラを完全に消してしまうアイラ。念能力の基本となる四大行の一つ、「絶」だ。完全に気配を消したアイラが凄まじい速度で壁沿いに走り始めるのと、レスターがドォン、という音と共に床に叩きつけられたのはほぼ同時だった。