殉教者共へ鎮魂歌を 作:与ル太族
「カハッ……俺は問題ない、女を探せ! 中庭で待機してる奴らも呼び寄せて構わん!」
床に叩きつけられた自分に駆け寄ろうとする2人の男に怒鳴りながら、右手を床に着きながら立ち上がろうとするレスター。かなりの高さから落とされた為、全身を鉄の塊で殴られたような鈍い痛みに加え、思うように呼吸も出来ないが、それでもすぐに指示を出して立ち上がろうと出来るのは日頃から鍛えているおかげだろう。だがその肉体の強さに反して、脳内は困惑に満ち溢れていた。
一体どうやって、どのようにしてあの一瞬で消えることが出来た? そしてどうやって机を動かした?
レスターは自分の隣で同じように床に叩きつけられ、ひしゃげてしまった机に目を向ける。何か細工がされていないかと注意深く観察したが、元の形から変わってしまっている為、仮に細工があったとしても見抜くのは難しいと判断する。必死の形相で息を深く吐き出し、痛む身体に鞭打って立ち上がった。
アイラは彼等の意識が自分から逸れた隙に絶を使い、気配を完全に消した上で部屋の四隅に聳え立っていた円柱のうちの一つの陰に隠れる。オーラを自身の周りに留めておく「纏」を使用するだけで、三対一だとしても格闘戦に於いて負けることは無いだろうが、相手が銃を持っている場合は話が別だ。幾ら念能力が常識を超えた特殊能力だとしても、銃火器の攻撃力を正面から耐えられるのは「強化系」と呼ばれる、自らの肉体を強化することに長けた系統を持つ熟練の念能力者だけだ。
アイラの想定では、先程の空中から床に叩きつけられた一撃でレスターを気絶させるつもりだった。頭が最初に潰れた敵なら、銃を抜かせる前に接近して攻撃を浴びせ、無力化することは造作もない。だが予想外にもレスターは意識を保ち、更に指示を出すまでの胆力を見せた。
絶を解き、右手に念を込めた状態で柱に触れる。アイラの念能力の一つ、「
この瞬間移動能力と、もう一つ──机を動かした能力。この二つの能力を使って、自身の有用性をゼンジに見せつける。アイラはゆっくりと深呼吸をし、再度纏を発動して柱から飛び出した。そして全速力で片膝をつくレスターに向かって走りながら、目の端にマフィア二人を捉える。その手に拳銃が握られていることを確認し、即座に全身の精孔から一気にオーラを放つ。念能力の基本の四大行の一つ、「練」。更に練で大量に放出したオーラを纏で自らの肉体に維持させる。念能力者同士の戦いにおける基本戦術であり極意、「堅」。この状態であれば、拳銃での攻撃が命中したとしても、余程のことがない限りは大ダメージにはならないはずだ。
マフィアの2人はアイラが飛び出してきたのを視認すると同時に拳銃を構える──が、常人離れした彼女の速さに狙いをつけられず、発砲した銃弾は命中させることは出来ない。次弾を放とうと引鉄に指をかけた瞬間、アイラはレスターの背後に回り込み、左腕と首元を掴んで銃弾の盾にするかのように自らの身体をレスターで隠した。これでは発砲すればアイラに命中する前にレスターに致命傷を与えてしまう。二人のマフィアは銃を構えたまま、何も出来なくなった。
「ぐぅっ……テメェ……!」
レスターは必死にもがこうと身体をよじるが、一回りも身体が小さいアイラの腕を振りほどくことが出来ない。オーラで自身の肉体を強化しているアイラのパワーが、レスターの素の筋力を上回っているのだ。
「少し寝ていてくれる?」
「がぁっ!?」
左腕を掴んでいる左手に力を加え、ゴキッという音と共にレスターの左腕の骨を折ってみせる。流石の痛みにレスターの力が緩んだ瞬間、アイラはなるべく微弱な量のオーラを纏った右足を使い、脇腹に鋭い蹴りを見舞った。オーラを操る術を持たない者に対してのオーラを使った攻撃は、それだけで凄まじい威力を発揮する。がら空きの脇腹に蹴りを叩き込まれたレスターは今度こそ意識を完全に手放し、崩れ落ちるように膝から床に倒れ込んだ。
レスターが床に沈むまでの一瞬の間に、アイラは即座にひしゃげた机の一部だった脚を右手で掴み、念でマーキングしながら二人のマフィアに向かって放り投げる。投げられた机の脚は突然の投擲に対応できなかったマフィアの1人の右腕に命中し、構えていた銃を床に落とす。その瞬間にアイラは「
「は──!?」
何が起きたか理解出来ていないマフィア二人に足払いをかけながら、伸ばした足で床に落ちた拳銃を引っ掛けて引き寄せ、すぐに拾ってまだ拳銃を持っている方のマフィアが立ち上がる前に銃口を後頭部に突きつける。
「動くと頭が飛ぶわよ」
なるべく冷たく、無機質に聞こえるようにアイラが言い放つ。その言葉は銃口を突きつけられている男に対してもそうだが、銃を失い徒手空拳で戦うしか無くなった男が立ち上がって抵抗してこないように牽制した言葉だった。レスターは気を失っている為、アイラがあと注意すべきは客間の外からの攻撃──恐らく中庭に控えているであろうマフィアが乗り込んでくることだ。出来ればこの三人を無力化した時点で、ゼンジが実力を認めてくれれば楽なのだが……。
監視部屋から客間での戦闘を見ていたゼンジは、目の前の光景を見て恐怖と歓喜に震えていた。
「なんだあの野郎……消えたり飛んだり、どんなトリックを使ってやがる……!?」
アイラが大言壮語するのも納得出来るほどの、常識外れな光景。何度か見せた瞬間移動が、そして突然吹き飛んだ机を動かしたのが。本当に彼女の特殊能力だというなら、今この時点でその有用性はこれ以上なく示されていると言っていいだろう。圧倒的な体術と身体能力も含め、ボディーガードだけでなく暗殺等でも役に立つであろうその瞬間移動能力は、ゼンジにとって喉から手が出るほど欲しかった。
だが同時に、仮にアイラを自分のボディーガードに置いたとして、彼女が裏切った場合──或いは、自らを敵視している陣営からのスパイだった場合。この瞬間移動能力はこの上なく厄介な能力となる。例えば、客間から壁を隔てたこの部屋に向かっても瞬間移動が可能だとするなら。ゼンジは用を足す時もベッドの上で休息を取る時も、常に突然の刺客が現れ、暗殺を決行することに怯え続けなければならない。
マフィアの世界に於いて、最も信用出来る相手とは、「組の契りを交わした同胞」か、或いは「暴力によって服従させた飼い犬」のどちらかだ。目の前でレスターを無力化し、更に2人のマフィアも無傷で制圧した彼女を、裏切りの心配無くボディーガードとして置き続けるほどゼンジの神経は太くない。かといって暴力による服従が見込めないのは目の前の光景が証明済みだ。本人を暴力で抑え込めずとも、彼女のアキレス腱となるような家族、友人を人質にとって服従させる手もあるが、現時点で彼女のアキレス腱に関するような情報を持ち合わせていない。
つまり今、ゼンジが取れる判断は、①この場で有用性を認めて彼女を招き入れるか、②何か彼女──或いは彼女の能力の弱点を見つける為に、外で待機している雑兵達を突入させるか、はたまた──③レスターを無力化させたことに対して敵対行為と見なし、総出でアイラを殲滅するか。
ゼンジの中で③の選択肢は最初に消えた。他の組に取られるくらいならこの場で殺してしまいたいが、目の前の超能力はゼンジにとってリスクを冒してでも手に入れたいと思える程に魅力的だった。だがすぐに①を選ぶには、ゼンジのプライドが許せなかった。
「なるべくアイツの超能力のタネを明かせ! 好き勝手させてんじゃねえ!」
バリィ、という音と共に中庭へと続くガラスに大きなヒビが入る。その数瞬後、ガラスは粉々に砕かれ、四人のマフィア達が突き破るように客間へ乗り込んできた。全員が手に拳銃を構えており、間違いなく臨戦態勢だ。
アイラはまだ戦いが続くこと、そして新手が全員拳銃を所持していることに内心舌を打ちながら、即座に手に持っている拳銃の持ち手で目の前の男のこめかみを殴り付け、一撃で失神させる。即座に銃を手放した方の男に接近し、反応される前に右腕と衣服を掴み、新手に向かって投げ飛ばす。距離を鑑みると新手を巻き込むことは難しいだろうが、射線を切ることと、アイラの身体を敵の視界から一瞬外すことには成功する。新手の四人が投げ飛ばされた同胞に意識が向いた瞬間、アイラは「
「なっ……!? 消えやがった!」
「何処に消えた!?」
男達は投げ飛ばされたマフィアが床に落ちたと同時に遮られていた視界の先に銃口を向けたが、アイラは既に瞬間移動を終えた後だ。誰もいない目の前の光景に驚き、辺りを慌てて見回す。
「……ドアが開いてる! 外に逃げたんだ!」
一人の男がいち早くドアが開けられていることに気付き、そしてその声に気付いた残りの三人も合わせて一目散にドアへ向かって走り出す。
アイラは廊下の曲がり角で身を潜めながら、男達が客間から出てくるタイミングを見計らっていた。狙うタイミングは廊下に出てから二秒後──耳を澄ませて足音が客間の床から廊下の大理石を踏む音に変わる瞬間を待つ。
カツン、という甲高い足音が幾重にも聞こえてきた瞬間、アイラは「
音も無くマフィア達の後ろに回り込んだアイラは、一切気付かれることなく最後列にいた男の首を掴むことに成功する。そして驚きの声をあげられる前に脇腹に膝蹴りを叩き込み、一撃で声を上げる間もなく気絶させた。残った3人の男達が違和感に気付いたのは、一人目の男が床に倒れ込んだ瞬間──既にアイラが二人目の男の顔面に掌底を叩き込もうとしている寸前だった。
「なっ──」
気付いた瞬間には既に二人目の男が掌底を躱す手段は残っておらず、掌底を受けた男はそのまま廊下を吹き飛ばされて転がっていく。即座にアイラは三人目に照準を合わせ、構えられる前に蹴りを放つ。狙われた男は拳銃を構えるべきか、或いは格闘の構えを取るか一瞬悩んでしまったが故に中途半端な動きになり、結果としてアイラの蹴りを鳩尾に受け、先の男のように廊下を転がることとなった。アイラは男が意識を手放したかどうかの確認を後に回し、残った最後の男に向かって左手で持っていた拳銃を構えた──と同時に、最後の男を見て驚いた。
「……アンタ、どういうつもり?」
最後の男は拳銃を向けられた状態で、白旗を上げたように両手を上げていた。男が持っていたはずの拳銃は床に転がっており、両手の平はアイラの方に向けられ何も抵抗の意思がないことを示している──だが、アイラが驚いたのはそこではなかった。
目の前の男は、
「……降参だ。レスターさんが最初にやられて、アンタの
赤色の髪を短く切り揃えた男は静かに敗北宣言をして、アイラの反応を待つ──或いは、アイラの力を見たかったであろうゼンジの反応を待つ。だが、そんな男を目の前にして、アイラは冷静を装いつつも内心でひどく困惑していた……が、その思考を纏める前に、客間のスピーカーからゼンジの声が聞こえてくる。
『……文句はない、合格だ。お前が「使える」ことは解った、俺の用心棒として雇わせて貰おう』
──結局、ただただ彼女の強さを見せつけられただけだった。
言葉の上ではあくまでもこちらの方が立場が「上」であることを崩さなかったが、ゼンジの表情は悔しさが滲んでいた。
間違いなくアイラという女性は常人を超えた力を持っており、彼女を雇ったことでゼンジには圧倒的な武器が与えられた。だが、仕組みも解らない、ましてや制御出来るかわからない武器ほど恐ろしいものはない。今ゼンジがアイラを雇ったのは、「この力を他の組に取られる」という最悪のケースだけをケアした状態でしかないのだ。
「……おい、紫煙と連絡を取ってアイツの情報を調べさせろ。金はいくら積んでもいい」
侍女にそう命令しながら、ゼンジは監視部屋の奥へと向かう。廊下へ繋がるドアを開け、歩きながらゆっくりと思考を巡らせた。
「……いや、これはチャンスでもある。俺の組から「陰獣」を排出すりゃ、更に上を狙うチャンスだってあるんだ。あの女を制御さえ出来りゃ……!」
自分に言い聞かせるかのようにそう呟き、邸宅内の無線を使ってアイラを自室に案内するよう命令する。
両刃の剣を手に入れた男は、命を賭けた昇格戦の席に着かされた。