殉教者共へ鎮魂歌を 作:与ル太族
アイラは一先ず邸宅内を一通り案内され、そして空き部屋を一つ貸し与えられることとなった。案内をしてくれた男が部屋から出ていくと同時に用意されていた椅子に腰掛け、静かに思考を始める。
──目下の目標はまず達成されたと言っていいだろう。念能力を使い、ゼンジに実力を示すことでボディーガードとして雇ってもらい、このままゼンジ
先に行われた組長であるゼンジとのやり取り自体は、あまり緊張することではなかった。明らかにアイラを信用していないが、その力は自分の為に利用したい……そんな心境が透けて見える豚のような男とのやり取りについては予想の出来ることばかりだった。ある程度警戒をしておく必要はあるだろうが、大した問題にはならないだろう。
ゼンジとのやり取りの最中、彼がアイラの能力のことを心の底から「未知」として恐れている様子が見えたことからも、この組において念能力が知られているということは有り得ない。だが、あの赤髪の男は確かにオーラが湧き出ており、そしてそれを意図して隠そうとしているように見えた。もし彼が本当に念能力者だった場合、そして彼がこの先敵となる可能性がある場合。アイラだけが念能力を晒し、相手の能力が解らないことは圧倒的なディスアドバンテージとなる。瞬間移動能力は放出系の念能力としてかなりメジャーな能力だが、そもそも自身の「発」の系統が相手に知られているのもいい事態とは言えない。
──兎にも角にも、この組に長居するとしても、いずれ敵対するとしても、あの赤髪の男には接触する必要がある。アイラはゆっくりと立ち上がり、赤髪の男を探す為に部屋を出ようとした──
「用心棒殿。いるか?」
コンコン、というノックの音と共に、ドアの向こうから聞こえてくる声。その声は間違いなく先の戦いで降参を宣言された時と同じ声色だった。探そうとしていたはずの男が向こうからやってくるとは──アイラは内心探す手間が省けたことに安心しつつも、慎重にドアノブに手を掛け、ゆっくりと扉を開けた。
「何の用かしら」
「なんだ、えらい警戒されてるな……少し話をしに来ただけだ。聞いておきたいこと、ハッキリさせておきたいことはあるだろ? お互いに」
「……入って。アンタの言う通り、私もアンタに聞きたいことがあるわ」
「どうも」
扉を開けた先にいたのは、やはり赤髪の男だった。武装しているようには見えず、オーラもまるで戦いの意思があるとは思えない程に抑えられている。話をしに来ただけ、という彼の言い分に嘘はないだろう──そして彼の言う通り、アイラも彼と話がしたかった。少し逡巡した後、アイラは男を部屋に招き入れ、そして声が漏れないよう扉を閉めた。
「先に自己紹介をさせてもらおう。俺はレンズ=ブレイラ。ここじゃ組の下っ端ってとこだ」
「アイラ=リンよ。知っての通り、さっきこの組の用心棒になったわ」
レンズはじっくりとアイラの姿を観察するように見つめ、そして少し真剣味を帯びた表情へと変わっていく。
「……単刀直入に聞かせてもらおう。あんた、何が目的でこの組に近付いた? うちのボスやレスターさんには上手く誤魔化したのかもしれないが……あれだけの念能力を持っておいて、わざわざマフィアの用心棒をする為に売り込んでくるとは思えなくてな」
「──やっぱり、アンタも念能力者ね」
レンズの口から「念能力」という単語が出てきたことで、アイラの警戒度は更に増した。そして同時に自身の目論見もある程度看破されているという事実に、歯噛みしながら彼の言葉を待つ。
「ああ。アンタが他の奴らを叩きのめしてるのを見て、反射的に「纏」で身を守ろうとしてしまった時点で気付かれただろうとは思っていたよ──一旦その話は置いておくとして、俺の質問に答えてくれないか……ああ、別にどんな答えが返ってきたとしても、ボスやレスターさんに報告するつもりはないぜ」
「……その言葉を信用する根拠が何処にもないわ」
「俺がボスやレスターさん、延いては組に念能力者であることと念能力の存在を隠していること。これが信用する材料にならないか?」
──仮にレンズが従順な組の狗だというなら、自身の念能力を組に役立てるべくその能力をゼンジやレスターに報告しているはずだし、そして念能力という「鍛えさえすれば誰にでも開花させられる超能力」の存在を隠しておくはずが無い。だが事実としてゼンジ組は念能力の存在を知らず、レンズはアイラとの戦闘の最中ですら自身が念能力者であることを隠そうとしていた。
アイラは少し思案し、ふぅと息を吐いて観念したかのように自身の目的を話すことにした。
「……ヨークシンシティの
「地下競売、なるほどな。確かにスジモンじゃないと関わることは出来ないが……何故地下競売に?」
「そこまで教えるつもりはないわ」
一瞬、アイラのオーラが逆立ったような気がして、レンズはそれ以上の詮索を止める。だが地下競売には持っているだけで罪になり得るものや、或いは盗品、人体まで競りにかけられる。その中に自身の大切なものが紛れており、それをマフィアから取り返したい……というような理由だろうとレンズは推測した。
「私からも質問させて。アンタがゼンジやレスターに念能力の存在を話していないのはどうして? マフィアの下っ端って、ファミリーに対しては全てを捧げ曝け出す、忠誠を誓う狗みたいなものじゃないの?」
「狗みたいなヤツも実際いるが、それは血と暴力に魅せられ裏社会を盲信する輩か、暴力に屈し牙を折られた輩のどっちかだと思うぜ」
例えば前者だとレスターさんがそうだろうな、とレンズは付け加える。
「……つまり、アンタは狗じゃないと」
「そういうことだ。あんたと同じだよ、俺も目的があってこの組に潜り込んだ」
「その目的は?」
「それもまたあんたと同じだよ。
アイラは内心で舌打ちをした。とはいえ彼女もまたレンズに目的の全てを話しているわけではないため、互いに明かせる情報はこれくらいだろうか……と考え直した時、レンズが更に言葉を続ける。
「──ここからが本当に話したかったところだ。早い話が交渉だよ」
「なんですって?」
「アイラ=リン。俺と手を組まないか?」
──思いもよらなかったレンズの発言に、アイラの思考は一瞬完全に止まった。
「あんたの目的は邪魔しない、寧ろ俺の目的の邪魔にならないなら手伝ってやってもいい。代わりに、あんたも俺の目的を手伝って欲しい」
「……でも、アンタ目的は教えるつもりはないって」
「
アイラはレンズの真意が一切読めなかった。恐らくは彼の目的は、ある程度誰かに知られたら──恐らくは組に知られたら。達成が非常に難しくなるのだろう。それでいて一人で達成するのも難しいものであるのは間違いない。その為に誰かの手は借りたいが、事前にその目的を提示することは出来ない。目的を提示した後に交渉が決裂した場合、レンズにはリスクしか残らないからだ。
だが、それは──
「随分アンタに都合の良い交渉じゃないかしら、レンズ」
それは、交渉というよりも善意に縋る「お願い」に近い。アイラがレンズの目的を知ることが出来たとして、それで得られるものは殆ど無いに等しいのだから。互いの協力の約束も、元よりアイラは一人で復讐を完遂するつもりでいたのだ。
アイラの返答もレンズは予想していたのか、不敵に笑って言葉を続ける。
「勿論、それだけで交渉とは言わないさ。アイラ、あんたが兎角気にしているのは「俺が信用出来るのかどうか」に尽きるだろ? だから、あんたがこの申し出を受けてくれるなら──俺はこの場で自分の念能力を明かすよ」
「……正気?」
今度こそ、アイラはレンズの言葉に思考を止められた。自身の念能力を明かす──それは手の裡を見せることと同義だ。念能力者同士の戦闘は単純な実力差だけでなく、能力の相性や対策で簡単に勝敗が裏返ることもある為、念能力の詳細は味方同士でも明かされないことすらある。実際、アイラがレンズのことを警戒していたのも「自身は念能力を見せてしまったが、相手の念能力は一切不明である」という点が非常に大きい。仮に今後手を組むとしても、敵対するとしても、この場でレンズの念能力を知ることが出来るなら……その交渉は、アイラにとって非常に重要なものとなる。
「ぶっちゃけてしまうとバレても問題ない能力というか……そもそも俺の発は戦闘向きじゃないんだ。だからこそ荒事慣れしてそうなあんたに協力を持ち掛けてるとも言えるんだが……」
そのレンズの説明も、結局真偽を確かめるには念能力を見せてもらうしかない。幻影旅団に辿り着く前に、潜り込んだ筈のマフィア組内で障壁に阻まれる暇はないと判断し、アイラの返答は決まった。
「──解った。アンタを信用して手を組むことにするわ。私だけ念能力が割れているのも不利だしね」
「そう言って貰えて何よりだ。じゃあ早速まずは俺の能力を明かそう──説明するより見てもらった方が早いな」
アイラの返答を聞いたレンズは、閉じていた精孔を開き、オーラを発する。そしてそのオーラを右手に集め、ゆっくりと目を閉じて集中し始めた。
やがてレンズの集めたオーラは一枚の紙の形を取り、そしてそのまま実体へと具現化されていく。そしてレンズが目を開いた途端──具現化された紙に、精巧な写真のような画像が浮かび上がった。
「具現化系……これは写真?」
「ああ。俺の能力、「
具現化された写真をアイラに渡すレンズ。素直に受け取り、その写真をアイラは眺める──恐らく、先程の戦いでレンズが中庭から客間に突入した際の写真だろう。倒れ込むレスターと、銃を構えて二人の男を無力化するアイラ、そして──
「……待って。この写真──」
「ああ、気付いたな。さっきも言った通り、この能力は「凝」で見た視界を記憶し、それをそのまま写真として現像する。つまり──」
「──普通のカメラでは絶対に写らない、オーラも全て写る、ということね。凝ということは、仮に「隠」でカモフラージュした場合も」
「勿論、隠を使って隠されたオーラも全て写る。今回のあんたは隠を使ってなかったみたいだがな」
端の方に写っている、廊下へ繋がるドア。アイラの足元に転がる、破壊された机の脚。アイラが「
「具現化系のイメージ修行こそ必要ないが、「現像」という行為に対してオーラが全て写るという特殊能力こそあれど、具現化された「写真」そのものにこれ以上の能力は無い。その分制約も「凝で写したい光景を見る」というだけで済んでるが……こと戦闘においては役に立たない能力だよ」
「……確かに。マフィア組の構成員の発とは思えないくらい、荒事向きの能力じゃないわね」
確かに、レンズの能力がこの「
だが、だからこそ──アイラは恐らく、レンズはまだ他の能力を隠していると推測した。先程彼が自分で言った通り、「
そもそも、自身の能力を明かすことを交渉材料にしてきた時点で、発を複数持っていることは想定に入れておくべきだった──アイラは内心で少し反省していた。本当にレンズが複数の発を構築しているとするなら、交渉を受けたのは結果として目先の情報に飛び付き、相手は明かしても構わない情報だけを提示してこちらが損をした形になる。
この後語られるであろうレンズの目的を聞かないことには結論は出せないが──少なくとも、暴力が日常に組み込まれるようなマフィアという裏社会に潜り込む必要があるような目的を掲げておいて、念能力を修得した上でここまで戦闘を想定していない能力のみを構築しているとは到底思えない。恐らく戦闘用の「発」も用意してあると考えるのが道理だろう。それもまた具現化系なのか、はたまた別の系統の能力か。いずれにせよ、レンズの能力を明かされたことにより、アイラはレンズに対して更に警戒を抱かざるを得なくなった。
「……アンタの能力は理解したわ、さっきの戦いで使わなかった理由も合わせてね。じゃあ次は協力して欲しいって言った「目的」の方を聞かせてくれるかしら?」
だが結局、「協力する」と言った以上、レンズのことを警戒はすれど表向きだけでも協力関係を結ばなければならない。アイラもまだ瞬間移動能力である「
「ああ。と言ってもあまりに簡単な話だよ──売られた姉貴を探してる。それだけだ」
それは恐らく、アイラが幻影旅団を探し、そして復讐を遂げたいと考えるのと同じような……その目的こそが自身の生きる指針となるような、そんな命の「核」足り得るもの。だが、レンズはそれをさも日常会話のように、或いは昼下がりのコーヒーブレイクに談笑するかのように言ってみせた。オーラに揺らぎは無い。表情にも変化は無い。だがその言葉には確かな重みが存在し、アイラは本能的にその言葉が「真実」であることを感じ取った。
「貧しい家だったんだよ、両親もクソだった。借金した相手がマフィアだったことも知らず、両親は殺されて姉貴と俺は路頭に迷うところだった──だけど姉貴は美人だったからな。そのままマフィアに連れて行かれたよ」
淡々と、ただ起きたことを羅列するかのようにレンズは言葉を続ける。それはまるで、その当時のことを鮮明に思い出すと、自身の心が壊されてしまうから、わざと機械的に話しているようにすら見えた。
「まあ、この世界ならよくある話だろ。姉貴は今も何処かで身体売って、両親の作った借金を返してるんだろうな。俺に借金の取り立てがこないことがその根拠だ」
「……両親を殺したマフィアが、お姉さんとアンタを引き剥がしたマフィアが憎くないの?」
「前者については特に何もって感じだな、本当にクソな両親だったもんで。後者はまあ、憎いが……姉貴を取り返せるならそれでいい」
レンズはそう言いながら、再度「
「マフィアは組によって稼ぎ口が違う。武器の横流し、金貸し、薬物取引、そして売春エトセトラ。ゼンジ組に入るまで、どの組が何を生業にしているか知る由もなかったが……ヨークシンの地下競売には世界中のマフィアが集まるだろ。その中から売春を生業にしている組をピックアップし、姉貴を手中に置いてる組を見つけ出す。これが俺の目的だ」
「……なるほどね。確かにこれだけのマフィアが参加するなら、一人でお姉さんを買った組を探し出すのは難しい」
具現化された写真に書かれている組の数を見ながら、アイラは納得したような声で返事をする。
「……解った、アンタの目的にも協力する。但し、私も最優先するのは自分の事情よ。アンタの協力は要らないけれど、私は自分の目的に関わりがあることが発生したら、そちらを優先させてもらう」
「それで結構だ。アイラ、あんたも薄々理解していると思うがここで俺達がハッキリさせておくべきなのは、互いの目的がどちらも地下競売にあることと、お互いにマフィアを味方だと思っていないことだろ。敵の敵は味方……くらいに考えてくれりゃそれでいい」
「ええ、そうね……最低限、お互いの邪魔をしないことが解っているならそれでいいわ」
アイラがレンズのことを信用し切っていないのと同じように、レンズもまたアイラのことを信用して話をした訳では無い──少なくとも、アイラはそう感じていた。それでも、この協力関係には意味がある……最低限、不可侵条約としての意味は果たされるだろう。
「……お互い、頑張りましょ。お姉さん、見つかるといいわね」
「──ああ、ありがとな」
不意に口をついて出ただけの言葉。無意識に出たアイラの言葉に、レンズは一瞬思考を止めざるを得なかった。
ヨークシンシティにて、地下競売が始まるまであとまる一ヶ月。
アイラとレンズは、互いの目的を達成する為のスタートラインに立たされた。