殉教者共へ鎮魂歌を   作:与ル太族

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断章:8月29日

 8月29日。

 

 夜の帳に紛れて飛ぶ飛行船は、ヨークシンシティを目指していた。

 乗客はたった二人だけ──証を所持しているプロハンターであれば公共の乗り物である飛行船を貸し切り、私用で飛ばすことも容易に行うことが出来る。

 

 窓に映る暗闇の空を眺めながら、この飛行船を貸し切った本人でもある奇術師のような風貌の男──ヒソカ=モロウはグラスに入ったワインに口をつけていた。

 

「彼……来るかな♢」

 

 ヒソカの脳裏に浮かぶのは、先に行われた第287期ハンター試験の最終試験にて戦ったクルタ族の少年。まるで聖夜に新しい玩具が届くかどうか楽しみに待つ子どものように、ヒソカは高揚を隠せずにいた。或いは本当に、新しい玩具を待っているような気分かもしれない。

 

「おたくの方から声をかけてくるのは珍しいな。悪いが今、おたくが食い付きそうな新しい情報は持ち合わせてないぜ?」

 

 飛行船のもう一人の乗客が、ヒソカの背後から声をかける。ライターで煙草に火をつけ、煙を吐き出しながらその男──情報ハンター、スモークは頭を掻いた。

 

「本当に? 以前ボクから旅団(クモ)の動向の情報を聞いたのは、それを求める顧客がいたからだろ♡」

 

「おたくのお眼鏡にかなうかどうかは解らないぞ。俺もあいつの念能力は知らないしな」

 

「ふぅん……まあいいや♧ ︎︎その子の情報を貰えるかい? その子も来るんだろ? ヨークシンに♢」

 

「情報を売る分には構わないが……ヒソカ、本当におたくが求めてるような奴かは保証しないぞ」

 

 ヒソカという人物の行動指針は至って単純であり、戦闘に於いて才能ある強者と一対一で戦うことを求める戦闘狂だ。自身が認めた「玩具」に対しては執着を見せ、そうでない相手は一切の興味も無く殺される。スモークは確かにヒソカから幻影旅団がヨークシンシティに集合するという情報を手に入れ、そしてそれを顧客──アイラに売った。幻影旅団の動向を知りたがる顧客は、ある程度腕の立つハンターか、或いは幻影旅団に強い恨みを持ち、力を手に入れた復讐者のどちらかであり、そういった手合は必然的に実力者であることが多い──というヒソカの読みはある程度当たってはいたが、スモークはヒソカにアイラの情報を売るのを渋った。それは勿論、彼女の身を案じてではなく……別の理由にある。

 

「勘違いしないでくれ♤ ︎︎確かにキミが旅団の情報を売ったであろう顧客も気にはなるけど、ボクが今一番戦いたいのは団長だ♡ ︎︎もしキミが情報を売った顧客が予想外な動きをして、ボクと団長との逢瀬(デート)を邪魔されたら困るからね♧ ︎︎だから最低限の情報は持っておきたいのさ♡」

 

「……なるほどな」

 

 ヒソカの言葉に納得したスモークは自身の携帯電話を取り出し、今までに手に入れた情報達をまとめた画面を表示する。そこからアイラ=リンの項目を呼び出し──幾つかの行を削除してヒソカへのメールにコピーし、そして送信した。

 

「今送信した、暇な時にでも読んでおいてくれ。支払いはいつもの口座に頼む」

 

「どうも♡」

 

 ヒソカはその場で携帯電話を取り出し、送られてきたメールを確認する。記されているのはアイラ=リンの背格好、そして恐らく幻影旅団を追うきっかけとなった彼女の過去。ヒソカはそれらを読み終わると満足したかのようにクツクツと笑い、そしてゆっくりと振り返ってスモークを見据えた。

 

「スモーク、キミまだ何か隠してるだろ♤」

 

「ああ、おたくは「最低限の情報は持っておきたい」って言ったからな。おたくが必要そうな最低限しか渡してないぜ」

 

 ヒソカの問いに対して、スモークは一切悪びれずに答えた。無論、仮にヒソカが「最低限」と言っていなかったとしても、彼は情報を全て渡すつもりは無かったが。

 

 アイラに幻影旅団の情報を売ってから数日後、スモークはマフィアのゼンジ組から「アイラの情報をなるべく多く買いたい」という依頼を受け、改めて彼女を調べ回ることとなった。恐らくアイラは組のボディーガードとなることに成功し、ゼンジは彼女に首輪を付けたいが為に弱点を探ろうとしているのだろう。

 

 そしてスモークが改めてアイラ=リン、延いては彼女の生まれ故郷とされるカキン王国の「珊瑚の村」の跡地にまで出向き、彼女と村について調べ直した結果……滅びた村に残された日記や書物から、彼は一つの仮説に辿り着くこととなる。

 

 

 

 ──カキン王国にて数年に一度行われる、王族の祭「謝肉祭」。無作為に選ばれた村落へ王族がお忍びで出向き、数日間その村にて「宴」を催すらしい。村人はその場で全員が「持て成す者」と「その他」に選別され、持て成す者に選ばれた村人は数日間休むことも眠ることも許されず、王族を持て成し続けなければならない。

 古くから伝わる「七宝」を作る為の珊瑚を保護する一族の村だとしても、謝肉祭の舞台となる村落は無作為に選ばれる為、カキン王国にある限りこの謝肉祭から逃れることは出来ない。更にカキン王国には「不敬罪」が存在し、王族相手の避妊、堕胎、遺伝子鑑定すら不敬行為として即死刑と見做される。

 

 彼等が保護する特殊な珊瑚はかなりデリケートな環境でしか生きられず、付近の海の水質が保たれなければ即白化し、そして死に至る。更にこの珊瑚を加工して作る七宝も、加工の際に「汚れた心で触れればたちまち腐り、泥の珠と化す」と伝えられていたらしい。アイラが育った珊瑚の村では、「美しい心を以て海と育ち、珊瑚に恥じぬ生き方をせよ」と教えられていた。

 

 ──だが、カキン王国の謝肉祭という催しは、間違いなくこの美しい心からはかけ離れたものだ。万が一謝肉祭の舞台にこの珊瑚の村が選ばれた場合、間違いなく珊瑚は死滅し七宝は腐り、古くから伝わるカキン王国の宝玉は永久に失われることとなる。珊瑚を守り抜くべく、或いは忌むべき祭りに対抗すべく。村人達は総出を挙げて謝肉祭に対するカウンターを用意した。それは村の男達全員の祈りによって産み出された珊瑚の守人──恐らく相互協力型(ジョイントタイプ)の念能力で産み出された念獣だろう。守人は珊瑚の棲息する海の入口を番人のように守護し、そして能力者であったはずの村人達がいなくなった今も、珊瑚を守り続けていた。

 

 珊瑚の村は、七宝を狙ったであろう幻影旅団に村人ごと滅ぼされている。その際に幻影旅団が七宝を盗んでいったかまでは不明だが──アイラを除いた村人が殺されているというのに、珊瑚の守人なる念獣が健在なのは間違いなく「死後強まる念」だろう。村人達の珊瑚を守り抜かねばならないという強い意志が、守人をその場に縛り付けていることになる。

 

 村の跡地から見つかった日記や書物には詳しい念獣の能力は書かれていなかったが、スモークは一つ、気になる文章を見つけている。それは「私達が穢されるようなことがあれば、守人の能力でそれら全てを「浄化」する」というものだ。

 穢される、浄化、と抽象的な表現が多いが、彼等がこの念獣を生み出した理由が謝肉祭へのカウンター、或いは珊瑚の保護だとするなら。「穢される」に当てはまるのは……

 

 ①女性達の望まぬ性交渉や妊娠か、

 ②七宝を泥の珠に変えてしまうような「心が汚れる行為」の、どちらかとなるだろう。

 

 アイラ以外の村人を殺し尽くしたと想定される幻影旅団が、恐らく「浄化」を受けずにその後も活動を続けていることを鑑みると、②の可能性は少し低くなる。だが、「穢される」の主体が村人である以上、穢れていない村人をただ殺すだけならルールに抵触しない可能性があること、そもそも七宝を泥の珠に変えてしまうような汚れた心を持つに至る行為があまりにも抽象的すぎること等も考えれば、①だと断定するにも出来なかった。

 

 そしてスモークは思い至る──果たして復讐を遂げたその両手は、七宝を汚すに至るのではないだろうか。復讐の火に灼かれ、己の衝動が儘に殺した後の心は、穢れていないと言えるのだろうか。

 

 念獣が死後強まる念として現世に留まり続けている以上、「村人が穢されることがあれば、守人が浄化する」というルールも適用され続けているだろう。恐らくこのルールは制約と誓約。浄化とは念による攻撃行為であり、念獣は珊瑚の海に立ち入ろうとする者がいる時と、村人が穢された時にしか攻撃出来ない可能性が高い。

 

 仮にアイラの復讐行為が「穢れ」に適用されるなら、彼女が復讐を遂げた瞬間、村人達の念獣による浄化という名の念による攻撃行為が実行されるだろう。だがその場合、「浄化の対象」は誰になる? アイラが攻撃を受けるのか、或いは幻影旅団の死体か、或いはまた別のものなのか。

 

 死後の念は生前よりその効果、出力が上がる傾向にある。相互協力型(ジョイントタイプ)の能力が死後も残り続ける例をスモークは知らず、浄化による念の攻撃がどれ程の威力を持つのか、そしてどれ程の効果範囲を誇るのかは想像もつかない。場合によってはその浄化による攻撃一度だけで、数百、或いは数千の無辜の人間が死ぬ可能性すら有り得るとスモークは考えていた。

 

 

 ──アイラ=リンに復讐を完遂させてはいけない。

 

 

 これがスモークの仮説であり、同時にたどり着いた彼の結論である。

 

 目の前のヒソカという男は幻影旅団の団長と戦うべく、幻影旅団に近付く為自らも旅団のメンバーとなった男だ。十年前の珊瑚の村を襲った際のメンバーではないが、現時点で旅団の一員だというなら、念の為ヒソカがアイラに興味を持つ展開だけは避けておきたい。

 そもそも死後も残っている念獣が、「村人を守る」とプログラムされている可能性もある。死後の念で強化された相互協力型(ジョイントタイプ)の念獣との戦いは、ヒソカが興奮する材料として十分──とスモークは判断している。

 

 同時にこのイレギュラーな念獣の存在は、なるべく隠しておくべきとも考えている。あらゆる情報をハントし、そしてその情報を使って新たな情報を手に入れる──それがスモークの情報ハンターとしての楽しみではあるが、同時にプロハンターとして「絶対に流出させてはいけない情報」も弁えているつもりだった。

 

 

 対するヒソカもスモークが何か決定的な情報を隠していることは解っていた。それがどのような内容かを推測するには情報が足りないが……少なくとも彼は自分が「アイラ=リン」という少女に興味を持つことを良しとしていないように思える。それはつまり、彼女を追うことによってスモークに不都合が訪れる可能性が高いということだ。

 

 ──この少女のことも気になるが、彼女を追う仕草を見せれば、彼が戦ってくれるだろうか。

 

 値踏みするような瞳でヒソカはスモークを見つめる。ヒソカにとっては彼もまた「玩具」の一つ。のらりくらりと躱されたり、その時に限って本命が別にいたりと戦うチャンスには恵まれていないが、戦いたい相手の一人ではあった。

 

(……でも、今は我慢♡ ︎︎欲を出してあれもこれも求めてしまうと、本命の団長と戦えなくなるからね♢)

 

 あくまでも、今ヒソカが戦いたいのは団長だ。チャンスがあればスモークとも、そして或いはアイラとも戦いたいと考えているが、その優先順位は変わらない──彼が隠している情報がよほどのものではない限り。

 

 

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