殉教者共へ鎮魂歌を 作:与ル太族
8月30日-1
8月30日。
ドリームオークションの開催まであと二日と迫ったヨークシンシティは、世界中の人と宝が集まる場所と化していた。
昼間から街の往来で小さな競売が幾つも開催され、一晩のうちに金と欲望、時には嘘や暴力がこれでもかというほどに舞い踊る。
十老頭直属の
アイラは飛行船に割り当てられた自身の部屋で椅子に座りながら、静かに到着の時を待っていた。真っ黒なドレスに身を包み、髪を後ろでまとめたアイラの姿は、一端のボディーガードやマフィアの構成員……というよりも、その容姿も相まって女優やモデルのように見える。恐らくはゼンジが他の組の頭と顔を合わせる際、自分はこれほど美しい女性を侍らせることが出来る、と誇示したいのだろう。そんなことに付き合わされるのは御免被りたいのだが、地下競売が始まる9月1日からある程度自由に動く為にも、今は彼の機嫌を取っておきたい──という建前もあるが、今までこんな豪奢なドレスを着たことがなかったアイラは、この衣装も割と役得かもしれないと、年相応に内心喜んでいた。
「アイラ! そろそろ空港に到着する、降りる準備をしておけ」
ドアの向こうから聞こえる乱暴な声。今のアイラの雇い主かつ、ボディーガード対象のゼンジの声だ。内心の上機嫌は一気に鳴りを潜める。ふぅ、と溜め息を吐きながらアイラは椅子から立ち上がり、扉を開けて他の組員達も集まっているであろう共有スペースへ向かう。窓から見える青空と、少し見下ろせば薄らと見える摩天楼──スモークの情報が確かならば、この摩天楼の何処かに、幻影旅団が今日やってくるということだ。
「ボスに呼ばれておいて、なんだその険しい顔は」
背後からかけられた不機嫌そうな声。アイラが振り返ると、そこには鍛え上げた肉体を、黒のスーツで閉じ込めたような巨躯の男性──ゼンジ組の幹部であり組一番の武闘派、レスターが立っていた。アイラに折られた腕は三週間でほぼ元通りとなり、一週間前からは格闘訓練を再開していた程の回復力を見せ、引き続きゼンジの右腕として君臨していた。
「言っておくが俺はまだテメェを味方として信用なんぞ一切してねえ。少しでも舐めたマネしやがったらぶち殺すからな」
「あら、
「だからそもそも用心棒を認めてねえって言ってんだよ……!」
「でも雇い主はアンタの親であるゼンジよ。アンタが認めずともアンタの飼い主が認めてるの」
「…………チッ。さっさと降りる準備をしておけ、宿泊するホテルまでは車での移動だ。どうせテメェはボスと同じ車だ」
「言われずとも知ってるわ、わざわざありがとう」
先のアイラの実力を見せる戦いにて腕を折ったことをかなり根に持っているのか、レスターはアイラのことをひどく敵視していた。レンズを除くほぼ全ての構成員がアイラを恐れ、避けていることを考えると彼の胆力はかなりのものと言えるだろう。
そして、アイラとレンズは密かにレスターのことを少し警戒していた。それは──レスターは本人も自覚しないうちに、念能力に目覚めている、ということだ。恐らくきっかけは先の戦いにてアイラが蹴りを放った時だろう。オーラによる攻撃は対象の精孔を無理矢理開放させ、強制的に念能力を開花させることが稀にある。無論、生身の身体に対してのオーラによる攻撃は非常に危険であり、殆どの場合は念能力に目覚めることなく死に至るか、良くて身体の一部を失う程のダメージを負う。
しかし、筋肉で覆われたレスターの身体を、アイラの生身の身体能力で突破することは不可能だった。その為アイラは微弱なオーラを纏いレスターに蹴りを浴びせ、一撃で意識を手放させた──のだが、その際の微弱なオーラがどうやらレスターを覚醒させるに至ったらしい。
そもそも、いくらアイラが腕を綺麗に折ったとしても、骨折の怪我を負った後、三週間で普通に格闘訓練を再開できるほどの回復は速すぎる。恐らくはオーラという生体エネルギーによって、自己治癒機能が活性化されているのだろう。三週間の療養のみで復活し、ゼンジのもとへ挨拶にやってきたレスターを見たアイラとレンズは、彼の全身からオーラが湧き出ているのを見て思わず頭を抱えた。
即座に二人はアイラの部屋で緊急会議を行い、今後の行動について相談をしたが──少なくともレスターは念能力の覚醒は果たしたものの、オーラの扱いを覚えるには至っていない。その為一先ずは様子を見つつ、オーラに何か変化があれば報告する、という結論に落ち着いた。勿論、こちらから念についてレクチャーするつもりはない。レスターが念能力を覚え、ゼンジ組の戦力が大幅に増強されたとしても、アイラにもレンズにも一切のメリットが無いからだ。
アイラは静かに「凝」を発動し、不機嫌そうに歩いていくレスターを観察した。やはりオーラこそ湧き出ているが、それを制御出来ている様子は無い。寧ろ微弱ながらずっとオーラを垂れ流している状態であるのに、疲れを見せている様子が無いのが、彼の潜在オーラ量の多さを物語っており不気味ではあるのだが……。
『もうすぐそっちに到着する。レスターのオーラに変化は無し、纏すらままならない感じね。ずっとオーラを垂れ流していて、疲れた様子が無いのが才能を感じてイヤになるけど』
携帯電話を取り出し、定期連絡としてレンズにメールを送る。レンズはマメな性格なのか、目的の為の協力関係である以上、努めて優先してくれているのかは解らないがメールの返信は異常に速い。今回もその例に漏れず、凄まじい速さでレスポンスが届いた。
『元々体格を見ても生命力は高そうだしな。強化系っぽそうな気もするし、下手に念を鍛えられる可能性を考えたら、ヨークシンに到着するまでに念の存在に気付かなかったのはラッキーと見るべきか。多分今の自分が生命力に満ちていることは気付いてるんだろうが……あんたへの敵意がそうさせてるとか考えてるかもな。単純な人だし』
「……アイツ、どうやってこの一瞬でこれだけの文字を打ってるのかしら」
想像以上の長文に思わずしかめ面になるアイラ。意外と恋人が出来たらマメな連絡で面倒くさがられ、そして束縛するタイプなのかもしれない。そんなどうでもいいことを考えながら、アイラは飛行船の中を歩き始めた。
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車での移動を経て、オークションの期間中滞在するホテルへ到着する。使用するホテルは勿論マフィアンコミュニティーの所有物であり、地下競売に関わる者達の貸切状態となっていた。飛行船と車での長距離移動だったこと、まだ地下競売が始まるまで二日あることもあり、前乗り組も含めて今日の残り時間は休憩として、組員には自由時間が与えられた──頭であるゼンジは夜に会合があるらしく、アイラは夜のみその付き添いという仕事が追加されているが。
ホテルにて前乗り組と後発組が合流して自由時間となってすぐ、アイラはレンズと合流し、レンズの部屋にて現時点での情報共有を行うことにした。
「前乗りお疲れ様。どう? 現状は」
「他の組もまだ下っ端しか顔を出してないし、会場の設営と道路封鎖の手順確認みたいな雑務しかやってないからな。現状はと言われるとなんとも言えないが……」
レンズは少し疲れた顔で答える。彼の「姉を買った組を探しだし、姉を救出する」という目的に近付くには、恐らく下っ端同士のやり取りでは成果が無に終わるだろう。となると彼が先にヨークシンシティに入り行っていた雑務はほぼ意味の無い労働になってしまう。疲れるのも無理はないだろう。
「……だが、共有しておきたいことはあるな。これについてはお互いの目的に直接関係はないだろうが、知っておかないと何処かで痛い目を見ると思う」
「……どういうこと?」
「これを見ろ」
訝しむアイラの目の前で、レンズは「
「誰、これ」
アイラの反応にレンズはきょとんとする。
「……お前マジか? ミコトって名前のアイドルだよ。世界中にファンを抱える、今のエンタメの最前線みたいな女だ。ドリームオークションの時期に合わせてヨークシンでライブをやるとは聞いてたが……ゲリラで路上ライブもやってるとは思わなかった」
「……それ、ただアンタがそのミコトってアイドルが好きなだけじゃないの? 私聞いたこともないわよ」
「お前が世俗を知らなさすぎるんだよ」
レンズの写真と説明を聞いて、思わず顔を顰めるアイラ。明らかに自身の目的と──更にはレンズの目的とも関係していなさそうな情報に、少しガッカリしていた。
「俺も最初は「こんなトップアイドルでも未だにゲリラ路上ライブなんかするのか」と思っていただけだったんだが──この時道路封鎖の段取りを確認しに来た警察達も一緒にいたんだが、そいつらが「ここ一週間くらい、場所こそ変えているが毎日ゲリラで路上ライブを行っている。熱狂的なファンも多く取り締まるのが難しい」と言っていてな。もし地下競売当日も路上ライブを行い、交通規制を行う奴らが混乱するようなことがあれば……俺もあんたも、少し自由に動き回れるチャンスがあるんじゃないかと思ってな」
「……なるほどね。でも結局当日にライブをするかなんて解らないでしょ? それに地下競売が行われる日は道路封鎖を無視して通行しようとすればその場で消されるわよ、それが有名なアイドルだとしても」
「だろうな。警察が協力してるってことは封鎖されたエリア内は治外法権を意味する──が、俺が本当に話したいのはそこじゃない。もう一度その写真をよく見てみろ」
レンズに促され、先程は流し見していた写真をもう一度見る──そしてすぐにレンズが言いたかったことを理解した。思わずアイラは自分の目がおかしいのではと目を見開くが、やはり間違いはない。
「……オーラが、出てる」
写真に写っているアイドル──レンズが言うには「ミコト」という名の彼女は、歌って踊りながら間違いなく全身からオーラを放っていた。
「前にも説明したよな、俺の「
「つまり……このアイドルは念能力者である、ということ?」
「可能性は高いな。その道を極めた達人は無意識のうちにオーラを発することもあるというし、ライブの最中に無意識的にオーラを発しているだけ、という説もあるが……」
レンズは少し考えるような仕草を見せ、そして再度アイラに向き直る。
「アイラ、あんたの意見を聞きたい。例えばこのアイドル──ミコトが念能力者であったと仮定し、路上ライブの最中にオーラを発する理由はなんだと思う?」
そう聞かれ、アイラは思考を巡らせ始めた──だが、その理由に辿り着くのはそう時間がかからない。
「自身の能力を発動する為、或いは発動条件を満たす為。普通に考えるならそうでしょうね」
「ああ、俺も同意見だ。例えば「自分の歌を相手に聴かせる」や「自身のライブを相手に観せる」ことを条件にして、条件を満たした相手を操作する操作系の能力なんかは有り得る」
「でも、だとしたらアンタも操作されていないとおかしくない? この写真があるってことは、短時間とは言えアンタもライブを観てたんでしょ」
「ああ、短時間だがな。観ていた時間は一曲をフルで通しで聴けない程の時間だ。そうなると考えられる可能性は二つある」
「なるほど……「一つの曲が始まってから終わるまで観続けなければならない」という条件か、或いは「他にも能力発動の条件があり、まだそれを満たしていない」かの二択ってことね」
仮に「曲を聴く」ということだけが能力発動の条件となるなら達成は容易く、制約としてはあまり強い効果は望めない。ある程度の「時間」か、制約の「数」で能力を強化している可能性は高い。アイラの考察速度にレンズも満足しているらしく、話が早くて助かる、と前置きを入れながら言葉を続けた。
「仮に条件が複数必要な能力だった場合、俺は既に無意識にミコトの能力の発動条件を一つは満たしてしまっている可能性が高い。条件を複数設定しているような能力に多いのは操作系と具現化系に多いが、もしこの路上ライブを聴いている奴全員に一気に能力を発動させようと思うと、確実に並以上の放出系の要素が絡んでくるはずだ。放出系と相性が悪い具現化系の能力とは考えにくい」
「特質系の可能性もあるわよ」
「そこはもう考えても仕方ないから無視することにした」
苦手な系統も無く、特殊な「発」を構築しやすい特質系は、その母数も少ない代わりに非常に強力、または唯一無二性の高い能力となっていることが多い。仮に特質系も考慮に入れる場合、想像できる選択肢が無限に増えてしまう為、一旦棚に上げることにした。
「……仮にどんな能力だったとしても、一番厄介なのは「既に能力発動の条件は満たされており、好きなタイミングで能力を発動出来る状態」か、「複数条件を達成する必要があり、条件全てを達成するとその場で能力が発動される」か……どちらにしても俺には何かしらの地雷が埋め込まれてるようなものになってしまった、と考えた方がいい」
「既に能力は発動しており、例えば半強制型の操作系能力で……アンタの意識がはっきりしたまま、少しだけ思考ルーチンを操作されている可能性もあるけど……いや、無いわね。幾ら制約が軽くて弱い操作能力だったとしても、アンタと私の二人でここまで敵の能力について考察出来るくらいなのはおかしい。流石に操作系で相手の意識をはっきりさせるなら、「自身の能力について考察すること」を禁止させるはずだもの」
操作系の、こと人間を操作する能力の最たる強みは発動=即相手の詰み、という点にある。発動条件を軽くしてこの強みを消すような能力にするはずはないだろう。仮にそれくらいの能力だとしたら、レンズが今操作されていたとしても無視して自身の目的の為に地下競売に集中したっていいくらいだ。
「結局どんな能力なのか、正確な発動条件はなんなのかまでは情報が少なすぎて確定させられないが……アイラ、あんた今日の夜ボスと出歩く予定があるよな? もし路上ライブを見掛けたら……念の為、絶対に足を止めて音楽を聴くな」
「──解った。確かにこれは知っていないと痛い目を見るかもしれないわね」
アイラはレンズの能力についての評価を内心改めていた。恐らく彼は後ほどヨークシンに到着するアイラと正確な情報をやり取りする為、気になった風景は全て凝でメモリーしているのだろう。それが結果としてイレギュラーになり得る念能力者の存在を明確に伝えることが可能となっている。実際、口頭だけの説明では、アイラはミコトが念能力者であることを完全に信じることは無かったかもしれない。
約一ヶ月レンズと共闘関係を結び、彼は想像以上に深い思考力を持っていることをアイラは理解していた。彼の「
これに加えてアイラの読み通り、もう一つ戦闘用の発を隠し持っているとしたら──
「──アンタと組んで良かったわ。そろそろゼンジが出掛ける頃だろうから準備してくる」
「こっちこそ、あんたみたいな腕も立つしちゃんと考察力のある念能力者と組めてラッキーだと思ってるよ。気を付けろよ」
「うん、ありがと。何かあったらメールする」
「おう」
アイラは立ち上がり、扉を開けて部屋を出ていく。ガチャリ、という音を立てて扉が閉まるのを見届けてから、レンズは一人呟いた。
「……なんか素直に礼を言われたの初めてか? 一瞬すげえ年相応だったな」