殉教者共へ鎮魂歌を 作:与ル太族
真っ黒な車にゼンジと共に乗り込み、会合のあるホテルへ向かう。当然ながら運転手もマフィアンコミュニティーの専属らしく、黒いスーツを身に纏っていた。
アイラはぼうっと窓から流れていく外の景色を眺める。「眠らない街」とも称されるヨークシンシティはその名に違わず夜でもネオンライトや街灯、車のランプに照らされ明るく、人通りも昼間と大差ない。あまり人混みが得意ではないアイラはそんな夜の街の景色を観て、少し辟易した。
「そういやお前、やけに鉄砲玉の一人と仲良くやってるじゃねえか」
隣に座るゼンジが声をかける。無視するわけにもいかず、アイラは顔を一切動かさずに返答する。
「レンズのこと? 彼が一番歳が近いから話しやすくはあるわね」
当然、共闘関係にあることなど話す訳がない。実際、ゼンジ
アイラの返答を聞き、ゼンジは少し上機嫌そうな声音になる。
「はっ、一丁前に色気づいてやがるのか。だが解ってんだろうな、駆け落ちなんてしやがったら組総出でお前らを消すことになるんだぜ?」
「勘違いしてるわね、別に話しやすいっていうだけで恋愛感情なんて何処にもないわよ。それに私を消すことなんて出来ないでしょう? 一ヶ月前にあの幹部を含めて大勢で向かってきて私に制圧されたの、もう忘れたのかしら」
「手段ってのは幾らでもあるんだぜ? 例えば先にお前と仲良しのガキを消す、とかな」
今まで手綱を握りたくても握れなかったアイラの、弱点を見つけた──ゼンジはまさにそんな気分だった。仮にアイラがレンズのことを大事に思っているならば、彼を人質に取ることでこの超能力を駆使する用心棒を意のままに操ることが出来る。そして自身は成り上がる──そんな青写真が彼の脳裏に焼き付いた。
実際のところアイラとレンズは共闘関係でしかなく、レンズを仮に人質に取られたとしてアイラがゼンジに従うことはないだろう──というよりも、念能力者であるレンズもまた、本気を出せばそう簡単に人質になるようなことはないのだ。この時点でゼンジの青写真はモノクロに色褪せきっており、的外れな脅し文句に、アイラは呆れすら感じていた。
「そもそもお前は十老頭に近付くのが目的なんだろ? 陰獣を目指すってんなら俺だけじゃねえ、上にも伝わるくらいの強さを見せつけなきゃいけねえ。下っ端風情とよろしくやる暇がありゃ、こうやって会合にも顔を出して実力を喧伝するこった」
「会合で私が戦うようなことが起きるの?」
「万が一、ってこともあるだろ。聞きゃ今年のヨークシンはアイドルか何かのイベントも重ねちまったもんだから例年より人が多く集まってる。妙な暴徒が暴れ回るなんて話も耳にしたからな……まあ、マフィアを相手に暴れるような命知らずはいねえだろうが」
アイラから言わせればマフィア達こそ「妙な暴徒」そのものではあるが、当然それは口にせず黙っていた。
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自由時間を与えられ、ホテル内にて羽を伸ばす者、夜のヨークシンシティへ繰り出す者と、休息を楽しむゼンジ組の面々。
そんな中レンズはホテルのエントランスにあるソファの上に腰掛け、ゼンジとアイラが戻るのを待っていた。会合にてアイラが姉の行方に繋がる情報を持って帰ってくる可能性があったからだ。外に繰り出して他の組と接触し、自ら情報収集に向かうことも考えたが、やはり気になるのは「ミコトというアイドルの念能力」だ。仮にレンズが既にミコトの能力の発動条件を幾つか満たしており、一人での外出時に能力が発動した場合何が起きるか解らない。彼女がいつ何処で路上ライブを行っているかも、そして彼女が能力者だとして──結局何が能力の発動条件か解らない以上、不用意に一人で外へ出向き、ミコトと遭遇する可能性を上げることは下策だと判断した。
「……まあ、俺の考えすぎって可能性もあるんだが」
楽観的な希望を独り言として零しながら、静かにレンズはガラス張りのホテルのドアを眺める。表向きは普通のホテルではあるが、このホテルは現在ゼンジ組の貸切状態だ。まばらな人通りこそあるが、中に入ってくるような様子の人もおらず、代わり映えしない景色がそのまま流れ続け──
「──なんだ、あれは」
──不意にレンズの視界に映った「異常」。レンズは目の前で異常が起きた際には、「
レンズが見た「異常」。それは昨日、レンズと共に道路封鎖の段取りを確認していた警察官が、虚ろな目で一目散にこのホテルに向かって駆けてくる景色だった。そしてその景色を凝で見たレンズには──その警察官の身体にオーラが纏わりついていることもはっきりと見えている。
「──まずい」
そう呟いた時には、既にレンズは立ち上がってホテルの外へ向かって走り出していた。何があったか解らないが、あの警察官は間違いなく念能力による攻撃を受けている。昨日会った時には彼からオーラの気配など一切感じられなかったのに、今彼の周りにオーラが発せられていること、虚ろな目で意識がまともになさそうなこと、それにも関わらずその足取りには一切の迷いがないこと──総合して考えるに、操作系強制型の能力を受けているとしか考えられなかった。
どんな命令を受けている? 能力発動の条件は? どのタイミングで条件は満たされた? 能力者は誰? 操作は自律型? それとも干渉型? 解除の為の条件も別に設定されている?
一瞬でレンズの脳内には考察しなければならないことが湯水のように溢れ出す。だが今最も優先しなければいけないのは──彼をレンズ一人で無力化することだ。
(──一目散にホテルを目指して走ってくるということは、アイツを操作してる奴の目的は間違いなくマフィアに対しての攻撃! それが物理的な被害であれ念能力による間接的な被害であれ、マフィアンコミュニティーに攻撃を加えた人間が辿る運命は同じ!)
仮に自分以外のマフィアに攻撃を加え、その後取り押さえられた場合──目の前の虚ろな警察官に待っている運命は、殺された後顔が判別出来る程度に痛めつけられ、見せしめとしてスナップビデオがネットに晒される。ヨークシンの警察とマフィアが裏で繋がっているとしても、末端の警官は簡単に首を切られ、警察の上層部、或いは市長に対しての警告として扱われるだけだろう。
だが、今レンズはこの警察官から少しでも多くの情報を引き出したい。この警察官は一体どこで念の攻撃を受けたのか──考えられる可能性で最も高いのは、アイドルミコトの路上ライブだ。何故なら昨日この警察官は、レンズと共にミコトの路上ライブ会場を目撃している。彼女の纏っていたオーラを考えても、彼は能力発動の条件を満たしてしまったと考えるのが妥当だ。
虚ろな目のまま、警察官は朧気にレンズを視界に捉えたのか拳銃をホルスターから取り出そうとする。発砲音が鳴り響けば幾らなんでもホテル内に待機している誰かが異変に気付くだろう、レンズは慌てて両手にオーラを集め、その性質をガラスのような、光を屈折させるものへ変化させる。アイラにも見せていないもう一つの念能力、「
両手から伸ばしたオーラで自らの身体を覆い、自身の姿を隠す。オーラの屈折率は身体から切り離さない限りは非常に高く、警察官からはレンズの姿は歪み切ってまともに見えないはずだ。
警察官は拳銃を握ったまま、目の前で消えたように見えたレンズに照準を合わせられず一瞬立ち尽くす。その隙にレンズは一気に距離を詰め、拳銃を持っている右手を掴み、脇腹に膝蹴りを叩き込んだ。痛みによる反射で警察官は拳銃を落とす──が、そのまま地面に倒れ込むことも、動きが鈍ることすらなく、虚ろな目がレンズを捉え、左手で掴みかかろうと襲いかかってきた。
屈折率が上がり、虚像を写し出していようとその場にいる事実は変わらない。レンズは落ち着いて握っていた右手を離し、掴みかかってくる腕を払いのけて一歩後ろに退いてみせる。間違いなく膝蹴りは効いているはず……だが。
(こいつの様子を見るに、発動した能力はやはり操作系強制型で間違いない。自律型か干渉型かはまだ判断がつかないが……問題はいつ、こいつが発動条件を満たし、操作されるに至ったのか! 昨日の状況を考えればこいつにこの能力を仕掛けたのはミコトの可能性は非常に高い! だとしたら俺も念による攻撃を受けていてもおかしくないはず……俺には能力が発動しておらず、こいつには能力が発動している理由を解明する必要がある! その為にはこいつを一度シラフに戻し、昨日の夜から今に至るまでの行動を聞き出さねばならない!)
そもそもこの操作能力が解除される条件も時間なのか、或いは意識を失うかどうかなのか、はたまた別の条件が必要なのか、それすら解らない……最悪の場合、死ぬまで解けないという可能性もあるが、何れにせよレンズはこの警察官を殺さず、そしてマフィアの見せしめにならないよう、一人で秘密裏に処理しなければならない。
警察官が更に踏み込み、レンズを押さえつけようと両手を伸ばしてくる。レンズは更に二歩後ずさり間合いを外しながら、左手でポケットに忍ばせた超小型の懐中電灯を取り出す。先程「
「つまり……これは効くだろ!」
右手で「
予想外の方向から突然の凄まじい光線を目に受けた警察官は、灼かれるような光に視力を奪われ、反射的に目を閉じる。肉体的なダメージを受けても動きは鈍らなかったが、脳が理解を遅らせる程の光を浴び、視力を奪われた状態ではフリーズせざるを得ない。レンズは目を抑える警察官に対して一気に接近し、両手を組んで後頭部にダブルスレッジハンマーを叩き込んだ。顔面から勢い良く地面に叩き付けられた警察官はそのまま意識を手放し、動きを完全に止める。しかし警察官の纏うオーラは消えず、「操作対象が意識を失うこと」が操作解除の条件では無いことが証明された。
「厄介だな……予め制限時間が設けられており、その時間を過ぎるまでは解除されないのか、或いは能力を解除するまでにも段階と条件が必要なのか……最悪なのは一度発動すれば死ぬまで解除されないことだが」
どうあれ、この警察官が情報源であることには変わりない。アイラが戻ってくるまで彼を他のマフィアには気付かれずに保護しておきたい──そう考えたレンズは慎重に倒れている警察官を担ぎ上げ、そして「
とは言え、最低限「他のマフィアに見つからず無力化する」ことには成功し、詳細の見えない能力者の情報に繋がるものは手に入れた。レンズは静かに、そして迅速に自室へ戻る為、ホテルの中へと戻っていった。
──その一部始終を、絶を使用して静かに陰で観察している人物がいたことを、レンズは気付くことは出来なかった。人影はホテルに戻るレンズを見送り、そしてヨークシンの人の海に紛れて消えていく。
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ヨークシンシティ内、とある高級ホテル。本来ならドリームオークション期間はヨークシンシティ内のどの宿泊施設も満室で溢れ返るはずが、このホテルはその例から漏れるような静かさを見せていた。マフィアンコミュニティーが使用するホテルは表社会の人間を中に入れない為貸切で使用することが多いが、このホテルを貸し切ったのはマフィアのような裏社会の人間ではなく──表社会、エンタメの最前線を駆け抜けるアイドル、ミコトという少女と、彼女のライブを運営するスタッフ達を抱える事務所だった。
桃色の髪にエメラルドのような瞳。ゲームの中に登場するヒロインのような見た目をした彼女は、圧倒的なルックスと情熱的なパフォーマンスで世界中を魅了する彼女は「ワルキューレ」と称され、その人気は留まるところを知らない。ホテルを貸し切っている理由も、迂闊にファンに姿を見られてはいけないとマネージャーが配慮したものだ。
貸し切られたホテルの一室で、ミコトは携帯電話を耳に当てながら笑顔で謝罪を続ける。電話の相手はひどく怒っているらしいが、ミコトはそんなこと知ったことでは無いと言わんばかりに笑っていた。
「だーかーらー、ごめんって! わかってるよぉ、あたしのこと心配してくれてるんでしょ? でもさ、折角こんなに沢山の人が集まるヨークシンでさぁ? チケットも買えなかったファンが沢山いるかも〜って思ったらついやりたくなっちゃったんだよね、路上ライブ! ……や、だから悪いとは思ってるよぉ、でもネットでも話題になってるでしょ? これでまたあたしの人気も上がって、マネちゃんもガッポリ稼げる! ウィンウィンじゃない? ……わかったわかった、反省してまーす。明日のリハはちゃんとやるし、夜は出歩かないから! はい、はーい! じゃあまた明日ね」
電話の相手を笑顔でなだめすかし、通話が切れたと同時に携帯電話をソファの上に放り投げ、自身もベッドの上に仰向けに倒れ込む。と同時に、部屋の扉が短くノックされ、ガチャリと音を立てて扉が開かれた。中に入ってきたのは長身の青年。白髪で片目は隠れているが、見えている方の目はミコトと同じエメラルドに輝いている。腰からは刀を提げており、とてもではないがエンタメ事業に関わるライブスタッフのようには見えなかった──が、ミコトは彼の姿を見ると満面の笑顔を浮かべながらベッドから立ち上がる。
「おかえり、ウシワカ! どう? 何か引っかかった?」
「ああ、一人──警察官が、真っ直ぐホテルに向かっていった。ホテルの中に入る前に、黒服の念能力者に無力化されたが……」
「警察官! やっぱりヨークシンの警察はマフィアと繋がってたのねぇ……ねぇウシワカ、もちろんホテルの場所と名前は覚えてるわよね?」
「当然だ」
「流石〜! 大好き!」
ウシワカと呼ばれた男はソファに腰掛け、刀を脇に置きながらホテル備え付けのメモを手に取る。ミコトはウシワカの隣に座り、彼が簡単な地図を描くのを食い入るように見つめていた。
「……俺が来る前、電話してただろ。マネージャーか?」
「うん、勝手な路上ライブは危険だからやめろって怒られちゃった。でもしょうがないよねぇ、これがあたしがヨークシンにいる理由なんだもの」
「そうだな──それに危険は無い。俺がミコトを護るから」
「ありがとう! ウシワカのこと、信じてるよ」
──ミコトの念能力「
操作対象に何をさせたいかを念じながら、オーラを込めた歌声を90秒以上聴かせることで一つ目の条件が達成される。マイクや拡声器を使用して声の届く範囲を拡げることは可能だが、予め録音していた音声を使用することは出来ない。
そしてこの一つ目の条件を達成した対象が、再度ミコトの歌声を聴いた瞬間、二つ目の条件は達成され、「
一つ目の条件である、90秒以上歌声を直接聴かせるという行為は一般的には困難とされるだろうが、ミコトは世界中にファンを持つアイドルである為、不特定多数に対してこの能力を発動させることはさほど難しくない。ミコトはヨークシンシティに来てから約一週間、毎日至る所でゲリラ的な路上ライブを開催し、そしてその全てのライブでオーラを込めた歌声を披露していた。
──操作対象に込めた命令は「マフィアンコミュニティーに対して攻撃しろ」というもの。
「あ〜あ、早くめちゃくちゃにしたいよねぇ──マフィアンコミュニティー」
無邪気な声で、ミコトはそう呟いた。