殉教者共へ鎮魂歌を 作:与ル太族
──会合を終え、帰りの車に乗り込んだゼンジとアイラ。
卑しい瞳で舐るように観察され、下卑た笑い声を聞き続けなければならない上に、自身の目的に役立つような情報も一切手に入らず、肝心の会合が始まれば一人ホテルの入口前で警備をするだけの仕事を終え、アイラの精神は荒み切っていた。
(……今やっとアンタの気持ちが解ったわ、レンズ。自分の目的に一切の関係が無い雑務ほど疲れるものはないわね)
昨日までのレンズの疲労に心の中で手を合わせながら、疲れた瞳で外を眺める。窓越しに薄らと映る自分の姿や表情には、初めてこの黒いドレスに袖を通した時の密かな喜びや楽しみは完全に消え失せていた。
「ご苦労だったな、アイラ。明日には
アイラとは正反対に、ゼンジは自身の可憐な側近を同業者に見せびらかし、自らの承認欲求を多少なりとも満たしたことに満足なのか、非常にご機嫌な様子だった。
「……この会合、明日もあるの?」
「いや、明日はねぇな。地下競売の準備の為にどの組も奔走するだろうさ」
それを聞いてアイラは少し安心する。恐らくゼンジのボディーガードとして自由に動ける時間はそう多くないだろうが、それでもこんな無為な時間が明日はないということが解っただけでも、少し心の余裕ができた。
はぁ、と溜息を吐きながら外を眺めていると、不意にアイラの携帯電話がメールの受信を知らせるべく震える。アイラは視線でゼンジに確認していいか伺い、ゼンジも無言で顎をしゃくって肯定してみせた。
アイラは携帯電話を取り出し、メールの画面を開く。送信してきた相手はレンズ──今アイラがゼンジと行動を共にしていることを知っていても尚、伝えなければならない情報があるのかもしれない。アイラは努めて表情を変えずに、メールを開封した。
『念能力で操作された警察官がホテルを襲撃しようとしていたところを無力化、俺の部屋で保護した。昼間に話したミコトの能力である可能性が高い。会合が終わったら俺の部屋に来て欲しい、他の奴らに気取られたらこの警察官は間違いなく
思わず目を見開きそうになったが、少しの表情の変化でゼンジに何かを悟られるのもまずい。アイラは漏れそうになる声を溜息で誤魔化しながら、念の為メールを削除しつつ携帯電話をしまい込んだ。
「なんだ、年相応にメル友ってやつか?」
「アンタには関係ないわ。ボディーガードの仕事さえ完璧にこなせば他に文句は無いでしょ?」
「まあな。そこは好きにすりゃいい」
ゼンジは何も気にしていない──ように見せかけつつ、彼女の一瞬の表情の変化には目敏く気付いていた。
約一ヶ月、アイラをボディーガードとして雇っているゼンジだが、最初から彼女のことを完全には信用していなかった。最初に目の当たりにした瞬間移動の超能力は、身辺警護よりも明らかに暗殺向きな能力であること、雇う際に依頼した情報屋から渡された彼女の情報に「家族の情報」が一切存在していなかったこと。或いは彼女の家族はマフィアンコミュニティーに殺され、その復讐として裏社会に潜り込んだのでは、とゼンジは想像した。
だが、元より力による支配が成り立たなかったはずのアイラは、思いのほか従順に一月を過ごしていた。今日の会合にも大人しくついてきているように、身辺警護の仕事は問題なくこなす。ゼンジが最も恐れていた暗殺を企てるような素振りもなく、何も穿った見方をせずに評価をするなら「優秀な仕事人」と言わざるを得ないだろう。
それでもゼンジがアイラのことを信用し切れなかった──或いはこの臆病かつ慎重な性格が、彼を十老頭直属の組の頭に上り詰めるまでに至ったと言ってもいいだろう。もし彼女がゼンジの読み通りマフィアンコミュニティーへの復讐者だというなら、本格的に動き始めるのはヨークシンでの地下競売だと確信していた。世界中の組が集まるこのタイミングは、復讐を実行するのに最適だ。今のメールも、或いは外部で繋がっている協力者が存在し、会合をしていたホテルの場所を共有していたのかもしれない。
──もし本当にただのボディーガードとして名を上げたいならそのまま俺の傍に置き続ければ良い。だがもしこいつがコミュニティーへの復讐を目論んでいるなら……その証拠を掴み、コミュニティー総出で抹消する。
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ホテルに戻ったアイラは、真っ直ぐレンズの部屋には向かわず、一度自室でドレスを脱ぎ、着慣れた私服に着替えてからレンズの部屋へ向かうことにした。現在彼の部屋には操作系の能力で操作された警察官が保護されているらしい、万が一その警察官が再度暴れ出した時、支給されたドレスでは些か動きづらい。着替えを済ませ、静かにドアを開けてレンズの部屋へ向かう。幸い、後をつけられている気配も無く、そして誰とすれ違うこともなく彼の部屋へ辿り着くことができた。
「レンズ、いる?」
ノックをして静かに語り掛ける。ガチャリと扉が開けられ、少し緊張した表情のレンズが無言で部屋の中へ手招きした。アイラは招かれるまま中へ入り、レンズの部屋の真ん中に確かな存在感を放つ──椅子に縛り付けられた状態で、意識を失った警察官がそこにはいた。凝を使用すると彼の周りにはオーラが纏わりついているのが見え、なるほど確かに念能力の攻撃を受けている状態なことが解る。
「悪いな、会合警護の直後に呼び出して」
「大丈夫。……彼が操作されている警察官?」
「ああ。ホテルの入口で交戦し、今は意識を飛ばしてるが……明らかに自分の意志が無かったこと、ある程度のダメージを受けても痛みによる動きの鈍化が見られなかったことを含めて、操作系強制型の能力だろうな」
「まだオーラが残ってるのを見るに、意識を失ったからといって解除されるタイプの能力では無さそうね……制限時間を設けるタイプの制約をかけていて、その時間が来たら必ず能力は解除されるけど、逆説的にその時間を過ぎるまでは解除されないようにプロテクトしているのかしら」
先程レンズが推測した通りの考察をアイラもしており、改めて彼女と思考回路が似通っていることを実感するレンズ。
「俺もその線が一番有り得ると思っているが……俺が襲撃を受けてから一時間くらいは経っている、能力が発動したタイミングが解らないからなんとも言えないが、それなりに長い時間能力が発動しっぱなしってことは解除にも何か条件が必要な可能性もあるな」
「セオリーは身体に何か媒介となるものを打ち込み、それが取り外されるまで能力が発動し続ける……みたいなのが多いけど、当然拘束する時にそれは確認したんでしょ?」
「ああ。念の為全身をくまなく確認したが、それらしいものは見つからなかった」
アイラがこの部屋を訪れる前にレンズは一度警察官の衣服を全て脱がしてまで能力発動の媒介となるものがないかを確認したが、終ぞそれにあたるようなものが見つかることはなかった。「隠」を使い隠されたオーラの可能性まで考慮し、凝を使用してまで確認したのだから間違いはないだろう。冗談で「なんならこいつの全身を写真で現像出来るが、見るか?」と質問してみるのも一瞬脳裏に過ぎったが、歳下の女性に対してそれは確実なセクハラであり、そんなしょうもないことで戦闘へ発展したとして、念能力を使った戦闘でレンズはアイラに勝てる気がしなかったので自重する。
「……それはさておき、こいつをシラフに戻して話を聞かない限り、結局発動条件の考察は出来ないが……能力の中身については考察出来るものがあるな」
「何をさておいたのよ」
「こっちの話だ」
思わず脳内のしょうもないセクハラに思考を取られそうになったが、レンズは思考を取り戻す。アイラが帰ってくるまでの時間、現在レンズが知り得た情報をフル動員して考え尽くしていたのだ。
「……まず、相手の能力は操作系強制型。それも操作対象は自律型で、同時に複数の人間を操ることが出来るのはほぼ確定だろう」
「……私も可能性としてはその線が高いと思うけど、確定までいっちゃうとちょっと危なくないかしら?」
アイラは想像よりも強い口調で見えない敵の念能力をほぼ断定したレンズに少し驚いた。常に多くの可能性を想定し、そこに対して考察を重ねることでどんなパターンの展開になっても落ち着いて自身の策を披露するタイプだと思っていた為、ここで相手の能力をほぼ決め打ちするとは思っていなかったのだ。
「まず、この警察官が能力の発動を受け、能力者に操作されたとして……与えられた命令は恐らく「マフィアを攻撃しろ」だと予想できる。こいつは自身の意思が無い状態で、一直線にこのホテル目指して走ってきやがったからな。ホテルから出てきた俺を見て標的を変えたが、これは俺が「マフィアを攻撃しろ」という命令対象だったからだろう」
レンズは予め「
「結果として、俺はこの襲撃者を無力化し、こいつら目の前で拘束されている通りになっているわけだが……この時点でこの警察官を操作した能力者は雑な点がある」
「……? どういうこと?」
「簡単だ、何故単独で正面から突っ込ませたのか。俺の想像通り、命令の内容が「マフィアを攻撃しろ」だった場合、いくら警察官とはいえ単独で襲撃をさせるのは意味が無さすぎる。大概の構成員がナイフやら火器を持ち歩き、「舐めたマネ」をする相手には容赦無く暴力に訴えかける連中だぞ? 単独じゃ吊るし上げられるに決まってる」
実際の状況だけを切り取れば、今も生きてるだけで似たような状態にはなってるしな、とレンズが続けた。アイラは理屈としては理解しているが、やはりそれは──
「対象を操作する能力の対象が、単独にしか使えないならそうせざるを得ないんじゃない? アンタの前提条件である「複数を同時に操作出来る」というのが間違っていて」
──やはりそれは、レンズの想定の中にある能力像に頼り切った考察であると言わざるを得ない。だがレンズはアイラの指摘も想定内と言わんばかりに言葉を続けた。
「いや、操作出来る対象は間違いなく複数だ──なんならかなりの大人数を一斉に操作出来るとすら思っている」
「複数だと言い切れる根拠は?」
「今、この警察官に対する念能力が解除されてないことが証拠だと思うぜ」
「だから、どういうこと──あっ」
一瞬意味が理解出来ず、レンズを問い詰めようとした瞬間、アイラもレンズが言いたい事の真意を理解した。
「──操作対象が単独なら、意識を失って動かなくなった時点で能力を解除し、すぐに次の操作対象に対して能力を発動するはず。そういうことね」
「ああ。さっきあんたも言った通り、操作時間に制限時間を設け、その時間が過ぎるまでは能力を解除することは「出来ない」ということを制約にしている可能性も無くはないが……だとしたら能力の練度が低過ぎる」
制約と誓約は諸刃の剣に例えられ、能力に対する制約が重ければ重いほど能力の効力は上がる傾向にある。人間を対象にした操作系能力で、単独しか操作出来ないにも関わらず、操作対象を咄嗟に変更出来ないという制約はそう軽くないはずだ。それほどの制約が付くなら最低限干渉型のような、もう少し発動者が操作の結果に干渉出来る能力になっているはずである──とレンズは推測した。
「つまり、この警察官が受けている操作系の能力は、複数対象を一斉に操作出来るタイプの能力だとほぼ断定出来るってわけだ。自律型だと想像している理由は、複数操作する際に人間の体を一々全て別行動の指示をさせるのは無理があると思っているから……能力者が並列試行の鬼なら可能かもしれないが、そこは一旦棚上げだな」
「……アンタってある程度棚上げすることあるわよね」
「じゃあアイラ、あんたは3D操作のオープンワールドのゲームを三つ以上同時に別のプレイが出来るか?」
「やったことないわよ、ゲームなんて」
「そりゃ悪かった」
今のやりとりで、なんとなくアイラの幼少からの境遇を察するレンズ──実のところ、彼もロクな幼少期を送ることはなかった為、ゲームを遊んだ経験など無いのだが。
「じゃあ、どうして能力者は複数の操作対象を使って襲撃をしてこなかったの? 斥候のつもりだとしても、正面から突撃させたらさっきアンタの言った通りになるでしょ」
「考えられる可能性は二つある。相手は念能力こそ修めているが、こういった戦闘におけるセオリーを理解していない
レンズの答えは、アイラを納得させるには至らなかった──というよりも、アイラはレンズの言葉の意味を理解しかねていた。表情にそれが表れていたのか、レンズは説明を続ける。
「後者には納得いってないって顔だな……強制型かつ自律型の操作能力は、操作対象の意識をどこまで反映させるかがキモになる。完全に意識を奪って人形のように動かすか、意識は残して命令を達成するまでのプロセスはある程度操作対象の意思に委ねるか。前者のメリットは対象を完全に思い通りに操作出来ること、対して後者のメリットは操作対象の記憶や技術をアテに出来ることだ」
「──つまり今回の能力は後者であり、この能力を発動した張本人は……マフィアを攻撃したいがマフィアが何処にいるかわからない為、「マフィアを攻撃しろ」という大雑把な命令を不特定多数に与え、その中でマフィアと繋がりがあり、ゼンジ組の滞在場所を知っているこの警察官だけがその記憶を頼りに単独で攻撃してきた……ってこと?」
「状況から判断するに、ほぼそうだと断定していい。この警察官は昨日俺達と道路封鎖の打ち合わせで顔を合わせているから、操作された不特定多数の中で唯一明確に命令を達成出来る人間だったってことだろ」
レンズの説明を聞き、アイラは車の中でゼンジが話していたことも思い出していた──妙な暴徒が暴れ回っている、という話。人が集まればその分妙な輩の母数も増えるだろうとあまり気にしていなかったが……或いは、その「妙な暴徒」こそ、不特定多数の操作された人間であり、命令を上手く実行できずにただ何かを攻撃し続けるようになっていたとしたら。レンズの説は更に補強されることとなる。
「……確かに、アンタの言う通りかもしれない──というか、ゴメン。アンタの説にしか思えなくなってきた」
「そこまで信用していただけて何よりだ。結局、能力の解除条件やこの能力を使用している張本人が誰か、そして「
「能力を使ってるのはミコトってアイドルじゃないの?」
「まあ、俺もそこはほぼ断定していいと思っている。ホワイダニットは考察の余地もないが……マフィアを敵視してくれてるなら、上手くやればこっちの得になることをしてくれるかもな」
「どういうこと? アンタ、現に攻撃されたんでしょ」
「一応潜入者のつもりではあるが、外部から見たら俺もマフィアの一員だからな。だが、俺もアイラもマフィアの味方……って訳じゃないだろ。いや俺はあんたの目的を深くは知らないから、実際どうかは知らないが……」
「……私とアンタの協力関係と同じってことね。敵の敵は味方、私達が身動きを取りやすいようにマフィアを混乱させてくれる可能性が高い」
このホテルにアイラが到着し、最初にミコトの写真を見せて相談した時の、一番最初に話していた「交通整理でも邪魔してくれたら自由に動き回れるかもしれない」という話が、更に大きくなって返ってきた。無論、相手側からすればアイラもレンズも「敵」に映るだろうし、立ち回りによっては敵対し、戦わなければならない可能性も十分に有り得る。だが同時に、上手く立ち回ることが出来れば二人の協力関係のように、邪魔をし合わない関係を結ぶことも不可能ではないかもしれない。
「……でも、現時点でマフィアを攻撃する理由が解らない相手を信用出来るの?」
「現時点で地下競売に近付きたい理由が解らない相手を信用してるんだぜ、俺は」
「……悪かったわよ、ありがと」
「いや、今のは俺も言い方が悪かったな。まあ実際あんたのことは信用してるよ……一先ず、俺はこの警察官を操作している能力の解除条件が「時間」である可能性に賭けて、もう少しこいつを監視する。あんたは一旦部屋に戻って休んでくれていいぜ? 何かあったら連絡する──」
──レンズがそう言って締めようとした瞬間、部屋の扉が三度ノックされた。
「──レンズ、いるか? 夜分に悪いが、少し話したいことがある」
扉の向こうから聞こえてきた声は、低く穏やかに……意志が固く何にも動じないような声色。アイラとレンズは顔を見合せ、そして思考を一気に巡らせ始めた。
(最悪のタイミング……! しかもよりによって一番疑われると厄介な人物が来やがった!)
扉の向こうにいるのは──ゼンジ組の幹部であり組一番の武闘派。そして念能力に目覚めつつある、二人にとって組内最大のイレギュラー、レスター。
──立場上、レンズが扉を開けない選択肢は無い。