殉教者共へ鎮魂歌を 作:与ル太族
「レンズ、私が出て行ったらすぐ窓閉めて。後でどうなったか聞くわ」
レスターの声が聞こえた瞬間、アイラはすぐさま部屋の壁に念を込めた右手でマーキングし、「
(立場上、部屋にいるなら下っ端の俺が幹部であるレスターさんの訪問に出ないなんてことは有り得ない! 居留守を使う手もあるが、明日以降顔を合わせた時に何をしていたか聞かれてボロが出た時、それは今大人しく扉を開ける以上に厄介なことになるのは必至! どういう理由で俺の部屋にやってきたかは知らないが、ここで俺が居留守を決め込んだとして、扉の前で待ち続けられでもしたら最悪だ)
レスターは必死に思考を回転させる。寝ていたことにして朝までやり過ごす手も無くはないが、警察官が意識を取り戻し暴れでもされたら、物音を不審に思ったレスターは無理矢理扉を開け、中に入ってくるだろう。残された選択肢は大人しく扉を開けるしかない。
早鐘のように高鳴る鼓動を静かに抑えながら、ゆっくりとした足取りで扉へ向かう。レスターは何が目的でやってきたのか、そして今の部屋の状況を見て一体何を言うのか。そしてレンズは──どうやって誤魔化し、この状況を切り抜けるか。失敗すれば、この場でゼンジの前に突き出され、スナップビデオの主人公になる可能性すらある。
覚悟を決め、レンズはドアノブを捻って扉を開けた。目の前に現れたのは鍛え上げられた肉体と、やけに落ち着いた表情。やはり全身からは微量のオーラが漏れ出しており、そしてレスターが疲れているような様子は一切ない。
「レスターさん、何か御用でしたか?」
「ああ、夜分に悪いな。中に入っても?」
中に入られるとまず拘束された警察官を見られるのは間違いないだろう──無論、これはレンズにとってマフィアに知られたくないことであり、大事な情報源だ。レスターに見せたくはないが……ここで断って余計な疑念を抱かせたまま帰すのもまずい。最低限、レンズは「何故レスターがここに来たのか」の理由くらいは引き出さなければならない。
「……ええ、構いません。散らかっているので、驚かせるかもしれませんが」
そう言いながら、レンズはレスターを部屋に上げた。レスターは促されるがままに部屋へ足を踏み入れ……そして部屋の中央で拘束され意識を失っている警察官を視界に捉え、すぐに足を止めた。
「これは……どういうことだ」
声色に含まれている感情は困惑だろう。流石に暴力が日常となっている世界に身を置き続けているだけあり、拘束された人間に対しての驚きはレスターにとっては少なかった──が、何故下っ端の部屋に、少なくとも幹部である自分に報告されていない状態で拘束された人間がいるのか。レスターの困惑はそこにあった。
「一時間程前、銃を抜いた状態でホテルに向かって走ってきていたところを俺が発見しました。錯乱状態で、発砲しようとした為に組への攻撃行為と看做し、無力化した後拘束しました」
「何故それを他の構成員に報告していない?」
「報告した方が危険を生む可能性がある──と判断したからです」
「なんだと?」
レスターの眉間が一気に歪む。レンズは臆していないように見せながら、言葉を更に続けた。
「その判断に至った理由も、今のレスターさんなら解ると思いますが」
そのレンズの言葉を聞き、レスターは何かに気がついたようにもう一度括り付けられた警察官を凝視する。そしてレスターは気付いた──警察官を覆うように、薄いオーラが纏わりついていることを。
「これは──」
「念です。オーラと呼ばれる生体エネルギーを操る技術をそう呼びます」
レスターは目を見開いた。
「……やはり、お前は「これ」が何なのか知っていたか」
レスターのその言葉を聞き、レンズは彼が自室を訪ねてきた理由を凡そ理解した。レンズはレスターの復帰後、彼の全身からオーラが湧き出ているのを見てから意識的に自身のオーラ量を制限していた。オーラを見られてレスターが自分に疑いをかけ始めると面倒なことになる──だが、ヨークシンに到着し、ミコトが念能力者である可能性、操作系能力の攻撃を受けている可能性が浮上し、レンズは今日一日無意識的にオーラで自身の周りを防御していた。念能力者同士の戦闘ではその無意識的なオーラによる防御は必須手段であるが、今回ばかりはそれが裏目に出ていた。
レスターは恐らく、自身の生体エネルギーに気付いていた。そしてヨークシンに到着し、レンズも同じようにオーラを放っていることに気付き、その正体について探りを入れにきたつもりだったのだろう。
レンズはこのタイミングでレスターが訪問してきた時点で、ある程度念能力については明かさざるを得ないとは考えていた。問題はレスターに対してどこまで明かすか、そして何故今までレンズが念能力者であることを隠しておく必要があったのかを納得させるように説明しなければならないこと。ある程度は真実を話しつつ、レンズやアイラにとって彼が厄介な障害とならないよう、明かす情報には細心の注意を払わなければならない。
「この状況についてもお前には問い質したいことが山ほどあるが……まずはお前の言う「念」とやらについて説明しろ。その方が、お前もこの状況を説明しやすいんだろう?」
「解りました──念とは、さっきも言った通りオーラと呼ばれる生体エネルギーを自在に操る技術のことです。オーラとはあらゆる生物が持っている潜在エネルギーであり、それを使いこなすことで常人を超えた力を発揮できます」
「俺や、お前の全身から溢れているように見えるものが、オーラというわけか」
「はい──オーラは精孔と呼ばれる全身の穴から発せられますが、通常はそれが閉じられており、一般的には頭の上から微量、垂れ流されているだけです。念に覚醒した者は全身の精孔が開き、オーラを全身から発することが可能になります」
レンズの説明を聞き、レスターは己の身体を改めて見回した。全身から垂れ流されているオーラが、或いはレスターが念に覚醒している証拠だろう。
「念に覚醒する方法は二種類あります。一年以上かけて修行することで身体のオーラの流れを体感し、それを増大させ精孔を開く方法と……外部からオーラによる攻撃を受け、精孔を無理矢理開ける方法。オーラはそれ自体が圧倒的な力を秘めており、生身の人間に対しての攻撃は四肢欠損や、場合によっては死に至る危険性も孕んでいる為、後者は基本的に外法と呼ばれます」
「……だが、俺が覚醒したのはその外法と呼ばれる後者による方法である。そうだな?」
レスターには心当たりがあった。一月前に行われたアイラとの戦闘──彼女の常人離れした身体能力も、更に言うなら超能力のような力も、念によるものだというなら納得がいく。レンズはレスターの問いに対して黙って頷いた。
「チッ……あの小娘、ふざけたマネしやがって」
先程のレンズの説明は真実であるだろうとレスターは考えていた。だが、そうなると「オーラによる攻撃」を受けたはずのレスターは、腕を折られた時か、或いは脇腹に蹴りを叩き込まれた時に四肢欠損以上に相当するダメージを受けていたはずだ。しかしレスターは五体満足で気絶させられるに留まっている──恐らくアイラはあの時、自らの力を示すと言いつつ、こちら側の構成員を殺傷してしまった場合、それは
「恐らく、レスターさんの想像通り……貴方が念能力に目覚めたのは先月の用心棒との戦いの瞬間でしょう。彼女の身体能力、そして瞬間移動能力は念によるものです」
「なるほど……念とやらについてはまだまだ聞きたいことがあるが、その前に質問したい──レンズ。お前が念に覚醒したのはいつだ?」
至極真っ当な疑問。レンズはこの時点で真実を言うか嘘を言うかの二択に迫られた。
念に覚醒したタイミングをレスターと同じ、アイラから攻撃を受けたタイミングと偽ることは可能だ。レンズがあの戦闘に参加したタイミングはレスターが気絶した後であり、その顛末の詳細をレスターは知らない。一月前に念に覚醒し、この一月の間アイラと接触して念能力の修行を積んだと偽れば、この能力を持ちながら上に報告しなかった理由も説明が付きやすい。
だが、恐らくレスターがレンズにオーラを見たのはヨークシンに到着してからだ。レスターが復帰してからそれまでの間、念に覚醒していないかのように見せかけていた理由をでっち上げるのが非常に難しい。
逆に真実を──念に覚醒したのはゼンジ組に入る前からだと明かせば、今こうしてレスターに念について説明出来るほどの知識を持っていることの説得力は増すだろう。同時にこの先の説明にも真実味が帯び、虚実織り交ぜてレスターの念の練度をぐちゃぐちゃにすることも出来るかもしれない。
だが、それは組に対して下っ端が全てを捧げていないという「背信行為」をずっと行っていた──と取られてもおかしくない。特にレスターは組に絶対服従の意識が強い幹部だ。この場でレンズが組を追われ、ヨークシンのマフィアを敵に回す可能性すら存在する。
少しの逡巡の後──レンズは答えた。
「両親が死んでから、組に拾われるまでの間。俺はその時、オーラが見えるようになりました」
レンズの出した答えは「真実を話すこと」だった。この先必ず嘘を吐く必要は訪れるだろうが、それは今ではない──レンズはそう判断した。レスターの眉間に青筋が走る──明らかに怒りが表れていた。
「それは──テメェは組の有用となる力を持っておきながら、それを黙ってましたっていう背信行為を語っているって認識していいんだな?」
「その判断は念について俺が出来る説明を全部聞いてからしていただきたい。貴方が思っている以上に、念は複雑なものなんです」
レスターがこの反応になることは予想がついていた。だからこそ、ここからどう話を展開させるかでレンズの命がかかっている。レスターがここに来た理由が念について何か探ろうとしているからなら、念の情報をある程度持ち帰れるまでは話を聞くはずだと推測していた。
「……なら、話してもらおうか。テメェが念とやらを黙っていた理由に俺が納得いかなけりゃ、その瞬間にテメェはゼンジ組から除籍されると思っておけ」
予想通り、レスターは一度怒りを収め話を聞くべくその場に座り込んだ。
「まず前提条件として、念は選ばれた人間にしか発言しない特殊能力ではありません。無論才能の有無はありますが、オーラはあらゆる生き物が持つものである以上、念とは生きとし生けるもの全てに使いこなすことの出来る技術です──だからこそ、一般的には秘匿される必要がある」
「……? どういうことだ」
「俺達マフィアは脅しの道具として暴力を使うことがありますね? これは俺達には「銃火器」という堅気が持ち合わせない武力を所持しているから成り立つわけです。念が武力になり得るのはレスターさんも身をもってご存知のはず──そして念の厄介なところは、オーラを介した攻撃で相手が生き残ってしまった場合、その相手も念に目覚め、報復の牙を与えてしまうことになる」
マフィアにとってあくまでも殺しは脅しの手段であり、率先して行う行為ではない。仮にマフィアの構成員が暴力の手段として念による攻撃を選び、レスターのように念に目覚めた場合、復讐に特化した能力で組をめちゃくちゃにされる可能性すらある──ここまでの内容に、レンズは一切の嘘をついていない。
「安易な念による戦力強化は、転じて敵の強化になる可能性もある。これが念のことを話していなかった一つ目の理由です」
「…………」
レスターは黙ったまま、表情を動かさない。続きを促されているのだろう、レンズはそのまま言葉を続ける。
「第二の理由ですが……先程も言った通り、基本的に念は一般的に秘匿されている技術です。その理由は武力として行使できる以上、危険すぎるから──では、そんな念能力を暴力の手段として使用した場合、警察が取り締まれると思いますか?」
「──不可能だろうな。現にあの小娘は、銃火器を所持していた俺達を無傷で無力化した」
「その通りです。では念能力を手にした犯罪者は無敵か? その答えもまたノーです。一般人で念に目覚め、そのことが知れ渡った人間は──プロハンターの、ハントの対象となります」
「なんだと?」
ここで、初めてレンズは情報に嘘を混ぜた。事実として、念能力者を最も多く抱えるのはハンター協会であり、凶悪な犯罪者をハント対象にする
「これは俺の予測も含まれますが……アイラが
「……プロハンターはどいつもこいつもバケモノ揃いとは聞いていたが、なるほど。念を使うことが出来るやつがハンターになっている、というわけか」
「はい。そして恐らくその誰もが念を修練しており、その練度も高い。俺が念能力を徒に組員に教え、プロハンターの目に留まってしまうと非常に厄介な敵を増やすことになります。俺が念能力者であることを隠そうとしていたのはそれもあります」
レスターはかなり迷っていた。レンズのことを十割全て信じていいものか測りかねているが、仮にこれが出任せの嘘だとするならよく出来すぎている。レンズが念能力者であることを隠していた理由、謎だったアイラがボディーガードを買って出た理由、それら全てに辻褄が合う。今この場で彼を敵とみなすことは簡単だが、仮に今の話に嘘が混じっていたとしても、彼を組に置いておく方が利益は大きいのではないだろうか。
「そして三つ目の理由ですが……念は万能ではない。能力にはそれ相応のリスクが伴うからです。ここからの話は、念能力者になってしまったレスターさんのこれからにも繋がってきます」
レンズもまた、レスターの表情が少しずつ疑いから単純な興味に移り変っていることを察していた。だからこそ、ここでレスター個人に興味を唆るような言葉で、更なる印象をつける。
レンズは「
「これは俺の能力、「
「モノを……創り出すことすら出来るのか」
「勿論、この能力を修得するのにはかなりの時間をかけました。それになんでも現像出来る訳じゃない、先程も言った通り「俺がオーラを通して見た景色」だけです。言い換えるなら「映像記憶を他人にも共有出来る能力」と言ってもいい」
ここで敢えてレンズは念能力の系統である六性図のことは明かさない。無論、聞かれれば答えざるを得ないが、レスターが能力を構築する際に、容量を無駄遣いしてくれるならその方がレンズには都合が良いのだ。
「念を使った能力をどのようにするかは、念能力者次第です。ですが強力な能力を構築しようと思えば、その分リスクを負わなければならない。俺のこんな戦闘において役に立たないような能力でさえ、「自分の目で見たもの」しか現像出来ない、という制約が存在します」
レンズの手に収まった写真に写っているのは、正に今真剣そのものの表情でレンズの話を聞いているレスターの姿だった。レスターは思わず周りにカメラがないか首を振って見回すが、当然そんなものは見当たらない。彼の能力が「本物」である証拠だ。
「強い能力を求めようとし過ぎて制約を強くしすぎ、その結果自らの作った能力に身を滅ぼされるような能力者も少なからず存在します。己の身を滅ぼすだけならまだしも、その矛先が組に向く可能性もゼロではない──レスターさん、貴方もここから念を修練し、能力を構築するならそれは頭に入れておいてください」
「……なら、お前が俺の念を鍛えることは可能か?」
そう来たか──とレンズは声に出してしまいそうになった。否、勿論レスターがその提案をしてくる可能性は想定していた。寧ろこれで彼の念能力の修練を遅らせることすら出来る。だが彼がその提案をしてくる確率は高くないと思っていた。下っ端である自分に教えを乞うとは思っていなかったからだ。
「……勿論可能です。ですが、よろしいんでしょうか? 下っ端の俺がレスターさんに教示するなんて」
「今話を聞いた限りでは、俺はそれが最適だと感じた。他に理由がいるか?」
「いえ、必要ありません」
少なくとも、これで敵と見なされて組から追われる心配は無くなった。あとは目下考えなければならないのは──
「……では改めて、この拘束されている警察官について聞きたい。これを報告しなかった理由は?」
──考えなければならないのは、この状況をどう切り抜けるか。否、もうこうなった時点でおそらく着地点は見えている……そしてそれは悪くない着地点ではあるが、最良の結果にはならないだろう。
「彼はオーラを纏っていますが、このオーラは彼から発せられたものではありません。つまり彼は何者かから念による攻撃を受けている状態である、ということです」
「……先程のお前の発言と矛盾していないか? この男は銃を抜いた状態で向かってきたから無力化した、と言っただろう。それはつまり、この男が念を使って攻撃してきた側なんじゃないのか?」
「いえ、この男は──念による攻撃を受け、身体の支配権を念によって奪われ、操作されているのです」
「……念とは、他人を自在に操るようなことも出来るのか?」
「はい。寧ろオーラを使い、物や人を操る能力はかなりポピュラーと言えるでしょう」
想像の上をいかれたのか、レスターは口を開けて固まってしまう。その様子に構わずレンズは言葉を続けた。
「恐らく、この男に能力を仕掛けた使い手は「マフィアを攻撃しろ」と命令したのでしょう。今は気を失っていますが、彼の身体からオーラが消えていない以上、操作能力は解除されていない。意識の有無が能力の解除に関わらないなら……この男を殺しても、人形のように動き出し、俺達への攻撃をやめない可能性すらあります」
「……すまない。想像以上に恐ろしい能力のようだな、念というものは」
「そしてこの男が仮に目覚めて暴れ、このオーラを纏った状態で誰かを攻撃した場合──」
「──そうか。先程お前が懸念していた、念の覚醒と、プロハンターに狙われる可能性が上がる。そう言いたいわけだな?」
レスターの言葉に、レンズは無言で頷く。無論、そんなことは一切懸念していないのだが、レスターがそれで納得するならレンズとしてはそれで何の問題もないのだ。
「……解った。その男、延いてはその男を操っているであろう念能力者の処理は、お前に一任する。但し、自らの手を汚さずに操作した人間で俺達に喧嘩を売るようなヤツだ、必ず八つ裂きにして殺せ! 一体どこのどいつかは知らないが、生まれてきたことを後悔する程にな……!」
「……解りました。必ず」
──このタイミングでレスターが訪問してきた時点で、恐らくこうなることは既定路線だっただろう。先刻アイラと話した時には「マフィアを敵視しているなら、協力関係になることが出来るかもしれない」と理想の可能性を夢見ることも出来たが、少なくとも協力関係になるルートは完全に閉ざされてしまった。レンズとアイラからすれば、まだ全貌も見えていない操作系能力者を一人追加で敵に回したこととなる。
代わりに得たものはレスターの念能力の修練具合をこちらがコントロールする権利と、彼からの信用のみ。アイラは変わらず敵視されるだろうし、代価としてはあまりに少ないと言える。
(……とは言え、今やれる最善は尽くしたと言わざるを得ない。地下競売に参加する組は明日には全組揃うはず、本格的に動き始める為の地盤を今日整えた……と思うしかないか)
地下競売が始まるまで、あと二日。