異世界からのカワイイX   作:鈴ノ風

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NO.01◆カワイイとの遭遇

 シェイメイ=ソイルゲートは転生者である。

 彼はある時、とある真実に気が付いた。

 それは1979年の夏、姿見の前で自身の髪をいじっていた時のことだ。

 散髪の都合がつかず鬱陶しいほど伸びてしまった髪を、何とか鬱陶しくなくできないかと、手櫛であれやこれやと苦戦している中で、彼はふと、自分の顔を見つめる。

 男性的な顔ではなかった。

 少年的な顔でもなかった。

 シェイメイ=ソイルゲートの顔つきは、女性的で、少女的だった。

 

「────あれ?」

 

 それは、ある種の天啓であった。

 それは、ある種の運命であった。

 それは、ある種の錯覚であり、そしてある種の、狂気であった。

 

「もしかして────僕って、かわいい?」

 

 その気づきが、彼の運命を変えた。

 岩が坂道を転がり落ちるように、ゴロゴロと。

 止まることなく、加速を続けながら。

 彼は、人生という名のレールの外側へと、転落していった。

 シェイメイは、今世の自分の可愛らしさに魅了された。

 一度ついた勢いは止まらない。

 小遣いの限りを衣服と化粧品につぎ込み、思いつく限りの着こなしとポーズで鏡の前に立ち、それを鑑賞することを日課とした。

 朝起きる時も、昼勉強した後も、夜風呂に入りながら、そして就寝する直前まで。

 ありとあらゆる空き時間を、自らをよりかわいく、美しく着飾るために費やした。

 彼の父親は完全に困惑していた。

 彼の父親にとって、衣服にこだわりメイクにこだわる姿は女のそれであっても理解に苦しむものであり、まして男がそのような行為に及ぶ思考回路など、完全に常識の範疇を超えていた。

 それに比べれば、彼の母親は、まだ理解を示していたほうだった。

 だがそれも『比較的』の話に過ぎない。

 さらに言うなら、『当初は』という言葉も枕につく。

 二か月が経過したころには、シェイメイのその奇行としか言いようのない行為は、さらに悪化していた。

 眺めるだけでなく、触るようになっていた。

 目をつぶって、全身をまさぐるだけの一日があった。

 衣服と肌とがこすれる音に、聞きほれるだけの一日があった。

 スケッチブックを購入して、自らの姿を写生し続けるだけの一日があった。

 そして自らの体をくねらせ、全身を舐め回そうとしだした姿を見て、母親もまた彼の奇行についていけなくなった。

 

「こういうことあんま言いたくないし、親として言うべきじゃないのも分かってるんだけどさ、どうしても我慢できないから言わせてもらうね?

 ────見てて気分が悪くなるから、もうああいうことはしないで。ほんと、お願いだから」

 

 心の底から本当に申し訳なさそうにする両親を見て、シェイメイはしぶしぶ日々の鑑賞会を中止した。

 しかし、結果から言えば、これは全くの手遅れだった。

 気が付けば、シェイメイは自身の姿を夢で見るようになった。

 上下左右全方向から、自らを見つめる夢。

 それはやがて夢の外、現実の中にも幻覚という形で現れるようになった。

 両親にそのことを伝えたシェイメイは、一週間後病院に連れていかれた。

 医者は匙を投げた。

 そのころには幻覚は明確な質量と感触とを備え、薬を投与しても拭えなくなっていたのだ。

 そしてその翌日。

 二人に増えたシェイメイの姿を見て、両親はともに仰天して気絶した。

 

「「…………、あー」」

 

 シェイメイと、実体化したもう一人のシェイメイは、お互いを見つめ、得心したように頷いた。

 彼にはこの現象に覚えがあった。

 単一対象への長期の観察と接触、異常な専心、その末に対象が無から生成されるという現象。

 自らの複製を生み出す能力。

 それは前世の記憶の片隅に、意図せずこびりついていた情報。

 SNSで思い出したように流行する異能の話題。

 

 

「「これ、『カストロのダブル』じゃん」」

 

 週刊少年ジャンプで連載(?)していたらしい人気漫画、その中のある意味でもっとも有名な能力を、彼は習得していた。

 

 シェイメイ=ソイルゲートは転生者である。

 転生先の作品の名は、HUNTER×HUNTER。

 

 

 

 


 

 

 

 

 三十年後。

 1999年、7月。

 サヘルタ合衆国某所。

 

 

 ある大都市の薄暗い路地裏を、一人の男が走っていた。

 息を切らし、汗を流し、転びそうになりながらも、なお走っていた。

 理由は簡単だ。彼は追われていた。

「くそっ。くそっ。なんで、なんでハンターなんかに!」

 彼は王者だった。

 今彼が走っている場所ではない別の街の、暗く汚れた路地の一角で、彼は暴君のごとく君臨し、そこに住まう者たちから搾取してきた。

 はたから見れば、彼はチンピラである。

 だがそこに住まうホームレスたちからすれば、男は小さな土地を実質的に支配する王者に他ならなかった。

 彼には力があった。

 大きく響く声。成人男性の平均値を二回りも超える巨体。他人を傷つけることを躊躇しない残虐性。

 そしてそれらをさらに増強させる不可視の異能────念能力。

 それらを使って、男は多くの人間を傷つけ、時に殺した。

 男も女も、老人も子供も区別せず、妬ましさで、八つ当たりで、そして時には気まぐれで。

 傷つけ、殺して、やりすぎた。

 男は路地裏に迷い込んだ、ある権力者の身内を手にかけてしまった。

 遺体(しょうこ)は処分したが、行方不明の事実までは消せず、警察による捜査が始まった。

 男はいち早く逃げたが、残されたホームレスたちが(男からすれば薄情なことに)警察に事実を話したことで、男は指名手配されることとなった。

 それだけなら、マシだったのだろう。男には念があり、銃で武装しただけのただの警察官から逃げ延びることなど、容易であったからだ。

 しかしそれだけでは終わらなかった。男は権力者を敵に回したのだ。

 男には生死問わずで十億ジェニーの賞金がかけられた。

 そこからの男の人生は、転落の一言に尽きた。

 強引に転がり込んだ娼婦の家で家主にナイフで襲われたことを皮切りに、同業者や商売相手、昔馴染みに友人、果ては義兄弟の契りを交わした相手にさえ裏切られ、男は居場所という居場所をすべて失った。

 一息つく暇すら、男にはもうなかった。

 一日とて同じ街にはいられない。新しい街に移動しては、誰かが使い古した段ボールと汚物でベトベトに汚れた新聞紙にくるまり、ホームレスのふりをして何とか追っ手の目を掻い潜る日々。

 彼はもはや王者ではなかった。

 チンピラですらなかった。

 ただのみじめな逃亡者だった。

 惨めだった。

 男にとって、逃亡は屈辱の日々だった。

 それでも、甲斐はあったはずだった。

 それだけの苦労をした甲斐が。

 それだけの苦悩を抱えた甲斐が。

 あった、はずだった。

 だが、今日、男はついに見つかった。

 それも警察や、賞金目当てのゴロツキではない。

 修練を重ね、修羅場を潜り抜け、念を修めた狩人────プロハンターにだ。

「くそっ、くそっ、くそったれが! 俺が! 俺が一体、何したってんだよ!!」

 理不尽だと、男は叫んだ。

 不幸だと、男は叫んだ。

 自分には、こんな目に合う筋合いなど、かけらもないと絶叫した。

 

「決まってるでしょ人殺し」

 

 男の傲慢な虚言を、ソプラノボイスが否定した。

 道を曲がった先。

 袋小路となるその場所に、そいつはいた。

 外見年齢は十代前半。長い黒髪に青い瞳、黒と白のゴシックロリータ。腰には一振りの刀。

 どう見ても少女だ。だが細かなしぐさから男の直感が囁くところによると、そいつは男性だった。

 それも、見た目通りの年齢ではない。

 そいつの全身を流れる、オーラの静けさが、それを物語っていた。

 そいつのことを、男は何も知らない。

 シェイメイ=ソイルゲートという名前も、出身も、得手とする系統も、その能力も。

 知っているのはプロハンターであることと、自分をハントしようとしていることだけ。

(どういうことだ?)

 男は何も知らない。

 知らないことは、危険だ。

 特に、念能力者同士の戦いにおいては。

(俺は奴から逃げてた。奴は俺の後ろから追いかけてきてた。なら、なんで奴はあそこにいる?)

 直前まで後ろを追いかけていたものが、次の瞬間曲がり角の先にいた。

 異常だ。念能力でなければ説明がつかない。

 実はどこかで追跡をやめ、先回りをした? ────ありえない。

 もしそうだったら、息も絶え絶えになりながら走り続けたりなどしない。

 男は道を曲がるその寸前まで、背後に追跡者の気配を感じていたのだ。

 途中から追跡を別人と交代し、ハンターは先回りしていた? ────ありえない。

 追跡者の気配は常に同一だった。多少増減することはあっても、途切れることなく感知し続けていたのだから、別人と変わればその変化に気づくはずだ。

 何より、もしそうだったら、追跡者が気配を消す理由がない。

 二人で挟み撃ちにすればいいだけなのだから。

(なら)

 追跡者は目の前のハンター本人。

 直前まで追跡し、男が路地を曲がった瞬間に男の前に出現した。

 それが答え。そしてそこから導き出される敵の能力、それは。

「……瞬間移動。放出系だな、てめぇ」

「っふっふーん。黙秘権を行使するよ」

 ハンターは余裕の笑みを浮かべる。

 男は表情をゆがめた。

 彼我の距離は十メートル弱。放出系なら間違いなく有効射程圏内。

(これ以上は…………逃げられねぇか)

 男はようやく息が整ってきた程度。対してハンターは汗一つかいていない。

 持久力は向こうが上。逃亡はいたずらに体力を削るだけだ。

 だから、選択肢は一つ。

(ダメージ覚悟で…………突っ込む!)

 男は駆け出した。

 一直線に、ハンターに向かって。

 遠中距離に攻撃手段を持つ放出系に対し、それは一見すると愚策であった。

 だが。

(瞬間移動なんて能力を持ってるやつが、役割の被る念弾をわざわざ鍛えてるとは思えねぇ! 十中八九実戦レベルの念弾は使えないし、使えたとしても俺なら避けられる!)

 ハンターが念弾を使えないと仮定した場合、その基本戦術は瞬間移動による急速接近とこれ見よがしにぶら下げた刀による斬撃。

 すなわち奇襲だ。

 一瞬で近づき一瞬で斬る。なるほど回避はさぞ難しいだろう。

 しかしそれも、種がわからなければ、だ。

 どこに、までは分からずとも、どう来るかまで分かっているなら、回避は余裕だと男は確信していた。

 もう一つの可能性。

 もしハンターが念弾を使えたなら。

 ハンターの戦術は瞬間移動による間合いの維持と念弾による遠距離攻撃。いわゆる引き撃ちになってくるだろう。

 こちらへの対処は難しい。念弾を避けることはできても、拳が届く距離まで近づくことが容易ではない。

 だがそれにも、手はある。

 男は自らの拳に意識を向ける。

(俺の能力、【潰れて死ね(ツートンボックス)】は拳に集めたオーラを重く硬くさせる。その上四メートルまでなら伸縮可能。奴が油断し、間合いの維持を怠った瞬間、この拳でぶん殴ってやる!)

 これまでの屈辱への怒りを込め、ハンターを睨みつける。

 その視線に気圧されたか、ハンターが慌てたように右腕を突き出す。

 その手のひらにオーラが集まるのを男は察知する。

 瞬間移動ではない。

 念弾が、来る。

(いいぜ、やってやる!)

 男はいつでも回避できるように、意識をハンターの腕に集中させる。

 残り九メートル。

 念弾は放たれない。

 残り八メートル。

 念弾は放たれない。

 残り七メートル。

 念弾は放たれない。

(…………おかしい)

 いかに念弾という能力が高速かつ高威力であろうと、六メートルまで接近されてなお撃たないのは異常だ。

 男がインファイターであることはこうして態々近づいていることからも明白。

 それでも、撃たない理由があるとすれば。

(撃たないではなく、撃てない? だが念弾が使えないなら瞬間移動で……いや、まさか!?)

 それは単純かつ効果的なトリック。

 すなわち系統の偽装。

(奴の本当の系統は操作系か強化系! 瞬間移動は偽装のための見せ札! 近づけば勝てると思わせるための! 奴は距離を詰められるのを待っている!)

 残り五メートル。

(受け手に回るか、バカめ! 射程の優位はこっちにある! くらえ俺の────ッ!?)

 ハンターが動いた。

 下げられていた左腕が翻り、『何か』が男に向かって放たれた。

 その正体は、紙。

 どこか人のような形に切り取られた、赤い模様の描かれた紙が、矢のような速度で男に迫りくる。

(『周』による投擲! 強化系か! だが遠距離攻撃の手札をこんな近くで切るか? ……いや、射程低下の制約! おそらく威力がやべぇ!)

 意識を回避から攻撃に移した直後の奇襲。

 だが、それでもかろうじて回避できる。

 体を強引にひねり、紙の射線から体を外す。

 だが、ボンっと。

 気の抜けるような音とともに、目の前にハンターが出現した。

(瞬間移動!? マズッ! 攻撃! 間に合え!)

「うおおおおっ!」

 男は慌てて拳を放つ。

 射程を伸ばせる打とかそんな小細工の暇はない。この距離ならその必要もない。

 巨岩のオーラをまとった拳で、力の限りぶん殴る!

「【潰れて死ね(ツートンボックス)】!」

 圧倒的速度。圧倒的硬度。そして圧倒的質量。

 三つを備えた物理的暴力が、女のようなハンターの顔面をえぐる。

 するりと、あっけないほど簡単に。

 抉る。

 抉る?

 ──違う。

 男の直感が、違うと叫ぶ。

 抉ってなどいない。

 掠ってすらいない。

 そう、この寒々しいほどに軽い感触は。

「から、ぶり?」

 ハンターは目の前にいる。

 拳はハンターの顔面にめり込んでいる。

 なのに、一切の感触がしない。

 殴ったのに、反動がない。

 触れているのに、感触がない。

 まるで、ただの幻覚を見ているかのような錯覚。

 錯覚? 錯覚か?

 それは真実幻覚ではないのか?

 目に見えて、しかし触れられないのなら、それは幻覚と呼ぶほかないのではないか?

 だが、眼球がとらえる幻覚らしきものの質感は、あまりにも現実的であった。

 ハンター本人が、そこにいるとしか思えないほどに。

 それの意味するところを、男が理解しようとするより早く。

 トスっと。ハンターの胸から生えた刃が、男の心臓を貫いた。

「────ぁ」

 目の前のハンターが、消えた。

 あれほど現実的であったものが、幻のように、一瞬で。

 そして見えたのは、幻の一歩後ろに立つハンターが、刀の切っ先を男に突き刺している光景だった。

(リアル、な、幻、覚? 違、う……そう、か、実体の、ない、物、質……)

「……具現化、系。質量、のな、い、ダブ、ル……か…………」

「ご名答」

 刃が動く。

 傷口を抉り、引き抜かれる。

 心臓を破壊された男は膝をつき、そのまま倒れた。

 そしてそのまま、永遠に動かなくなった。




潰れて死ね(ツートンボックス)
 変化系。
 自身のオーラに質量と硬度を付与する。
 制約として、能力が適応されるオーラは拳に集められたものだけ。
 ただし、能力発動後なら拳から離してもよい。
 質量と硬度を持ったオーラと自身の拳とを通常のオーラで繋げることで、四メートルまでなら射程を伸ばすことができる。
 付与される硬度は鋼鉄と同じくらいで固定。質量は変更可能で、上限は2t。
 付与する質量が上昇するほどオーラの消費は激しくなる。本人の修行不足も相まって、実戦で付与できる質量はせいぜい100kg。
 だが、男が自らの能力に不満を抱くことはついぞなかった。
 圧倒的破壊力がもたらす絶対的恐怖による弱者の支配。それは一発の拳で簡単に手に入るものだったからだ。
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