大海賊時代より……美少女船長の生・配・信! ─West India Company─ 作:海凪ととかる
街の噂
最近、プエルトリコ島北部にある港湾都市サンファンではとある人物に関する噂がしばしば人々の口に上っている。
【某日、サンファン街角】
──おい聞いたか? 貿易商人ジョン・ゴールディが遭難死したらしい。
──今ちょうどその話してたとこだよ。惜しい人を亡くしたねぇ。
──おお神よ。うちもずいぶん世話になってたからよ。ゴールディ商会はどうなるんだろうな?
──そうだねぇ。あそこは娘しかいないから、婿を取って継がせるか、そのまま畳むか、商会ごと売るかだろうかねぇ。
──娘さんはサミエラさんだっけ。お気の毒なことだね。
──喪服姿の彼女を見かけたけど気丈に振る舞ってて、それが逆に痛々しかったよ。
──奥さんはずいぶん前に亡くなって父一人娘一人だったからねぇ。
──本当にお気の毒なことだ。せめて彼女のこれからの人生に幸多からんことを願うよ。アーメン。
──あたいもあの子のことは何かと気にかけてはおくさね。
──いくばくかでも遺産を残してもらえていればいいけど。
──そこは大丈夫じゃないかい? あそこは堅実に商売してたし、評判も良かったからねぇ。
──……
【後日、サンファン街角】
──ゴールディ商会の船が売りに出されたらしいね。
──ということは商会を畳む方向か。まあ急な話だったしそうなるか。
──雇われてる船長や水夫たち、取引先との清算もあるもんな。
──ああ。死んだ先代の遺言で娘の後見人になっていたロッコが商会の後始末を仕切っているらしい。
──なるほどロッコか。先代に信頼されてたもんな。
──しかし、ゴールディ商会を畳むかぁ。もったいねえなぁ。
──仕方ないよ。雇われていた連中や取引先との清算は最優先だ。ロッコも現金化を急いでるから船をかなり安く買い叩かれてるって聞いたよ。
──十分前もって分かってれば船を買いたいって手を挙げる奴も多いと思うけど、急だとなかなか資金調達できんよな。
──持ち船を安く買い叩かれて娘の元に少しぐらいは資産は残るんだろうかね?
──カサグラン商会が船を買い取るって噂もあるけど。
──カサグランの狸親父か。商売人としてはやり手だけど善人じゃねえからな。
──いやはっきり悪辣だろ。
──しかし、急な話だからな。カサグラン商会ぐらい大手じゃねえと船のまとめ買いなんてできねえよな。
──船だけの話じゃねえよ。乗組員ごと雇うなら販路ごと買い取るってことだ。
──……
【サミエラの商会相続の後日、交易所ロビー】
──なあ、ゴールディ商会がとんでもない借金を抱えてたらしいって聞いたか?
──本当なのか? あそこは堅実にやってたと思うんだけどねぇ?
──それが最後に金塊の納品の仕事を副王庁から請け負ってたらしくてさ、それを運ぶ船ごと沈んじまったから……。
──その船を見つけたら大富豪ってわけか。
──不謹慎だな。ジョン・ゴールディの幽霊に呪われるぞ。
──金塊はまずいな。今の銀との交換レートが銀150に対して金1ぐらいだろ。どれだけの金を扱ってたかは知らないがどれほどの負債になったんだろう?
──だからロッコが資産の売却を急いでたのか。カサグランの狸親父が船をずいぶん安く買い叩いたらしいぜ。
──おれっちの聞いた話だと負債総額3万ペソ近いらしい。
──おお、神よ……。
──そういえばゴールディの家が競売にかけられてたよ。
──巨額の負債の噂は本当だったんだな。
──噂じゃゴールディの娘の遺産狙いで近づいたカサグランのボンボンが逆に巨額の負債にビビって逃げたって聞いたけど。
──それ本当の話。俺、その場にいたから見てたよ。交易所でカサグランのダニエルの野郎がサミエラ嬢に愛人になれって迫ってたけど、借金額聞いて逃げた。
──可哀想なサミエラ嬢。お父さんを亡くした上に家も無くして借金だけ背負わされて……。
──彼女、今はどうしている?
──後見人のロッコが彼女を引き取ったって話だけど。
──聞いたところ、借金の債権者はギルドだから、ロッコが自分の農園を信用担保にした上でサミエラ嬢と協力して毎月少しずつでも返していく方向で話はついたらしい。
──ロッコ、いいやつだな。
──俺は応援するぜ。
──……
【後日、サンファンから出港した船上】
──ゴールディのサミエラ嬢が新しい商売始めてたぜ。
──へぇ。彼女なに売ってるの?
──これさ。干したフルーツらしいぜ。なんでも日保ちするから船乗りにオススメだとよ。それにこれ食べてると壊血病にならないらしい。
──ぶはっ! お前、そんなの真に受けたの?
──いや。さすがに壊血病に効くとまでは思ってないけどな。でも日保ちするって船乗り的には嬉しいからな。それに、頑張ってるから応援してやりたいじゃないか。あと、これ普通にうめぇんだ。食ってみろよ。
──どれどれ……。ほぉ、悪くねぇな。これはどこで売ってるんだ?
──何日かに一回の頻度で交易広場に売りに来てるぜ。
──これはいい。次にサンファンに戻った時に俺も買おう。もう一つくれ。
──おい、食いすぎだ。
──……
【同日、サンファン旧市街の屋敷】
──あら? あなた何を食べてらっしゃるの?
──まあ、あなたまだ知らないの? サミエラさんがお売りになっている干し果物よ。
──サミエラさんってあのゴールディ商会のサミエラさん?
──そうよ。お父様を亡くされてどうされたかと思ってたら、最近は時々交易広場でこの干し果物を売ってらっしゃるのよ。
──存じませんでしたわ。わたくしもいただいてもよろしくて?
──もちろんですわ。こちらがマンゴー、こちらがオレンジ、こちらがイチジク、こちらがぶどう。ワタクシのオススメはマンゴーですわね。
──まあ、色合いもとても綺麗ですわね。ではマンゴーから……。まあ! とても甘いですわ!
──そうですのよ。生よりも甘さがこうギュッと凝縮されてたまらないのですわ。カカオの飲み物と一緒にいただくのもオススメですの。
──これはわたくしも是非とも買いたいですわ。うちのメイドに買ってきてもらいましょう。
──あら。うふふ。メイドに買いに行かせるなんて勿体ない。サミエラさんから直接買える機会をお捨てになるなんて。
──そうよねー。サミエラさん、いえサミエラ様から直接お礼言っていただける機会なのに。
──初めてあの姿をお見かけした時、殿方のようなご立派な服装をされてらしたから一瞬誰かと思いましたわ。
──でも今の上級船員服姿のサミエラさん、凛々しくてドキドキしてしまいますわ。
──上級船員服姿のサミエラさんですって!?
──そうなのよ! 男装のサミエラさん、いえサミエラ様は素敵なのよ!
──はぅ……。それは、是非とも直接お会いしなくてはいけませんね。
──……
【後日、サンファンの酒場】
──おいっ! やべぇぞ。サミエラちゃんの干し果物は本当に壊血病に効くらしい。
──おやおや、何の話ですかな?
──ははっ! いい加減なこと抜かしやがったらただじゃおかねえぞ!
──この前、一緒の船に乗ってた奴がサミエラちゃんの干し果物を持ってきてたんだがよ、周りの奴らが壊血病で調子が悪くなっていく中でそいつだけずっとピンピンしててよ。で、そいつが調子の悪い奴に干し果物を食わせてやったらすぐ元気になったのよ。
──ほうほう。それが本当ならただごとではありませんな。
──本当かよ? じゃあ今度ロンドン行きの船に乗るから試しに買っていってちょっとずつ食ってみるか。まあ普通にうめぇしな。
──それがいいぜ。うちの船の連中なんてサンファンに戻って来るなりその足でサミエラちゃんの屋台に走ったぜ。
──長持ちするのも助かるよな。
──ほほう。壊血病に効くのはありがたいですな。いい情報に感謝しますぞ。どれ、ここは私が奢りましょう。
──いいのかよ! ごちになるぜ爺さん。サミエラちゃんに乾杯だ!
──そうだな。乾杯しよう。塩漬け肉と虫付きビスケットをグロッグで流し込むだけの食事に潤いができるわな。それで壊血病も防げるならめっけもんだ。
──ちげぇねえ。乾杯!
──どれ、近々私もそのサミエラとやらの店に行ってみるとしますかな。
──……
【後日、昼下がりの交易広場】
──サミエラちゃんが売ってる干し果物は食べたかい?
──食べたよ。あたしゃマンゴーのが好きだねぇ。甘くてねっとりしててさ。
──元々は船乗り向けって話だったけど、あたいも好きさね。パンに入れても美味しいんさ。
──オレンジを輪切りにしたやつをカカオの飲み物と一緒に食べるのが若い娘さんらに流行ってるらしいね。
──真似して作ろうとしたやつもいたみたいだけどさ、ほとんど腐らせちまったって話だよ。
──あたしも他のやつが作ったものを買ってみたけどカビ臭くて不味くてサミエラちゃんが作ったのとはぜんぜん違ってたよ。やっぱり買うならサミエラちゃんのじゃなきゃね。
──苦労しているサミエラちゃんを神様が助けてくださってるのかもねぇ。
──……
【同日、某商会の敷地】
──くそっ! また失敗だ。どうしてゴールディの娘が作る干し果物みたいにならねぇんだ!
──味も見た目もぜんぜん違うんだよなぁ。
──作り方を聞いたら、切って干すだけだって言ってたから同じようにしても半分は腐っちまう。これじゃゴールディの娘が売ってる値段じゃ利益が出ねぇ。どうなってんだ?
──半分はまあまあ上手くいってるからサミエラ嬢が嘘をついてる訳でもないと思うんだが、失敗してる残り半分の理由が分からんのだよなぁ。
──噂によるとサミエラ嬢は干し果物を売りに来た日は必ず教会に寄っているそうだぜ。信仰心が主の目に留まって祝福されてんじゃねぇか?
──そうか。俺もちょっくらお祈りしてくるぜ。
──やめとけやめとけ。そんな利己的な祈りは主に聞かれまいて。
──……
【後日、某商会の敷地】
──そういや、サミエラ嬢が教会で何やってるか知ってるかい?
──お祈りしてんじゃねえのか?
──もちろんお祈りもしてるんだろうがよ、入ったらなかなか出てこねぇから牧師に聞いてみたらよ、教会の裏の孤児院に行ってるらしいんだ。
──孤児院? なんでまた?
──どうも、ガキ共に読み書きと計算を教えてるらしいぜ。
──なんでそんなことを?
──親父さんが健在でゴールディ商会の羽振りが良かった頃は定期的にまとまった金額を寄付してたらしいんだが、今となっちゃそれも難しいから、代わりに奉仕活動としてやってるって話だぜ。読み書きと計算が出来ればガキ共の将来の役に立つってな。
──どれだけ善良なんだよ。天使か?
──……
【後日、昼前の交易広場】
──あーくそっ! また買えなかった。まだ昼前だってのに。
──遅えよ。この時間に来てあると思うな。
──すっかり人気になっちまったもんなぁ。
──朝一であらかた売れちまうからな。常連の連中と船乗り連中がたくさん買ってくからよ。
──朝一の争奪戦見てて面白いぞ。最近すっかり名物になってるからそれを見に来る奴もいるぐらいだ。
──マンゴーおばちゃんとオレンジ爺いとお嬢様軍団と船乗り連中の戦い。
──最近、作る量も増やしてくれてるけど需要に供給が追いついてないよな。
──便乗して真似して作って売ってる奴もいるけど、サミエラちゃんのとはぜんぜん違うんだよなー。サミエラちゃんのも値上げしたけどそれでもみんなサミエラちゃんのを買うもんな。
──サミエラちゃんのには粗悪品が混ざってねぇって信用があるからな。
──それにみんなサミエラちゃんを応援したいんだよね。あのバンシーの看板を見たらなんとかして助けになってやりたいと思うんだ。
──ロッコのところの農園の使用人たちも干し果物作りに駆り出されてるらしいが、それだけじゃ手が足りねぇってんで奴隷を追加で買い入れるって噂もあるぜ。
──そういやもうすぐ奴隷市の時期か。
──……
【作者コメント】
この時代は栄養や衛生の概念が全然理解されていないので、船乗りの生活は酷いものです。なにより食事の質が悪い。その事に気づいたサミエラは主に自分の船のクルーの食生活を良くする目的で、長期保存が可能で体のバランスを整えるビタミンが失われないドライフルーツを開発し、多額の借金を抱えているというカムフラージュのために交易広場で売り始めましたが、予想外にヒットしてしまったのでロッコの農園も巻き込んで大々的にやるようになったのが今の状況です。
サミエラとしてはすぐに模倣されて埋没すると思っていたのに、周囲の衛生観念が低すぎて真似した奴がことごとくドライフルーツ作りに失敗し続けるうちに独占企業としてブランドが確立してしまい、簡単に手が引けなくなったので、今はその状況を利用して本拠地であるサンファンでの地盤固めに勤しんでいる感じですね。次回はそんなサミエラのサンファンでの一日をお届けします。