大海賊時代より……美少女船長の生・配・信! ─West India Company─   作:海凪ととかる

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ロッコとトーマスはサミエラについて考察する

 

「じゃ、とりあえず算数はここまでね。今日は夕方に用事があるからあまり長くはできないんだ。今日の授業は3点鐘で終わりにするから残りの時間は読み書きの練習ね。アタシが黒板に聖句を書いていくから読み上げと書き取りをしていくよ」

 

「「「はーいっ!」」」

 

 サミエラが黒板に白墨(チョーク)でマタイの福音書にある主の祈りを書き記していく。

 

「これはあんたたちもよく知ってるイエス様が教えた模範的なお祈り──主の祈りだよ。これから先の人生で何度も唱えることになるからちゃんと覚えておこうね。まずはアタシの後について読み上げだ」

 

 サミエラが該当部分を指でなぞりながらゆっくりと読み上げる。

 

「天にまします我らの父よ、み名が讃(たた)えられんことを」

 

「「「天にまします我らの父よ、み名が讃えられんことを」」」

 

 教会の孤児にとって聞きなれた聖句なので全員が淀みなくすらすらと復唱する。

 

「み国の来たらんことを。ご意志の成されんことを」

 

「「「み国の来たらんことを。ご意志の成されんことを」」」

 

「今日この日の糧(かて)をお与えください。我らの罪をお許しください」

 

「「「今日この日の糧をお与えください。我らの罪をお許しください」」」

 

「誘惑に陥らせず、悪(あ)しき者の手からお救いください」

 

「「「誘惑に陥らせず、悪しき者の手からお救いください」」」

 

 サミエラがパチパチと拍手する。

 

「みんなすごいじゃないか! 難しい言い回しなのに淀みなくすらすら言えてるね。じゃあ、この黒板の見本を真似してそれぞれの書き板に写していきな。書き上がった順にアタシに見せにおいで」

 

 『書き板』は木板の表面に蝋(ろう)を塗った物で、先の尖った金属の棒『尖筆(せんぴつ)』を使って軟らかい蝋に文字を刻む筆記具の一種だ。一度刻んだ文字は削って消せるし、何度か使って表面がデコボコしていたら蝋を温めて溶かして綺麗に均(なら)すこともできる。何度でも繰り返し使えて値段も安くて庶民でも手に入れやすいので文字の練習に重宝されている。ちなみに子供たちが使っているものはサミエラが買い与えたものである。

 

 子供たちは張り切って黒板と見比べながら聖句の書き取りを始めていった。やがて、一人、また一人と書き上がった子供たちがそれぞれの書き板を手にサミエラのところに向かう。

 

「お、上手に書けたじゃないか。……あ、でもここの綴りが間違ってるね。正確にはこうだよ」「ありゃ。間違えた」「今日はこの間違えた単語だけを何度か練習してちゃんと覚えようね」「わかったー」

 

「できたよ! 先生見て見て」「おー、早く書き上げたね。すごいじゃないか。……うんうん。んー、急ぎすぎて字が雑になってるね。ほら、このあたりはなんて書いてあるか分からないよ。焦らなくていいからまずは他の人にも読みやすい綺麗な字を書くように。ということでこの部分をもう一度書き直してきな」「はーい」

 

 その時、講堂の出入り口のドアが開いてサミエラを迎えに来たロッコが入ってくる。ロッコは講堂内の様子をざっと見回し、子供たちの相手をしているサミエラに片手を上げて合図だけ送り、子供たちから少し離れた席に座っているトーマスに近づいた。

 ロッコは立ち止まり、軽く曲げた右手の甲をトーマスに向け、指先で自分の額に触れて小さく会釈した。

 

「む、ロッコか。ちょうどよかった。君と少し話したいと思っていたのだ。座ってくれ」

 

 トーマスもまた同様の仕草で返礼し、自分の隣の空いた席をロッコに勧める。その姿は先程までサミエラと話していた時のような好好爺(こうこうや)ではなく、彼が高い社会的な立場にあることを感じさせるものだった。

 

「それじゃあ失礼させてもらいまっさ。……閣下は今日はまたどうしてここに?」

 

 ロッコに閣下と呼ばれたトーマスが肩をすくめて見せる。

 

「この場で閣下はよしてくれ。今はただの干しオレンジ好きのトーマス爺だ。教会にくる途中でサミエラ嬢と偶然会ってね。孤児たちに勉強を教えているという話だからどういう内容か気になって見させてもらっていたんだが……ロッコ、あの娘はいったい何者なんだ?」

 

「何者だと言われましても、うちの商会長ですぜ」

 

 すっとぼけるロッコにトーマスがジト目を向ける。

 

「そんなことを訊いているのではないことぐらい分かっているだろう? 知識、理解、知恵のどれをとっても彼女はあまりにも規格外だ。私は彼女の父親をよく知っているが、彼は有能ではあったが凡庸な男だった。誰が彼女を教えたんだ?」

 

「あー……実は俺もよく分からねぇんですよ。昔から聡(さと)い子じゃあったんですがね、ジョンの死、というか奴(やっこ)さんの喪が明けて商会を継いだあたりからまるで人が変わったようになっちまいやして」

 

「本当に別人になったのではあるまいな?」

 

「ははっ。俺もカミさんも嬢ちゃんが産まれた時からずっと見てきやしたが正真正銘の本人ですぜ。まあ、俺は学がねぇんでよく知りやせんが、カミさんの言うことにゃ、使徒行伝(しとぎょうでん)のペンテコステの奇跡が起きたんじゃねえかって話ですがね」

 

「ペンテコステの奇跡……主の昇天後に聖なる力によって、残された弟子たちが知らないはずの異国の言葉を話せるようになったというアレか」

 

「それでさ。嬢ちゃんは産まれも育ちもこの街なんで、言葉もイングランド語とスペイン語がちょっと分かる程度だったはずなのに、今じゃオランダ語やフランス語、それに聞いたこともねえはずのドイツ語まで話せるみたいなんでさ。それに俺の今までの常識をひっくり返すようなこともよく知っていて、しかも嬢ちゃんの言う通りにすれば本当に上手くいくんでさ。だもんで嬢ちゃんの境遇を憐れまれた主が、嬢ちゃんに奇跡を降ろされたんじゃねぇか、とまあそんな話でして」

 

「……ふむ。奇跡か。にわかには信じがたい話だが、そうでもなければ自分がここでまさに見聞きしたことも信じられんな。高等教育を受けていない普通の少女があれほどの教養があるなどありえんことだ。……そうか、主のご寵愛を賜ったのか」

 

 トーマスは納得したように何度か頷く。

 

「はは……嬢ちゃんの奴、えらい人に目を付けられちまったな」

 

「ときにロッコ、サミエラ嬢には私のこと、私との関係については話したのか?」

 

「いえ、話してませんぜ。あくまで干し果物屋の常連客の一人と思ってると思いますがね」

 

「む、そうか。ならばあえて言わなくていい。いずれ折を見て明らかにするかもしれないが、私としてもこうして私人として息抜きしている時に立場を気にせずに気楽に付き合える関係というのは貴重なのでな」

 

「お察ししまっさ。でも開店時の乱闘にまで参加してるのはこっちもハラハラしやすぜ」

 

「なあに、身体が鈍っているからあれはあれでいい運動になっているのだ。こっそり同行している警護の者には叱られるがね」

 

「……連中には同情しまっさ。そういえば今日は姿が見えないようですが?」

 

「撒いてやったよ。まったくこんな年寄り一人見失うなんて困った奴らだ」

 

「……ジーザス。本気で連中には同情しまっさ」

 

「……ああ、そういえばサミエラ嬢にはジョンが遺した莫大な借金があるという噂が流れているが……あれは嘘なのだろう?」

 

「へえ、やっぱり分かりやすか。嬢ちゃんの資産狙いで近づいてくるハゲワシ共を追い払うための方便ってやつでさ」

 

「副王庁が金貨鋳造の為に純金を集めるなんて大きな話が私の耳に入らないなんてことはありえないからな。それに、私の知るジョンという男はそんなリスクの高い商売に手を出すような人間ではなかったよ」

 

「ですな。でもこいつはここだけの話ってやつで」

 

「もちろんだ。これを訊いたのもあくまで確認のためで、もし本当に困っているなら頼ってくれていいというだけのことでな」

 

「……ずいぶんと嬢ちゃんのことを気に入ってくれてるようで」

 

「ふふ。正直、息子の嫁に欲しいとは思っているぞ。だが、あの才をこの目で見てしまうと彼女を家庭に縛り付けてしまうのは勿体ないとも思えてくるな。女の身でどれほどのことができるのか楽しみでもある」

 

「嬢ちゃんは普通じゃ思いつきもしないようなことを次々に始めるんで、いずれ歴史に名を残すようなでけぇことをやってのけると楽しみなんでさ」

 

 

 サミエラは子供たちの相手をしながら少し離れた席に座っているトーマスとロッコのことを気にしていた。

 トーマスとロッコがこそこそと話し合っている内容はサミエラには聞こえていないが、時々こちらにチラチラと目を向けているのでおそらく自分のことを話しているのであろうことは容易に想像がつく。

 サミエラが微妙に居心地の悪さを感じているその時に午後の3点鐘が鳴り響く。

 

──カラァン、カラァン……カラァァン……

 

 30分後の4点鐘に交易所で奴隷商人のジョージ・パーシグと会う予定なのでそろそろ向かわねばならない。

 

「はい。じゃあ今日はここまで。今日勉強したことで分からなかったことは分かる子に聞いてお互いに教え合うように。それでも分からなかったら次の授業でアタシに聞くようにね」

 

 サミエラは子供たちに授業の終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

 

【その時、歴史を動かしたCh公式 WIC感想欄】

 

──おー、書き取りで聖句選ぶあたりサミエラ先生巧みやなー。

──有名な主の祈りだよね。キリストが弟子たちに教えた模範的な祈り。

──トーマスさんの目を意識して賢く立ち回ってるね。

──やっぱこういうところがサミエラは上手いなー。

──えーどゆこと? 俺にはただの授業にしか見えないんだけど、サミエラがどうすごいか教えてエロい人!

──いやだからその聞き方だと知ってても教えたくないんだが。

──仕方ないのぅ。妾はエロい人ではないが重要なことなので説明してやるのじゃ。まず、教会の孤児院の子供たちにとって主の祈りは普段から聞き慣れた身近なフレーズじゃ。門前の小僧が習わぬ経を読むというやつじゃな。じゃから書き取りの練習にはもってこいというわけじゃ。これが一つ目じゃな。【Nobuna】

──解説のノブナさんきちゃー。

──みんな、お行儀よくしてノブナ先生の説明を聞くのじゃ。

──のじゃー。

──皆の者も気づいておるじゃろうが、トーマス氏はおそらく海軍のかなり偉い人じゃ。そしてサミエラの授業の内容はこの時代ではかなり異端じゃ。最悪、悪魔憑きや魔女と疑われるぐらいのぅ。権力者の前でそれをしたらどうなるかの?【Nobuna】

──異端審問か。

──魔女狩りくるか。

──まさか捕まっちゃう?

──まあイギリスはプロテスタント派じゃから異端審問はないじゃろうが、いずれにせよ悪目立ちはよくないじゃろ。それで悪目立ちではなくて良い意味で目立つように、聖書への敬意を示すことで自分が異端者でも魔女でもない敬虔な信徒で、神の寵愛を受けたので高い能力を発揮できているという印象を持ってもらおうとしておるわけじゃ。【Nobuna】

──印象操作か。

──言い方! TPOを弁えてると言え。

──空気読み大事よね。

──魔女か聖女かは見せ方次第ってわけね。

──マリー姐さんもペンテコステの奇跡だって言ってたもんな。

──このままじゃ確実にトーマスさんに突っ込まれるだろうしな。

──お、いいタイミングでロッコ登場。

──おろ? なんか普通に元から知り合いっぽいね。

──ていうかロッコも海軍敬礼してね?

──それって、ロッコも元海軍てことーっ?

──……

 

 

 

 

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