大海賊時代より……美少女船長の生・配・信! ─West India Company─ 作:海凪ととかる
ヴェルデ岬付近では常に東から西に貿易風が吹いているので、アフリカ沿岸沿いに南下する船はこの辺りでは左舷側からの横風を受けながら進むことになる。
日ノ本の若者たちを乗せたオランダの貿易船もまた南下の途上にあったので、舳先を南に向けて停泊していたところに風上にあたる東側から海賊船の襲撃を受けることになった。
見張りの当直についていた
「
甲板で指揮を執るショーゴの号令で、1門あたり3人がかりで左舷側の5門のセーカー砲が砲門から押し出される。ここまですれば、撃つだけなら1人の砲手でできる。
「砲手以外は銃を隠し持ちなさい。船縁を盾に敵から見えないように」
ショーゴと共にいるアネッタの指示で、大砲の砲手以外の2人は船縁の陰に隠してあったマスケット銃をこっそりと手元に引き寄せる。
「
「敵の船長以外の上級船員、航海士や水夫長がどいつか、今のうちに見極めておくのよ」
ショーゴとアネッタが甲板を歩いていき、それぞれの大砲のそばに待機する者たちに具体的な指示を出していく。敵にこちらの狙いに気づかせないよう、大声での指示は出さず、指示を受ける側も軽く頷いたり小声での返事に留め、静かに士気を高めていく。
一方で、海賊船では船長がメガホンを片手に大声で喚き、海賊たちを煽っている。
「てめぇら! 敵の砲手の発射の兆候を見落とすんじゃねぇぞ! 敵が大砲をぶっぱなそうとしたら甲板に伏せてやり過ごせ!!」
「「「うおぉぉう!」」」
「撃った砲手のつらぁしっかり覚えとけよ! そいつは誰よりも惨たらしく殺してやれぃ!!」
「「「うおぉぉう!」」」
そしてついに追いついた海賊船がオランダ船の左舷側20ヤード(約18㍍)の距離で並走する。
「面舵いっぱぁい! 敵船にぶち当てて接舷して斬り込めぇぇ!!」
船長の号令に海賊船の操舵手が舵輪を一気に右に回した瞬間──
──ダァァァンッ!
「ぐっ……」
一発の銃声が鳴り響き、眉間を撃ち抜かれた船長が糸の切れた
一瞬の沈黙の後、騒然となる海賊船。
「ハウエル! しっかりしろ!」「デイビス船長がやられたぞ!」「くそっ! どっから撃ってきやがった!?」
予想していなかった不意打ちの狙撃に浮き足立つ海賊たちに聞こえるように、アボット船長が声を張り上げる。
「敵の船長を討ち取ったぞぉぉ!! 次は敵の航海士と水夫長を狙い撃てぇぇ!!」
その声が聞こえた海賊たちがついとっさに航海士と水夫長の方を見てしまったのを見逃すショーゴではない。手に持った十手で敵の航海士と水夫長を指し示す。
「
──ダダァァン!! ダァァァン!! ダダァァン!!
銃を隠し持っていた者たちが一斉に構えて撃ち放つ。狙撃に特化した権之助の火縄銃に比べれば射撃精度の低いフリントロック式のマスケット銃でも、たった20ヤードの近距離から2人のターゲットに統制射撃が集中すれば一堪りもない。
「ぎゃあっ!」「ぐはっ!」
即死には至らなかったものの、何発もの銃弾を身に受けた航海士と水夫長が血まみれになって甲板に倒れて悶絶し、その様子を見た海賊たちが怖じ気づき、慌てふためく。
その間にも両船の距離は縮まっており、物を投げれば届くほどの10ヤード(約9㍍)まで近づいたその時、海賊船の甲板に
──ダァァァンッ!
海賊船の甲板に煙が充満するのと、操舵手が狙撃に倒れるのはほぼ同時だった。主を失った舵輪が反発で反対側にがらがらと空回りし、その反動で海賊船の船体が大きく
この時、指揮を執る上級船員たちがことごとく銃撃に倒れ、充満する煙でパニックを起こした海賊たちの頭からはすでに敵の大砲のことなど完全に抜け落ちていた。そのタイミングを待っていたショーゴが容赦なく砲撃命令を下す。
「
──ドドドドドォォォン!!
左舷側5門のセーカー砲が一斉に火を噴くと同時に激しく後退し、船体と大砲を繋いでいる太いロープがビンッと低い弦音を立てる。
1門あたり12発の散弾と大量のガラス片の暴風が海賊船の甲板上を吹き荒れ、無防備に立ち上がっていた者たちを一瞬で物言わぬ肉塊に変え、多くの者に手傷を負わせた。
「よおぉし! 十分だ! このまま離脱する! 面舵いっぱーい! 進路は西だ。帆ぉ回せ!!」
アボット船長の指示に全員がすぐに操帆用のロープに駆け寄る。風の力で走る帆船の舵取りは舵輪を回すだけではない。船の旋回に合わせてマストを回して常に帆が風を受けれるようにしなければならない。
帆を回す準備ができたのを確認してからアボット船長が舵輪を大きく右に回して進路を西に向け、適切な角度に回された帆は真後ろからの貿易風を受けて大きく膨らみ、船はたちまち速度を上げながら沖に向かって走り出した。
海賊船の方はそんなオランダ船の動きに対応できない。それどころか追う素振りもなく、そのまま惰性で南に進路を取ったまましだいに離れていき、やがて夜の闇の中に消えていった。
ゴンの目でも海賊船が見えなくなり、敵が完全にこちらへの追撃を断念したことが明らかになってようやくアボット船長が戦闘の終了を宣言したが、その時までに船はかなり沖まで出てしまっていた。
「
「そうだな、この沖合いにカーサ・ヴェルデ諸島があるからまずはそこを目指すぞ。沿岸沿いは海賊が多いから沖合いを南下して喜望峰に向かおう。……だが、嫌な風になってきたな」
この辺りで常に吹いている貿易風の東風。そこに湿気が混ざりはじめていることにアボット船長は感じ取っていた。
「
「おそらくな。本格的に荒れる前にカーサ・ヴェルデ諸島の港に入れればいいんだがな」
ショーゴが背後を振り返ればアフリカ大陸の稜線のシルエットの向こうからわき起こった黒い雲がどんどん空全体に広がりつつあった。
同時刻、海賊船にて。
「くそっ! かなり手酷くやられちまったな」「なんだってんだあの船は!」「船長たちまでやられちまってどうすんだよこれから」
甲板に並べられた、先の戦闘での死者たちの多さに生き残った海賊たちが途方に暮れる。並べられた死体の中には船長のハウエル・デイビスを筆頭に航海士や水夫長や操舵手といったこれまで船の意思決定に携わってきた高級船員たちまで含まれている。
「こうなっちまった以上、まずは新しい船長を決めるしかねぇだろう」
古参の海賊の1人がそう言うと、周りの者たちが期待を籠めてその男を見る。
「いや、俺はやらねえぜ? そもそも俺ぁバカだから船長なんかできねぇよ。俺ぁバーソロミューがいいと思うんだがよ」
「はぁ? オレか? おいおい、オレはほんの数週間前まで堅気だった海賊初心者だぜ? 船長やるなら他に誰かいるだろ?」
指名された30代の男、バーソロミュー・ロバーツが同意を求めて周りを見回すが、意外にも反対する者はいなかった。
「バーソロミューか。いいんじゃねぇか?」「お前は元々貿易船の航海士だったしな」「頭も切れるし度胸もある。俺も賛成だ」「ロバーツなら文句はねぇ」
「おいおい、冗談キツいぜ。誰か反対しろよ」
乗り気でないバーソロミューに古参の連中が懇願する。
「頼むぜバーソロミュー。古参の俺たちが今まで幹部じゃなかったのはその器じゃなかったからだ。お前がやってくれるんなら俺たちは全力で支えるからよぉ」
「そうだぜ。おめぇしかいねぇんだよ」
「おれらじゃ誰が船長になってもうまくいかねぇよ」
しばらくの問答の末にとうとうバーソロミューが折れる。
「あー、もう、分かったよ! やりゃあいいんだろ。その代わりオレのやり方に文句つけんじゃねえぞ!」
新たな船長の誕生に海賊たちが拍手喝采する。
かくして、後に
【掲示板に代えての作者のオタク語り】
サミエラが購入予定の日本人奴隷たちの紹介と大海賊時代最後の大海賊バーソロミュー・ロバーツが歴史の表舞台に登場する経緯のお話でした。
カリブ海の大海賊時代の絶頂期は1718年前後。黒ひげエドワード・ティーチや女海賊アン・ボニーなどが活躍したのがこの頃です。当時カリブ海では常時5000人以上の海賊たちが活動していたと言われています。
あまりにも海賊の被害が大きくなって国も見て見ぬふりができなくなり、またイギリス本国も1700年代初頭の政治と経済の混乱から立ち直りつつあったことで海賊対策に軍のリソースを割けるようになり、本格的に海賊討伐に海軍が動き始め、大海賊時代は終焉に向かいます。
大物海賊たちが次々に捕まって処刑されていた1719年にバーソロミュー・ロバーツは頭角を現してカリブ海とアフリカ西海岸で暴れ回りました。当時流行っていたロココ調のオシャレな服を身にまとい、酒は飲まずに紅茶を好んだ伊達男で、爵位はなかったものの
バーソロミュー・ロバーツが船長になる経緯は史実とは異なりますが、そこはまあフィクションということで。とはいえハウエル・デイビス船長が戦死して代わりに新人海賊ながら元航海士で度胸が据わっていたので新船長に選ばれたという経緯そのものは史実です。
この作中には有名どころの海賊が他にも登場予定ですが、史実に厳密に寄せすぎると活動期間の関係上、出したくても出せなくなる人物もいますので、その辺の歴史考証は緩めとなっています。というか、本来なら活動期間の重なっていない海賊たちを同時に登場させたいがためにガチの歴史小説としてではなく歴史風味のフルダイブゲームの実況小説というスタイルを選んだという裏事情があります。
舞台背景は1715年頃、登場人物はその前後10年以内ぐらいですかね。だから有名ではあるものの活動期間がそれより離れているヘンリー・モーガンとかフランシス・ドレイクとかキャップテン・キッドなんかは登場しません。