大海賊時代より……美少女船長の生・配・信! ─West India Company─ 作:海凪ととかる
──ゴトゴトゴト……
夕方の傾いた日差しの中、石畳の道をロッコとサミエラが並んで御者台に座った荷馬車が交易所に向かっていた。孤児院での授業を見学していたトーマスとは教会前で別れたが、別れ際のトーマスがまるで憑き物でも落ちたかのような穏やかな様子だったことが妙にサミエラの印象に残っていた。てっきり色々と訊かれると覚悟していたのだが拍子抜けだった。
「そういえばトーマスさんとロッコおじ様は海軍時代からの知り合いなの?」
「お、おう。……ん、そうさな、昔の上官ってやつだ」
「やっぱり海軍の人だったのね。どおりで壊血病対策に関心を示すはずだわ」
「あー……そりゃ当然その話はするよな。壊血病は海軍にとっちゃ頭の痛ぇ問題だからよ。それがこんな簡単な方法で防げるんなら、俺だって海軍時代に知りたかったぜ」
「トーマスさんがまだ海軍に
気楽にそんなことを言うサミエラとは対照的に何かを察したロッコが眉根を寄せる。
「…………まぁ、悪いことにはならんだろうが。…………まずい。このままじゃ生産が追いつかねぇ(ボソッ)」
「ん? なんて? よく聞こえなかったわ」
「いや、気にするな。今回買い入れる奴隷は3人でいいのか?」
「んー、最低3人かしら。いい人材がいれば追加も検討するけど誰でもいいってわけでもないし」
「そりゃそうだ。だが、今の調子だと3人ではすぐ手が足りなくなるぜ」
「そうなのよねー。他にも良さげな人がいないか、せっかくだからこれからパーシグ会頭に聞いてみましょうか」
「それがいい。で、これからの話だがよ、今回ゴールディ商会として奴隷を雇い入れるタイミングで正式に経営統合しねえか? 俺のアレムケル農園をゴールディ商会に組み入れる形でよ」
「……アレムケル農園はおじ様の個人資産なのだからゴールディ商会の一部にするのは気が引けるのだけど」
「気にするな。どうせ俺たち夫婦には子がいねえから跡を継ぐ奴もいねえ。俺たちが我が子のように思っていた娘にゃどうやら翼があるらしいから農園に縛り付けることもできなさそうだ。なら、せいぜいどこまで飛んでいけるか見届けようってカミさんと話してたんだ。それに……俺も農場主より勅許会社の大番頭の方が楽しそうだと思ってるからよ」
「あは。心がワクワクしちゃったなら止められないわね! じゃあ経営統合して商会を一気に大きくするわよ!」
「おうよ。それに奴隷たちも同じ仕事をしてるのにゴールディ商会所属とアレムケル農園所属と分かれてたらややこしいしな」
「それもそうね。だからこのタイミングなのね」
「そういうこった。……着いたぜ。ちょうどいい時間だな」
さきほどまでは人でにぎわっていた交易広場も、この時間になると空きスペースや営業を終了した屋台小屋が増え、買い物客の数も減って閑散としている。
買い物を終えた婦人たちが井戸端会議に興じ、空いたスペースで子供たちが遊び、営業を終えた商人たちが気だるげに引き上げの準備をしていたり、と午前の喧騒とは打って変わったゆったりとした時間が流れている。
サミエラが交易所のロビーに入ったのは約束の4点鐘が鳴る少し前だったが、すでに奴隷商人のジョージ・パーシグは先に到着していた。さきほども一緒にいた従者である黒人奴隷のルーとノルも控えている。そして、黒髪で彫りの浅い顔立ちのいかにもな東洋人の若者たちが3人いて、彼らが件の奴隷たちだろうとサミエラは察した。
しかし、そこには父娘であろう白人の中年男性と若い娘も一緒にいて、特に娘の方は泣いて取り乱した状態で東洋人の若者たちと言い合っていた。奴隷商人のジョージも困惑した表情を浮かべており、厄介事が起きているのは明らかだった。
オランダ語と日本語が飛び交っているので周囲の人々は何が起きているのかわからずに当惑しているが、騒ぎを聞きつけて野次馬が集まり始めている。
「…………これはちょっと厄介なことになってるわね。悪目立ちしたくないわ。おじ様、この人数が入れる商談部屋が空いてるか確認して、空いてるなら押さえてもらえるかしら?」
「おう、いいぜ」
ロッコが交易所の職員を捕まえて一言二言話し、そのまま連れだって交易所の奥に向かうのを横目に、サミエラは野次馬の外から奴隷商人ジョージと共にいる人間たちを観察し、何が起きているのかを知ろうとした。
オランダ語の聞き取りは問題なく、日本語に至ってはネイティブと言っても過言ではないサミエラはオランダ語と日本語で交わされる若者たちの言い合いから騒ぎの理由を知る。
赤毛の父娘はオランダ船の船長とその娘であり、娘は日本人の3人の若者たちと非常に親しい関係であったらしい。3人が奴隷として身売りすると決めたのも特にその娘の為という理由が大きかったらしいが、3人はその事を当の本人には秘密にしており、つい先程、奴隷商人ジョージと共に下船しようとしたところを見咎められてその件が明るみに出て、同じく知らされていなかった雇い主である船長共々付いてきてしまったものらしい。
これはどうしたものかしら……とサミエラが考えているところにロッコと副所長のジャン・バールがやってくる。
「おう、部屋は押さえたぜ」「サミエラ嬢、10人以上入れる2階の会議室をすぐに使えますがどうされますか?」
「そうね、今あの騒ぎの中にアタシが割って入るのはかえってややこしくなりそうだから、まずはおじ様とバール副所長でこの騒ぎを抑えてもらっていいかしら。その後、アタシがあの人たちを会議室に案内して、そのまま交渉に移る、という流れでどう?」
「そうだな。野次馬も集まってきてるから嬢ちゃんは目立たねぇ方がいいな」「そうですね。野次馬の方は私に任せてください」
そのままロッコとジャンが野次馬を掻き分けて騒ぎの場に近づき、サミエラもその後についていく。ロッコはまっすぐに奴隷商人ジョージに近づくと、ジョージがサミエラに気づいて口を開く前に先に声をかける。
「待たせたな。商談相手のゴールディ商会の番頭のロッコだ。さっそくだが商談のための部屋は押さえてあるからよ、まずはそっちに全員で移動しようぜ? あんたもそっちの方がいいだろ?」
ロッコとその後ろから目で合図を送るサミエラの意図に気づいたジョージは安堵の表情と共にうなずく。
「そうですな。わざわざ場を設けてくださるとはさすがゴールディ商会様は気が利きますな」
そして、ジョージは憮然とした表情を浮かべているアボットに事情を説明し、アボットが言い合いを続ける若者たちをなだめて交易所の2階にある会議室に向かわせ、サミエラがさりげなく彼らを先導して案内した。
一方でジャンは集まった野次馬たちに、これはよくある言葉の違いに起因する商会同士のささいなトラブルで、これから交易所職員の立ち会いのもとで話し合いをするのだと説明して納得させていた。実際にそういうことはよくあるので、野次馬たちも疑いもせずに軽く肩をすくめて去っていき、騒ぎの収拾を見届けてからジャンも2階の会議室に向かった。
会議室の壁は頑丈なレンガ造りで、その中央に分厚い樫の立派な長テーブルが鎮座しており、一番奥に議長席があり、そこから向かい合う6脚ずつの椅子が並んでいる。
会議室に一行を案内したサミエラが椅子に座るように促すと、横並びの6脚に上座から順にジョージ、アボット、アネッタ、
彼らと向かい合う形で、サミエラとロッコが並んで座り、仲介役であるジャンは議長席に座る。
「Nou, voor we over de zaken praten, zal ik me eerst even voorstellen. Ik ben Samiela Goldie, voorzitster van de Goldie Handelmaatschappij, en ik had van plan om slaven te kopen van jullie Parsig-gildehoofd. Dit is mijn bediende, Rocco Alemker.」(「さて、商談の前にまずは自己紹介させてもらうわね。アタシは今回そちらのパーシグ会頭から奴隷を購入する予定だったゴールディ商会会長サミエラ・ゴールディ。こっちは番頭のロッコ・アレムケルよ」)
オランダ語で挨拶したサミエラにアボットは驚いた表情を浮かべ、次いで安堵したように表情を和らげる。
「Ik ben Abbott, handelaar in dienst van de Verenigde Oost-Indische Compagnie. Dit is mijn dochter Anetta. En dit zijn de jongeren van het eiland Suō in het domein Chōshū van Hinomoto, die ik onder mijn hoede heb. Van links naar rechts: Murakami Shōgo Moritaka, Tsuchibashi Gonnosuke Tadamasa en Sazanami. We noemen hen meestal Shōgo, Gon en Nami.」(「オランダ東インド会社所属の貿易商人のアボットだ。こちらは娘のアネッタ。そして私が預かっている日ノ本国長州藩周防島の若者たちで、手前から村上彰吾守孝、土橋権之助忠正、漣だ。それぞれ、ショーゴ、ゴン、ナミと普段は呼んでいる」)
「Aangenaam kennis te maken. Voor ik de details hoor, wil ik eerst even met het Parsig-gildehoofd praten. Wacht alstublieft even.」(「お近づきになれて嬉しいわ。詳しい事情をお聞きする前に先にパーシグ会頭とお話しさせていただきたいので、少しお待ちになってね」)
そしてイングランド語に切り替えてジョージに訊ねる。
「さて、パーシグ会頭、なぜアボット氏と娘さんがここにおられるのか、事情を説明していただけるかしら? 先ほどの様子だと色々と手違いがあったように見受けられるのだけど」
「そうですな。それに関してはご迷惑をおかけしてしまったことをまず謝罪させていただきたい。そして、このような場を設けてくださった機転にも感謝いたしますぞ。まずは今回の顛末についてきちんとお話ししたいと思うんですな。あ、それとアボット氏はイングランド語もある程度は聞き取れますので翻訳はしなくてもいいんですな」
「分かったわ」
そして、ジョージの口から詳しい事情が語られる。
〜〜〜〜
【その時、歴史を動かしたCh公式 WIC感想欄】
──トーマスさんとロッコが授業中コソコソ喋ってたのが気になるなー。カメラもそっちに寄らなかったから声も拾えなかったし。
──てっきり授業が終わったらサミエラを質問攻めにするとばかり思ってたのになー。
──ロッコがよっぽど上手く説明したのか。
──なんかもう、悟りを開いたような表情になってたよね。
──そうそれ!
──ありがたいことです。って手を合わせそうな雰囲気だったね。
──別れ際の「今後ともご贔屓させてもらいます」がちょっと圧というかそこはかとなく覚悟を感じたわw
──ただのもう引退した海軍OBなら問題ないけど、まだ海軍上層部にいる現役の偉い人だったら……サミエラってばなんかすごいコネができちゃったかもっ?
──
──もしそうなら、ルーカス君も目を付けられちゃったかも?
──馬車での移動中、サミエラはのほほんとしてるけど、ロッコが確実に焦ってるのがトーマスさんの正体への答え合わせなんだよなぁ。
──元より事業拡大に合わせて追加人員を雇い入れることは確定してたけど、予定してる3人だけじゃ足りないって言っちゃってるもんな。
──1〜3等級の戦列艦は駐留艦隊にはいないといっても、準戦列艦の50〜64門級のライナー艦や重フリゲート艦でも乗組員が1隻あたり400〜500人ぐらいいるよな。
──そんなに乗ってるの!?
──単艦レベルの御用商人でもやっべえな。
──現代の宇宙船とかフリゲート級までは1人で十分だしな。
──この時代の大型艦って町がそのまま移動してるようなもんだな。
──それも男所帯となりゃ、そりゃ船乗りが港ごとに現地妻がいるっていう話になるわけだ。
──梅毒が短期間で世界中に広がるのも納得。
──コロンブス交換でヨーロッパに持ち込まれてたった20年ぐらいで世界中に広がってたんだっけ?
──……