あの日見た花を僕達は幽世(かくりよ)の果てまで探しに行く 作:すぷれっど
「まずは宿海、お前が捉えていた『本間芽衣子』の現状についての予測から聞こう」
ゆきあつは画面から振り返ることなく、静かに先を促した。
俺はガラステーブルの前に身を乗り出し、一度喉を鳴らしてから、あの夏に俺の狭い部屋で起きていた真実を言葉にしていった。
「俺はさ……最初は、自分が学校にも行かずに引きこもってるストレスで見ている『幻覚』なんだと思ってた。でも、実際は全然違ったんだよ。あいつは壁を抜けたり唐突に消えたり現れたりするような幽霊らしい特技なんて何ひとつ持ってなくて、本当に生きた人間みたいに生き生きと活動してた。一緒に飯を食って、寝て、かきたまラーメン作れって騒いで……とにかく忙しいやつだったんだ」
ゆきあつとつるこが静かに俺の言葉に耳を傾ける中、俺はあの日々の空気感を思い出すように言葉を続ける。
「あいつ、最初は『お願い』なんて忘れてて、ずっとこのまま俺の部屋に居続ける気だったんだと思う。だけど……ある日を境に『お願い』を思い出してさ。俺が『ずっとここにいればいいじゃんか』って言っても、あいつは『ううん、めんま成仏するよ』って頑なに言い張り始めたんだ。……で、最後の日の朝、『お願いが叶っちゃったみたい』って言った直後から、唐突に弱り始めた。足に力が入らなくなって歩けなくなって、身体が透けて見えなくなっていって……。そこから先は、お前たちも知ってる通りのあの朝だよ」
俺が最後まで話し終えると、ゆきあつはポケットからスマートフォンを取り出し、画面を滑らかにフリックした。
すると、壁一面の巨大ディスプレイ上に赤いポインターの光が滑り込み、あらかじめ用意されていたスライド上のテキストを次々と追っていく。
「なるほど……お前の観察データを補強し、論理的に整理すると、論点は幾つかのカテゴリーに大別される」
ゆきあつは淡々と、しかし異常なまでの早口と熱量で語り始めた。
「第一に、存在形態に対する物理的・科学的アプローチだ。お盆の時期に帰還した一般的な霊魂の延長線上にいたのか、それとも肉眼では不可視化された実体……つまり未知の物質として存在していたのか。壁をすり抜けられず物理的制約を受けていたという点は、後者の説を強く補強する。また、最後に俺たち全員の目に見えた理由は、彼女の発する『念』のエネルギーが閾値を超えたためか、あるいは特定の光波長を遮断する実肉体を一瞬だけ再構成したからなのか。声帯を持たないはずの彼女の声がなぜ全員に届いたのか……脳波へのダイレクトな干渉、いわゆる念声の類だったのか。……さらに言えば、お前の肉やラーメンを摂取・消化していたという点は、彼女が仏教的な概念における『成仏』や『解脱』の域に達していない不完全な状態であった証左と言える」
「ゆ、ゆきあつ……?」
怒涛のように繰り出される専門用語と分析に俺が圧倒されていると、ゆきあつはポインターを素早く動かし、次のスライドを表示させた。そこにはさらに緻密なフローチャートがびっしりと書き込まれていた。
「第二に、情報伝達能力および行動制約の考察だ。彼女はなぜ筆記が可能だったのか? そしてなぜそれが『当時の色鉛筆と日記帳』という特定媒介にのみ限定されていたのか。また、お前が『ずっといればいい』と言ったにもかかわらず本人が固辞し、唐突に弱り始めたという点からは、あらかじめ存在の猶予期間が定められていたタイマー説が有力視される。あるいは、身体のみが16歳相当に成長していながら精神年齢が11歳時のまま留まっていたという肉体と精神の解離現象……」
「ゆきあつ、少し落ち着きなさい」
隣で温かいカップを抱えていたつるこが、呆れ混じりの溜め息とともに割って入った。
「あなたの言いたいことは分からなくもないけれど、情報量が多すぎて宿海がついていけてないわ。それに、その『インク可視化実験』って何よ」
「……読んだ通りの応用だ」
ゆきあつはドヤ顔気味に胸を張り、画面の一角をポインターで指し示した。
「無色透明の物体であっても、インクや粉塵を浴びせればその輪郭は浮き彫りになる。もしあの夏、宿海が早期に彼女に水性塗料などを吹きかけていれば、俺たち全員が早い段階で彼女の形状を視覚的に共有でき、より建設的なアプローチが可能だったはずだ」
「……そんな理科の実験みたいに言わないでよ。めんまはペンキ塗りしていい道具じゃないのよ」
「論理的な可能性の提示をしているだけだ。……さらには、これら全ての現象が『本間芽衣子という実体』によるものではなく、宿海仁太という個人の抱く強烈な罪悪感が引き起こした『高度な超能力(サイコキネシス)』であった可能性すら、科学的客観性を保つ上では排除できない」
画面を埋め尽くすのは、量子力学から民俗学、オカルト都市伝説の分類まで、多種多様なアプローチで解剖された「本間芽衣子」のデータ群だった。
ゆきあつはこれを、俺と電話で話してから今日までのわずかな時間の間に一人で構築したのだ。
「……すっげぇな、お前」
俺は口をポカンと開けたまま、心から感心して呟いた。
相変わらず理屈っぽくて頭が堅いが、ここまでの熱量でめんまのことを分析・考察してくれていたなんて素直にすごいと思う。
「……なぁ、ゆきあつ。もしあの夏の早い段階で、お前のこの実験とか可視化とか試してたら……もっといろんなことが分かってたのかもしれないな。めんま本人がどう思うかは別としてさ」
「フン……タラレバを言っても始まらん。だが、過去のデータを分析することで、これからの行動指針は見えてくる」
ゆきあつは少し誇らしげな態度に見える、画面をまとめのスライドへと切り替えた。
「俺たちが知るべきはあいつが最後に残した『生まれ変わり』という言葉の本当の意味、そして今のあいつの居場所だ。宿海、感心してないでさっさとそのパソコンを使え」
「あ、ああ……そうだな!」
「鶴見、そっちの検索状況はどうだ」
「ええ、ゆきあつのデータベースと照合しながら、秩父周辺の古い伝承や民俗誌のアーカイブを洗っているわ。宿海、そっちの画面を見て」
つるこに促され、俺はノートパソコンの画面に顔を近づけた。
ゆきあつの過剰なまでの分析スライドと、つるこの手早い検索作業。超平和バスターズの「頭脳」である二人が本気でエンジンをかけ始めたのを感じて、俺の胸の奥にも一気に頼もしい熱が湧き上がってくるのを感じていた。