あの日見た花を僕達は幽世(かくりよ)の果てまで探しに行く 作:すぷれっど
翌日、昼過ぎにゆきあつからメッセージが届いた。
『本日14時、秘密基地に集合。各自、めんまとの思い出の品があれば持参すること』
「思い出の品、か……」
自室の床に座り込み、俺は腕を組んで頭を悩ませた。めんまとの思い出なんて山ほどあるが、形に残っているものとなると案外難しい。押し入れの奥をひっくり返し、埃をかぶったダンボール箱の底を探って——俺は「それ」を見つけた。
年季の入ったスチール製の缶ケース。お菓子の懸賞で当てた、通称『ヒミツのカンヅメ』だ。
フタを開けると、当時の宝物が詰まっていた。小さな万華鏡、手書きのマス目が描かれたスゴロク、そして昔、秩父のイベントに来ていた「ですよ。」のライブで運よくGETした直筆サイン。……そういえば昔、めんまがこのカンヅメを痛く気に入って、「めんまの! めんまのたからもの!」と無邪気に奪い取られそうになったっけ。
俺は小さく笑いながら缶のフタを閉め、バックパックに押し込んで部屋を出た。
秘密基地の引き戸を開けると、真っ先にぽっぽの明るい声が飛び込んできた。
「お〜、じんたん! 待ってたぞ〜!」
「じんたん、おはよ」
ソファに座っていたあなるが小さく手を振る。あなるの足元には、何やらズッシリとした大きめのボストンバッグが置かれていた。
「あなる、ぽっぽ。昨日は悪かったな」
「ううん、気にしないで。それより、昨日のゆきあつたちとの打ち合わせ、どうだったの? なんか進展あった?」
あなるが身を乗り出して尋ねてくる。俺はバックパックから『ヒミツのカンヅメ』を取り出してローテーブルに置きながら答えた。
「ああ。つるこの鋭い分析とゆきあつの理屈で、かなり大きな手がかりがつかめたよ。……今日もゆきあつが『試したいことがある』らしくてな」
「へぇ〜! あ、それ! じんたん、ヒミツのカンヅメじゃ〜ん! 懐かしいやつ〜!」
ぽっぽが目を輝かせてカンヅメに飛びつき、あなるも「嘘、まだ持ってたの!?」と嬉しそうに目を見開いた。
思い出話に花が咲きかけたその時、引き戸がガラリと開き、ゆきあつとつるこが入ってきた。
「揃っているようだな」
ゆきあつは相変わらず隙のない表情で室内を見渡すと、静かに告げた。
「今日は『めんまとの思い出の会』第二弾を行う。……各自、指示通り思い出の品を持ってきたか?」
「持ってきたわよ〜、もう重くて大変だったんだから!」
あなるが文句を言いながらボストンバッグのジッパーを開き、中から取り出したのは……懐かしの「NINTENDO64」の本体と、何本かのソフトだった。
「みんなで死ぬほどやり込んだ『マリオカート64』! 持ち運ぶだけで腕がちぎれるかと思ったわよ」
「おお〜、あなるナイス! 熱いな〜!」
「俺はこれだぞ!」
ぽっぽがポケットからシャキーンと取り出したのは、赤と青の『ウルトラヨーヨー』。つるこは鞄から、昔みんなでお絵描きやごっこ遊びに使っていた、古びたスケッチブックを静かに取り出した。
「私はこれよ。昔、秘密基地でみんなで絵を描いたでしょう。……めんまが描いたへたっぴなイラストも残ってるわ」
あなるがゆきあつの手元に視線を向け、首をかしげた。
「で? ゆきあつは何を持ってきたのよ。その手のやつ、なによ?」
ゆきあつの右手には、小さな透明のフィルムケースが握られていた。ゆきあつは至って真面目な、一切の冗談を排した真顔で言い放った。
「……めんまの髪の毛だ」
「「「……は?」」」
室内が一瞬で凍りついた。ぽっぽのヨーヨーの糸が手元からすっぽ抜け、あなるはドン引きの表情で一歩後ろへ引く。俺も絶句した。
「おいゆきあつ……お前、それ……どこで手に入れたんだよ……まさか……?」
「変態的な発想をするな!」
ゆきあつは不快そうに眉をひそめた。
「決して無理に引っこ抜いたわけではない! 毛玉ができたと言うので結び目を解こうとした時、引っ張って抜けてしまった時のものだ、これの用途については、後ほど科学的検証の段階で説明する」
「保管してる時点でもう十分ヤバいから……」あなるがドン引きしたまま引きつった笑いを浮かべる。
だが、ゆきあつは周囲の引き気味な視線を完全にスルーすると、秘密基地の隅に置いてあった巨大な畳み済みのダンボールを中央へと引っ張り出してきた。
「おいゆきあつ、それ何する気だ?」
「見れば分かる。中央のテーブルを退かせ」
俺とぽっぽが言われるがままテーブルを脇に寄せると、ゆきあつはダンボールをガムテープで手際よく組み立て始めた。完成したのは、大人が一人すっぽりと横になって入れるほどの、長方形の巨大な箱だ。まるで棺桶のような形をしている。
ゆきあつは組み立てを終えると、汗ひとつかかずに胸を張り、俺たちを力強く見つめた。
「よし、準備は整った。……これから全員で、『ジャランポン祭り』を執り行う」
「……ジャランポン祭り?」
俺が首をかしげると、あなるもぽっぽも「なんだそれ?」とお互いの顔を見合わせた。誰もその名の祭りを知らない。ただ一人、つるこだけが腕を組んで黙ったまま、ゆきあつの動向を見つめている。
「説明する」
ゆきあつはダンボールの箱をぽんと叩き、朗々と語り始めた。
「昨日の考察により、めんまの魂はあの世へ行ったのではなく、この秩父の山々に神に近い存在として残っている可能性が浮上した」
「えっ、神様!?」あなるが目を見開く。
「マジかよ、めんまが神様になってんのか!?」ぽっぽも飛びついた。
「そうだ。そしてこの『ジャランポン祭り』とは、秩父の民俗行事の一つだ。生きた人間を死者に見立てて白無垢姿で棺桶に入れ、即席のお経をあげて陽気に葬式を行う。病魔退散を願い、生身の人格を神に捧げた『人身御供』に由来する儀式だ」
ゆきあつは一息置くと、さらに声のトーンを上げた。
「だが、今回行うのは厳密なジャランポン祭りではない。弱っているめんまの魂を、この楽しそうな祭りの雰囲気で呼び寄せ……さらに死者役の人物に一時的に乗り移ってもらうことで、彼女の現状を直接聞き出そうという試みだ!」
「「おお〜〜っ!!」」
ぽっぽとあなるから歓性が上がる。一見オカルト的だが、ゆきあつが言うとなんだか妙な説得力がある。
「さらに、降霊の確率を底上げするために……死者役にはこれを着用してもらう」
ゆきあつは足元のバッグから、白く繊細な生地のワンピースと、銀髪のロングウィッグを取り出した。
それを見た瞬間、秘密基地の空気が凍りついた。
「っ!? そ、それ……っ! ゆきあつが前に着てたやつじゃないの!?」あなるが悲鳴を上げる。
「まだ持ってたんかーい!!」ぽっぽが頭を抱える。
「まじかよ……捨ててなかったのか……」俺もドン引きだ。
「……そういうことね」つるこだけが深々と溜め息をついた。
「笑いたければ笑うがいい。だがこれは極めて重要な触媒(メディウム)だ!」
ゆきあつは一切怯まず、真顔で続けた。
「なお、邪気を祓うために温かい甘酒を用意した。これを飲みつつ楽しく歓談しながら執り行う。……質問はあるか?」
「……で、誰がその死者役(めんま役)をやんのよ? まさかゆきあつ?」
あなるが疑いの眼差しを向ける。
「成功率を上げるには、めんまの体型や雰囲気に近い方が良い。違和感が少なければ少ないほどいいだろう」
「じゃー俺〜……って訳にはいかねぇかぁ」ぽっぽが自分のデカい体を叩いて苦笑いする。
「女性陣の方が……可能性は高いよな」俺がつぶやくと、視線が一斉にあなるとつるこに集まった。
「……なんかあたしがやる流れっぽいけど……つるこの方が似合いそうじゃない?」
あなるがつるこを見る。つるこは眼鏡の奥の瞳を緊張で揺らし、何かを深く考えているようだった。
「つるこ」ゆきあつがまっすぐにつるこを見つめた。「お前は少し前まで髪も長かった。立ち振る舞いや繊細さもあなるよりめんまに近い。……ここは一つ、頼めないか。……安心しろ、クリーニングは完璧にしてある」
「……余計な一言よ、ゆきあつ」
つるこは大きな溜め息をつくと、観念したように肩を落とした。
「いいわよ、やるわ。……ただ、めんまは目が悪くなかったけれどね」
つるこはポツリと呟くと、衣装を抱えて男性陣を睨みつけた。
「男手は全員、着替えが終わるまで外に出てなさい」
俺とゆきあつ、ぽっぽの3人は言われるがまま秘密基地の外へ追い出された。冬の夕暮れの冷気が身にしみる。
数分後——「……いいわよ、入って」と中から声がかかった。
引き戸を開けた俺たちは、その光景に言葉を失った。
ダンボールの箱の上に、静かにたたずむ人影。
白いワンピースに身を包み、銀色の長い髪をなびかせた、つるこだった。眼鏡を外し、少し涙目になった彼女の姿は、息をのむほどに美しく、どこか神聖で……そして、あの夏のめんまの面影を強くまとっていた。
「……っ、すっげぇ……」
俺は思わず感嘆の声を漏らしていた。昔のつるこは派手な服を着ている印象が強かったが、こういうシンプルな白い服もすごく似合っている。
「うお〜〜っ! べっぴんさんなめんまだな!」ぽっぽが歓声をあげる。
「かわいい! すごくかわいいわよ、つるこ!」あなるも目を輝かせて拍手した。
当のつるこは、みんなからの絶賛に恥ずかしさで顔を真っ赤にし、半分涙目になりながら下を向いている。
「……よくやってくれた、鶴見。これで準備は整った」
ゆきあつは満足そうに頷くと、指示を出した。
「まずはその箱の中に横になってくれ。それとぽっぽ、チンドンジャラポンの音頭で適当に場を盛り上げてくれ」
「おう任せとけ! チンドンチンドンジャラララポンポン! こんな感じでいいか!?」
「完璧だ。……それでは、ジャランポン祭りを始める!」
ぽっぽの陽気な手拍子と甘酒の甘い香りに包まれながら、俺たちの奇妙で真剣な「めんまを呼び寄せる祭り」が幕を開けた。