あの日見た花を僕達は幽世(かくりよ)の果てまで探しに行く   作:すぷれっど

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第十四話:奇跡のゲーム

 秘密基地の静寂の中に、ゆきあつの朗々とした、しかしどこか独特な音調のお経らしき唱え文句が響き渡っていた。

「……南無……至心帰命、風雲去来、神霊顕現、めんまのお間抜け間抜け……」

 ぽっぽの打つ「ジャラララポンポン」という奇妙なリズムと、ゆきあつの厳かな声と時々混ざるめんまへの想いが挟まり、秘密基地の中には何とも言えないシュールで幻想的な空気が満ちていく。ひとしきりお経を唱え終えると、ゆきあつはすっと息を吐き、静かに告げた。

「……よし。もう起き上がっていいぞ、つるこ」

「……ふぅ」

 箱の中から、白いドレスを纏ったつるこがゆっくりと体を起こした。髪を整えながら、少し呆れたような、それでいてどこか所在なさげな瞳でゆきあつを見つめる。

「……それで、私はこれからどうすればいいの?」

「あとは、甘酒を飲みながら全員の思い出の品を楽しめばいい。場を温め、めんまが寄り付きやすい雰囲気を作るのが次のフェーズだ」

 ゆきあつはポットから温かい甘酒を湯呑みに注ぎ、つるこへと手渡した。俺やあなる、ぽっぽの分も用意され、全員の手に湯呑みが行き渡る。冬の冷えた空気に、麹の甘い香りがふわりと広がった。

「では……めんまとの再会を祈って。乾杯!」

「「「乾杯〜〜っ!」」」

 湯呑みを突き合わせ、温かい甘酒を一口すする。優しい甘さが体に染み渡っていく。

「一言加えておくと、甘酒は本来は頭から被るものなんだが、口から入れて出しても問題ないだろう経済的な問題もある」

「うお、こんなに美味いのにそれはもったえないな!」ぽっぽが匂いを嗅ぎうっとりしている。

「表現に品がないわね...」つるこがジト目でゆきあつを見る。

「さて」ゆきあつが湯呑みを置き、一同を見渡した。「まずは誰から思い出の品を紹介する?」

「おっ、じゃあまずは俺からいかせてもらうぜ!」

 真っ先に手を挙げたのはぽっぽだ。ポケットから赤い『ウルトラヨーヨー』を取り出すと、親指を立ててニカッと笑った。

「見てろよ〜? 往年の名技を披露してやるからな!」

 ぽっぽが勢いよく腕を振ると、ヨーヨーが滑らかに回転を始める。

「まずは『お散歩』! からの〜、『メトロノーム』! どーだ!」

「おお〜っ! ぽっぽ、まだできるんだ! すっげえ!」俺は思わず身を乗り出した。子供の頃、秘密基地でみんなで技を競い合った光景が鮮やかによみがえる。

 あなるが目を輝かせて拍手する。

「へへん! 昔、めんまに『やり方教えて〜』って言われてさ、教えてやったんだけど、めんまのやつ全然できなくて自分の膝に思いっきりぶつけて泣きそうになってたろ?」

「あったあった! 『ぽっぽのヨーヨー、イジワルする〜』って言ってな!」

 俺とぽっぽが顔を見合わせて笑うと、場が一気に和んだ。

「次はつるこ、お前だ」ゆきあつが指名する。

 つるこは少し照れくさそうにスケッチブックを開き、テーブルの中央に置いた。

「私はこれよ。昔、みんなで描いたお絵描き帳。……ほら、これ」

 ページをめくると、そこには拙いタッチで描かれたカラフルな落書きが詰まっていた。

「あ! これ、めんまが描いたあたしの似顔絵じゃん! 髪の毛が爆発してるやつ!」あなるが声を上げる。

「あはは! でも特徴掴んでるぜ! つるこの描いためんまは、やっぱりめちゃくちゃ上手いな〜」ぽっぽが感心したように覗き込む。

「じんたんの描いたヒーローの絵、相変わらずヘロヘロ!」あなるがクスッと笑う。

「うるせぇな、これでもちゃんと細部まで描けてるんだぞ」俺が頭をかく。

 当時の落書き一枚で、当時の空気感がそのまま秘密基地に戻ってきたようだった。

「次は……じんたん、頼む」

 ゆきあつに促され、俺は『ヒミツのカンヅメ』をテーブルの中央へ押し出した。フタを開けると、あなるが「わぁ」と声を上げて万華鏡を持ち上げた。

「これ、覗いていい? ……うわ、星柄の紙がキラキラしてすっごく綺麗……!」

「お前って星柄昔から好きだよな」自然に突っ込みをいれる

「え?そ、そうかな?」なぜかあなるは照れている気がする。

あなるの着るものにはどこかしら星形がついていたものだ。

「俺はこのスゴロクが懐かしいな〜。『めんま、一回休み』とか手書きで書いてあるやつ!」ぽっぽが覗き込む。

 ゆきあつは缶の奥にあった、手のひらサイズの小さなプラスチック製のランプに目を留めた。

「宿海、これは動作するのか?」

「ああ、電池を新しく入れ直してきた」

 ゆきあつがスイッチを入れると、小さなメロディと共にランプの台座がゆっくりと回転し、赤や黄色の温かい光が室内の壁を優しく照らし出した。

「「おお〜〜っ!」」

「これ、当時はみんな欲しがってたわよね。当たったじんたんが本当に羨ましかったんだから」あなるが懐かしそうに目を細める。

「そういえばさ」俺は缶の底に眠る一枚の紙を指差した。「この『ですよ。』の直筆サインだけどさ。当時、めんまが『それちょうだい! めんまにちょうだい!』ってめちゃくちゃ欲しがってたんだよな。……夏のあの時、めんまが俺の前に現れた時、最初『もしかしてこのサインが欲しくて化けて出たのか?』って本気で思ったくらいだ」

「ぶはっ! んなわけあるかよ!」ぽっぽが爆笑し、あなるも「じんたん、それはないわ〜!」とお腹を抱えた。つるこも口元を緩めている。

「……なるほど。」

 ゆきあつが何かに納得している。

「じゃあ最後はゆきあつね。……正直、あんまり知りたくないんだけど」あなるが引きつった顔で促す。

 ゆきあつは胸ポケットから、あの小さな透明のフィルムケースを取り出した。中には1本の銀髪が大切そうに収められている。ゆきあつは至って真面目な顔で語り始めた。

「あの日……めんまが『髪がダマになっちゃったから直して』と俺に言ってきたのだ。俺が作業をしている最中、あなるが持ってきたポッキーにめんまが食いつき、前に乗り出した拍子に……引っかかって抜け落ちた。それがこの髪の毛だ」

「「「…………」」」

 一瞬の静寂。

「……あ、そうなんだ。へー」あなるが真顔で呟く。

「へー……そうだったんだなー」ぽっぽも真顔で頷く。

「……無駄にドラマチックじゃなくて良かったわ」つるこが冷ややかな視線を送る。

 一同の冷めたリアクションに、ゆきあつは少しだけ気まずそうに咳払いをした。

「よーし! じゃあ気を取り直して!」あなるがポンと手を叩いた。「次はみんなで『マリオカート64』やろっか! ぽっぽ、それ新しく買ったディスプレイに繋げてよ!」

「おうよ! 任せとけ! 最新の画面で蘇らせてやるぜ〜!」

 ぽっぽがコントローラーを引っ張り出し、秘密基地の真ん中にセットし始める。甘酒の熱気と、どこか懐かしいコントローラーのカチカチという音が、秘密基地の夜を明るく彩り始めていた。

「マリオカート、シックスティフォー!!」

 豪快なエンジン音と同時に、テレビ画面から懐かしいタイトルコールが響き渡った。

「うわ〜、これこれ! この音だよ!」

 ぽっぽが歓声を上げ、コントローラーを配り始める。

「コントローラーは4つだからな! 1レースごとに最下位が交代ってルールで行こうぜ! まずは俺、じんたん、あなる、つるこだ!」

「えっ、私もやるの……? 私、ゲームなんて全然……」

 困惑するつるこの手に、ぽっぽが強引にコントローラーを握らせる。あなるが画面のキャラクター選択画面を見つめて、ふっと目を細めた。

「ねえ……めんま、いっつもマリオ使いたがってたのよね。『主人公がいい!』って」

「そうだったな。で、結局あなると取り合いになって、めんまがピーチで妥協するまでが一連の流れだった」

 俺が思い出し笑いを浮かべると、あなるも「あったねぇ、そんなこと」と愛おしそうに目を細めた。

「ふん、見た目ではない性能でこういうものは選べ……」

 腕を組んでフイッと横を向くゆきあつだったが、レースが始まると全員のテンションが一気に跳ね上がった。

「あ! あなるズルい! ショートカット通ったろ!」

「勝てばいいのよ、勝てば! ぽっぽ、赤甲羅投げないでよ!」

「ヒャッハー! 容赦ねえぞ〜! ほらつるこ、曲がる時はドリフトだ!」

「ちょっと、声が大きいわよ! ……きゃっ、落ちた!?」

 慣れない手つきながらも、つるこは意外にも冷静にラインを見極めて食らいついている。だが結果はあなるが1位、俺が2位、ぽっぽが3位、そしてつるこが最下位となった。

「はい、つるこアウトー! 次はゆきあつ入れ!」

「……フン、ゲームとは人間の本質を映し出すんだ、お前たちは俺に敵わない。」

 ゆきあつはビシッと姿勢を正してコントローラーを握った。選んだキャラクターはクッパだ。

「よし、第2レーススタート!」

 エンジン音とともにマシンが一斉に飛び出す。

「なあ……4人でプレイしてると、なんでBGM消えるんだろうな?」

 ふと画面の効果音だけが響く異様な静けさに気づき、俺が問いかける。

「あ〜、それな!」ぽっぽが操作しながら答える。「64の処理限界ってやつらしいぜ? CPUの車が走ってないのに音楽消えるの、子供心に不思議だったよな〜」

 BGMのない、SEと自分たちの歓声だけが響く画面。それがかえって、あの頃の夏の秘密基地の空気を鮮明によみがえらせていく。

「お前ら俺に攻撃するな、このキャラは加速が遅い」

「ゆきあつ、これはそういうゲームなんだよ!」

「くそっ、この何故火を噴いて妨害しない!……ぬおおお!」

 大真面目な顔でコントローラーをぐにぐにと傾けながら必死に操作するゆきあつの姿に、あなるが大爆笑する。

「あはは! ゆきあつ顔! 顔がマジすぎるって!」

「笑うなあなる! ここを越えれば1位は確定だ……行けぇぇ!」

 結局、ゆきあつはギリギリで俺のキノピオをかわし、1位でゴールインした。

「ふ……見たか。物理計算とライン取りさえ把握すれば造作もない」

 ドヤ顔で勝利ポーズをするゆきあつに、全員で「大人気ねぇ〜!」とツッコミを入れた。

 その後も勝っては交代、負けては交代を繰り返し、つるこもコツを掴んであなるを甲羅で撃墜するなど、秘密基地は久々の大歓声に包まれた。

 甘酒の暖かさと、コントローラーのガチャガチャという懐かしい音。全員が思う存分『マリオカート64』を楽しみ、当時の思い出話も出し切った頃、外の空気はすっかり冷え込み、夜の静寂が秘密基地を包み込み始めていた。

「ふぅ……満足したわ」

 コントローラーを置いたつるこは、静かに立ち上がり、再び部屋の中央に置かれたダンボールの「棺」の中へと戻っていった。

「お互い十分に楽しんだようだな。ネタも出尽くした」

 ゆきあつが時計を確認し、静かに告げた。

「……残念ながら直接めんまが姿を現すことはなかったが、今日の儀式はここで終了とする。最後は全員で、めんまへの祈りを込めて万歳三唱で締めくくるぞ。……せーの」

「「「バンザーイ、バンザーイ——」」」

 声が揃った、その時だった。

 つるこが、俯いたままピクリとも動かない。

「……どうした、つるこ?」

 ゆきあつが不審そうに声をかける。

「何かあったの……?」あなるが覗き込み、ぽっぽも「トイレか?」と首をかしげた。

 だが、伏せられたつるこの唇から漏れ出たのは、つるこの声であって、つるこの声ではない——どこか幼く、途切れ途切れな、忘れるはずもない「あの声」だった。

「……みんなどこ……? こえが、きこえる……」

 ドクン、と心臓が跳ね上がった。

「……っ!? もしかして……めんまか!?」

 俺は思わず箱へ駆け寄った。あなるが息を呑み、ゆきあつの顔から余裕が完全に消え去る。

「……みんなのこえ……いつもと、ちょっとちがうね……? どこにいるの……?」

 困惑と緊張が交錯し、秘密基地の空気が一瞬で凍りつく。息を詰めて見守る中、ゆきあつが震える声を絞り出した。

「めんま……! 今、どんな状態だ……!? どこにいる!?」

「……みんなと、あえなくなってから……めんま、ずっと……ずっとがんばって、ひみつきち作ってたよ……」

「秘密基地を作ってた……?」ぽっぽが掠れた声で呟く。

「うん……あ、でも……おおかみさんが……っ! あ! だめ……! こ……さ……な……っ」

「どうした!? めんま!!」

「めんま! しっかりして!!」

 俺とあなるが叫んだ瞬間、つるこの身体からガクリと力が抜け、そのまま箱の底へと倒れ込んだ。

「つるこ!!」

 ゆきあつが駆け寄り、肩を揺さぶる。ぽっぽが慌てふためいて右往左往した。

 ……数分後。

「……え? 私、なんで箱の中で倒れて……?」

 ゆっくりと目を覚ましたつるこは、何事もなかったかのように首をかしげた。自分がめんまとして言葉を発していた記憶は、完全に抜け落ちているようだった。

「……『狼』と言ったな」

 ゆきあつが鋭い目つきで、重々しく呟いた。

「秩父の山岳信仰……三峯神社の神使、白狼(オオカミ)。めんまの魂は、あちらの領域に囚われているか、あるいは接触している可能性がある。……早急に、三峯神社へ向かう必要があるぞ」

「ああ……!」俺は強く頷いた。「明日、行こう。めんまが……待ってる」

 誰一人異論はなかった。俺たちは固い決意を胸に、静まり返った秘密基地を後にした。

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