あの日見た花を僕達は幽世(かくりよ)の果てまで探しに行く 作:すぷれっど
ガラケーの液晶画面から放たれる青白い光が、薄暗くなった部屋を静かに照らしていた。
ベッドの端に腰掛けた安城鳴子は、画面を見て悩みこんでいる。
(……このままでいいわけ、ないじゃん)
思い浮かぶのは、あの夕暮れの教室で見せたじんたんの顔だ。
学校に来るようにはなった。けれど、その瞳には光がなく、まるで心がどこか遠くへ置き去りにされたまま、身体だけが惰性で動いているような危うさがあった。放っておけば、いつか本当に透明になって消えてしまうんじゃないか——そんな恐怖が、あなるの胸を締め付けていた。
あなるは意を決して、一斉送信のメールを作成する。
『ねえ、みんな。近いうちに秘密基地に集まらない? めんまのこと、みんなでちゃんと振り返ったりする会をやりたいんだけど』
送信ボタンを押した瞬間、心臓が跳ねた。
あの夏、本音をぶつけ合い、泣きじゃくってお互いの傷を晒し合った。あれから三ヶ月。それぞれの日常へ戻りかけた今、再び「めんま」という存在に触れることは、全員にとって少なからず痛みを伴うはずだった。
だが、最初に通知を鳴らしたのは、意外な人物だった。
『いいと思う。ちょうど私も、あの日以来みんなと話したいと思ってたの。日程調整しましょ』
つるこ(鶴見知利子)からの即答だった。
あなるは画面を見つめたまま、小さく息を吐いた。
(つるこは……やっぱり、ずっと見てたんだ)
つるこからの返信は、どこか整然としていて大人びていたが、その行間には「残された者たちの歪み」を放置しておけないという、静かな使命感が滲み出ていた。ゆきあつとの関係が少しずつ前へ進み始めている今だからこそ、彼女は超平和バスターズという「過去」と、もう一度正しく向き合おうとしているようだった。
続いて、通知が届く。ゆきあつ(松雪集)からだった。
『……そういう趣旨なら、俺は構わない。ただ、傷の舐め合いみたいなお茶会にするつもりなら免除してくれ。やるなら、ちゃんとあいつの供養になる形にしろ』
相変わらずの素直じゃない口ぶりに、あなるは思わず苦笑した。
(相変わらず上から目線なんだから。……でも、断らないんだよね、ゆきあつは)
文字面こそ冷ややかだったが、ゆきあつもまた、あの夏に自分の愚かさを晒し、めんまへの執着を打ち砕かれた一人だ。つること共に進学校の厳しい受験勉強に追われる毎日の中で、彼もまた「めんまがいない現実」をどう受け止めればいいのか、答えを探し続けているのだと分かった。
そして三番目に電話をかけてきたのは、ぽっぽ(久川鉄道)だった。
「おう、あなる! メッセージ見たぞー!」
スピーカーから聞こえるぽっぽの声は、相変わらず元気に弾んでいた。だが、その背後に夜のガソリンスタンドの機械音が混ざっているのが聞こえ、彼がまたバイトの合間に電話をかけてきたのだと察した。
「みんなで集まって、めんまの話か! いいじゃんか! 最近、秘密基地も賑わいが少なくてさみしい感じがしてさ。めんまもきっと、みんなでワイワイやってくれた方が嬉しいよな!」
(ぽっぽ……。ホントは、一番つらいくせに)
あなるは胸の奥がギュッと痛むのを感じた。
あの日、事故の瞬間を目撃し、その罪悪感から世界中を逃げ回っていたぽっぽ。今は秩父にとどまり、笑顔でバイトに明け暮れているが、彼がどれほど無理をして「明るいぽっぽ」を演じているか、あなるには分かっていた。ぽっぽにとっても、この集まりは自分自身を救うための救命胴衣のようなものなのだろう。
そして、最後。
一番返信が遅かったのは、じんたんだった。
『……わかった。行く』
一言だけの、短いメッセージ。
簡素なその文字列を見て、あなるは携帯電話を両手でギュッと握りしめた。
(やっぱり、迷ってたんだよね、じんたん……)
めんまが見えていた唯一の存在だったじんたん。めんまが消えた時の「生の痛み」を、世界で一番深く知っている彼にとって、思い出話をする会に参加することがどれほど恐ろしいか、あなるにも痛いほど想像がついた。
それでも、じんたんは「行く」と言ってくれた。
あなるはベッドに倒れ込み、天井を見上げた。
みんな、進もうとしている。でも、誰ひとりとして、あの夏の傷口は塞がりきっていない。めんまという共通の光を失って、暗闇の中で手探りで生きている。
「……めんま。みんな、ちゃんとめんまのこと、思ってるよ」
ぽつりと呟いた声は、初冬の夜気の中に静かに溶けていった。
あなるは胸の上に携帯電話を抱えたまま、秘密基地で集まる「その日」のことを思い、不安と祈りの混ざった深いため息をついた。