あの日見た花を僕達は幽世(かくりよ)の果てまで探しに行く 作:すぷれっど
山道を踏みしめるたび、落ち葉がサク、サクと乾いた音を立てる。
秩父の山裾にひっそりと佇むその木造小屋——俺たちの「秘密基地」の屋根が見えてきた頃には、すっかり陽が傾きかけていた。
ギィ、と重い木のドアを開けると、真っ先に飛び込んできたのは香ばしい醤油の匂いと、ストーブの暖気だった。
「おっ、じんたん! あなる! 来たな!」
部屋の奥から声を上げて立ち上がったのは、ぽっぽだった。ガソリンスタンドのバイト着の上にド派手な柄のジャンパーを羽織り、相変わらずの大きな笑顔を浮かべている。だが、その足元には石油ストーブが焚かれ、かつて夏草の匂いが満ちていた室内には、どこかシンとした冬の空気が居座っていた。
つることゆきあつも既に奥のベッドに座っている。
「来たか、用意はできている」
「これみて」
つるこは部屋の中央の古いローテーブルの上へ手で合図する。
「うわ、なんかすごいご馳走じゃん」
あなるが手に持った大きな紙袋を抱え直し、目を丸くする。
テーブルの上には、溢れんばかりの品々が並べられていた。
ぽっぽが用意した駄菓子屋のゼリーやスナック菓子。つるこが丁寧に重箱へ詰めてきた、めんまの好きだった甘い卵焼き。ゆきあつがどこからか買ってきたという、地元で評判の洋菓子店のイチゴのショートケーキ。
さらにあなるが持参した、めんまが好きだったお手製蒸しパンが加わる。不格好だが、どこか優しくて甘い香りが漂っている。
そして——テーブルの隣の椅子にぽつんと置かれた小さな一輪挿しの牛乳瓶。
そこには、真冬の時期には珍しい、可憐な白い花が飾られていた。
「ゆきあつがさ、途中の花屋で買ってきたんだぜ。『手ぶらじゃ格好がつかない』とか言ってさ」
「余計なことを言うな、ぽっぽ」
腕を組んでいるゆきあつが、気まずそうに目を逸らす。隣に座っていたつるこが、小さくクスリと微笑んだ。
「でも、いいじゃない。めんまの『席』ができたみたいで」
つるこの言葉に、みんなの視線が一瞬だけその白い花に集まった。
そこには誰も座っていない。けれど、あの日みたいに、足をバタバタさせながら「わーい! ごちそうだー!」と目を輝かせているあいつの姿が、確かにその空間に重なって見えた。
「じゃあ……始めますか。めんまを偲ぶ……いや、めんまの思い出を語る会!」
ぽっぽが缶コーラを掲げ、みんなで小さく乾杯を交わした。
一口食べた蒸しパンは、あの日めんまが作ってくれたものと同じくらい甘くて、少しだけ粉っぽかった。
「……ねえ、覚えてる? めんま、昔ここでゲームやってた時、本体握りしめて体ごと傾いてたよね」
あなるが懐かしそうに目を細め、テーブルの端に置かれた懐かしい携帯ゲーム機を指差した。
「あったあった! カーブで曲がるとき、めんまも一緒に右に首曲げちゃってさ!『そんな事しても曲がり良くならないからな!』って、じんたんがツッコんでたじゃん!」
ぽっぽが大きな身振り手振りで真似をすると、思わず全員からどっと笑いが起きた。
「あいつ、格闘ゲームのコマンドも全然覚えられないくせに、ボタン連打だけで奇跡的に強い技出したりしてさ」
「そうそう。で、勝つと『めんま、天才かも!』ってドヤ顔するの」
ゆきあつとつるこも、口元を緩めて会話に混ざる。
あいつがどれだけ不器用だったか。
どれだけ食べこぼしが多かったか。
かくれんぼでいつも真っ先に逃げ遅れて、すぐ見つかっていたか。
他愛もない昔話が、次から次へと溢れ出してきた。あいつがいた頃の思い出は、掘り返せば掘り返すほど、笑ってしまうような出来事ばかりだった。
「……なあ」
ふと、ぽっぽがポテトチップスを口に放り込みながら、どこか遠い目をして呟いた。
「めんま、成仏したじゃん? でさ……やっぱり今頃、どっかで生まれ変わってんのかな」
一瞬、部屋の中が静かになった。ストーブのシュンシュンという炎の音だけが響く。
「……どうだろうな。成仏したんだから、きっとどこかで新しい命になってるんじゃないか」
俺がぽつりと答えると、ぽっぽはニッと八重歯を見せて笑った。
「だよな! もう生まれ変わってて、すくすく育ってんだよ。……でさ、大きくなったらまた、『のけもん』にハマるんじゃないか?」
「あははっ、絶対ハマるでしょ!」
あなるが声を上げて笑った。
「だってめんまは、ゲットできただけで飛び跳ねて喜ぶんだよ? 生まれ変わったって、ゲーム好きなところは絶対変わってないって!」
「また『のけもんゲットだぜー!』とか言って、飛び跳ねた後に転んでるところが目に浮かぶわね」
つるこも楽しそうに肩を揺らす。
「また出会えたら、今度は俺がバトルの事、一から教えてやるつもりだ。……今度こそ、負けて泣かさないようにな」
ゆきあつが静かに差し挟んだ言葉には、かつてのような刺々しさは一切なかった。ただ純粋に、遠いどこかで幸せに生きているかもしれない「あいつ」への、祈りのような優しさがこもっていた。
「いいなそれ! じゃあ俺は、ぜったい美味しいラーメン屋に連れてってやる!」
「あ、ずるい! あたしも美味しいパフェ奢る!」
ワイワイと盛り上がるみんなの声を聴きながら、俺は椅子にある一輪の白い花を見つめていた。
生まれ変わったら、また『のけもん』にハマるだろうか。
また、無邪気な笑顔で誰かを救うのだろうか。
(……めんま)
胸の奥が、キュッと締め付けられる。
みんなは笑っている。めんまの思い出を「楽しかった過去」として、笑い飛ばそうとしている。それはきっと、正しい前進なのだと思う。
だけど——僕の心の奥底に開いた穴は、この温かい空気の中にいればいるほど、逆にその冷たさを増していくようだった。
みんなが知っている「かわいくて、ちょっとおバカなめんま」。
でも、俺だけが知っているめんまもいる。