あの日見た花を僕達は幽世(かくりよ)の果てまで探しに行く 作:すぷれっど
「……じんたん?」
不意に、隣に座っていたあなるが、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
グラスを持つ俺の手が、微かに震えていたからかもしれない。
椅子に置かれた、小さく白い一輪の花。みんなはそこに「いないはずのあいつ」を投影し、未来や生まれ変わりという温かい言葉で包み込もうとしている。
でも、俺の胸の奥で渦巻いているのは、そんな綺麗に整理された思い出なんかじゃなかった。
俺だけが知っている、あの夏、俺の部屋で生きていためんまの姿があるのだ。
「……なぁ」
ぽつりとこぼした俺の声に、ぽっぽも、ゆきあつも、つるこも、一斉に視線を向けた。
「みんなはさ……あいつの思い出って言えば、あの子供の頃のことか、最後に手紙を残して消えていったあの朝のことだろ?」
「……まあ、そうね」
つるこが静かに眼鏡のふちを上げる。
「私たちが直接触れ合えたのは、あの子供の頃のめんまか……最後の最後に見えた、あの子の姿だけだから」
「だよな。……でもさ、俺にとっては違うんだ」
俺は膝の上で拳を強く握りしめた。
口を開くと、あの夏から始まった奇妙で愛おしい日々が、止まらない奔流となって溢れ出してきた。
「あいつ……あの暑い夏の日、突然俺の部屋に現れたんだ。見た目は俺たちと同じくらいに成長してるのに、中身は昔のまんまの子供でさ」
「……成長した姿で、じんたんの部屋に?」
あなるが意外そうに目を丸くする。
「ああ。最初は自分の幻覚かと思ったよ。でもあいつ、俺が自分の昼飯に塩ラーメン作ってたらさ、突然横から『めんまも食べる!』って駄々こねたり……。幽霊のくせに、俺が食べてた焼肉だって平気で奪って食うんだぞ? 志村けんの『けんちゃんラーメン』が食べたいって言われた時は参ったけど、代わりに即席で作った『かきたまラーメン』も、すげー美味そうに食べてさ……」
「ちょっと待って、じんたん」
あなるが思わず身を乗り出した。
「幽霊なのにご飯食べるの!? ていうか……焼肉横取りされたの?」
「横取りどころじゃないよ。あいつ、見た目は大きくなってんのに距離感が子供のままでさ。俺が座ってたら平気で膝の上にドカッと座ってくるし、俺が寝てたら人の身体の上に乗っかって寝るんだ。挙句の果てには、幽霊のくせに勝手に風呂に入って、バスタオル一枚で脱衣所から出てくるんだぞ?」
「はあぁっ!?」
あなるの顔が一瞬で真っ赤になった。
「ちょっとじんたん! 男の子の部屋でバスタオル一枚って……! 一緒の部屋で何やってんのよ!」
「俺だって焦ったよ! でもあいつにはそういう羞恥心とか皆無でさ! おかげで、俺のベッドはあいつに完全に占拠されて、俺はソファで寝るハメになったんだからな」
「ククッ……ハハハハ!」
それまで黙っていたぽっぽが、耐えきれずに大爆笑した。
「うわー、すっげえ! めんまのやつ、幽霊になっても相変わらず図々しくて最高だな! 俺もめんまに焼肉奪われたかったぜ!」
「笑い事じゃないわよぽっぽ!」
あなるがポッポを睨みつけるが、向かいに座るゆきあつは苦虫を噛み潰したような顔で横を向いていた。その拳が、机の下で微かに力んでいるのが分かる。自分たちの知らない「めんまとの日常」を聞かされ、嫉妬と羨望が混ざり合った複雑な感情に耐えているのだ。
「……それにさ、あいつ、お節介なんだよ」
俺は少し口元を緩めながら、言葉を続けた。
「母さんの蒸しパンを再現しようと山ほど蒸しパン作ってさ、どんどん俺に食べさせようとするし。庭の花を摘む時だって『首パッチン!』とか言ってちぎるんだぞ? 花からしたら、あいつは悪霊さながらだよな」
「ふふっ……『首パッチン』って、めんまらしいわね」
つるこが口元を緩めて小さく笑う。
「だろ? で、俺が不登校で引きこもってるとさ、これ見よがしに怒るんだ。『あなるの悪口言うじんたんは嫌い!』とか『学校行くって約束したんだから行って、あなるにお礼言わなきゃダメ!』って。俺が嫌がると『それがめんまのお願いかもよ?』なんて、自分の『お願い』を都合よく使ってさ」
あなるがハッとして胸に手を当てた。
「……あたしに、お礼……? じんたんが学校に来るようになったのって……」
「ああ。あいつがうるさく背中を押したからだよ。……あとさ、ゆきあつ」
俺は、押し黙っているゆきあつに視線を向けた。
「お前が俺に意地悪な言葉や厳しいこと言っていった時、あいつ、お前の見えないところで『ゆきあつのバカ!』って必死に叫んでたんだぞ」
「……っ」
ゆきあつの背筋がピクッと伸びる。
「あいつさ、あの夏を人一倍楽しんでたんだ。俺たちがまたこうやって集まったり、仲良しになりかけてるのを見るたびに、満面の笑顔で喜んでた。突然一人で『デスヨ』のポーズやって楽しそうにしてたり、勝手にキッチン使って好き勝手やって……。本当はさ、あいつ、最初から成仏する気なんて無かったのかもしれない。ずっとあの部屋で、蒸しパンを作り続ける気だったんじゃないかって思うくらいだった」
「……めんま……」
あなるの瞳に、薄っすらと涙が浮かび始める。
「お前たちのことも、あいつはちゃんとよく見てたんだぞ。『あなる、大きくなったね』とか……『つるこのポニーテール、かわいいね』とかさ」
「……私を?」
つるこが驚いたように目を見開く。
「ああ。林の中でさ、変装したゆきあつを真っ先に見つけたのもめんまだった。お前が走っていくのを追いかけながら、『あそこにいる!』って教えてくれたんだ」
ゆきあつは俯き、自分の膝をじっと見つめたまま動かない。
「それから……初めてつるこたちがこの秘密基地に来てくれた夜のバーベキュー、覚えてるか? ぽっぽが『超平和バスターズ最高!』って叫んだとき……」
俺はぽっぽを見た。ぽっぽは息を呑んで俺を見つめ返している。
「あのとき、あいつはぽっぽのその言葉を聞いて、ボロボロ涙を流して泣いてたんだ。『超平和バスターズ最高』って、何度も頷きながらな。……そのあと、ぽっぽが森で見かけたっていう『もう一人のめんま』の話を聞いた時もさ、『もう一人のめんま!?』って、自分自身のことなのにすっげー楽しそうにはしゃいで探そうとしてたんだぜ」
「……っ、めんまのやつ……っ」
ぽっぽが大きな手でバサッと自分の顔を覆った。指の隙間から、堪えきれない鼻息が漏れる。
「あいつは……そこにいたんだ。俺のすぐ隣で、笑ったり、泣いたり、怒ったりしながら、確かにあの夏を生きていたんだよ」
秘密基地の中に、ストーブの爆ぜる音だけが静かに響いていた。
みんなの顔から、さっきまでの「思い出話を楽しそうに語る余裕」は消え去っていた。俺が語る生々しいめんまの吐息と温度に触れて、全員が息を詰め、胸を締め付けられていた。