あの日見た花を僕達は幽世(かくりよ)の果てまで探しに行く 作:すぷれっど
「……俺はさ、あいつの『まっすぐさ』を、あの夏何度も思い知らされたんだ」
俺は語り続ける。声を震わせながら、あいつが遺していった残像を一つひとつ手繰り寄せるように。
「ゆきあつが昔言っただろ。『これ以上騒ぎ立てられて、めんまも迷惑なんじゃないか』って。あいつ、それを聞いて目の前で必死に叫んでたんだぞ。『そんなことない! みんなが集まって自分のことを思い出してくれた方が嬉しい、みんなにはずっと仲良しでいてほしい!』ってな」
ゆきあつがびくっと肩を揺らし、深く頭を垂れた。
「俺が落ち込んでる時もさ、あいつ自分だって不安なはずなのに、必死で俺を励まそうとするんだ。変な冗談言ったり、ぬいぐるみを両手に持って変な人形劇始めたりしてさ……最後に『正解は、めんまでしたー!』なんてドヤ顔して。……流石に呆れたけど、嫌でも元気が出たよ」
「……めんま……っ」
あなるが鼻をすすり、目元を袖で拭った。
「でもさ……あいつ、本当は誰よりも孤独を感じてたんだ」
俺の言葉に、秘密基地の空気が一段と重く沈み込む。
「『どうしてここにいるのか分からない』って、暗い部屋で不安そうにしてた。……ぽっぽが秘密基地であいつの存在を感じてくれた時、あいつ、ボロボロ涙をこぼして泣いてたんだぞ。『ぽっぽが気づいてくれた』って」
「っ……!」
ぽっぽが顔を覆っていた手に、ぎゅっと力を込める。
「それだけじゃない。ゆきあつが森で『めんまはもういないんだよ!』って叫んだ時も、あいつ、お前のすぐ傍で『いるよ! ここにいるよ!』って泣きながら答えてたんだ。ぽっぽが俺の家に来てさ、『俺もめんまとおしゃべりしたい』って言ってくれた時も……あいつ『めんまだってみんなとおしゃべりしたいよ!』って、声を上げて泣いてたんだ」
「うぐっ……ふっ……!」
ぽっぽの口から、耐えきれない嗚咽が漏れた。大きな背中が、激しく上下に揺れる。
「あいつは……ずっとみんなの傍にいたかったんだ。声も届かない、姿も見えないけれど、ずっと叫び続けてたんだよ」
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「そして……最後の日の朝だ」
俺は静かに、けれど胸の底を焦がすような熱を込めて、あの日の真実を口にした。
「あいつ、俺の家の居間で、ぐったり倒れてたんだ。『お願いが叶っちゃったみたい』って、消えかかりそうな声で笑ってさ。……みんな、あいつの『お願い』が何だったか覚えてるか?」
つることあなるが、息を呑んで俺を見つめる。
「俺の母ちゃん……イノリさんのことだよ。あの日、病室で入院してた母ちゃんに、俺は素直になれなくて不器用な態度をとってた。母ちゃんはそれが心配で……『仁太に、もっと泣いたり怒ったり笑ったりしてほしい』って、泣いてたんだ。それを見たあいつは、病室で母ちゃんと約束したんだよ。『めんまが、じんたんを泣かせる!』ってさ」
あなるが「あ……」と声を漏らし、両手で口を覆った。
「あの日……めんまが死んだあの夏の日、あいつが秘密基地にみんなを集めたのはさ。俺を泣かせる方法をみんなに相談するためだったんだ。」
「そんな……なのにあたし達あんな事始めちゃって…」
あなるは、ぽろぽろと大きな涙を溢れ出した。
「全部、俺のためだったんだ。あいつはいつだって、自分のことなんてちっとも考えねえ。俺の母ちゃんが悲しまないように、俺が笑えるように……自分の母親のことだってそうだ。『お母さんも辛そうだから、めんまのこと思い出して欲しくない』なんて言ってさ! どこまで人のことばっか気にしてんだよ……!」
俺は拳で膝を叩いた。悔しさと、愛おしさと、どうしようもない寂しさが胸の中で爆発する。
「あいつ……最後の方、言ってたんだ。『みんなといると楽しい』って。でも、消えちまうことには抗えなくてさ……。身体が透けて、歩くこともできなくなって……それでも最後の最後まで、俺たちのために笑顔を作ろうとしてたんだ」
「じんたん……もう……もういいよ……っ!」
あなるが声を上げて泣き出した。
「あの時みんなで後悔してみんなでめんまを送り出せた事、誇りに思ってるでも」
「『もっと一緒に居たい、遊びたいよ』……『だから、生まれ変わりするの。みんなと一緒になるの』……」
俺は、あの日あいつが残した最後の言葉を口にしながら、自嘲気味に首を振った。
「生まれ変わりなんて……あんなの、あいつの強がりだったんだよ! みんなと一緒にいたいのに、消えなきゃいけないから……自分を納得させるために、俺たちを悲しませないために、必死で作った嘘だったんだ! 『生まれ変わる』なんて言えば、みんなが笑って見送れると思ってさ……! 強がってただけじゃねえかよ……っ!」
言ってしまった。胸の奥に澱んでいた俺の本音が、抑えきれずに溢れ出してしまった。
あいつが必死で遺していった綺麗な想いに、泥を塗るような真似だったのかもしれない。だが、もうこれ以上、自分に嘘をつき続けることなんてできなかった。
「じんたんのバカ……! こんなこと言ったって、どうにもならないじゃない!」
あなるが涙で顔をくしゃくしゃにして叫ぶ。
「ここにいる全員が……めんまが死ななきゃよかったのにって、ずっとずーっと苦しんできたのに! なんでそんなこと言うのよ……辛すぎるよ……っ!」
「な、なあ……もう一度花火を上げるか? それとも、もっと違う……めんまが喜ぶこと探すか?」
ぽっぽが必死に場を繋ごうと声を絞り出すが、その言葉すら空しく響く。
「……お前が泣かなきゃ、あいつは消えずに済んだのか……? なら、なんで泣いたんだよ! お前が……お前だけがめんまの全てを独り占めして、満足して見送ったんじゃないのかよ……なあ仁太っ!」
「や、やめなさいゆきあつ!」
取り乱すゆきあつを、つるこが叫んで制止する。
俺はただ、うなだれたまま何も言えなかった。
「こんなはずじゃ……なかったのに……っ!」
膝に顔をうずめ、泣きじゃくるあなる。
(……俺たちは、あいつの影を追いかけているだけで……結局、あの夏から一歩も前に進めてなんていなかったんだ)
重苦しい静寂の中、それぞれが抱えきれない痛みを胸に、沈黙の思考へと沈んでいく。
「な、なあ……これからも時々こうやって集まって、めんまのこと思い出してやろうぜ。それで……めんまは喜ぶんだろ……?」
ぽっぽの痛々しいほどの問いかけに、つるこが小さく「そうね……」と返すのが限界だった。あなるは答えることもできない。
「……そろそろ帰る」
ゆきあつが立ち上がり、すれ違いざまに背を向けた。
「私も……」
あなるも立ち上がり、誰も互いの顔を見られないまま、足早に基地をあとにしようとする。
「……すまん、ぽっぽ」
俺は消え入りそうな声で呟き、椅子にある白い花を、ただじっと見つめていた。
秘密基地を出たあとの記憶は、どこかあやふやだった。
ポッポに最後に残した「すまん」という言葉は、冷たい夜風にあっさりと吹き消された。あなるも、ゆきあつも、つるこも、誰一人として振り向くことなく、それぞれの影を引いて山を下りていった。
胸の中に残ったのは、焦燥感と、仲間たちの絆を自らの手で壊してしまったという致命的な罪悪感だけだった。
めんまの本当の叫びを代弁したつもりだった。けれど結果として俺がやったのは、せっかく集まったみんなの傷口を再び抉り出し、居場所を奪うような真似だったのだ。
(俺は……一体何がしたかったんだ……)
落ち葉を踏みしめる足取りは重く、視線は自然と足元に落ちる。
街灯の極端に少ない山道。秩父の冬の夜気は鋭く肌を刺し、息を吐くたびに白く濁った煙が闇に消えていった。
その時だった。
ふと、背すじを走るような強烈な悪寒に、俺は足を止めた。
道端の雑木林の切れ目。街灯の光すら届かない暗がりの中で、何かが蠢いていた。
「……ッ」
呼吸が詰まる。
そこにいたのは、犬にしてはあまりにも巨大な「何か」だった。
闇の中で一際鮮やかに浮き上がる、毛並みの白。月光を照り返すその姿は、まるで昔話に出てくるような神聖で、けれどどこか凶暴な**白い狼**そのものだった。
狼は、静かに俺を見つめていた。
爛々と輝く二つの瞳が、俺の心の奥底……あの醜い未練や執着の全てを透かして見ているかのように、まっすぐに射抜いてくる。
逃げ出すことも、声を出すこともできない。俺は身体を強ばらせ、ただ全身の血が凍りつくような金縛りの中で身構えることしか出来なかった。
息詰まるような数秒の沈黙。
やがて白い狼は、威嚇することもなく、ゆっくりと背を向けた。
しなやかな跳躍とともに斜面の闇へと滑り込み、音もなく姿を消した。
「ハッ……、くっ……!」
膝がガクガクと震え、俺はその場に崩れ落ちそうになった。
荒い息を吐き出しながら、狼が消えた闇を見つめる。……幻覚だったのだろうか。だが、あの圧倒的な存在感と冷ややかな瞳は、間違いなく現実に俺を捉えていた。
重い足取りのまま家に辿り着き、玄関のドアを開ける。
温かい味噌汁の匂いと、リビングから漏れる明かりが、冷え切った身体にまとわりついた。
「お帰り、仁太くん」
居間で新聞を広げていた親父が、眼鏡を少しずらして顔を上げた。
そこには、いつもの呑気な笑顔ではなく、どこか深く思慮深い父親の眼差しがあった。
「……ただいま」
「外、相当冷え込んできただろ。ストーブ、点けてあるぞ」
親父は新聞を畳むと、静かに俺の顔を見つめた。
このところ、学校へ行くようになり、みんなと集まるようになって、少しずつ「元気」を取り戻していたはずの俺。それが今夜は、まるでまたあの頃の……部屋に引きこもり、外界から心を閉ざしていた時の死んだような顔に戻っているのだから、気づかないはずがなかった。
「……仁太くん。何か、あった?」
親父の声には、詰問するような色はない。ただ、一人残された息子を心から心配する、優しくも痛々しい慈愛だけが込められていた。
「……ううん。なんでもないよ」
俺はそれ以上親父と目を合わせることができず、逃げるように自分の部屋へと階段を駆け上がった。