あの日見た花を僕達は幽世(かくりよ)の果てまで探しに行く 作:すぷれっど
キリギリスの鳴き声が、校庭から小さく響いていた。
最後のチャイムが校舎に溶けていくと同時に、俺は机の横に引っかけていた鞄をひったくるように持ち上げた。
「あ、ちょっと……じんたん!?」
前の席から、驚いたようなあなるの声が飛んでくる。
教室の誰もがダラダラと部活や買い食いの相談を始める放課後の独特な空気の中で、俺の動きだけがあからさまに異質だった。教科書を雑に鞄へ突っ込み、机の引き出しを一瞥することもなく、まっすぐ教室の出口へと向かう。
迷いはなかった。
昨日の夜、自室のベッドで天井を見つめながら、ずっと頭を離れなかった疑問があった。
——めんまの言っていた『成仏』って、一体何なんだ?
——『生まれ変わりするの』って、あいつは本気で言っていたのか?
昔、深夜のバラエティ番組か何かで見た記憶がある。自分には前世の記憶があると言い張り、行ったこともない異国の街並みや、会ったこともない人物の名前を詳細に語る海外の子供の特集だ。あの時は「珍しいオカルトもあるもんだ」と鼻で笑って吹き飛ばしていた。
だが、もし本当にそんな現象が存在するなら。
あいつが消えていったあの日から、あの「生まれ変わり」という言葉は、俺の中でただの概念ではなく、あいつが最後に残した現実的な手触りとして胸に突き刺さり続けている。
それを確かめなければ、俺は一歩も前に進めない。
早足で廊下を抜け、昇降口で上履きを靴に履き替える。
カカトを踏み潰しそうになりながら靴を押し込み、一気に校門へ向かおうとしたその時、背後から足音が追いかけてきた。
「はぁ……っ、ちょっと待ちなよ、じんたん!」
振り返ると、カバンを肩にかけ直したあなるが、少し息を乱しながら立っていた。スカートの裾を揺らし、戸惑った瞳で、探るように俺の顔を見つめてくる。
「……なにか用か、あなる」
「用があるのはこっちのセリフ! 終礼終わった瞬間に猛ダッシュしてさ……どこ行く気なのよ。また秘密基地?」
「違う。……市立図書館だ」
「……え? 図書館……?」
あなるはポカンと口を開けた。俺が学校に来るようになっただけでも天地がひっくり返るような出来事だったのに、さらに「放課後に図書館へ行く」などと言い出したのだから無理もない。
「……用があるんだ。調べたいことがあってさ」
「な、なにを……」
「別に、あなるには関係ないよ」
背を向けて歩き出そうとすると、あなるは慌てて俺の隣に並んだ。少しむっとしたように唇を尖らせながらも、その歩幅を俺に合わせてくる。
「関係なくないし。……じんたんがそんな顔してるときって、ろくなこと考えてないんだから。ついていく」
拒絶する言葉も浮かばなかった。
俺たちは無言のまま、夕暮れの街並みを並んで歩いた。
市立図書館は、市街地の中にある歴史ある図書館だ。
ひんやりとした冷房の空気が流れる館内は、古書の独特な匂いと静寂に包まれている。俺は迷わず「宗教」「民俗学」と書かれた奥の棚へと向かった。
棚に並ぶ無数の背表紙。
『仏教における輪廻転生』『魂のゆくえ』『前世記憶の科学的考察』『死後体験と霊魂論』……。
俺は手当たり次第に分厚い本を抜き取り、近くの閲覧用テーブルに積み上げた。
「……ねえ、じんたん。これって……」
隣に腰掛けたあなるが、積まれた本の一冊を手に取り、眉をひそめた。ページをパラパラとめくるあなるの顔に、徐々に困惑と切なさが広がっていく。
「……めんまのこと、調べてるの?」
「……ああ」
俺はページに目を落としたまま、静かに答えた。
「あいつ……最後に言ってたろ。『生まれ変わりする』って。『皆と一緒になるの』ってさ。……あいつの言う成仏って何なのか、本当に生まれ変わりなんてあるのか……知りたいんだ」
あなるは息を呑み、本を抱える手に力を込めた。
それから、俺たちは黙々と本を読み漁った。
あなるも何も言わなくなっていた。ただ、俺の真剣な横顔を見て、自分も棚から関連しそうな本を何冊か運び、手伝ってくれた。
だが——調べれば調べるほど、胸の中の霧は深まるばかりだった。
ある本には、仏教における「六道輪廻」の教えが難解な漢字で書き連ねられていた。人が死ぬと四十九日の間に次の生が定まり、天界や人間界、あるいは餓鬼道や地獄へと生まれ変わるのだという。だが、そこには「前世の記憶をどうやって保持するのか」なんていう具体的な記述はどこにもない。ただの抽象的な教義と概念の羅列だった。
別の西洋のオカルト本や心理学の本には、冒頭に思い描いていた「テレビの事例」に近いものが載っていた。
幼児が語る前世の記憶。自分が過去に暮らしていた外国の街の地図を詳細に描き、交通事故で死んだ当時の名前を正確に告げたという記録。……だが、どれだけ読み進めても、文章の最後には必ずこう締めくくられているのだ。
——『これらの事例は非常に興味深いが、虚偽の記憶(虚偽記憶症候群)や偶然の一致、親からの暗黙の誘導を完全に排除することはできず、科学的な実証と呼べる根拠は存在しない』。
「……くそっ」
俺は小さな声で悪態をつき、本を強く閉じた。乾いた紙の音が静かな館内に小さく響く。
事実と呼べる根拠なんて、どこにもなかった。
書かれているのは、昔の人が作った救いとしての宗教観か、あるいは「証明しようがない都市伝説」の域を出ない曖昧なレポートだけだ。どれだけページをめくっても、あの夏、俺の部屋でかきたまラーメンを食べ、泣き、笑っていた「宿海仁太の目の前にいためんま」の存在を説明してくれる根拠なんて、一文字も存在しなかった。
「……じんたん」
あなるが、心配そうに俺の手元を覗き込んできた。彼女の開いている本にも、難しい宗教用語や「霊魂の存在を否定する論文」のページが開かれている。あなるなりに必死で探してくれたのだろうが、その表情にも疲労と諦めが滲んでいた。
「……やっぱり、本なんか読んでも分からないよ。めんまが言ってたことって……きっと、そういう難しいことじゃなくて……」
「わかってる」
俺は両手で顔を覆った。
図書館の天井の蛍光灯が、眩しすぎて痛かった。
根拠なんてあるはずがなかったのだ。
あいつは学者でも宗教家でもない。ただの、一人の小さな女の子だったんだから。
『生まれ変わり』という言葉が、どれほど科学的に立証されていようがいまいが関係ない。あいつはただ、俺たちと離れるのが寂しくて、もう一度みんなと笑い合いたくて、あの言葉を紡いだのだから。
本から立ち上る古紙の匂いの中で、俺は己の無力さと、あいつの遺した想いの果てしない深さに、ただ打ちひしがれるしかなかった。