あの日見た花を僕達は幽世(かくりよ)の果てまで探しに行く   作:すぷれっど

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第九話:頭脳

 翌日の放課後。教室からはあっという間に生徒たちの姿が消え、夕日を浴びたオレンジ色の四角い空間に、俺は一人でうなだれていた。

 机に突っ伏したまま、自分の頭の悪さに心底嫌気がさしていた。

 どんなに考えても、分からないことだらけなのだ。

 めんまの言う『成仏』とはなんなのか。あの夜に見た『白い狼』はただの野犬なのか、それとも何か意味があるのか。図書館で読み漁った本にはなんのヒントもなかったし、ネットで検索してもオカルトじみた都市伝説がヒットするだけ。

(このままじゃ、何も進まない……)

 ぐるぐると堂々巡りをする思考に吐き気すら覚え始めた時、「……はぁーあ」と呆れたようなため息が頭上から降ってきた。

「いつまでそうやって机と睨めっこしてるつもり?」

 顔を上げると、鞄を肩にかけたあなるが立っていた。昨夜のバスタオルの一件があったというのに、彼女はケロッとした顔をして俺を見下ろしている。……いや、よく見ると耳の先がほんのり赤いが、強がっているらしい。

「別に……。考えてただけだよ。色々、分かんねえことばっかでさ」

「一人で抱え込んでても答え出ないじゃん。……ねえ、ゆきあつ達に頼ってみたら?」

「は……?」

 予想外すぎる名前が出てきて、俺は間抜けな声を漏らした。

「バカ言え。一昨日のあの状況、忘れたのかよ。あいつ、俺のこと殺したいぐらい恨んでるぞ。今さら頼れるわけねえだろ」

「バカはじんたん! 恨んでないとは言わないけどさ……」

 あなるは少し語気を強め、隣の席に手をついて俺の顔を覗き込んだ。

「あいつ、頭いいんだからバカじゃないの。秘密基地でのめんまとの生活を聞いて……ゆきあつは、死ぬほど羨ましかったと思う。だけど、めんまが本当はみんなともっとおしゃべりしたいって……ゆきあつにだって、相当刺さるものがあったはずだよ」

「……」

「表面ではあんな風にキレてたけどさ……じんたんの話を聞いて、じんたんがどれだけ辛いか、本当はどうしたいのか、きっとゆきあつなら理解してくれてるって。……信じてみたら?」

 あなるの言葉には、不思議な説得力があった。

 俺とゆきあつは、ことあるごとに衝突してきた。でも、だからといってあいつが「めんまのこと」を蔑ろにするような奴じゃないことは、俺だってよく分かっている。

「……じゃ、あたし春菜と亜紀に呼ばれてるから、今日は遊んでくるね。あんまり無理しないでね!」

 それだけ言い残すと、あなるはスカートを翻して教室を出て行った。

 取り残された俺は、再び静まり返った教室で一人、小さく息を吐いた。

(……ゆきあつ、か)

 気が進むかと言われれば、全く気が進まない。あの冷たい目で「お前が泣いたから」と糾弾された時の痛みが、まだ胸の奥で燻っている。

 だが——悔しいが、ゆきあつの頭の回転の速さと洞察力は、昔から俺たちの間で随一だった。

 昔、ゲームでどうしても解けない謎解きや迷宮で行き詰まった時、「お前は本当に単純だな」と鼻で笑いながら、的確な指摘をしてくれたのはいつもゆきあつだった。俺の見落としている何かを、あいつなら見つけ出せるかもしれない。

(それに……めんまが本当に成仏できる方法があるなら、あいつも……本望だよな)

 腹を括るしかない。一人でウジウジ悩んでいても、あいつの想いは宙に浮いたままだ。

 家に帰り、俺は二階の自室で携帯をポケットから取り出した。

時刻は夜の八時。進学校に通うゆきあつなら、夕飯を終えて自室で勉強机に向かっているであろう時間帯だ。

画面のバックライトが暗い部屋を白く照らす。登録名の一覧から「松雪集」の名前を探し出し、決定ボタンの上に親指を乗せた。

ボタンを押し込む指先が、わずかに震えていた。

(……出なかったら、出なかったでいい。その時は俺一人でやる)

自分にそう言い聞かせ、俺は深く息を吐いて決定ボタンを強く押し込んだ。

液晶画面に「発信中」の文字が点滅する。

耳元に当てたスピーカーから、『プルルルルル……』と無機質なコール音が鳴り響く。

一回、二回、三回。

心臓の音がうるさい。額から嫌な汗が滲んでくる。やはり無視されるだろうか。それとも着信拒否か。

五回目のコール音が鳴り終わろうとした、その時だった。

『……なんだ』

静寂を切り裂いて耳元に届いたゆきあつの声。

だが——それは俺が身構えていたような、冷徹で鋭いナイフのような響きではなかった。どこか低く、波立ちのない、不気味なほどに静かなトーンだった。

「あ……いや……その……」

『どうした、宿海。……言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ』

いつもの刺すような嫌味も、こちらを見下すような威圧感もない。ただ静かに俺の言葉を待つ態度に、拍子抜けすると同時に余計に緊張が高まる。俺はガラケーを両手で強く握りしめた。

「……あー、ちょっと……お前に、頼りたいことがあってさ」

『……俺に、頼み事か』

電話の向こうで、かすかに布が擦れる音が聞こえた。勉強机の椅子に深く座り直したのかもしれない。

『あの宿海が頭を下げるくらいだ。相当困ったことにでもなっているのか?』

「……まあな」

俺は腹を括り、昨日あなると一緒に市立図書館へ行ったことを話した。

めんまが言っていた『成仏』や『生まれ変わり』とはどういうことなのか、本で色々調べたこと。けれど難解な宗教書や都市伝説のようなオカルト本ばかりで、事実と呼べる根拠なんて何も見つからなかったこと。

「……めんまが今どうなっているのか、あの言葉にどんな意味があったのか……真実を知って、安心したいんだ。でも、俺の頭じゃこれ以上どうにもならなくてさ」

一息に吐き出すと、電話の向こうはしばし沈黙に包まれた。ゆきあつが思考を巡らせている気配だけが伝わってくる。

『……無理もない』

やがて、静かな納得を含んだ声が聞こえた。

『魂というものがこの世に存在すること自体、あの夏に俺たちの目の前で立証されたんだ。今さら一般的な本や論文を当たったところで、答えがあるはずもない。……それに、俺だって気になる。めんまのためなら、俺にできることなら何だってしてやりたい』

ゆきあつは、あまりにもあっさりと、そして珍しいほど素直にそう言った。

秘密基地で俺に嫉妬をぶつけ、怒りを露わにしていた男と同一人物とは思えない言葉。呆気にとられていると、さらに決定的な追撃が飛んできた。

『……それと、前はすまなかった。……お前に八つ当たりをした』

「………………は?」

思考が、完全にフリーズした。

耳を疑うとはまさにこのことだ。あのプライドの塊のような松雪集が、俺に向かって……「すまなかった」と謝った……?

目玉が飛び出るどころか、顎が外れて床に落ちそうなほどの衝撃だった。

『……おい。何か言ったらどうだ』

「あ……いや……あの……っ」

『なんだその反応は』

「いや、だって……あまりに聞き慣れない言葉だったから放心したっていうか……ちびっちまうかと思ったぞ、マジで」

正直すぎる俺の感想に、電話の向こうで一瞬の間があった。

そして——

『……フッ』

ガラケーのスピーカー越しに、低い笑い声が漏れた。

『そうかもな。……パンツなら今のうちに履き替えておけよ、宿海』

「……おい! 冗談だよ!」

俺が慌てて突っ込むと、ゆきあつはくっくっと声を殺して笑った。俺も思わず苦笑いが漏れる。

こんな風にゆきあつと笑い合うなんて、一体いつ以来だろうか。あの事故以来、棘と壁ばかりだった二人の間に、ほんの少しだけ昔の風が吹き抜けた気がした。

『……とにかく、一度うちに来い。これについて、ちゃんと膝を突き合わせて話し合おう』

「……『これ』って、めんまのことでいいんだよな?」

『当たり前だ。他に何がある』

迷いのない声だった。ゆきあつの言葉には、いつだって確かな説得力がある。

「……わかった。助かる」

『じゃあ、後でメールで日程を送る。都合を合わせろ』

「了解。……じゃあな、ゆきあつ」

『ああ』

プツリと通話が切れ、ガラケーの画面が暗転した。

俺はパタンと携帯を閉じ、それを胸元に抱えたまま、ゆっくりと部屋の天井を見上げた。

ゆきあつに頼るのは悔しいはずなのに、胸のつかえが少しだけ下りたような感覚があった。一人では絶対に解けない謎も、あいつとなら……いや、超平和バスターズの頭脳であるゆきあつとなら、何かが見えてくるかもしれない。

「……ありがとな、ゆきあつ」

誰もいない静かな自室で、俺はぽつりと呟いた。

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