でもちょっとは褒めてほしい♡
(追記)忌憚なんだよなぁ…
英雄の骨子。獅子の口輪。
「お前は人間ではない。この化物め」
恐怖に瞳を濁らせた父上が、俺に向かって火掻き棒を叩きつける。額が裂けて血がこぼれた。
しかし、俺は泣かなかった。そんなことより、父上が放った言葉のほうがはるかに大事だ。
俺が人間でない、とはどういうことなのだろう。
俺は確かに父上の子だ。父上が母上の腹に種をまき、生まれ落ちるまで母上の腹で過ごした、由緒正しいヒューマンだ。貴族であるがゆえに、血統書すら存在する生粋のヒューマンだ。
それなのになぜ、父上はその目で俺を見る。見るに堪えない、醜悪な、己の汚辱を見るような目で。
それがどうしても、理解できない。
「父上は俺を疎んでおられるのだろうか?」
父上は一層理解できないものを見るような目で、俺の顔を睨みつける。いや、顔を見ているようで見ていない。目が合わないように、顔の少し下を睨みつけている。その顔には嫌悪ですらない、純粋な憎悪の情が写し出されていた。
やはり理解ができなかった。
父親が幼い我が子の額を割って、悔やむのでもなく嘆くのでもなく、憎むというのはおかしいのではないかと思う。
昔に父上が教えてくれた。「相手を傷つけたのなら謝りなさい」と。ならば父上は俺に謝罪するべきなのだ。そして俺は、父上に謝罪を要求するべきなのだ。
「謝っていただけますか?」
「ふざけるな!この化物!」
再び振るわれた火掻き棒が、今度は頬肉を抉った。
手のひらでえぐれたところを押さえると、あっという間に血まみれになってしまった。
これでは喋りにくい。そう思った。
なおさら謝ってもらわなければ、そうも思った。
「父上、謝罪を。そう教えたのはあなたです」
「寄るな!この化物!お前など!お前など、怪物の餌にでもくれてやるのだった!犬にも劣る畜生が!ましてやこの私の子だと!?ふざけるなよ!」
口の端に涎の泡を溜めながら、父上は発狂する。
会話になっていない。遅まきに俺は理解した。
父上には俺の話を聞く気がないのだ。なぜここまで狂乱しているのかは分からないが、何もかもを拒絶してしまうほどに父上が俺を疎んでいるということは、これ以上なく理解できた。
ここから先は不毛だろう。俺は話を切り上げようと、跪いた姿勢から立ち上がる。
「俺はこれで。父上、今夏は常にない暑さです。どうか息災であられますよう」
「やめろ!やめろ!やめろ!その声も!その顔も!その態度も!全てをやめよ!」
父上の発狂を背に受けながら、俺は親子二人の密室をあとにする。
引き攣った金切り声が扉越しに響く。それを適度に聞き流しながら、今度は母上の部屋へと向かった。
母上の部屋は、貴族の正妻に与えられるものとしては異様に狭く、そして見窄らしかった。
俺を産んだせいなのだろう。俺の罪咎が母上にまで及んでいることには申し訳なく思う。
だが母上は、己が冷遇されていることへの思いなどおくびにも出さない。
そして、私が申し訳なさそうな顔をすることを止めるのだ。
それは母親が見せる、子への無償の愛のように思えたし、それとは違うもっと単純で明快な、「生まれてきて何が悪い」とでもいうような叱責のようでもあった。
かつてそんな事もあったのだが、何はともあれ母上である。
それなりに大きな屋敷の片隅の、使用人にでもあてがわれるような最低限の部屋で、母上は俺を待っていた。
顔から血を流す俺を見て、母上は静かに清潔な布と針、糸を取り出した。
額の血を拭い、手慣れた様子で傷口を縫う。
「あの人の叫びがここまで聞こえてきましたよ」
抉れた頬を縫いながら、母上は話し始めた。
「ならば聞こえていたでしょう。母上。父上はなぜ俺を化物と呼ぶのでしょうか?」
「取り繕わずに答えましょう。レオナード。あなたは確かに恐ろしい。なぜなら正しいから。なぜなら迷わないから。なぜなら恐れないから」
放っておけば化物になるだろう、と。
母上は確信した様子で私の行く末を予言した。
しかしそれがわからない。
「俺には人間がわかりません。しかし父上の行いにはおかしいと思うところがあります」
続けなさい。母上は目線だけでその先を促した。
俺はそれに軽く頷いて、残りを口にする。
「父上は俺を殴りつけた。俺はそのこと自体には別に構わないのです。ですが、父上はかつてこう仰った。力で他者を抑圧してはいけない。力を頼みにする者はより大きな力に滅ぼされるから、と。そしてこうも仰った。人を傷つけることは何より恥ずべき悪徳だ。それを省みること無きは、見るに堪えない醜悪だ、と」
「確かにあの人はそのように言っていましたね。そして、それはあなたに必要なことでした」
「はい!そのとおりです!しかし父上は、自分が言ったことを忘れておられる。それをおかしいと思うのは、間違っているのでしょうか!」
間違いを正そうとすることは過ちなのだろうか。
ならば、なぜ父上は俺に正しさなど教えたのだろうか。
理解ができなかった。
「いいえ。あなたは何も間違えていませんよ。けれど、正しさだけでは押し通れぬのがこの世の中。レオナード。人の心を解しなさい」
またそれか。
俺は母上を敬愛しているが、それでも納得できなかった。
「ははは!母上!俺にはこれっぽっちもわかりません!父上がなぜ俺を疎むのかも!母上がなぜ俺を疎まないのかも!まして人の心など!」
わからないものはわからない。
かくあれと教育しておきながら、実際に目にすると恐れおののく。会話も成り立たないほどに狂を発する。
これではまるで動物である。いや、動物ですら、もう少し理解できる挙動をとる。
俺には人の心どころか、血の繋がった親のことすら理解できなかった。
俺の訴えを聞きながら、すべての傷を縫い終えた母上は、傷に触らぬように俺の額を撫でる。
その顔には憐憫のような。或いは諦観の色が浮かんでいる。
「ええ。難しいのでしょうね。あなたには。ならばあなたは、英雄になりなさい」
俺には母上の言っていることがいよいよ理解できなかった。
「母上!なぜ英雄なのですか!」
「あなたはきっと人として生きられない。ならばせめて、人に認められるものになりなさい」
「英雄になれば父上は俺を疎まなくなるのですか!」
「それはどうでしょう。あの人はあなたに怯えきっていますから。でも、あなたが化物になったのなら、私はきっと泣くでしょうね。あなたは私を泣かせたいのですか?」
そういって微笑む母上の目は父上のそれとは違って、手のかかる子に呆れるような優しいものだった。
やはり理解できない。
母上がなぜ英雄になれ、と言うのかも。
母上がなぜ、俺を一向に見捨てないのかも。
だが、俺は母上を泣かせたいとは思わなかった。
貴婦人を泣かせるな。父上と母上、両方が口をそろえて俺に教えたことだ。
「それと」
母上は口元に笑みを湛えたまま言葉を続けた。
「私があなたを疎まないのは、あなたが可愛くてたまらないからですよ。母親なのだから、当然でしょう?」
なら父上はどうなるのか、と思ったが、追及はしない。
俺は知っているぞ。こういうのを野暮というのだ。いや、無粋というのだったか。あるいはどちらでも同じことだったかもしれない。
しかし何にせよ、今になって思うと母上は俺なぞを愛してくれていたらしい。俺のせいで、正妻でありながら父上より冷遇されておきながら、聖母の如き慈愛にはいっぺんの陰りも見られなかった。
それがどれだけ常軌を逸したことなのかを、俺は何とはなしに理解している。使用人たちが遠巻きに俺を蔑み、母上を憐れむ光景を幾度も見た。
父上に俺の抹殺をそそのかす側室どもの悪意など、もはや日常の一幕ですらある。
そのなかでやはり、母上だけは正しいお人だった。
子を愛する親として、これ以上なくまっとうなお人だった。
末期の瞬間でさえ、母上は母上であり、淑女としての誇りを胸に儚くなられた。
故に、俺は未だあの日の誓いを違えられずにいる。
俺は英雄への道を邁進している。
死してなお意志を継ぐものがいたのなら、きっと楽園で心穏にいられるだろうから。
だから、どうか。
泣かないでいてください。母上。
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暗黒期。
闇派閥にとっての最盛期であり、迷宮都市オラリオにとっての衰退期。
涙が炎によって乾く焦土。
腹をすかせて泣いている子供が、飢餓で死ぬことさえ許されない地獄。
そんな地獄のさなかで、とある正義の使徒達が、まごうことなき全盛期を迎えていた。
そして他ならぬこの俺は。
金糸混じりの赤髪を輝かせ、最盛期ならぬ再生期を終えつつあった。
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【炎獅子】。【赤獅子】。【獅子の騎士】。【煉獄】。【金忌】。
すべて一人の少年を指す名である。
レベル4でありながら誰よりも注目を受け、次代の英雄候補、その筆頭になりうる逸材と目されていた少年の名だ。
熱烈にして、鮮烈にして、壮烈な、一人の獅子の名前だ。
酸鼻極まるオラリオにて、最も多くの闇派閥を、最も容赦のない手口で、最も残虐に荒々しく滅ぼした少年の名だ。
少年は導を失い、悪を弑する獅子と成り果てた。
少年は楔を失い、英雄としての己を弑した。
故にこれは、英雄の物語ではない。
(アストレア・ファミリアは)どんどん美味しく実る♡
(曇らせたいけど)我慢しなくちゃ♡