「待たせたわね!アストレア・ファミリア団長、アリーゼ・ローヴェルの到着よ!レオナードも連れてきたわ!」
「すまない!所用により席を外していた!俺はどこに座ればよいのだろうか!」
孤児院を頓珍漢な名目で抜け出してから向かった先。
ギルド本部の会議室。
そこに鎮座するのは冒険者の中でも精鋭と呼ばれる者たちのみだ。
フレイヤ・ファミリアにロキ・ファミリア、ガネーシャ・ファミリアといった都市最大規模派閥の幹部陣。英傑たちが放つ、凡庸なものであれば耐えきれないほどの圧迫感。
それが充満した会議室に、
遅刻である。
緊急で開かれたが故に事前告知が直前になってしまったが、都市の命運を探るための重要会議にかます、遅刻である。
自身の上役と同僚のやらかしに、輝夜は頭が痛くなる思いだった。
ここで刀を抜かなかったのは自制心の賜物かもしれない。ここが自ファミリアのホームであれば、きっと抜いていた。自身よりも苦しんでいるものがいたから、辛うじて冷静さを保てた。
ギルド長ノイマンは、会議室の圧迫感と遅刻した二人への怒りが押し寄せ、胃に鋭い痛みが走った。
もしもここで輝夜が刃傷沙汰を起こしたのなら、間違いなく向こう一週間はディアンケヒト・ファミリアのベッドで過ごすことになるだろう。
他の面々の反応は様々だ。
呆れたようにため息を吐くシャクティ・ヴァルマ。
ピクリと耳だけが反応する仏頂面のオッタル。
殺気混じりの苛立ちを隠そうともしないアレン・フローメル。
背後に怒りの炎を立ち上らせるリヴェリア・リヨス・アールヴ。
困ったように苦笑するフィン・ディムナ。
会議室は、混沌を極めている。
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「先日襲撃を受けた工場なんだけど、どうも撃鉄装置が大量に盗まれたらしいんだよね」
あの後、アリーゼは輝夜からのリストロックを。
俺はリヴェリアからの拳骨を食らって、場は沈静化された。
そして今は、直近の闇派閥による被害と、その狙いについての報告を聞いているところだ。
魔石製品に使われる撃鉄装置。
ガネーシャ・ファミリアの調査によると、闇派閥の襲撃を受けた工場のいずれもが同一の部品を奪われているそうだ。
撃鉄とは、要するにスイッチだ。
闇派閥は、大量の撃鉄装置を必要とする何かを作ろうとしている。
問題は、それが何なのか。
それで何をしようとしているのか、だ。
そしてその答えを、俺は不確実ながら予測しつつある。
まず除外されるのは、「複雑な機構をした、複数の撃鉄装置を必要とする一つの装置」である。
理由は単純だ。発覚した時のリスクが大きすぎる。
闇派閥は確かに都市を脅かす最大の脅威だが、純粋な戦力差や物資の差においては俺たちのほうが勝る。そんな俺たちが毎日のように都市、ダンジョンを巡回しているのだ。そこまで大それたことはできない。
なにせ発覚した途端即座に破壊、押収されるのだから。そもそも、所謂技術職というものが乏しい闇派閥では、そこまで複雑な装置を作ることが難しいだろう。
よって考えられる可能性はもう一つ。
「単純な機構で大量に作成するのが容易な、使い捨ての装置」である。
使い捨てと考えれば、通常では考えられない撃鉄装置の数に納得がいく。また、シンプルな装置ならば専門的な技術を必要とせず、複数拠点を利用することでリスクの分散を行いながら作成することも可能だろう。
では、「単純な機構で容易に作成できる使い捨て装置」とは何を意味するのだろうか。
このことについても、俺は概ねの予想がついている。何のロジックもないが、おそらくは正しい。
「闇派閥の狙いについて、一つ推測がある」
俺の落とした言葉に、会議室は静まり返った。
「聞こうか」
司会のフィンに促されるまま、俺は会議室内の全ての視線を浴びる。
「闇派閥は、撃鉄装置を利用した大量の爆弾により、我々の防衛拠点及び防衛対象を攻撃しようとしている」
続く言葉に、並んだ面々が目を見開いた。
表情の変化が乏しいのはオッタルとヘディン、フィンぐらいのものだ。
「理由を聞こうか」
「勿論だ。まず、闇派閥は愚かじゃない。折角入手した撃鉄装置と、その成果物を失うようなリスクは冒さないだろう。だから、奴等が作るのは簡易な構造をした大量生産が可能な装置だ」
「なぜ爆弾だと断定できるんだい?」
「俺ならそうするからだ」
会議室が、先とは違う緊張感に包まれた。
「例えば、火炎石を使った爆弾なら、レベル3以下の冒険者でも直撃で死ぬ可能性がある。耐久に秀でていないのなら第一級冒険者にも傷を負わせられるかもしれない。これは戦術的に見て、非常に優れた利点だ。レベル1でも上手く使えばレベル3以上を殺せるかもしれない。使わない理由がない」
ましてや純粋な戦力においては劣る闇派閥だ。もとからあらゆる手段を拒まない相手ではあるが、尚更に多用してくるだろう。
「大量生産が可能かどうかは素人故に確信を持って答えられないが、作ること自体は難しくないんじゃないか」
生産性についてはアスフィにでも聞きたいところである。
普段から、心労で目の下に隈を浮かべる彼女には悪いが。
「じゃあ、その仮定が正しかった場合はどういった戦術が取られるんだい?」
「…そうだな。弱兵に持たせての自爆。誘拐した民衆に持たせて起爆。調教したモンスターに持たせての爆破、じゃないか?あとはあらかじめ設置して、遠隔で同時に起爆するとか」
「……成る程ね」
会議室の面々は、俺の言葉に明確に困っていた。
いや、この反応は違う。
闇派閥側に近い思考回路を持つ俺を相手に、明らかな困惑を感じていた。
「…貴様、闇派閥と通じているんじゃあるまいな」
顔面蒼白となったロイマンが、顔中に脂汗をにじませながら呟いた。
他の幾人かも、言葉にこそしていないが僅かな猜疑心を抱いた目をしている。
「ロイマン!言葉を慎め!」
リヴェリアが叱責を口にする。
清廉潔白を良しとする彼女にとって、確信もなく味方を疑う態度は目に余ったのだろう。
会議室内の緊張感が高まる。
それを破ったのは、やはりこの少女であった。
「はい!そこまで!ロイマンもリヴェリア様も、喧嘩は無しよ!ただでさえ大変な時なんだから、仲良くしなくちゃだわ!」
締め付けられていた空気が弛緩していく。
誰かが安堵の息を吐く音が、緩んだ空気に溶けて消えた。
「ありがとう、アリーゼ」
俺の感謝に、彼女は身振り手振りで大げさに答える。
「私は団長だもの!団員のことは庇ってあげなきゃ!でもレオナードも悪いわ!あんまりにも真に迫ったことをいうんだもの、私もちょっと驚いちゃったわ!」
「でも、真に迫っていたということは一考の余地があるということだね。ありがとう、レオナード。参考にするよ」
「気にすることはない!むしろ、司会の立場を危うく奪うところだった!申し訳ない!」
「そう簡単には奪わせないけれどね」
フィンが会話に混ざることで、さらに安堵の輪が広がる。長年都市最大派閥の頭を続けてきたが故の人心掌握術である。あやからせてもらった。
司会としての主導権を再び握ったフィンが、会議を締めくくりにかかる。
その弁舌を聞きながら、俺は机のうえに置かれた、試供品の撃鉄装置を見る。
濡れたかのような冷たい光沢に、薄ら寒いものを感じてた。
その悪寒が、これから起こる波乱。その大きさの暗示となっているようで、どうにも気分が落ち着かなかった。