残念だったな、TRICKだよ。
ウッ(絶命)
みんな、TRICꓘ見よう!!
女神アストレアは焦っていた。
理由は一つ。自身の眷属であるレオナードが深夜の巡回に出てから戻らないのだ。
いつもであれば、レオナードはまだ皆が寝静まっている頃にこっそりと戻る。それを一人で迎えるのがアストレアの日課でもあるのだが、この日はそうなっていない。
それだけならば焦るほどのことではないだろう。
だが、昨日の夜から妙な胸のざわめきがやまない。レオナードとの眷属としてのつながりは消えていないが、それでも拭えない不安をアストレアは抱く。
「アストレア様、おはようございます」
静かな空間に響く声はレオナードのものではない。
団員のなかでも最も早起きな輝夜は、すでに目を覚ましていた主神の背に声をかけ、いつもと違う本拠地の景色に疑問を抱いた。
「レオンは帰っていないのですか?」
物憂げな表情を隠さないままアストレアは輝夜の方を向く。
「ええ。私も、ここで帰りを待っていたのだけど」
「あ奴らしからぬことですね。あ奴は他派閥との会議に遅れることはあっても、アストレア様をお待たせすることはないはずです」
「そうね。だから私も不思議に思っていたの。それに、何だか嫌な予感もするわ」
「私が探して参りましょうか」
「……ごめんなさい。お願いしてもいいかしら」
「承知」
交わされる言葉はどこか事務的である。
それはアストレア同様に輝夜も少しであるが虫の知らせのようなものを感じていたからか。
本拠地を出て、大通りを足早に進んでいると最悪の想像が脳裏をよぎり、ブンブンと首を振って頭から追い出す。
「奴にかぎって、それはなかろう」
信頼を込めて放ったはずの言葉。
聞き慣れている自分の声が、いやにか細く感じられた。
不安がっている。否が応にもそのことを自覚した。
自分よりも強い男の無事を不安がっている。
道理に合わない己の思考に、輝夜は苛立った。
「未熟者め」
それは誰に向けられた毒であろうか。
自分ですら理解しないまま吐かれた言葉は群衆のざわめきに紛れて消える。
「輝夜!」
そのざわめきを越えて、切羽詰まった女の声を耳が捉えた。声の方を見やると、そこには顔を青くしたアーディ・ヴァルマの立ち姿。彼女は口を開いて、それから閉じる。何から言葉にすればいいのかわからない、というような様子だった。
不安。それが最高潮に達する。漠然とした靄だったものが、明確な形を持ち始めているのを感じる。
「どうした、アーディ」
震えていない自分の声に安堵すら抱けない。
それほどにアーディの様子は尋常ならざるものであったし、その口から紡がれる言葉を輝夜は恐れていた。
「レオンが、レオンが───────────」
輝夜は、己の血が凍っていくのを自覚した。
■■■■
駆けた。
レベル3屈指の走力で、案内役のアーディさえ置き去りにするほど速く、輝夜はオラリオの都市を駆けた。
───レオンが重体なの。
恐れていたことが起きてしまった。そのことに歯噛みすることすら忘れて、輝夜はレオンの下へと走った。
冒険者が傷を負うことなど当然のことだ。ましてや闇派閥から恨みを買っている男なのだから、並と比べて危険な目に遭うことは想像に易い。
そのことを理解はしていた。いつかはこういう日が訪れるのかもしれない。そんな想像をしたことは何度もある。それでも実際に起こってしまうと、恐怖のあまり駆け出さずにはいられなかった。
必死に追従するアーディの指示に従って道を踏破する。人通りが多い中心地を逸れ、歓楽街の方面へ。そこからさらに細い路地へと入り込み、幾度も曲がりくねった先。ガネーシャ・ファミリアの団員数名をかき分けたところ。無事を希った男が、そこにいた。
「…………はは。格好悪いところを、見せてしまったな」
最初の発見者により簡易的な治療は施されたのだろう。意識ははっきりとしており、こちらを見て弱々しくほほ笑んでいる。しかしその全身は傷のないところがどこにもない。なかでも背中側の刺し傷が酷く、赤黒い肉が覗いている。それだけでない。よほどの力が加えられたのか、レオンがもたれかかる壁には蜘蛛の巣が如く亀裂が走っていた。中心は人体の形に崩れており、レオンが受けた衝撃の深さが伺える。
「………………喋るな、馬鹿者」
ようやく絞り出した言葉に、レオンは笑った。
「泣かないでくれ、輝夜」
己の顔に手を当てる。濡れてはいない。
「………………泣いてなどいない、馬鹿者」
「なら、俺の勘違いだな」
「………………傷に障る。アミッドを呼んでくるから、少し眠っていろ」
「そう、だな。少しだけ、疲れたよ」
生来のそれよりも薄汚れた赤髪が、がくんと傾いだ。
「……アーディ、頼む」
「うん。もう頼んであるから、もう少しで来ると思う。輝夜はレオンのそばにいてあげて」
意識を喪失してなお倒れることを拒んだレオンを、輝夜は優しく横たわらせる。膝が血で汚れることに構わず力の抜けた頭をのせ、抱きしめるように抱え込んだ。鼻と鼻が触れてしまいそうな距離でレオンの顔を見つめる。口元は真っ赤に染まり、額が割れている。輝夜は唇を噛みしめる。犬歯が薄桜の唇を傷つけ、深紅の雫が流れた。
────────泣かないでくれ、輝夜。
「なぜお前は、そうなのだ」
人が傷つくのなど慣れっこだ。
冒険者とはそういう生業だし、正義の眷属には敵が多い。
なにより、忌むべき記憶が囁いてくる。
情など不要。現し世は地獄。
友も家族も敵も味方も、所詮は肉の塊に過ぎず。
そのはずだ。そうやって教えられた。そうやって生きてきた。オラリオに来ても、それが払拭されたわけではない。そうだったはずだ。それなのに。
それなのに、この男が傷つく姿を見るのはこんなにも苦しい。
「お前のせいだ、馬鹿者め」
誰にも聞かれない小さな声は、手弱女のように震えていた。
まさか更新するとは…