寄生虫と行く現代ダンジョン   作:脳タリン

285 / 301
第285話 準備運動終了

 五層へ下りたところで、走るのをやめた。

 

 通路は四層までと同じ石造りに見えるが、床の継ぎ目が妙に細かい。同じ石材のはずなのに、数歩先だけ表面の色が浅く、両側の壁にも床と平行な擦れ跡が残っていた。

 

 足元へ視線を落とし、床を軽く踏む。

 

 靴底から返ってくる振動が、途中で変わった。石板の下が空洞になっている。

 

「落とし穴からか」

 

 反応の鈍い場所を避け、壁際へ足を寄せる。踏める幅は人一人分ほどしかなく、走れば足を滑らせる可能性があった。

 

 半分ほど進んだところで、壁の奥から石が擦れる音がした。

 

 前方の床が沈み、その左右から分厚い壁がせり出してくる。空洞へ落とすだけではなく、避けた先で挟む仕組みらしい。

 

 戻るより、抜けた方が早い。

 

 最後の数歩を一気に進み、閉じる壁の間へ身体を滑り込ませた。背中の装備が石へ擦れたものの、挟まれる前に反対側へ抜ける。

 

 振り返ると、通路は壁で塞がれていた。

 

「帰りは別の道だな」

 

 待てば戻るのかもしれないが、作動時間を測るために来たわけではない。石の擦れる音を背後へ残し、そのまま先へ進んだ。

 

 次の仕掛けは天井だった。

 

 通路の途中を横切る細い溝へ足を乗せた瞬間、頭上の石板が落ち始める。走り抜けるだけなら間に合うが、その先では腰ほどの高さまで石槍が突き出してきた。

 

 勢いを殺さずに跳ぶ。

 

 石槍の上を越えたところへ天井が落ち、背後で重い音が響いた。巻き上がった埃が追いついてきたため、口元を押さえながら先へ進む。

 

 敵も何体か見かけたが、罠ほど面倒ではなかった。

 

 広い部屋の隅にいた個体はこちらへ寄ってこず、通路を塞いでいた一体も、山刀の背で壁際へ押し退ければ通れる。倒して素材を持ち帰るために来たわけではない。

 

 問題は、力だけでは抜けられないダンジョンの仕掛けだった。

 

 進んでいた通路が低い音を立て、前後の壁ごと回り始める。床と壁の向きが入れ替わり、来た方向も進む方向も分からなくなった。

 

 動いている間に飛び出すのは危ない。

 

 壁の継ぎ目へ手を当て、回転が止まるまで待つ。正面へ現れた三本の通路を順に確かめると、右からだけ僅かに空気が流れていた。

 

 右へ進んだが、数分後には同じ部屋へ戻された。

 

「違うのかよ」

 

 ただし、部屋の形は一周前と同じではなかった。中央通路の入口で石の継ぎ目がずれ、奥から冷たい空気が漏れている。右へ入ったことで、内部の構造が切り替わったらしい。

 

 次は中央を選ぶ。

 

 今度は同じ部屋へ戻されず、下り勾配の通路へ出た。

 

 走れる場所では走り、止まる必要がある場所では止まった。

 

 床が抜けるより先に跳び越えた箇所もあれば、せり出してきた石柱を両手で押し返し、その間へ身体を通したところもある。罠そのものを壊せそうな場所もあったが、内部構造へ余計な攻撃を加える気はなかった。

 

 中国で起きたことを考えれば、壊せるかどうかと、壊していいかどうかは別だ。

 

 五層の終点へ着いた時には、身体より頭の方が疲れていた。

 

 広間の奥には六層へ続く扉があり、その手前で淡い青色の円が光っている。国側の部隊が既に利用しているため、装置そのものが動くことは確認されていた。

 

 俺に反応するかは別の話だ。

 

 円の中央へ乗ると、今度は足元から身体を引かれる感覚があった。

 

 視界が青く染まり、次に瞬きをした時には、一層側のワープの上へ立っていた。

 

「おお」

 

 正面にいた国側の職員が、持っていた端末を落としかけた。

 

 六人もまだその場にいる。俺が帰ってくるまでの間に装備を外した者はおらず、全員が入口の方を見ていた。

 

「戸張さん?」

 

「使えました」

 

「……五層まで行かれたんですか」

 

「はい」

 

 職員が端末の時刻を確認する。

 

 その横で、六人のうち一人が俺の靴や装備へ視線を落とした。五層で付いた石の粉と、閉じる壁へ背中を擦った跡が残っている。

 

「一時間十二分です」

 

「走れるところが多かったので」

 

「出鱈目だ」

 

「罠は結構ありました」

 

 誇るように出た言葉はたぶん、説明にはなっていない。

 

 先頭の男がこちらへ歩いてきた。

 

「負傷や装備の破損はありますか?」

 

「ありません、擦っただけです」

 

「休憩は必要ですか」

 

「水を頂きたいですね、休憩という休憩は無くても」

 

 男は一度だけ後ろの五人を見た。誰も口にはしなかったが、先ほどワープが使えなかった時とは違う種類の沈黙だった。

 

 職員が咳払いをする。

 

「念のため、状態確認だけさせてください」

 

「すぐ終わります?」

 

「終わらせます」

 

 脈拍と血圧を測られ、装備の固定具を確認される。水も渡されたので、断る理由はなかった。

 

 その間に、ワープの条件をもう一度考える。

 

 暗渠では、俺が五層側から使ったあと、五層へ来たことのない寄生ゴブリンも利用できた。水門では、国側の六人が何度使っていても、俺には反応しなかった。

 

 そして今、俺が五層側から使ったことで、一層側も動くようになった。

 

 寄生体を通じて、使用条件が共有されている。

 

 そう考えれば一応は繋がる。水門に残した群体も今ならワープを使える可能性があったが、ここで呼び出して試すわけにはいかない。

 

 こいつが原因っぽい、から、たぶんこいつが原因だ、くらいには進んだ。

 

「確認できました」

 

 職員から許可が出る。

 

「では、改めて移動します。戸張さんは部隊と一緒にワープへ入ってください」

 

「分かりました」

 

 六人が順に円へ乗り、俺も最後に続いた。

 

 淡い青色が足元から上がり、五層終点の広間へ移動する。先ほど通ってきた罠を全部飛ばせると考えると、ワープが急にありがたく見えた。

 

 六人は到着後すぐに周囲を確認し、扉の前へ並ぶ。

 

 先頭の男がこちらを見た。

 

「六層では、まず前回の観測地点まで移動します。その後の行動は、現地の状況を確認して決めます」

 

「俺はどこにいれば?」

 

「隊列内へ入っていただいても構いませんが、単独行動を希望される場合は、互いの位置を見失わない範囲で」

 

「ちょっと申し訳ないんですが、先に行って貰っても良いですかね。景色を楽しんでから合流します」

 

 扉が開くと、草の匂いと細かな砂を運ぶ乾いた風が広間へ流れ込んできた。外へ出た先には、映像で見た草原が視界いっぱいに広がっている。

 

 頭上には岩山ほどの塊が浮かび、そのさらに奥を、草木を載せた島がゆっくり移動している。地面へ落ちた影まで大きく動くせいで、空を見ているのに足元の明るさが絶えず変わった。

 

 六人が隊列を作り始める横で、俺は一番近い浮島を見上げた。

 

「戸張さん」

 

「はい」

 

「まずは地上の観測地点へ向かいます」

 

「ええ、分かりました。お手数掛けないようにこちらが探しますので、いつものように進んで下さい」

 

 先頭の男は、草原の奥へ向けて歩を進める。

 

 俺は一つ深呼吸をして、まるでこの世ならざる世界をじっくり鑑賞するのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。