寄生虫と行く現代ダンジョン   作:脳タリン

286 / 301
第286話 動きの確認

 頭上を流れていた浮島が太陽を横切り、草原を覆う影がゆっくりと形を変えた。

 

 下から見上げると、岩の側面には木の根らしきものが何本も露出している。途中で千切れているものもあれば、地上へ届きそうなほど長く垂れているものもあった。風に揺れる様子を見る限り、岩ごと完全に固まっているわけではないらしい。

 

 登れそうだ。

 

 そう思ってから、先行した六人の姿が小さくなっていることに気づいた。

 

 景色を楽しんでから合流すると言った手前、置いていかれたと言うのは少し違う。ただ、あの速度で周囲を確認しながら進めるなら、向こうも相当に慣れている。

 

 俺は草を踏み、六人の後を追った。

 

 全力で走る必要はなかった。前方には乾いた地面へ残った足跡があり、浮遊岩の影を避けるように進路が曲がっている。近くの岩陰には、槍の石突きで軽く突いたらしい跡もあった。

 

 確認した場所を、見た本人だけの記憶にしない。追いつくまでの短い間にも、六人が何を警戒して進んでいるかは、それなりに残されていた。やがて部隊の最後尾が振り返り、こちらへ片手を上げる。

 

 追いついた俺を見ても、六人は隊列を崩さなかった。先頭の二人が前方を見たまま速度を落とし、中央へ入れるだけの幅が自然に空く。

 

「お待たせしました」

 

「予定より早いですね」

 

「歩きやすかったので」

 

 一時間十二分で五層まで来たあとに使う言い訳としては、もう説得力がないらしい。返事をした男は何も言わず、俺の背負った戦斧へ視線を移した。

 

 片側に厚い刃があり、反対側には四角い槌頭が付いている。斧頭の大きさに対して柄は短く、肩へ担いでも先端が頭より少し高くなる程度だった。

 

「それは片手で?」

 

「そのつもりです」

 

「……そうですか」

 

 今の間は何だったのだろう。

 

 六人の装備にも、見覚えのある素材が随所に使われている。盾の縁、槍の穂先、腕当て、弓の補強材。俺が渡した素材も混じっているはずだが、作った小人の存在までは知らされていない。

 

 俺の防具も、今回は別に見繕ってきたものだった。濃い灰色の胸当てと肩、前腕、脛を守る分割式の装甲で、白鎧補装ほど身体へ馴染みはしない。それでも、普通に戦うには困らない。

 

 先頭にいた男が歩みを止め、地面へ片膝をついた。草を分け、土へ残った細い筋を指でなぞる。

 

「前回と同じです。岩滑りが近くにいます」

 

 六人の視線が、左右へ散らばる岩へ向いた。

 

 岩滑りは、地面や浮遊岩の陰に張りつき、近づいた相手へ滑空してくる。事前に見せられた映像では、翼というより脇から薄い膜を広げる蜥蜴に近かった。

 

 俺が山刀へ手をかけるより早く、六人の配置が変わった。

 

 盾を持つ二人が少し前へ出る。槍持ちはその後ろにつき、弓を持つ一人は十歩ほど横へ離れた。誰かが大きな声で命令したわけではない。短い指示が二つ飛び、それだけで全員の見る方向が重ならなくなる。

 

 俺は空いた中央へ入った。岩の上で小さな砂が滑った直後、灰色の影が三つ飛び出す。

 

 一体目は正面の盾へ向かい、衝突する寸前に穂先で軌道を変えられた。身体をひねった先へ別の槍が入り、地面へ縫いつける。右から来た二体目には矢が刺さった。膜の付け根を射抜かれ、飛距離を失って草の上を転がる。

 

 三体目は俺の頭上を狙っていた。

 

 山刀を抜き、落ちてきた首元へ刃を入れる。

 

 手応えは軽かった。着地する前に刃を返し、地面へ落ちた二体目の頭を断つ。槍で押さえられていた一体目も、既に動きを止めていた。

 

 接敵から数秒。

 

 誰も敵を追い越さず、誰も他人の得物へ手を出していない。俺が三体目へ動くと分かった時点で、残り二体へ集中したのだろう。

 

「見事ですね」

 

「こちらの台詞です」

 

 返事は短かったが、視線は俺の山刀ではなく足元へ向いていた。

 

 何か変だっただろうか。

 

 死体の確認と記録が始まり、俺も周囲を見回す。岩滑りの血は暗い赤で、膜には細かな石のような鱗が並んでいた。浮遊岩から落ちても平気なようにできているのかもしれない。

 

 遠くで、大きな鳥の鳴き声がした。

 

 鶏に似ていなくもない。ただし、声量は農家の庭先で聞くものではなかった。腹へ低く響き、浮岩の側面に反射して別方向からも返ってくる。

 

 六人が一斉に音の方向を確認する。

 

 俺は戦斧の柄へ手を置いた。

 

「今回で、あのボスらしき奴と一当てするつもりなんですけど、そちらはどうしますか?」

 

 返事がなかった。

 

 一人が俺を見る。続いてもう一人も振り返り、前を見ていた隊長らしい男まで視線を寄越した。

 

 何となく、昼食の予定を聞いた時とは違う空気になった。

 

「……本日ですか」

 

「そのつもりでしたけど」

 

 六人の間に、声に出さない確認が走った。今すぐ無理だと否定する者はいない。代わりに、装備の残量、現在地、風向き、退路らしきものへ視線が動く。

 

 本当に検討を始めてしまった。

 

「さすがに冗談ですよ。今日は、お互いの動きを確認しましょう」

 

 隊長らしい男は数秒こちらを見たあと、頷いた。

 

「承知しました」

 

 冗談として受け取ってくれたかは分からない。

 

 歩き始めた隊列へ入り、俺も周囲の岩へ注意を戻した。

 

 前回の観測地点へ近づくにつれ、浮遊岩の数が増えていく。地面から数メートルの高さに浮く小さな岩もあり、その下には陽の当たらない草が黒ずんでいた。

 

 六人は浮岩の真下を避け、影の縁を進んだ。落下を警戒しているだけではない。影の中に紛れる敵と、頭上から来る敵の両方を警戒しているらしい。

 

 先頭の一人が拳を上げた。

 

 全員が止まる。

 

 俺にも、岩の向こうで草が擦れる音が聞こえた。

 

 現れたのは、岩縁蟷螂だった。人間の胸ほどの高さがあり、細長い四本の脚で草の上へ立っている。前脚は名前どおり鎌に近く、岩肌の色へ変わる胴体が、影から出たところで緑がかった灰色へ戻った。

 

 一体ではない。

 

 左右の岩陰から、続けて五体が姿を見せる。

 

 俺は山刀を鞘へ戻し、戦斧を片手で下ろした。

 

 斧頭の重みが腕へかかる。断骨刀ほどではないが、普通の人間が片手で扱うには、かなり無理のある重量だ。

 

 正面の一体が地面を蹴り、俺も踏み込む。

 

 振り下ろした戦斧の槌頭が、鎌を交差させた蟷螂の胴へ当たった。刃で受けると思っていたのかもしれない。硬い外殻ごと身体が折れ、横へ飛んだ。

 

 そのまま斧を止め、柄を引く。

 

 重さに引っ張られる感覚はある。だが、今の身体なら問題なく軌道を変えられる。

 

 左から二体目が来た。

 

 風を足元へ集め、一歩分だけ加速する。鎌が背後の空気を切り、俺は相手の横へ回り込んだ。斧の刃を首元へ入れ、そのまま反対側まで抜く。

 

 身体から何かが抜ける感覚。あの装備を使ってから久しく忘れていた感覚だ。やっぱり、あの装備は反則なのではなかろうか。

 

 まあ、この程度の風ならそうそう抜け切ることはないだろうが、用心は必要だ。ボスまで考えるなら、便利だからと移動へ使い続けるわけにはいかない。

 

 右から来た三体目へ向き直ろうとした時、その前脚へ矢が刺さり、関節を射抜かれた鎌の軌道が落ちる。俺は予定を変えず、戦斧の槌頭を横から叩き込んだ。

 

 矢が飛んできた方向を見る暇はなかった。後ろでは盾が一体を受け、その横から槍が腹へ入っている。残る一体は大きく回り込み、弓手を狙おうとしていた。

 

 俺は地面を蹴った。

 

 距離は十数メートル。普通に走っても間に合うが、敵の方が近い。

 

 雷を使うか。

 

 そう考えた瞬間、弓手は逃げなかった。

 

 一歩だけ後ろへ下がり、矢を番える。蟷螂の鎌が届く直前、横から盾が割り込み、その表面を鎌が滑った。姿勢を崩したところへ矢が刺さり、続けて槍が喉を貫く。

 

 俺が着いた時には、もう終わっていた。

 

「援護不要でしたね」

 

「いえ」

 

 弓手が新しい矢を手にしながら、俺の背後へ目を向けた。

 

 振り返る。

 

 首を断ったはずの二体目が、後脚だけで身体を起こしていた。頭部が半分落ちても、鎌はまだ動いている。

 

 矢が飛ぶ。

 

 俺の肩から指一本分ほど外を通り、残った頭部の付け根へ刺さった。狙いを定める間などなかったはずだが、俺が振り返って射線を空ける位置まで読んでいた。

 

 岩縁蟷螂が倒れる。

 

「……ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

 次の接敵では、さらに露骨だった。

 

 岩陰から飛び出した岩滑りを避けようと踏み込んだ先へ、矢が飛んでくる。俺を狙ったものではない。着地するはずだった場所の奥へ刺さり、隠れていた二体目を先に岩から落とした。

 

 一体目を山刀で斬り、身体を回した時には、槍が二体目をこちらへ押し戻している。

 

 動きやすい。

 

 偶然かと思ったが、その次も同じだった。

 

 俺が右へ入れば、左側の敵へ盾が圧力をかける。戦斧を振り抜けば、その間に生じる死角へ槍が出る。風で加速した時には一度外したものの、二回目からは俺の着地点ではなく、そこへ向かう敵の進路へ矢が置かれた。

 

 俺の速さへ追いついたわけではない。

 

 踏み出す前の腰や肩、視線を見て、次に何をするかを読んでいる。

 

 しかも、合わせるために六人の連携を崩していない。俺を七人目として無理に隊列へ組み込まず、俺が崩した場所を六人の戦いへ取り込んでいる。

 

 数度見ただけで、ここまで変えるのか。

 

 俺の方も、次第に六人の動きが分かってきた。

 

 盾が半歩前へ出れば、敵を受け止めるためではなく向きを変えるため。槍先が低く下がれば、倒すのではなく脚を止める。弓手が矢を番えたまま狙いをつけない時は、俺の動きが決まるまで射線を残している。

 

 寄生体を通じて繋がる個体たちとは違う。

 

 この六人は、視線と足運び、短い声だけで互いの目的を拾っていた。

 

 俺が戦斧で一体を弾き、盾の前へ送る。盾は正面から受けず、斜めに滑らせた。逃げた先へ槍が入り、最後に矢が頭部を射抜く。

 

 誰が仕留めても構わない。

 

 敵が止まり、誰も怪我をしない。そのために全員が一番早い手を選んでいる。

 

 戦闘が終わると、六人はすぐに周囲の確認へ戻った。

 

 俺だけが、少し遅れて戦斧を肩へ担ぐ。

 

「やっぱり、本職はすごいですね」

 

 近くにいた盾持ちがこちらを見た。

 

「その言葉は、こちらが申し上げたいところですが」

 

「俺は好きに動いてるだけなので。合わせる方が大変でしょう」

 

 盾持ちは否定しなかった。

 

 代わりに、少し前を歩く隊長らしい男が振り返る。

 

「戸張さんの動きには規則性があります。予測できないわけではありません」

 

「もう分かったんですか」

 

「完全には。ただ、次に何を倒したいかは、よく見えます」

 

 顔に出ていたらしい。

 

 少し恥ずかしい話だが、助かるなら直す必要もないだろう。

 

 前回の観測地点は、三つの巨大な浮遊岩に囲まれた低い丘の上にあった。地面には新しい草が生えており、以前置かれた物は何も残っていない。

 

 六人は同じ手順で周囲を確認し、それぞれの位置へ散った。

 

 丘の向こうには、草が大きく倒れた一帯がある。

 

 近づくと、地面へ三本指の足跡が残っていた。俺の足よりはるかに大きく、爪の先だけで土が深く抉れている。

 

 その脇には、腰ほどの長さがある羽根が一本落ちていた。

 

 先ほどより近い場所から、腹へ響く鳴き声が届く。

 

 六人の視線が、俺へ集まった。

 

「今日は動きの確認でしたね」

 

 隊長らしい男が念を押す。

 

「ええ。もちろん」

 

 俺は戦斧の柄を握り直し、鳴き声のした浮遊岩の向こうを見た。

 

 冗談にしたのは、少し早かったかもしれない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。