寄生虫と行く現代ダンジョン   作:脳タリン

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第290話 優先対象

 

 岩影鳥との共同戦闘から二日後、六人は訓練施設の映像解析室に集められていた。

 

 壁面モニターでは、草原を蹴った岩影鳥の巨体が一瞬で画面外へ消え、次の映像では浮岩の縁へ着地している。撮影機材が追いつかなかった部分は、別方向のカメラと装備側の記録を繋ぎ、移動経路だけが細い線で補われていた。

 

 映像が止まり、岩影鳥の進路上に立つ戸張の姿が映し出される。短柄の戦斧を構え、向かってくる巨体から目を逸らしていない。

 

「ここから接触まで、一・七秒」

 

 説明役の声と同時に、秒数と距離が表示された。六人の先頭に立っていた男が、椅子へ深く座り直す。

 

「こうして数字にされると、余計に馬鹿げて見えるな」

 

「現場では随分長く感じたが」

 

「お前が岩陰で転がっていた時間を足してないか」

 

「回避行動だ」

 

「記録上は転倒になってるぞ」

 

 低い笑いが起きたが、誰も画面から視線を外さなかった。

 

 映像が再開される。岩影鳥の突進を戸張が正面から受け流し、その間に六人が散開する。拘束具が脚へ絡み、射撃が翼の付け根へ集中した。戸張が作った隙へ攻撃を入れた場面もあれば、六人の攻撃で崩れた体勢を戸張が利用した場面もある。

 

 最後は、跳び上がろうとした岩影鳥へ戸張が追いついた。戦斧が脚へ食い込み、巨体が傾く。着地を待たずに踏み込み、振り下ろした山刀が首へ届いたところで映像は止められた。

 

「対象者の能力だけを再現する予定はない」

 

 部屋の前方に立つ上官が言った。

 

「当然だな」

 

 誰かの呟きに、上官は反応しなかった。

 

「六名全員について、異常空間内での活動、身体能力の変化、装備適性を引き続き確認する。訓練と装備更新もこれまでどおり行う」

 

 モニターの表示が切り替わり、六人それぞれの行動記録が並んだ。射撃回数、移動経路、拘束への参加時間、負傷、指示への反応。それまで何度も見てきた数字だったが、今回は右端に見慣れない欄が追加されている。

 

 表示されていたのは、優先対象という四文字だった。

 

「今後、スクロールを含む能力付与品、高階層素材を用いた特殊装備、その他の強化資材が確保された場合、役割適性に応じて三名への優先配分を検討する」

 

 六人の間から声は出なかった。

 

 上官が三人の名を呼んだ。最前列で盾を構えていた男、大型弩を扱った男、戦闘記録と周辺確認を担っていた男が、座ったまま順に返事をする。

 

 選ばれなかった三人も、単純な成績順ではないことを理解していた。岩影鳥戦の記録だけで決まった話でもない。これまでの各階層で何を見て、どこへ入り、誰が崩れた時に何を埋めたか。その積み重ねから、希少な資材を使った場合に、それぞれの役割を大きく伸ばせる三人が選ばれている。

 

「優先対象は上位者を意味しない。三名だけを強化して、残りを現状のまま置く計画でもない」

 

 上官は画面へ視線を向けた。

 

「部隊全体の基礎能力は引き上げ、その上で、六人全員を同じ形へ揃えるより、役割に応じた差をつける。資材の数が限られている以上、配分順を決める必要がある」

 

 大型弩を扱っていた男が手を上げた。

 

「付与される能力は、こちらから希望できますか」

 

「現時点では、何が手に入るかも分からない。回収後に適性を評価する。役割に合わなければ、優先対象であっても使用させない」

 

「拒否は」

 

「認める。身体へ何が起きるか分からないものを、命令だけで使わせるつもりはない。ただし、今回指名した三名には、検査と説明を先行して受けてもらう」

 

 記録を担っていた男は、画面に残る自分の数値を見たまま聞いた。

 

「能力を得た後、現在の役割から外れる可能性はありますか」

 

「ある。想定と違う変化が出れば再編する。能力に部隊を合わせる場合もあれば、使用者を別の役割へ移す場合もある」

 

「了解」

 

 質問はそこで終わった。

 

 上官が退出したあとも、六人はしばらく席を立たなかった。モニターには優先対象の表示が残っている。選ばれなかった一人が、自分の欄と指名された三人の欄を見比べ、顎を撫でた。

 

「先に改造される三人が決まったわけか」

 

「能力付与だ。勝手に言葉を変えるな」

 

「身体へ何が起きるか分からない、役割が変わる可能性もある。大体合ってるだろ」

 

 盾を構えていた男が椅子から立ち、机の上に置いていた手袋を取った。

 

「まさか国を守る仕事に就いて、こんなことをする羽目になるとは思わなかった」

 

「馬鹿。怪獣退治は自衛隊の仕事だろ」

 

「怪獣と生身で正面からやり合う特撮の自衛隊は、見たことないけどな」

 

「画面の中央にいただろ。生身で正面からやった奴が」

 

 全員の目が、止まったままの映像へ向いた。

 

 岩影鳥の正面に立つ戸張は、自分たちと同じ人間の輪郭をしている。装備の違いはある。能力も違う。だからといって、見上げたまま終わる理由にはならなかった。

 

「次は、あそこまで行かせる前に脚を止める」

 

 大型弩を扱っていた男が、岩影鳥の移動経路を指でなぞった。

 

「拘束を一本増やすか」

 

「増やした分だけ設置が遅れる。最初の一発を外さない方が早い」

 

「なら撃つ前に向きを限定する。浮岩側へ追えば跳ぶ方向は絞れる」

 

 選ばれた三人だけで話は進まなかった。残る三人も席を寄せ、岩影鳥の進路と自分たちの位置を書き換えていく。次に同じ相手が出る保証はない。それでも、高速で動く大型個体へ何が通じ、何が足りなかったかは別の相手にも使える。

 

 戸張がいなければ倒せなかったという事実を否定する者はいない。ただし、次も同じで構わないと考える者もいなかった。

 

 解析室を出た六人は、そのまま訓練区画へ向かった。予定されていた内容は、高速移動する標的への射撃と拘束、接近を許した場合の散開訓練だった。

 

「負荷、一段上げるか」

 

 先頭に立つ男の言葉に、誰も反対しない。

 

「二段でいい」

 

「指名された途端に張り切るなよ」

 

「そっちこそ、外されたのが悔しいなら素直に言え」

 

「三人が使い物にならなくなった時、引きずって帰るのはこっちだ。今のままじゃ重い」

 

「なるほど。それなら仕方ないな」

 

 訓練区画の扉が開き、最初に入った三人を、残る三人がすぐ後ろから追った。

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