寄生虫と行く現代ダンジョン   作:脳タリン

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第293話 亀山配信 趣味の配信

「どうも、亀山です。今日は公式の仕事ではなく、趣味の配信になります」

 

 胸元のカメラを軽く叩き、亀山は二層ボス部屋の奥に続く通路を背にして頭を下げた。

 

 周囲には、ANVILから同行する三人がいる。全員が正式五級で、二層までは何度も往復し、三層でも活動実績を積んでいた。亀山も同じ装備を身につけ、右手には自分の背丈より少し短い槍を持っている。

 

『おっダンジョン内スタート』

 

『配信許可出たの?』

 

『公式じゃない亀さん久しぶり』

 

『ここ何層?』

 

 流れ始めたコメントを見て、亀山は少し笑った。

 

「二層の終わりですね。配信許可は取っています。ギルドマスターからも、現在の身体能力と活動実績なら問題ないと、お墨付きをもらいました」

 

『という事はまさかの三層配か、自衛隊、白いものウッアタマガ』

 

『その話はやめろ、当時の絶望が』

 

『唐突な範囲攻撃、ところでギルドマスター呼び慣れてなくない?』

 

「直接、殴り合って確かめたわけではないですよ。訓練での数値と、これまで同行した人たちの評価を見てもらっています。あと、ギルドマスターという呼び方は……まだ慣れませんね」

 

 同行者の一人が、横から口を挟んだ。

 

「本人の前だと、もっと言いにくそうにしてる」

 

「余計な情報はいりません」

 

『草』

 

『槙野さん呼びに戻ってそう』

 

『ANVIL内部情報助かる』

 

 亀山はコメント欄から視線を外し、三層へ続く通路を見る。

 

 二層ボス部屋は、攻略後も変わらず広い空間を保っていた。壁際には古い戦闘痕が残っているが、現在は通過地点として管理され、奥へ進む者が装備の最終確認をする場所になっている。

 

「今日は三層の途中まで進み、指定された素材を回収して戻ります。奥まで行く予定はありません」

 

『三層ボスまで行かないの?』

 

『せっかく配信許可出たのに』

 

「行きません。目的が採取なので、予定量を回収できた時点で帰ります」

 

『安全運転』

 

『ANVILだなあ』

 

『元気なうちに帰るやつ』

 

 視聴者の反応を確認してから、亀山たちは三層へ入った。

 

 三層は二層より天井が高く、壁面には黒褐色の苔と、細い根のような植物が広がっている。足元は乾いている場所と湿っている場所が入り混じり、通路の端には、何かが何度も通ったような浅い溝が続いていた。

 

 亀山は歩調を落とし、カメラを壁際へ向けた。

 

「この擦れ方、身体を壁へ寄せて移動しているように見えます。大きさは……これだけでは分かりませんが、同じ場所を繰り返し通っている可能性がありますね」

 

『急にいつもの亀さん』

 

『モンスターより擦り跡に食いつく男』

 

『強くなっても生態観察は変わらない』

 

「そこは変わらないですよ」

 

 先頭を歩く男が片手を上げた。

 

 亀山はコメント欄を閉じ、槍を構える。前方の曲がり角から、硬い物を引きずるような音が聞こえていた。

 

 現れたのは、低い姿勢で歩く甲殻型だった。大型犬ほどの胴体を、節の太い六本脚で支えている。背中の殻は片側へ張り出し、壁へ擦った跡と同じ色の粉が付着していた。

 

「さっきの跡は、これですね」

 

『でかい』

 

『配信しながら冷静だな』

 

『逃げなくていいの?』

 

 甲殻型が脚を縮めた。

 

 亀山は槍を両手で構えず、右手だけで柄の中央より少し後ろを握った。左手は胸元の装備へ添えたまま、飛び込んでくる相手の頭部へ穂先を向ける。

 

 甲殻型が床を蹴った。

 

 槍先が正面から口の脇へ入り、亀山の腕がわずかに沈む。それでも柄は押し込まれず、突進の向きだけが横へ流れた。

 

 甲殻型の身体が亀山の脇を抜ける。

 

 亀山は刺さった槍を片腕で持ち上げ、勢いが残るまま床へ叩きつけた。甲殻が石床へぶつかり、裏返った腹部が露出する。

 

 踏み込んだ二撃目が、甲殻の隙間を貫いた。

 

 動かなくなったのを確認してから、亀山は周囲へ視線を巡らせる。先頭の男と後方の二人も、別個体がいないことを確かめていた。

 

「周囲、反応なしです」

 

『今の片手?』

 

『槍刺したまま持ち上げた?』

 

『前に配信で逃げ回ってた人だよな?』

 

『五級ってこんな強かったっけ』

 

 コメント欄が一気に流れ、亀山は倒れた甲殻型から槍を引き抜いた。

 

「ダンジョン内では、外より身体が動きますから」

 

『そういう問題か?』

 

『一般論みたいに言うな』

 

『ギルドマスターのお墨付きってこれ?』

 

「同じ正式五級でも個人差はありますよ。それに、片手で扱えるよう調整してもらった槍です。何でも持ち上げられるわけではありません」

 

 同行者が、倒れた甲殻型の脚を持ち上げた。

 

「これ、片手でいける?」

 

「今のは勢いを利用しただけです」

 

「じゃあ、これは」

 

「配信中に試させないでください」

 

『仲良さそう』

 

『亀さん完全に戦闘員側になってる』

 

『本人だけ変化に慣れすぎてない?』

 

 亀山は甲殻型の背中へしゃがみ込んだ。

 

 殻の表面には壁の苔が付着し、その下に細かな傷が何本も走っている。亀山がカメラを近づけると、戦闘の話をしていたコメントが徐々に素材と生態の話へ変わった。

 

「装備班が欲しがっているのは、この背中に似た形の甲殻板です。ただ、何が残るかは消えるまで分かりません」

 

『盾にするの?』

 

『装備班、また変な物作る気だな』

 

『触らせてほしい人たち?』

 

「誰から聞いたんですか、それ」

 

 甲殻型の脚から色が抜け始め、腹部の輪郭も徐々に薄くなっていく。亀山たちは死体へ手を出さず、消失の進み方を見守った。

 

 背中の張り出した殻も他の部位と一緒に淡い粒へ変わり、最後には床へ落ちていた血まで消える。

 

 甲殻型がいた場所には、湾曲した甲殻板と小さな魔石が残った。

 

「今回は当たりですね」

 

『ドロップ品って生前の部位そのままじゃないんだな』

 

『さっきの背中より小さくない?』

 

『都合よく板になってる』

 

「生前の殻とよく似ていますが、大きさも縁の形も違います。身体のどの部分が、どういう形で残るのかは、まだ分かっていないことが多いです」

 

 亀山は甲殻板の表面へカメラを近づけた。片側へ強く湾曲し、外側には壁の擦れ跡と似た細かな傷が走っている。

 

「装備班から指定されているのは、この形の甲殻板です。湾曲が強く、中央に割れや欠けのない物を優先してほしいと言われています」

 

『注文細かいな』

 

『やっぱり盾か?』

 

『触らせてほしい人たちが喜ぶぞ』

 

「それはもういいです」

 

 同行者たちが甲殻板の大きさと重量を測る間、亀山は表面に付着した粉を指先で軽くなぞり、壁の擦れ跡と見比べた。

 

「この粉は、壁についていたものと同じに見えます。普段は壁沿いだけでなく、狭い場所へ身体を押し込んでいるのかもしれません。片側へ張り出した殻も、移動する環境と関係がありそうですね」

 

『倒した直後にそこ見る?』

 

『亀さんらしくて安心した』

 

『槍一本で倒してから生態解説する配信者』

 

 甲殻板と魔石をそれぞれ保護材で包み、同行者の背負う袋へ入れる。

 

 さらに進むと、通路の湿度が上がり、壁から垂れた細い根が密集し始めた。亀山たちは根を傷つけないよう避けながら、途中で見つけた厚い蔓と、青灰色の苔を採取していく。

 

 装備班からの回収指定は細かく、蔓は節を潰さず一メートル以上、苔は壁面ごと剥がさず下地を残し、甲殻板は湾曲した中央部分に欠けのない物を求められていた。亀山が説明するたび、コメント欄から要求が細かすぎるという声が飛んだ。

 

「必要な形が分かっているだけ、前より助かります。昔は持ち帰ってから、欲しかった物と形が違うと言われることもありましたから」

 

『現場と開発のすれ違い』

 

『装備班も成長してる』

 

『持って帰ったのに違うは泣く』

 

 その後、根の隙間から飛び出した小型の四足型を同行者が盾で止め、亀山が横から槍を入れた。

 

 今度は片腕で振り回さず、前脚を狙って体勢を崩す。後方の一人が短剣を首元へ差し込み、動きを止めた。

 

 四足型が消えるまで周囲を警戒し、残った物を確認する。床には二本の牙状素材と、束ねられたような白い繊維、それに小粒の魔石が転がっていた。

 

「牙状素材は長さが足りています。繊維も装備班から指定されていた物ですね。切れや変色もないので、このまま包みます」

 

『ドロップ当たり?』

 

『今日は装備班が喜ぶ日』

 

『また触らせてって申請が来るぞ』

 

「今度は最初から貸与申請を出してもらいます」

 

 牙状素材と白い繊維を別々に包み、識別札を付けて回収袋へ収める。

 

 配信開始から一時間を少し過ぎた頃、四人の荷物は目に見えて膨らんでいた。

 

 先頭の男が重量を確認し、亀山へ頷く。

 

「予定量です」

 

 亀山は胸元の端末を開き、残り時間と帰路を確認した。

 

 前方の通路は、少し先で広くなっている。カメラ越しにも、その奥に別の空間があることは分かった。

 

『この先だけ見よう』

 

『広い場所あるぞ』

 

『まだ一時間じゃん』

 

『体力も問題なしなんだろ?』

 

『せめて入口まで』

 

 亀山は膨らんだ回収袋を見た。

 

「資材がいっぱいになったので、今日は帰ります」

 

『即答』

 

『まだ元気そうなのに』

 

『ギルドマスターのお墨付きは?』

 

「元気なうちに帰るためのお墨付きです」

 

『正論』

 

『ANVIL教育が染みついてる』

 

『昔の亀さんなら怖くて帰ってたのに、今は荷物理由なの感慨深い』

 

 その書き込みに、亀山は少しだけ黙った。

 

 怖くないわけではない。今も、曲がり角の先や根の影へ視線を向けるたび、何かがいる可能性を考えている。

 

 ただ、それだけで足が止まることは減った。

 

「帰る理由は、一つで十分ですから」

 

 同行者たちが向きを変える。

 

 亀山も槍を持ち直し、来た道を引き返した。

 

 帰路では、採取した苔の色が時間とともに変化していることや、甲殻型の通り道が一方向に偏っていたことを話した。コメント欄では、片手槍の場面をもう一度見たいという声と、装備班が甲殻板を何に使うのかという予想が混ざって流れている。

 

 二層ボス部屋まで戻ったところで、亀山はカメラを自分へ向けた。

 

「今日はここまでです。回収した素材はANVILで登録と査定を行い、一部は装備開発へ回る予定です。見せられる物ができたら、また許可を取って紹介します」

 

『次回ある?』

 

『趣味配信続けて』

 

『今度は三層もっと奥へ』

 

「次の予定はまだありません。配信が先ではなく、活動の予定に配信を合わせます」

 

『真面目』

 

『たまには通常の虫取り配信もしてね』

 

『お疲れ』

 

『片手槍すごかった』

 

 亀山は最後のコメントを読み、槍を持った右手を少し上げた。

 

「それでは、お疲れさまでした」

 

 配信終了の表示を確認した直後、同行者の一人が回収袋を床へ下ろした。

 

「帰りも片手で持てそう?」

 

「持ちませんよ」

 

「身体能力に問題なしなんだろ」

 

「資材がいっぱいだと言ったでしょう」

 

 亀山は自分の分の袋を背負い直し、先に出口へ向かった。

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