寄生虫と行く現代ダンジョン   作:脳タリン

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第302話 五日後の見通し

 最初の救助作戦が終わってから二時間後、エクアドル政府の合同対策本部には、追加されたばかりの映像が繰り返し流れていた。

 

 黒い甲殻型の突進を大型盾で受け、長槍と鉤付きの武器で脚を崩し、銃撃が通る角度へ押し込む。白い四足型を追った隊員は、装備を抱えたまま二メートルを超える塀を片足で越えていた。

 

 どちらも、再生速度は等倍だった。

 

「もう一度、塀の場面を」

 

 国防省の担当者が言うと、映像が数秒戻された。

 

 短槍と盾を持った日本人が走り、左足で地面を蹴る。塀の上へ手をつかず、そのまま反対側へ消えた。

 

「探索者なのか」

 

「軍人です。ただし、異常空間での活動経験があります」

 

「全員が?」

 

「先頭班の六名は、継続的な訓練を受けています。後方班にも経験者が含まれています」

 

 説明を受けても、国防省の担当者は画面から目を離さなかった。

 

 身体能力だけなら、現地で確認された探索者にも近い動きはあった。負傷者を背負って車を越えた者もいれば、軍人二人で動かせなかった鉄柵を一人で持ち上げた者もいる。

 

 日本側が違ったのは、強化された身体を部隊行動の中へ収めていたことだった。

 

 盾を持った者が勝手に前へ出ず、塀を越えた隊員も短い報告を入れて隊列へ戻る。武器を手放さず屋根の個体を引きずり落とした者は、装備の所在まで報告していた。速さや力が増しても、行動の基準は崩れていない。

 

「彼らは、あの力を得てからどれくらい訓練している」

 

「日本側は回答していません。派遣部隊の編成や訓練期間も非公表です」

 

「装備については」

 

「高階層由来の素材を使った特殊装備との説明だけです。日本政府からの一時貸与品で、現地への譲渡はできないと通告されています」

 

 画面では、作戦終了後の日本人隊員が大型盾の固定帯を調べていた。

 

 盾を運ぶのを手伝ったエクアドル兵が、通訳を介して貸与を求めている。日本人は自分たちも借りていると答え、絶対に無くすなと言われていると続けた。

 

 政府危機管理庁の責任者が、手元の報告書をめくった。

 

「現地部隊は二度失敗した区画だ」

 

「はい」

 

「日本側は三十八分で住民七名を救出し、活動個体二十体以上を停止。救助経路を二本追加で確保した」

 

「エクアドル軍と国家警察も参加しています。日本側も、共同作戦の成果だと繰り返しています」

 

「それを差し引いても速い」

 

 異論は出なかった。

 

 日本側は甲殻型を単独で倒してはいない。盾と近接武器で動きを崩し、エクアドル軍の射撃を通していた。だが、その役割を担える部隊が加わっただけで、銃撃を吸収しながら突進していたモンスターは、射撃可能な標的へ変わっている。

 

 現地部隊の火力が足りなかったわけではない。

 

 撃てる形を作れなかったのだ。

 

「日本側から、第二陣の到着予定が届いています」

 

 外務省担当者が資料を表示した。

 

「明後日までに二十四名。さらに第三陣として、装備整備、医療、観測を含む三十六名が追加されます。輸送状況に問題がなければ、五日後には日本側の活動要員が現在の五倍を超えます」

 

「全員が今日の十二名と同じ動きをするのか」

 

「同じではないでしょう。先遣隊は派遣候補の中でも先行して編成された精鋭です」

 

 国防省担当者が、そこでようやく映像から顔を上げた。

 

「精鋭だから十二名だけを送ったのではないのか」

 

「違います。受け入れ態勢と指揮系統を確認するため、最初に十二名が送られました。第二陣と第三陣にも、異常空間で訓練を受けた部隊員が含まれています」

 

 合同対策本部の空気が、わずかに変わった。

 

 最初に来た十二名は、例外的な一部隊ではない。先に送り込まれただけだった。

 

 画面の地図には、占拠区域内で救助要請が残る場所、モンスターの反応が集中する交差点、まだ確認できていない建物が色分けされている。現状では、救助部隊を一か所へ送るたびに他の区画が止まる。

 

 日本側が五倍に増えれば、複数区画で同時に救助経路を開ける。

 

「現在の進行速度をそのまま使った場合、五日後の予測を出してくれ」

 

 危機管理庁の責任者が指示すると、分析担当者が計算済みの資料を開いた。

 

「第二陣と第三陣が今日の部隊の六割程度の処理能力を持つと仮定します。現地部隊との連携時間、疲労、装備整備を含めても、五日以内に病院周辺、給水施設、北側避難路、幹線道路二本の奪還が可能です」

 

「倉庫は」

 

「対象外です。入口周辺には大型反応が集中しており、日本側も進入の意思を示していません」

 

「住宅区画はどこまで戻せる」

 

「要所を結んだ区域から、建物ごとの確認へ移れます。占拠区域全体を五日で取り戻す予測ではありません。ただし、現在のように救助地点へ一本ずつ道を通す段階から、区域を分断して奪還する段階へ移れる可能性があります」

 

 五日。

 

 それまで政府内で示されていた予測では、病院周辺の確保だけでも二週間以上かかるとされていた。生存者の救出を優先すれば、給水施設や幹線道路の奪還はさらに後ろへずれる。

 

 日本から来る部隊が、その見通しを変えようとしている。

 

「日本は、なぜこの数を出せる」

 

 内務省の担当者が尋ねた。

 

「自国の防衛に必要な部隊だろう。全てを派遣するはずがない」

 

「当然、全てではありません」

 

 外務省担当者は、別の資料を開いた。

 

「日本では、異常空間に対応する部隊とは別に、民間探索者の育成と登録も進められています。今回の派遣部隊は軍の精鋭ですが、その下に、継続して訓練を受けている探索者層があります」

 

「人数は」

 

「正確な数は公表されていません。正式登録者だけでも増加が続き、複数の団体が新人教育を始めています。軍と同等の指揮統制を持つわけではありませんが、異常空間内での活動経験を持つ人間は、派遣部隊だけではありません」

 

 会議室の誰かが、浅く息を吐いた。

 

 あの十二名だけでも、現地部隊が止められなかった区画を三十八分で通した。精鋭であることは理解できる。日本政府が、国外へ送る人員を慎重に選んだことも疑いようがない。

 

 その後ろで、次の候補が訓練を受けている。

 

 さらにその下では、軍人ではない探索者が増え続けている。

 

「日本は、スタンピードが起きてから部隊を作ったのか」

 

「違います。制度化の初期から、異常空間内で身体能力が上昇することを前提に訓練を組んでいたと見られます」

 

「我々は、発生後に探索経験者を集め始めた」

 

「日本も全てを予測していたわけではありません。ただ、探索者を個人の特殊能力者として扱わず、装備、教育、記録、部隊との連携まで含めた運用を先に進めています」

 

 危機管理庁の責任者は映像を止めた。画面には、大型盾の後ろへ収まる日本人隊員と、その左右から射撃するエクアドル兵が映っている。力を持つ人間を集めただけでは、この形にはならない。

 

「日本の育成制度を調べる」

 

「軍の訓練内容は開示されないでしょう」

 

「軍だけではない。登録制度、民間団体、新人教育、事故記録、装備の貸与方法。公開されているものを全て集めろ。日本側にも正式に照会する」

 

 国防省担当者が口を挟んだ。

 

「今回の部隊を観察するだけでも得られるものは多い。現地部隊との合同訓練を求めたい」

 

「救助活動を遅らせない範囲で提案してくれ。装備を貸せという要求はするな」

 

「既に現場から要望が上がっています」

 

「断られたはずだ」

 

「はい。現地兵は理由も理解しています」

 

 装備を欲しがるのは当然だった。

 

 しかし、同じ盾や槍を渡されても、今日の動きが再現できるとは限らない。探索経験による身体強化、装備を使う技術、周囲と合わせる訓練が揃って、初めて意味を持つ。

 

 日本側から学ぶべきものを、武器だけに絞るわけにはいかなかった。

 

 会議は、そのまま国内対応へ移った。

 

 救助区域の拡大に合わせて、避難所から戻せる住民の範囲を決める必要がある。道路を確保しても、建物の内部にモンスターが残っている可能性があり、帰宅許可は一軒ごとの確認後になる。

 

 家を失った住民への補償、封鎖区域内の財産保全、遺体確認、行方不明者の照合も遅れている。日本部隊の活躍を大きく報じれば、政府が自国民を救えず外国軍に頼ったという批判も強まる。

 

「救出数と奪還区域は公表する。日本側の映像も、許可を得た範囲で出す」

 

 広報担当者が確認した。

 

「我が軍の失敗と比較されます」

 

「隠せば悪化するだけだ。日本側だけで戦ったわけではないこと、我が軍と国家警察が火力と救助を担ったことも説明する」

 

「五日後の予測は」

 

「公表しない。見通しとして内部共有に留める。予定より遅れた時、救助を待つ家族へ言い訳はできない」

 

 責任者は次の資料へ目を移した。

 

 未申告ダンジョンを管理していたギャングの拘束者一覧。救助活動へ協力している者、供述を拒む者、入口内部の地形を知る者、遺体の搬入に関わった者が分けられている。

 

「彼らとの取引はどうなっている」

 

「入口内部の情報と引き換えに、量刑上の考慮を求めています。救助へ参加した者からは、家族の保護を条件に追加供述が出始めました」

 

「免責はしない」

 

「承知しています。ただ、倉庫内部の配置、保管されていた記録、搬入人数を確認するには協力が必要です」

 

「救助への協力と、犯した罪への責任は分けなければならない。その方針を崩すな」

 

 ギャングが死体を捨て続けた結果、住宅街へモンスターが溢れた可能性がある。その因果関係が完全に証明されていなくても、住民にとっては十分だった。

 

 政府は、何が起きたかを説明しなければならない。

 

 未申告の入口を把握できなかったことも、七か月間使われていたことも、救助に外国の支援を必要としたことも含めてだ。

 

「明日の会見では、日本側の支援に感謝を示す。同時に、作戦の指揮権は我が国にあり、国内部隊と共同で救助していることを明確にする」

 

「日本部隊の追加派遣も発表しますか」

 

「日本政府と調整後に出す。人数は出していいが、五日後の奪還予測は伏せる」

 

 責任者は、止めたままの映像をもう一度再生した。

 

 大型盾が甲殻型を受け、長槍が脚へ入る。日本人隊員が左右へ開いた直後、エクアドル兵の銃弾が露出した腹部へ集中した。

 

 単独では成立しない。

 

 だからこそ、利用できる。

 

「復興計画を前倒しする。病院と給水施設が戻る前提で、電力、道路、医療の担当を動かせ」

 

「まだ奪還できると決まったわけではありません」

 

「決まってから動けば遅い。日本の第二陣が到着するまでに、こちらが使い方を決めておく」

 

 指示を受け、各省の担当者が資料を開き直した。

 

 住民への説明、避難所の再編、ギャングとの交渉、失踪者の照合、日本の育成制度の調査。占拠区域では次の救助作戦が始まろうとしているが、政府が戻すべきものは道路や建物だけではなかった。

 

 画面の隅で、日本側の二つの班が次の目標へ向かっていた。

 

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