寄生虫と行く現代ダンジョン   作:脳タリン

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第307話 恐怖によって

 二度目のスタンピード発生から四十八時間で、未申告異常空間に関する相談件数は、前月一か月分を超えていた。

 

 専用窓口には電話と申告フォームが途切れず入り、地方自治体や警察へ直接持ち込まれた相談も集約されている。入口の発見場所は自宅、倉庫、空き店舗、山林、事業所の地下、親族が所有する古い家屋などに分かれ、申告者が発見から数か月以上黙っていた案件も珍しくなかった。

 

「増えること自体は想定していました」

 

 集計資料を提出した担当者は、画面へ前回の推移を表示した。

 

「中国でスタンピードが発生した直後にも、同じように申告が集中しています。今回はエクアドルの映像が連日流れたことで、前回は動かなかった所有者も相談へ来ています」

 

 合同対策室に集まった関係省庁の担当者たちは、日ごとの申告件数が跳ね上がる線を見ていた。最初のスタンピード後に増え、しばらくすると落ち着き、二度目の発生を境に再び上昇している。

 

「驚く数字ではないな」

 

 警察側の担当者が資料をめくった。

 

「異常空間の公表以降、理由の分からない行方不明は相当数出ている。最後に確認された場所が自宅や私有地で、外出した形跡がない者もいた。隠していた入口がまだあることは、大方予想していた」

 

「全員が異常空間で行方不明になったとは限りません」

 

「分かっている。ただ、申告に来た者の中にも、同行者が戻っていないという案件がある」

 

 新規申告の一覧には、発見者本人だけが出入りしていたもののほか、友人や仕事仲間と内部へ入り、そのうち一人が帰還していない事例も含まれていた。入口を閉じる方法も、内部へ救助へ向かう能力もなく、家族には旅行や失踪だと説明していた者までいる。

 

「生きて申告に来ただけまし、と言うしかないか」

 

「行方不明者がいる案件は、申告者の保護と事情聴取を並行して進めています。自主申告によって、別の犯罪まで免責されるわけではありませんが、現在は内部情報の確保を優先しています」

 

 前回の自主申告増加時に決めた方針は、今回も維持されている。未申告だった事実だけを理由に、ただちに重い処分を科す運用にはしない。入口周辺の安全確保、内部構造の把握、持ち出された回収品の確認へ協力することが前提だった。

 

 処罰を恐れて再び口を閉ざされれば、次のスタンピードまで入口が放置される。政府にとっても、申告者を見せしめにする利点はなかった。

 

「今回、前回と違う点があります」

 

 担当者は申告者の年齢分布を表示した。

 

 二十歳未満の割合が、前回より明らかに増えている。中学生と高校生が中心で、保護者が入口を発見して申告した案件だけでなく、子供本人が窓口へ連絡してきた例も多かった。

 

「この年齢は正しいのか」

 

「本人確認が終わっていない申告も含まれますが、大きくは変わらないと思われます。フォーム送信後、保護者から確認の電話が入った案件もあります。子供が先に申告し、その時点で家族が入口の存在を知った例です」

 

「家族にも黙って入っていたのか」

 

「大半がそうです」

 

 若年層からの申告では、自室、物置、庭の倉庫、祖父母宅の納戸など、家族の目から隠しやすい場所に入口が見つかっていた。友人を誘った者もいたが、単独で出入りしていた者の方が多い。

 

 到達範囲は一層の途中までが大半で、魔物を見てすぐ逃げ帰った者も少なくなかった。二層へ到達した申告は数を減らし、二層のボスまで倒したとする者は数件に限られる。三層へ入った申告はあったが、そこでボスを倒したという報告は出ていなかった。

 

「一層で戻った子供が多いのは、まだ助かります」

 

「戻れなかった子供は申告できないからな」

 

 会議室の空気が止まり、発言した担当者は資料へ目を落とした。

 

 警察が扱う未成年者の行方不明届には、家出と見られていた案件が多数ある。家族との関係、持ち出した現金、スマートフォンの履歴などから、異常空間との関連が疑われるものの、入口そのものが見つかっていない例も残っていた。

 

「申告に踏み切った理由は聞いているのか」

 

「複数回答ですが、報道を見て怖くなったという回答が多くなっています。自宅からモンスターが出た場合に、家族や近所へ被害が出ると考えた者が目立ちます」

 

 聞き取り記録の一部が画面へ映された。

 

 中国の占拠区域を見て、自分の家も同じになると思った。エクアドルで救助された住民を見て、家族が逃げ遅れる場面を想像した。道路に転がっていた子供用の靴を見て、弟や妹の靴に見えた。

 

 文章の整っていない回答も多かったが、どこで恐怖を覚えたのかは伝わった。戦闘映像より、持ち主のいない靴や鞄、倒れた自転車、途中で放棄されたベビーカーを挙げた者が多い。

 

「入口を見つけた時には、怖くなかったのか」

 

「現代ダンジョンを扱った小説や動画に影響されたという申告もあります。自分が先に見つけた、特別な機会だと思った。魔石や回収品を売れば金になると考えた。身体能力が上がるという話を試したかった。理由は様々です」

 

「子供らしいと言えば、子供らしいな」

 

 別の担当者が、資料の次の頁を見て顔をしかめた。

 

「それで、こちらは何だ」

 

 若年申告者から寄せられた要望がまとめられていた。

 

 入口を報告した後も、発見者本人だけは入れるようにしてほしい。保護者が同意すれば学生にも探索者登録を認めてほしい。国の職員が同行するなら、休日だけでも探索を続けたい。学校の部活動として登録できないか。

 

 すでに倒した魔物や到達した階層を実績として扱ってほしいという希望もあり、二層へ到達した者ほど、探索継続を求める傾向があった。

 

「隠して入っていた上に、申告後も自分だけは続けさせてくれと言うのか」

 

「都合が良いとは思います」

 

 担当者は否定しなかった。

 

「ただ、申告者は子供です。自分が見つけ、自分が危険を冒して進み、持ち帰った物もある。その場所を国へ知らせる代わりに、何か権利を残してほしいと考えること自体は理解できます」

 

「理解できることと、認めることは別だ」

 

「はい。だからこそ、内部へ入れるわけにはいきません」

 

 資料には、二層のボスを倒した中学生と高校生の事例も記載されていた。装備も訓練も十分とは言えない環境で、少人数または単独のまま生き残っている。探索者として見れば、同年代だけでなく、成人の登録希望者と比べても高い適応を示していた。

 

 その実績が、許可を出せない理由にもなっている。

 

「二層のボスを倒した子供だけ例外にすれば、次はそこまで隠して進む者が出ます」

 

「一層到達なら駄目で、二層ボスを倒せば認められる。そう受け取られるか」

 

「間違いなく出ます。許可を得るために、申告前に実績を作ろうとするでしょう」

 

 保護者の同意を条件にしても、問題は残る。死亡や後遺症が生じた場合の責任、回収品による利益の帰属、身体能力が変化した状態で学校生活へ戻る際の管理、友人同士の誘い込み、進学や就職への影響まで、現行制度では処理できない。

 

 親が許可すれば危険な場所へ入れてよい、という話にもできなかった。家庭によっては、回収品や収益を期待した保護者が子供へ探索を続けさせる可能性もある。

 

「本人が希望しているから認める、では済まないな」

 

「未成年者が危険を理解して選んだと言えるのか、という問題もあります。申告内容を見る限り、死にかけた経験を書きながら、次の欄で探索継続を希望している者もいます」

 

「そこまで行けば、怖さは知っているだろう」

 

「怖さを知っていても、好奇心や達成感を切り離せるとは限りません。成人でも難しいことです」

 

 会議では、未成年者の進入禁止を維持する方針に異論は出なかった。

 

 一方で、申告した子供へ入口の封鎖と処分だけを伝えれば、次に見つけた者は隠す。進入を認めないことと、自主申告の利点を用意することは別に考える必要があった。

 

「回収品はどうする」

 

「危険性の確認までは一時預かりです。安全が確認され、違法な売買などがなければ、所有関係を整理した上で返却または買い取りを行います。申告したから全て没収する、という扱いにはしません」

 

「家が使えなくなる案件は」

 

「本人と家族の仮住居を確保します。調査期間中の費用と、生活上必要な移動についても自治体と調整します。入口が自宅にあることを理由に、家族全員を放置することはありません」

 

 子供が作った内部地図や、魔物の特徴を記したノートも、調査資料として受け取る。内容が正確なら記録へ反映し、本人にも聞き取りへ参加してもらう。ただし、それを探索許可の代わりにはしない。

 

「成人後の登録審査ではどうする」

 

「過去の無断進入を単純に実績扱いすることはできません。ただ、経験そのものを消すこともできない。申告時の協力、危険行為の内容、その後の講習受講などを含め、個別に判断する余地は残します」

 

「将来なら入れる、と約束するのか」

 

「約束はしません。完全に窓口を閉じる書き方も避けます」

 

 窓口向けの回答文も修正されることになった。

 

 未成年者から申告があった場合、最初に叱責せず、本人と周囲の安全を確認する。内部に友人や家族が残っていないか、回収品を使用していないか、入口の近くに他の人間がいるかを聞き、その後で保護者と警察、自治体へ繋ぐ。

 

 広報用の文面についても、従来の「発見した場合は入らずに連絡してください」だけでは足りないという意見が出た。

 

「もう入っている子供に、入るなと書いても自分のことだと思わないでしょう」

 

「怒られると思って閉じる者もいる。今から申告しても、安全確保を優先すると明記した方がいい」

 

「探索を続けられると誤解させる文面にはするな」

 

 修正案には、過去に内部へ入った経験があっても、その事実を隠さず相談してほしいことが加えられた。家族へ言えていない場合も窓口側から説明を支援し、住居が使用できなくなる時は自治体が移転先を調整する。回収品も、申告と同時に全てを没収するわけではないと明記する。

 

 担当者は最後に、若年層向けの短い文章を追加した。

 

 テレビを見て怖くなったからでも構わない。今から連絡してほしい。入口の近くに家族がいるなら、まず離れてもらい、自分だけで確かめに戻らないこと。

 

 その文面の下には、未成年者の内部進入を認めないという一文が残された。会議が終わるまで、そこへ例外を書き加える者はいなかった。

 

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