寄生虫と行く現代ダンジョン   作:脳タリン

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第313話 救出の映像

 病院から救助された二人の映像は、作戦終了から三時間後に公開された。

 

 最初に映ったのは、高架下へ進む装甲車列だった。鋼製柵を越え、灰白色甲殻型へ拘束索を撃ち込み、盾を構えた兵士たちが道路を押し上げていく。

 

 映像は短く切り替わり、病院六階の窓で振られる白い布を捉えた。

 

 次に救急搬入口から担架が運び出され、病院職員の上着を着た女性が兵士に支えられて走る。最後は封鎖線を越えた救助車両と、医療区画へ運び込まれる二人の姿だった。

 

 高架下の固定陣地が破壊される場面は使われていない。灰色六腕大型個体については、遠隔火器を破壊した直後の映像を数秒だけ流し、中国軍が入口付近の大型個体を誘導し、その活動範囲を測定したと説明された。

 

 固定陣地を放棄した事実は、発表文の後半に入れられた。第一段階と第二段階を通じて占拠区域へ八百メートル進出し、病院内の生存者二名を救助した。任務終了後、入口側大型個体の移動を受け、部隊は予定に従って後方陣地へ転進した。

 

 撤退という言葉は使われなかった。

 

 死傷者数も発表されたが、氏名や所属部隊は伏せられた。装備損耗については、車両および防護装備の一部を喪失したとの記載に留めている。

 

 夕方の主要ニュースでは、担架の横を走る兵士の姿が繰り返し流された。

 

 女性が男性の手を握る場面には字幕が付けられた。

 

『人民を見捨てない』

 

 同じ映像は短く編集され、動画投稿サイトと短文投稿サービスへ一斉に配信された。軍を称賛する投稿には救出成功を示す共通の標識が付き、公式媒体や地方政府の広報アカウントが続けて転載した。

 

 反対に、損害の大きさや高架下の放棄を問いただす投稿は、公開から数分で検索結果の下へ沈んだ。

 

 削除されたものもあれば、投稿者本人の画面にだけ残るものもあった。二人を助けるために何人を負傷させたのか、八百メートル進んで結局押し戻されたのではないかといった文面は、同じ内容を繰り返すほど表示範囲が狭められていった。

 

 代わりに上位へ並んだのは、救助された二人の無事を喜び、軍へ感謝し、占拠区域に残る人々の救出継続を求める投稿だった。

 

 周立言は臨時指揮所の画面で放送と国内向けの反応を確認した。

 

「表に出ている数字ではない。削除前を見せろ」

 

 広報担当者が別の監視資料を開いた。

 

 一般の利用者が目にする画面とは、並んでいる言葉が違う。救出成功、前進、病院、生存者、英雄といった語句に混じり、公開画面から消された損害、撤退、二人だけ、失敗という言葉が増えていた。

 

「否定的反応は、発表直後に増えています」

 

「今は」

 

「公開範囲では大きく減りました。関連語の検索候補も差し替えています」

 

 陳国梁が資料から顔を上げた。

 

「消しただけだがな」

 

「見える場所からは消えています」

 

「不満そのものは消えず、か」

 

 広報担当者は否定しなかった。

 

 批判的な投稿を削るだけでは、書き込もうとした者の不満まではなくならない。だが、同じ不満を持つ人間が互いの数を確認できなくなれば、広がり方は変わる。

 

 周立言は、管理前と管理後の反応推移を見比べた。

 

「軍が何もしていないという批判は」

 

「急速に減っています。代わりに、残っている人間も助けろという投稿が増えました」

 

「それは許容範囲だな」

 

 広報担当者が周立言を見る。

 

「作戦を急がせる声になります」

 

「構わない。何もしていないという不満より扱いやすい」

 

 救出を続けろという要求は、政府や軍の失敗を追及する言葉ではない。国家が次の救助へ動くことを前提にした期待として扱える。

 

 周立言は公開画面に表示されている投稿へ目を戻した。

 

「不満を全部消すと不自然だ。助けを待っている人間がいる、軍は次も救出しろ。その範囲なら残せ」

 

「損害や撤退への言及は」

 

「広げるな」

 

 広報担当者が指示を記録した。

 

 指揮所の中央では、北側経路の調査結果が更新されていた。

 

 高架下を迂回し、生活道路を通って病院東棟へ接近する経路は、最短で一・九キロ。道幅が狭く、装甲車が通れる区間は半分ほどしかない。

 

 道路の両側には集合住宅と小規模商店が続き、無人機から見えない死角が多かった。

 

 確認された反応は、灰白色甲殻型十二体、暗赤色四脚獣七体、黒い小型滑空種多数。建物内部には数を判別できない熱源が残っている。

 

 人間か、モンスターかも分かっていない。

 

 梁雪梅は病院周辺の地図を拡大した。

 

「東棟へ直接入るより、この診療所を経由した方が安全です」

 

 病院から北東へ三百メートル離れた、小さな二階建ての建物に印が付けられた。

 

「屋上と二階に大型反応はありません。地下設備もない。ここを中継点にすれば、歩兵を休ませ、負傷者を一時収容できます」

 

「中に何がいる」

 

「一階で小型反応が四つ。二階は確認できません」

 

「生存者の可能性は」

 

「熱源はありません」

 

 陳国梁は、救助された女性が作成した病院の見取り図を隣へ置いた。

 

 病院内に残っていた十七名のうち、所在が比較的明確なのは九名だった。

 

 東棟三階に患者四名と職員二名。五階に患者家族一名。中央棟二階には、別の職員二名がいた可能性がある。

 

 六階から救助された女性が最後に確認したのは、作戦開始の四日前だった。

 

 水と食料が残っている保証はない。

 

「九名を一度に運べるか」

 

 現場指揮官が答えた。

 

「全員が自力歩行できない場合、担架が最低六台必要です。搬送要員と護衛を含めれば、前回より部隊が大きくなります」

 

「狭い道路へ人数を増やすことになるな」

 

「はい。建物からの接触を受けた場合、隊列が分断される危険があります」

 

 周立言は救出映像の反応資料を閉じた。

 

「次の作戦はいつ可能だ」

 

「兵員を入れ替えるなら、早くても二日後です」

 

「遅いと言われるだろうな」

 

「負傷者の補充だけではありません。拘束索と防護網の再整備が必要です。北側経路では装甲車が使えない区間が長く、歩兵用の遮蔽も追加しなければなりません」

 

「国内には二日間、何もしていないように見せるな」

 

 現場指揮官の表情が硬くなった。

 

「発表のために作戦開始を前倒しは難しいでしょう」

 

「前倒ししろとは言っていない。情報を上手く使え、既に準備に取り掛かっている事と、部隊を入れる前にできる救助活動を見せろ」

 

 梁雪梅が病院周辺の航空図を見た。

 

「地上から小型無人機を飛ばす案はあります。ただ、北側の発進地点から病院までは距離があり、建物の間を抜けるだけで電力を使います。物資を積めば滞空時間がさらに短くなります」

 

「上から入れられないのか」

 

 陳国梁の問いに、梁雪梅は広域航空図へ切り替えた。

 

「占拠区域の上空を有人機で低く飛ぶことはできません。黒い滑空種の到達高度は限られていますが、未確認の飛行個体がいない保証はない」

 

「低く飛ばなければいい」

 

 航空担当者が地図上へ円を描いた。

 

「輸送機を占拠区域の上空まで入れる必要はありません。高度を維持したまま外周を通過させ、使い捨ての配送無人機を投下できます」

 

 画面へ機体案が表示された。

 

 細い主翼を畳んだ小型無人機で、輸送機から切り離された後に翼を展開する。高高度から滑空して占拠区域へ入り、低空へ下りてから電動推進へ切り替える。

 

「地上から全距離を飛ばすより、電力を温存できます。輸送機一機から二十機以上を放出可能です」

 

「病院の屋上へ落とすのか」

 

「屋上には白い長体がいます。東棟の中庭か、割れた窓へ接近させます。大型の物資箱を一つ落とすより、小分けにした方が失敗時の損失を抑えられます」

 

 梁雪梅が搭載物の一覧を作った。

 

 飲料水、高栄養食品、止血材、消毒薬、鎮痛薬、簡易通信端末。配送無人機一機に積める量は多くないが、十機が届けば数日分を確保できる。

 

「投下後の通信は」

 

「高高度に中継無人機を残します。建物へ入った機体同士でも中継させますが、壁を挟めば不安定になります」

 

「何機失う」

 

「半数以上を想定します」

 

 周立言は即座に答えた。

 

「実施しろ」

 

「生存者の位置が確定していません」

 

「通信機を先に入れ、その後に物資を送れ。届いた映像も使う」

 

 現場指揮官が口を挟んだ。

 

「物資輸送は救出まで生存者を維持するためのものです。広報映像を優先して飛行経路を変えることは認められません」

 

「生存者へ届いた映像を使うと言った。経過を撮れとは言っていない」

 

 周立言は航空担当者へ準備開始を命じた。

 

 広報担当者も、新しい発表文の案を作り始める。

 

 占拠区域内に残る人民の救助に向け、軍は次の作戦を開始した。空中投下型無人機による生存確認と緊急物資輸送を行い、地上部隊の救出経路を開く。

 

 作戦準備の発表は、その日の夜に流された。

 

 病院から救助された女性の証言も一部だけ公開された。ほかにも生存者がいたこと、患者の中には自力で動けない者がいること、中国軍へ救助を求めていること。

 

 女性本人の顔と名前は伏せられた。

 

 音声も加工されたが、最後の言葉だけはそのまま使われた。

 

「まだ、あそこに残っています」

 

 放送直後、軍へ次の救出を求める投稿が増えた。

 

 占拠区域を放棄したのではないか、救助映像は宣伝のために作られたのではないかと疑う投稿もあったが、急速に検索結果から消えていった。

 

 代わりに表示されたのは、病院へ物資を届けろ、残っている患者を助けろ、次の救出を成功させろという言葉だった。

 

 管理されていると気づく者はいた。

 

 削除された内容を別の表現で書き直す者も、画像の中へ文字を埋め込む者もいた。それらも見つかるたびに表示を止められたが、同じ疑問は形を変えて繰り返し現れた。

 

 表から批判を消しても、書こうとした人間までは消えない。

 

 それでも、公開画面に残った言葉だけを見れば、国内の要求は一つへ揃っていた。

 

 次も救出しろ。

 

 深夜、高高度を飛ぶ輸送機から最初の無人機群が投下された。

 

 占拠区域の外側で切り離された二十四機が、夜空の中で順番に翼を開く。機体は動力を使わずに高度を落とし、病院から数キロの地点で推進器を始動した。

 

 四機は黒い小型滑空種に捕捉され、二機が建物へ接触した。一機は通信を失い、別の一機は灰色六腕大型個体が止まっている道路の近くへ落ちた。

 

 先行する通信機のうち、三機が病院東棟へ到達した。

 

 一機目が三階の割れた窓から入り、廊下へ中継端末を置く。二機目は窓枠に衝突して動かなくなったが、通信機能だけは残った。

 

 三機目は床すれすれを進み、病室の扉を一つ越えたところで音声を拾った。梁雪梅が再生を止めて雑音を除去すると、小さな音が何度も同じ間隔で続いている。

 

 扉を叩く音だった。無人機をその前へ寄せると、内側から掠れた声が聞こえた。

 

「誰か、いるのか」

 

 臨時指揮所で、陳国梁が通信装置を取った。

 

「こちらは救助部隊だ。聞こえるなら、扉から離れてくれ」

 

 返事が途切れた。

 

 無人機の小さなスピーカーから同じ言葉を繰り返すと、扉の向こうで物が動く音がした。

 

「六人いる」

 

 声は先ほどより近かった。

 

「歩けない人が、三人いる。水は、ほとんど無い」

 

 梁雪梅は病院の見取り図へ新しい印を六つ追加し、上空で旋回している第二陣へ物資投下の準備を命じた。

 

 国内向けの映像で語られた次の救出対象は、その夜、数字と声を持った。

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