寄生虫と行く現代ダンジョン   作:脳タリン

333 / 338
第333話 共有されるべきもの

 壁面いっぱいに映し出されたアメリカの住宅街は、白い群れに覆われていた。灰色の四足型へ群がり、屋根を走る細長い個体を引きずり落とし、倒れた大型個体の外殻へ次々と潜り込む。そのすぐ脇を州兵と救助隊が通過している。

 

 兵士の銃口は白い群れを追わず、白い群れも人間へ向きを変えない。周立言が指を上げると、映像が止まった。

 

「アメリカ軍は、あれを敵として扱っていない」

 

 映像解析担当者が、卓上の資料を確かめてから答えた。

 

「現場へ攻撃禁止命令が出ていたことは確認できます。命令の発信元と、判断の根拠は調査中です」

 

「白い群れが来ると知っていたから撃たせなかった。ほかに説明があるか」

 

「日本の水門事案でも、人間を避ける傾向は確認されています。過去の映像から性質を推測した可能性はあります」

 

 周立言は画面中央に映る州兵を指した。白い虫が装甲車の下を通り抜ける。兵士は足元へ視線を落としただけで、銃を向ける様子すら見せていなかった。

 

「推測で、自軍の足元を未知の群体に通らせるのか」

 

 解析担当者は答えを止めた。

 

 軍代表が別の映像を表示させた。白い群れが州兵の車列を追い越し、瓦礫の向こうから飛び出した灰色四足型へ殺到する。車列は速度を落とさず、救助地点へ進んでいた。

 

「協同している」

 

 男はそう断じた。

 

「直接の指揮があったかは別としても、互いの行動を理解している。識別方法か、事前の取り決めが存在する」

 

 机上には、中国のスタンピード被害と、アメリカ側の現時点での被害推計が並べられていた。発生条件も、流出した個体も、都市構造も異なる。単純比較に意味が薄いことは、会議へ参加した全員が承知している。それでも、数字を見た軍人の顔から怒りは消えなかった。

 

「中国の占拠区域に、これが投入されていれば」

 

 軍代表の指が、中国側の死者数を叩いた。

 

「高架下の防衛線を維持できた。民間人の撤退時間も稼げた。入口爆撃という判断へ追い込まれる前に、別の手段を選べたはずだ」

 

 梁雪梅が資料から目を上げた。

 

「中国とアメリカでは、流出個体の数も大型個体の構成も違います。同じ結果になったとは限りません」

 

「結果の話ではない。なぜ、我々には選択肢そのものが与えられなかった」

 

 会議室の空調音へ、紙をめくる音が混じった。

 

 同じ問いは、中国国内でも急速に広がっていた。中国人の命はアメリカ人より軽いのか。政府はホワイトスウォームの存在を把握していたのか。日本とアメリカは、いつから白い群れの情報を共有していたのか。中国では軍が砲撃し、アメリカでは白い軍勢が現れた。その差だけを切り取った映像が、削除を上回る速度で転載されている。

 

 怒りの一部は中国政府へ戻り始めていた。支援要請の有無を問う者もいれば、拒絶された事実を隠していると決めつける者もいる。存在すら把握できていなかったのでは、と疑う投稿まで増え、どの方向から答えても政府の失敗へ行き着いた。

 

 宣伝部門の担当者が、準備していた声明案を卓上画面へ送った。

 

「議論の中心を、情報独占へ移します」

 

 最初の段落には、アメリカの名があった。アメリカ軍がホワイトスウォームを敵性対象として扱わず、同群体が米軍の作戦区域内で選択的な戦闘行動を取った事実は、事前の情報共有、識別手段、または一定の協力関係が存在した疑いを示す。さらに、世界ダンジョン機構の設立を主導する国家が、スタンピードを抑止し得る生物群または運用手段を自国の危機にのみ利用したのであれば、国際社会に対する重大な背信行為に当たると続いていた。

 

 周立言は文章を最後まで読み、それから日本に関する段落を開いた。表現はアメリカへ向けたものより短いが、追及の矛先は明確だった。

 

 日本は、ホワイトスウォームとみられる存在が最初に確認された国家であり、その行動特性、接触記録、関連映像を長期にわたって保有している。アメリカへ提供した情報の範囲、白い人型とアメリカ人探索者との接触経緯、その後の日米間協議について説明する責任があり、情報が中国を含む他国へ共有されないままアメリカのスタンピードで活用された場合、日本も情報独占へ加担したと見なす。

 

 軍代表が鼻を鳴らした。

 

「日本への表現が軽い」

 

「最初の確認地でありながら、情報を伏せ続けた責任は明記しています」

 

「日本政府が管理している可能性は」

 

「排除していません。白い人型、白い群れ、アメリカで出現したホワイトスウォームが同一系統なら、日本が発生源または接触窓口だった疑いも残ります」

 

 外交担当者が画面を横へ送った。

 

 続く要求は、アメリカと日本の双方へ向けられていた。中国側は、ホワイトスウォームの正体、出現条件、活動範囲、敵味方の識別方法、過去の接触記録を一括して開示するよう求めている。白い人型とアメリカ人探索者の接触映像、日米政府間で共有された資料も提出対象とし、他国でスタンピードが発生した際に同様の介入が可能か回答させる。最終的には、ホワイトスウォームを一国や一部同盟国の安全保障資産から切り離し、世界ダンジョン機構の監督下へ置くという内容だった。

 

 梁雪梅が文案へ視線を落としたまま口を開いた。

 

「所有者も、指揮系統も確認できていません」

 

「確認できていないから、開示を求める」

 

 宣伝担当者は即座に返した。

 

「アメリカが管理していないと主張するなら、なぜ軍が攻撃を控えられたのか説明させます。日本が無関係だと主張するなら、最初の目撃以降に何を調べ、誰へ渡したのか提出させる。両国とも知らなかったと言うなら、あの連携が成立した経緯を示させればいい」

 

「示せなければ、隠していると主張するわけですか」

 

「国民がすでにそう考えています」

 

 中国が自国の深層情報を伏せたことや、入口爆撃後に確認された個体を公開していないことは、声明案のどこにも入っていなかった。国際社会から同じ論理を返される可能性は高い。それでも、今この場で優先されるのは整合性より主導権だった。

 

 陳国梁が、国内世論の報告書を閉じた。

 

「アメリカだけを責めれば、日本が逃げる。日本まで同じ強さで責めれば、日米を固める」

 

 宣伝担当者が返事をする前に、周立言が首を振った。

 

「固まるなら固まればいい」

 

 外交担当者が顔を上げた。

 

「日本との交渉経路も失います」

 

「すでに武器供給先との直接接触は失敗している。日本政府は高階層情報を制限し、アメリカへはホワイトスウォームの接触を許した。こちらが配慮して関係が改善する段階ではない」

 

 過去の秘密接触と、その後に起きた工作員の暴走について、会議の誰も触れなかった。

 

 周立言は日本に関する文案へ修正を加えさせた。日本は最初の確認国として、情報を得た時点で国際的な危険性を認識する立場にあった。それにもかかわらず関連情報を公開せず、結果としてアメリカだけがホワイトスウォームの介入による利益を受けた。意図的な秘匿か、アメリカとの排他的な協力関係か、日本政府へ明確な回答を迫る内容になった。

 

「これでいい」

 

 外交担当者はまだ何か言いたそうだったが、文案を受け取った。

 

 中国側が求めているのは、事実確認だけでは済まない。正体の分からない白い群れを人類共通の安全保障資産と名づけ、指揮できる者がいると仮定したうえで派遣手順と管理権限を要求する。拒否されれば独占と呼び、存在を否定されれば隠蔽と呼ぶ。無理のある要求でも、中国国内へ向けるには都合がよかった。

 

「国民は納得するか」

 

 陳国梁の問いに、宣伝担当者は数秒だけ黙った。

 

「納得させるのではありません。問いの向きを変えます」

 

 再生された映像では、白い群れの向こうでアメリカ兵が生存者を担架へ乗せていた。

 

「中国には来なかった。アメリカでは軍と同じ道路を進んだ。日本は以前から存在を知っていた。この映像を見た者は、日米が何を隠しているのか考えるようになります」

 

 梁雪梅は反論を続けなかった。アメリカ軍が白い群れを呼んだ証拠も、日本政府が派遣に関与した証拠も見つかっていない。それでも、白い群れはアメリカへ現れ、中国へは現れなかった。政治的に使うには、それで足りた。

 

 声明はその日のうちに発表された。アメリカ政府は、ホワイトスウォームを保有または指揮しているとの主張を否定した。日本政府も、白い群れの運用、アメリカへの派遣、出現への関与を否定し、中国側へ根拠の提示を求めた。

 

 中国国内では、両国がそろって関与を否定したという見出しが繰り返し転載された。投稿欄には、呼んでいない、動かしていない、関与していないという回答をまとめて嘲る書き込みが増え、その下へ同じ問いが積み重なっていく。

 

 では、なぜアメリカにだけ来た。答えを持つ者は、まだ表へ出ていなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。