寄生虫と行く現代ダンジョン   作:脳タリン

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第50話 亀さん 放送回

配信画面は、黒地に白い注意文から始まった。

本映像は、異常空間入口の確認および通信状況検証を目的とした公式記録配信です。位置情報の特定につながる情報は加工されています。現地への接近、模倣行為、無断進入を禁じます。確認作業は、異常空間対策担当者、安全管理要員、記録協力者の管理下で実施されています。

 

注意文が消えると、画面は駐車場に切り替わった。背景の看板や車のナンバー、周囲の建物は強めにぼかされている。白いワンボックス車が二台。小型の機材車が一台。折りたたみテーブルの上には、モニター、バッテリー、通信測定器、ケーブルリール、記録端末が並んでいた。

 

「どうも、亀山です。本日は、確認班同行のもと、新しく申告された異常空間入口の確認を行います。今回の入口は、穴や扉のような明確な形ではなく、通常の自然物と区別しにくい可能性があるとのことです。そのため、本配信は記録映像としてだけではなく、今後の注意喚起資料としても使用される予定です」

 

画面端のコメント欄が流れる。

 

『亀山だ』

 

『公式の人になってる』

 

『神隠し型か』

 

『有線って何』

 

亀山は手元の機材へカメラを向けた。

 

「今回は、比較的新しい異常空間の可能性があります。通信が安定しないことが予想されるため、通常の無線映像に加え、有線カメラを使用します。こちらが有線カメラ用のケーブルリールです。映像と音声を外側の記録端末へ直接送ります」

 

通信担当の職員が、端末を見ながら読み上げた。

 

「駐車場内、携帯電波四本。業務用無線、正常。GPS誤差三メートル。無線映像、正常。有線映像、正常。ケーブル導通、異常なし」

 

「今のように、移動前の正常値を確認したうえで、入口候補地点に近づいた際の変化を記録します。視聴者の皆さんには、映像だけでなく、通信や音の変化も確認していただければと思います」

 

現地確認担当者が画面に入った。顔は映らない角度で、胸元の名札も加工されている。

 

「本日の確認は、入口候補の特定、通信状態の記録、境界通過時の映像確認を主目的とします。内部の本格調査は行いません。危険が確認された場合は、即時撤収します」

 

亀山が頷き、少し横へ移動した。

 

「また、本日は入口を申告された五級仮登録者の方にも同行していただいています。個人情報保護のため、顔と氏名は伏せています」

 

画面に、顔にモザイクのかかった男性が映る。服装は地味なアウトドア寄りで、靴は歩きやすそうなものに替えられていた。声にも軽い加工が入っている。

 

「発見時、入口だとは思わなかったとのことですが、状況を簡単にお願いします」

 

「普通の場所に見えました。通った後で、音と景色が変わったので、異常だと気づきました」

 

「視聴している方に伝えるとしたら、どのような点に注意してほしいですか」

 

「違和感があったら、確認のために近づくのではなく、離れて通報した方がいいと思います。入口だと分からない場所もあるので」

 

コメント欄が少し速くなる。

 

『普通の場所に見えるの怖すぎ』

 

『発見者A落ち着いてるな』

 

『はいはい強者判定始まるぞ』

 

『俺には分かる、この探索者はデキる』

 

『はいはい』

 

『顔モザイクで何が分かるんだよ』

 

紹介は短く終わり、確認班は駐車場を出た。映像は位置が分からないように一部加工されている。道路脇を進み、住宅地の端へ向かう。先頭は安全管理要員。その後ろに現地確認担当、有線カメラ担当、亀山、通信担当、発見者が続く。ケーブルリールは駐車場側に残され、担当者がゆっくりとケーブルを送り出していた。

 

「現在、入口候補地点へ向けて移動中です。位置情報に関わる部分は加工しています。発見者の方は案内のみを行い、単独行動や内部探索は行いません」

 

通信担当が読み上げる。

 

「現在、携帯電波三本。GPS誤差五メートル。業務用無線、正常。有線映像、正常。ケーブル残量、十分」

 

周囲は、ごく普通の雑木林だった。低いフェンス、乾いた落ち葉、細い管理道。特別な門も、黒い穴も、光るものもない。

 

「映像では分かりにくいと思いますが、現在見えている範囲では、明確な入口形状はありません。穴、扉、階段、人工物の異常な変形なども確認できていません」

 

コメント欄に、短い反応が並ぶ。

 

『普通すぎる』

 

『これが入口なら無理』

 

『散歩で入るやつじゃん』

 

『子供危ないだろ』

 

発見者が少し前へ出た。現地確認担当がその位置で一度止める。

 

「この先です。二本並んだ木の間です。見た目は、本当に普通です」

 

カメラがゆっくりと向けられる。二本の木が並んでいた。太さも高さも似ている。根元の間には、人が一人通れる程度の隙間がある。画面越しには、ただの木だった。

通信担当の声が入る。

 

「入口候補地点手前、携帯電波二本。GPS誤差十二メートル。業務用無線、軽度ノイズ。有線映像、正常」

 

「近づいただけで、通信状態に変化が出ています。ここからは、有線カメラを先行させます」

 

有線カメラは、小型の棒状フレームの先に取り付けられていた。担当者がケーブルの被覆を目視で確認し、別の職員がリール側で張り具合を見ている。

 

「ケーブル確認。被覆損傷なし。接続部固定。テンション範囲内。導通確認、正常」

 

「カメラ側、映像正常。音声正常。ノイズなし」

 

「リール側、送り出し正常。引っかかりなし」

 

現地確認担当が頷いた。

 

「境界候補接近。ケーブルの急な張り、切断、映像途絶があった場合は即時停止」

 

「了解」

 

亀山が声を落とす。

 

「有線カメラを使う場合でも、ケーブルが切断されたり、境界で引っかかったりする可能性があります。そのため、通過前に線の状態を確認し、通過中もリール側とカメラ側で異常がないか見ています」

 

コメント欄が流れる。

 

『線切れる可能性あるのか』

 

『怖』

 

『有線でも万能じゃないんだな』

 

『ちゃんと確認してるのリアル』

 

発見者が、二本の木の少し手前で止まった。現地確認担当が位置を確認する。

 

「発見者はここで停止してください。ここから先は確認班が先行します」

 

「はい」

 

コメント欄に短く流れる。

 

『止まった』

 

『ちゃんと待つの偉い』

 

『待てる探索者はいい探索者』

 

『それは少し分かる』

 

『はいはい』

 

有線カメラが、二本の木の間へゆっくり近づく。

通信担当が数値を読む。

 

「携帯電波一本。GPS位置固定不安定。業務用無線、断続ノイズ。有線映像、正常。ケーブル導通、正常」

 

カメラが境界候補へ差し込まれる。

 

「有線カメラ、境界候補通過。映像、維持。音声、維持。ケーブルテンション、正常。切断反応なし」

 

一瞬、画面の色が沈んだように見えた。落ち葉の色が少し暗くなり、枝の重なりが濃くなる。音も変わった。さっきまで薄く入っていた遠くの車の音が、すっと遠のく。

 

「外部音、低下を確認。携帯電波、圏外。GPS位置固定失敗。業務用無線、通信断続。有線映像、維持。有線音声、維持」

 

コメント欄が一気に速くなった。

 

『消えた』

 

『車の音消えた?』

 

『本当に神隠しじゃん』

 

『有線生きてる』

 

『これ普通の人間は気づけない』

 

亀山は画面を見ながら、声を安定させて続けた。

 

「現在、無線系統が大きく不安定になっています。一方、有線映像と有線音声は維持されています。映像では分かりにくいですが、外側の音が低下し、周囲の明るさと木々の密度に変化が出ています」

 

現地確認担当が指示を出す。

 

「安全管理要員一名、境界内へ半歩。足元確認。内部深度一メートル以内」

 

「了解」

 

安全管理要員が、二本の木の間を慎重に越えた。腰には命綱のような補助ロープ。背中に小型カメラ。手元のライトが、暗くなった林の足元を照らす。

 

「足元、落ち葉。踏み抜きなし。段差なし。臭気、土と落ち葉。目視範囲内に敵性生物なし」

 

通信担当が続ける。

 

「有線映像、維持。ケーブル導通、正常。テンション変化なし。無線、断続。携帯電波、圏外」

亀山がカメラへ向き直る。

 

「現時点で、入口候補地点は境界型異常空間入口として扱われます。本日は、入口形状と通信状態の確認が主目的です。内部調査は、安全確認後、段階的に実施されます」

 

コメント欄には、さっきより重い言葉が増えた。

 

『奥に行かないの正しい』

 

『帰って報告しろ』

 

『講習で言われたやつ』

 

『これ注意喚起として強い』

 

『入口が入口じゃないの無理』

 

有線カメラが、ゆっくりと外側へ引き戻される。リール側の職員がケーブルを巻き取り、途中で止めて被覆を確認する。

 

「ケーブル回収中。被覆損傷なし。異物付着なし。導通正常」

 

「有線カメラ、境界外へ復帰。映像正常。音声正常」

 

通信担当が数値を読む。

 

「携帯電波一本、二本に回復。GPS再捕捉中。業務用無線、ノイズ軽減。有線映像、正常」

 

亀山が頷いた。

 

「境界外へ戻ることで、通信状態は回復傾向にあります。このように、見た目には分かりにくい場所でも、通信、音、光、空気の変化が先に確認される場合があります」

 

画面では、現地確認担当が周辺封鎖用のテープと標識の設置位置を確認していた。安全管理要員は二本の木の周囲を広めに取って、人が近づかないよう仮設の範囲を決めている。発見者は指示された位置に立ったまま、必要な時だけ短く答えていた。

コメント欄に、また少しだけ発見者への話題が流れる。

 

『発見者A、ずっと待ってるな』

 

『勝手に前出ないの大事』

 

『待てる探索者は強い』

 

『有識者また来た』

 

『でも今回は分かる』

 

『はいはい』

 

亀山は最後に、二本の木が映る位置で立ち止まった。背景は加工されているが、その普通さだけは隠しきれていない。

 

「本日の確認で、この地点は境界型異常空間入口として扱われることになりました。今後、周辺封鎖と追加調査が行われます。繰り返しになりますが、異常空間の入口は、分かりやすい形をしているとは限りません。見慣れた場所でも、音、光、通信状態、周囲の空気に違和感があった場合は、近づかず、自治体または指定窓口へ通報してください。確認のために入らないでください」

 

コメント欄が静かに流れる。

 

『お疲れ』

 

『普通に怖かった』

 

『これは教材』

 

『有線で正解』

 

『近所の林が全部怖くなる』

 

『通報するわ』

 

亀山はカメラに向かって軽く頭を下げた。

 

「以上、亀山でした」

 

配信は、注意喚起の文面をもう一度表示して終了した。

 

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