——ピコン。
友人Rからの通知。
《なるほど、カノンイベントね》
【大変なことになってしまいました……】
《話を聞いた限り、大体貴方が悪いと思うのだけれど》
まあ、なんと酷いことを言うのでしょう。
起訴ですね。起訴。
私が弁護士募集のページを眺めていると、またも通知が来ます。
《つまり、一つの運命のようなもので、それを止める方法はほとんど存在しない》
《そう、例えるなら……蜘蛛の巣ね》
【止めてくださいな。そんな例え……私が超絶ピンチに陥っているようではありませんか】
彼女は友人R。
例の如く、名前は匿名という事でお願いします。
私と同じ大学のよしみで、大学の研究室を借りて特許を幾つかとっている特大の天才、あるいは私の友人です。
はは、私のようなモブキャラとはレベルが違い過ぎますよ。
そして、カノンイベントとかいうクソイベントに巻き込まれたので(あるいは自ら首を突っ込んだので)、こうして天才に助けを求めたというわけです。
私がため息とともに液晶を眺めていると——メッセージが飛んできます。
《貴方の話を聞いて、幾つか案を思いついたから私の研究所に来てくれる?》
*
「シュタインズ・ゲートは知っている?」
「はい? な? ……え? シュタインズ……?」
私が研究室に入ると、椅子に座る彼女がそう告げます。
はて、シュタインズ・ゲートとはなんでしょう。シュタインズはドイツ語で石。ゲートは英語。
はて、全く分かりません。
「ふふ、貴方はもう少し日本の勉強をした方がいいよ」
「なぜ急にジャパン? 話が全く見えてきません……」
「知っていたのなら話が早いのだけれどね」
彼女は大きなホワイトボードの前に立ちます。
「貴方の話で言うと、カノンイベントは身近な人の死によって当事者Aが覚悟を決めるイベント。そのせいで当事者Bは死ぬけど……まあ、当事者Bからしたら迷惑極まりないわね」
白衣を翻しながら、こちらを眼鏡越しに見据えます。
「貴方はこう言っていたわよね? カノンイベントは人が死ぬイベントだと。でも、多分それは間違っているわ」
「へ?」
「カノンイベントは当事者Aの覚悟を決めるイベント、なら当事者Aが覚悟を決めさえすれば必ずしも死ぬ必要は無いと思うの」
「……つまり?」
「誤認させるのよ、世界に」
なるほど。
彼女の言った作戦とはこういったものでした。
ピーターの目の前で私が瀕死の重傷を負う。
私はピーターの前で死に至るが——————実は軽傷で生きており。
ピーターはスパイダーマンとして覚醒。私も生存。
世界とピーターを同時に騙し、カノンイベントを回避する彼女のなりの秘策。
私はそれを聞いて、咄嗟に声が出てしまいます。
「えぇ!? そんな方法でいけるものなんですか!?」
「知らないわよ」
「知らないわよ!?」
「最悪あなたが死ぬことになるけど……何もしないよりはマシだと思うわ」
「最悪あなたが死ぬことになるけど……何もしないよりはマシだと思うわ!?」
「一先ず、当事者Aの近くで腹部に弾丸を一発……」
「一先ず、当事者Aの近くで腹部に弾丸を一発……!?」
やばい女と友人になってしまいました。
悪女なんですか?
マッドサイエンティストなんですか?
「大丈夫よ。当たり所が悪くない限り死なないし、いつでも911に通報する準備はしておくから」
「腹部への銃弾は当たりどころが良くても死ぬと思うのですが……!」
あと、スパイダーマンのお約束として腹部の銃創は殆どが死に至ります。
マジで殆ど死にます。
「冗談。腹部とは言ってもあれよ? 防弾ベストとか仕込みましょう」
「防弾ベストを着ていても銃で撃たれたら結構痛いと思うのですけれど!」
はは、と彼女は薄く笑いながら言葉を綴ります。
「岡部倫太郎を見習いなさい」
誰?
最悪です。
どうやら、彼女の中で私が腹部に銃弾を浴びることは確定しているようです。
痛いだろうしなぁ……ピーターの叔父さんに変わってもらおうかな。
そこまで考え——首を振ります。
叔父さんを説得する方法が思いつきません。
『はは、私ピーターの彼女だけど? ちょっとカノンイベント回避したくてさ、一発銃弾浴びてくれないかな? 大丈夫大丈夫、一発だけだから。ほんとほんと、一発一発(笑)』
無理過ぎる……!
「……はあ、マッドサイエンティストめ」
私が馬鹿にするつもりで放ったその言葉に、友人Rの口角が跳ね上がります。
そして、不敵な笑みを浮かべながら——
「ふふ……だよね!? 私は狂気のマッドサイエンティスト、だからね!?」
ああ。
オタク厄介過ぎるなぁ……。
*
そして決行の日がやってきました。
現在、十八時。都市が緋色に染まり始めている頃です。
作戦はこう。
ピーターが近くにいるのを確認次第、グロックを私の腹部に撃ち込みます。
倒れる私に駆け寄るピーター。
【本当にうまくいきますこれ?】
《いけるって。》
【正気ですか?】
《——極めて人を馬鹿にしているスタンプ》
これ、真相を知ったピーターは唖然とするのではないでしょうか?
悪質過ぎるドッキリです。
まあ、死にたくはありませんので、やれる手は手当たり次第に打っていく所存なのですが。
……とはいえ。
「本当に自分のお腹に……?」
やっぱり、正気とは思えません。
ピーターを見つけたら銃を撃って……グロックを遠くに飛ばして……痛みに耐える?
私は自分を撃つための銃を見つめながら、乾いた薄笑いを浮かべます。
「はは、止めたい」
——ピコン、と通知が飛びます。
《発見。》
《距離的に音は聞こえると思う。》
《撃っていいよ。》
急です。
急すぎます。もう少し心の準備という物が必要で……。
《早く》
私は恐怖心と共に、プルプルと震える手でグロックを構えます。
腹部に当てて、決死の覚悟で——本当に?本当に撃つの?
と、私が躊躇していると。
《待って、何かおかしい。》
そんなメッセージが飛んできたのは、私が覚悟を決めて、腹部にグロックを当てた直後の事でした。
《ピーターがドル紙幣を握ってる。》
だから、どうしたのでしょう。
私は数瞬の葛藤の末、グロックを腹に押し当てる手を止めました。
ほっと息を吐きます。
ですが、予想外なのはここからでした。
《そこから逃げて》
「へ?」
《拳銃を持った男がそっちに走ってる》
マズい。
私は咄嗟に裏路地から逃げ出そうとしますが——遅すぎたようです。
裏路地から抜け出そうと振り返ると、そこには鉛色の拳銃を片手に構えた男がいました。
鞄の中からはドル紙幣が見え隠れしています。
男は憤怒に歪んだ表情で叫び声を上げながら、私に向かって一直線に走ってきます。
恐らく、これは——
「どけ!! 女!!!」
——本物の、カノンイベント。
生きて。