新エリー都治安局。
その一角にある、ヤヌス区分局。さらにその中に存在する――都市秩序部・捜査課。
そこには、数々の難事件を解決へと導いてきた実力派の部署が存在していた。
その名は――。
特務捜査班。
班長を務めるのは、若くして優れた実績を積み上げ、次期局長候補とまで噂されている治安員。
朱鳶。
実直かつ礼儀正しく、冷静な判断力と高い行動力を兼ね備えた、まさに治安員の鑑とも呼べる女性だ。
そして彼女を支えるのが――。
「ふむ……」
白湯の入った湯飲みを片手に、のんびりと椅子へ腰掛けている小柄な少女。
青衣。
見た目こそ幼い少女だが、その正体は人間そっくりの知能構造体。長年の経験から培われた鋭い洞察力と武芸の腕を持つ、特務捜査班のベテラン職員である。
そんな特務捜査班に――。
最近、新たな隊員が加わった。
「……」
その青年は、自分の机に座っていた。
机の上には書類、端末、そして――小さな自動車の模型。
一台。
二台。
三台。
「……シンノスケさん」
「ん?」
「机の上に置いてあるそれ、仕事に必要なのですか?」
朱鳶が尋ねる。
青年――シンノスケは、自動車の模型を手に取った。
「必要だよ」
「……必要?」
「ああ」
真顔だった。
「車はいいぞ」
「……」
朱鳶は黙った。
シンノスケは模型を眺めながら続ける。
「エンジン、ボディ、タイヤ、サスペンション。全部が噛み合って初めて最高の走りができる。捜査だって同じだ」
「捜査と自動車を同列に考えるのはどうかと思いますが……」
「そうか?」
「そうです」
即答だった。
その横で青衣が湯飲みを口元へ運ぶ。
「ふむ。車輪が四つあれば、転がる道理。人が二人おれば、喧嘩も起こる道理」
「青衣さん、それはどういう意味ですか?」
「さてのう」
「……」
朱鳶は頭を抱えた。
一方のシンノスケは、まったく気にしていない。
彼は最近、この特務捜査班へ転属してきたばかりだった。しかし、その経歴は決して平凡ではない。
さまざまな武器を扱う戦闘能力。状況を瞬時に把握する判断力。そして、事件の本質を見抜く鋭い頭脳。
これまでにも数々の事件を解決へと導いてきた実績を持つ。
そんな彼が、なぜ今になって特務捜査班へ転属してきたのか。
その理由については、詳しく語られていなかった。
だが――。
朱鳶だけは知っている。
シンノスケとは、幼い頃からの付き合いだった。
昔からそうだった。
困っている人間を見れば、迷わず助けに行く。危険なことがあれば、自分から飛び込む。
そして――。
「考えるのはやめた!」
と言って走り出す。
昔から変わらない。
ただし。
「……」
朱鳶はちらりとシンノスケを見る。
その視線に気づかないまま、シンノスケは端末を操作している。
朱鳶は少しだけ顔を赤くした。
「……」
シンノスケがこちらを見る。
「朱鳶?」
「は、はいっ!」
「顔、赤くないか?」
「!」
朱鳶の顔がさらに赤くなる。
「い、いえ! 何でもありません!」
「そうか?」
「はい!」
「熱でもあるんじゃないか?」
「ありません!」
「ならいいけど」
シンノスケはそう言うと、何事もなかったかのように端末へ視線を戻した。
「……」
朱鳶は黙った。
隣では青衣がニヤリと笑っている。
「ほほう」
「……青衣さん」
「何も言っておらぬぞ?」
「その顔が何か言っています」
「ふむ。ぬしも随分と敏感になったものじゃ」
「……」
朱鳶は咳払いをする。
「仕事に集中してください」
「はいはい」
青衣は白湯を啜った。
そして。
「……まあ、良かったではないか」
「え?」
「幼馴染が同じ班になったのじゃろう?」
「……」
朱鳶はシンノスケを見る。
その横顔。
昔から変わらない。
真っ直ぐで。不器用で。何かあればすぐに走り出してしまう。
だからこそ――。
同じ班になったことが嬉しかった。
それは間違いない。
「……そうですね」
朱鳶は小さく微笑んだ。
その時だった。
『――特務捜査班、応答してください』
室内に無線が響く。
三人の表情が変わった。
朱鳶はすぐにヘッドインカムへ手を添える。
「こちら特務捜査班、朱鳶。どうぞ」
『ヤヌス区内にてホロウ内部に逃走中の容疑者を確認しました』
朱鳶の表情が引き締まる。
『容疑者は複数の犯罪に関与している可能性があります。現在、ホロウ内部へ逃走。現場部隊だけでは対応が困難です』
「了解しました。特務捜査班が向かいます」
通信を切る。
朱鳶は立ち上がった。
「シンノスケさん、青衣さん。出動します」
「了解」
「承知した」
シンノスケも立ち上がる。
「ホロウか……」
「危険度は高いようです」
「なら急がないとな」
シンノスケは上着を羽織る。そして机の上に置いてあった自動車模型を一度見た。
「……留守番頼むぜ」
「それに話しかける必要はありますか?」
朱鳶が呆れた声を出す。
「ある」
「そうですか……」
三人は現場へ向かった。
――――
ホロウ。
黒い球体のような異空間。
内部へ入った瞬間、周囲の景色が歪む。
「……相変わらず嫌な空気ですね」
朱鳶が周囲を警戒する。
青衣は目を細めた。
「ふむ……」
三節棍を手に取る。
「ぬしら、気を抜くでないぞ」
「ええ」
「分かってる」
シンノスケも武器を構えた。
その時。
「グォォォォォッ!」
奥からエーテリアスが飛び出してくる。
「来ます!」
朱鳶が銃を構える。
「そこ!」
銃声。
エーテリアスが怯む。
青衣が一気に距離を詰める。
「せいっ!」
三節棍がエーテリアスを打ち抜く。
「今です!」
「任せろ!」
シンノスケも飛び込む。
しかし――。
「!」
別方向から、もう一体。
「シンノスケ!」
朱鳶が叫ぶ。
「――っ!」
エーテリアスの腕がシンノスケへ振り下ろされる。
シンノスケは咄嗟に受け止めた。
「ぐっ……!」
「シンノスケさん!」
「俺はいい!」
「ですが――!」
「二人は先に行ってくれ!」
「何を言っているのですか!」
「容疑者を逃がしたら面倒だろ!」
シンノスケはエーテリアスを押し返す。
「こいつは俺が引き受ける!」
「……!」
朱鳶は迷った。
だが、シンノスケの目を見て理解する。
彼は本気だ。
「……分かりました!」
「朱鳶!」
青衣が呼ぶ。
「行くぞ!」
「はい!」
二人は先へ進んでいく。
シンノスケは振り返らない。
「……よし」
エーテリアスが唸る。
「さて――」
シンノスケは構えた。
「ひとっ走り――」
しかし。
エーテリアスが一斉に襲いかかる。
「……付き合ってる暇はないな!」
シンノスケは横へ飛ぶ。
攻撃を回避。
だが、さらに別のエーテリアスが背後から迫る。
「っと!」
地面を転がる。
「多すぎだろ!」
シンノスケは立ち上がる。
そして周囲を確認する。
誰もいない。
朱鳶も。
青衣も。
他の治安員も。
誰もいない。
「……」
シンノスケは小さく息を吐いた。
「よし」
その瞬間。
遠くから――。
エンジン音が響いた。
「……来たか」
エーテリアスが振り返る。
次の瞬間。
ホロウの奥から一台の車が飛び出してきた。
黒と赤を基調とした特殊車両。
トライドロン。
タイヤを滑らせながら、シンノスケの前へ停車する。
シンノスケが駆け寄る。
トライドロンのドアが開く。
シンノスケは中へ手を伸ばした。
そして――。
取り出した。
一本のベルト。
中央に顔のようなディスプレイを持つ、不思議なベルト。
「やっと来たな」
『遅くなったな、シンノスケ』
ベルトが喋った。
シンノスケは笑う。
「相変わらず自分で運転してくれるとは、頼りになるな」
『君が寄り道をしていたのではないか?』
ベルトのディスプレイに呆れたような表情が浮かぶ。
――ドライブドライバー。
通称。
ベルトさん。
人格を持ち、シフトカーやトライドロンを自在に操る特殊なベルト。
そして今。
彼はシンノスケと共に戦うために、ここへ来た。
『シンノスケ』
「分かってる」
シンノスケはドライブドライバーを腰へ装着する。
『状況を確認した。君の友人たちはすでに先行している』
「ああ」
『ならば――』
ベルトさんのディスプレイに、鋭い表情が浮かぶ。
『我々も急ごう』
シンノスケはシフトブレスを手に取る。
「だな」
そして――。
「ここからは俺の時間だ」
シンノスケはシフトカーを手にする。
「ベルトさん」
『ああ』
「ひとっ走り付き合えよ!」
ドライブドライバーの右側。
アドバンスドイグニッション。
シンノスケがそれを捻る。
するとベルトから待機音が鳴り響く。
シンノスケがシフトカーをシフトブレスへ装填する。
そして――。
「変身!」
『Drive!』
ベルトさんの声が響く。
シフトブレスから送られた信号を受信。
コア・ドライビア-Dが高速回転を開始する。
機械音がホロウに響き渡る。
『Type Speed!!』
光がシンノスケを包み込む。
装甲が形成される。
胸部。
腕。
脚。
そして――。
赤い装甲。
複眼。
胸元に刻まれた特徴的な意匠。
仮面ライダー。
その名は――。
仮面ライダードライブ。
シンノスケは拳を握る。
「よし!」
ベルトさんが言う。
『シンノスケ』
「なんだ?」
『アクセルは踏み込めるか?』
「もちろん」
シンノスケは一歩踏み出す。
そして――。
走り出した。
――――
一方。
朱鳶と青衣はホロウ内部を走っていた。
「こちら朱鳶。容疑者を確認!」
無線へ報告する。
その先。
一人の男が走っている。
「待ちなさい!」
「くそっ!」
容疑者は角を曲がる。
「追うぞ、朱鳶」
「はい!」
二人は追跡する。
しかし――。
突然。
容疑者が消えた。
「……?」
朱鳶は足を止める。
「どこへ……」
青衣が周囲を見回す。
「ふむ」
「青衣さん?」
「気をつけよ」
その瞬間。
物陰から――。
「!」
容疑者が飛び出した。
「――っ!」
朱鳶の腕を掴む。
「しまった!」
「朱鳶!」
青衣が動く。
だが――。
間に合わない。
容疑者が武器を振り上げる。
「死ね!」
その瞬間。
朱鳶の世界が――。
遅くなった。
「……え?」
音が遠ざかる。
周囲の動きが、まるで水の中にいるように遅くなる。
銃を握る自分の手。
振り下ろされる武器。
舞い上がる埃。
すべてが――。
ゆっくりと動いている。
「何……これ……?」
朱鳶は目を見開いた。
時間が止まった。
いや。
止まったように感じているだけなのか。
「私の……時間が……?」
容疑者の武器が迫る。
あと少し。
間に合わない。
そう思った。
その時。
ドンッ!
遠くから、何かが地面を蹴った。
「――!」
朱鳶が振り向く。
ホロウの奥。
薄暗い空間の向こうから――。
何かが走ってくる。
一歩。
また一歩。
その姿が近づいてくる。
赤い装甲。
黒い複眼。
胸部に刻まれた特徴的な意匠。
そして――。
「……仮面……?」
朱鳶が呟く。
それは、彼女の知るどの治安員とも違う。
どのホロウレイダーとも違う。
まるで――。
時間そのものを置き去りにするかのような速度で走る戦士。
仮面ライダードライブは、ゆっくりと顔を上げる。
「悪いな」
その声は――。
どこか軽かった。
そして。
右手を前へ突き出す。
次の瞬間。
世界が動き出した。
仮面ライダードライブが、一気に距離を詰める。
「なっ――!」
容疑者が振り返る。
「速――!」
ドライブの拳が迫る。
拳が振り抜かれる。
轟音。
容疑者が吹き飛ばされる。
朱鳶は呆然とその光景を見つめていた。
「……何者……?」
青衣も目を細める。
「ほう……」
そして。
朱鳶の視線は、仮面ライダードライブへ釘付けになる。
なぜ時間が遅くなったように感じたのか。
なぜ、この戦士はここまで速いのか。
そして――。
一体誰なのか。
その答えを、朱鳶はまだ知らない。
もちろん――。
その正体が、つい先ほどまで自分と一緒にいた幼馴染のシンノスケであることも。
ただ一人。
仮面ライダードライブだけが、その答えを知っていた。
『さあ、シンノスケ』
ベルトさんが告げる。
『事件解決まで、フルスロットルだ』
新エリー都のホロウに、仮面ライダーが疾走する。
これはまだ、始まりに過ぎない。