『天神が写し身を伴って降臨したというのは真か?』
「はい。《英傑院》内で今は身を落ち着けているようですが、その……」
『なんだ』
「正直、次に何をしでかすか分かりません」
『で、あろうな。かの神は気まぐれで冷酷、それでいて身内には甘い。万を超える年月が経とうとも、それは変わらんか』
「いかがいたしましょうか」
『流石に天神が降臨したとなれば、オークニー本家も本腰を入れて動くだろう。近年の連中は愚挙に暇がない。ソラハリア=オークニーを守り通せ。こちらも最大限支援する』
「承知いたしました」
『さて、これ以上は逆探知される。定例報告はここまでだ。期待しているぞ』
「ご期待に沿えるよう、努力いたします」
上司との通信が切れた。
はぁ。
楽な仕事だと思っていたのに。
どうやら苦労することになりそうだ。
流れに流されるまま。
行きつく果ては、いったいどうなるのだろう。
月明かりに照らされながら、そんな益体もないことを考えるのだった。
天神様が天から墜ちて来て三日ほど経ったある日。
「おはよう雛鳥ども!今日はイゼプシャンコカトリスのから揚げ定食だぞぅ!!」
天神様が食堂で働いていた。
何やってるんだあの神様。
というか働けるのか、あの感じで。
名札も付けていて、そこには『てんちゃん』と書かれている。
それでいいのか最高神。
「なんで働いてるんです?」
「働かざるもの食うべからずってね。妖精たちの手が足りてない所を埋めるタ〇ミー業やってるよ」
「はぁ……料理できるんです?」
「おうおうナメてくれるじゃないの。だぁれがこの食堂のレシピ原案を考えたと思ってるんだい。料理くらいちょちょいのちょいよ」
「そうですか。3人前お願いします。私とソラちゃんとアステリアの分です」
「オゥケイ!!グルメイトたち!3人前注文入ったよ!!」
『『カシコマリ!カシコマリ!!』』
普段以上に騒がしいな。
まあ、良いけど。
「ほいおまちどお!出来たてのうちに食べてね」
「ありがとうございます」
3人分の食事を抱え、アステリアとソラちゃんの元へと向かう。
「ありがと、リアラ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。アステリアは今度果実水を奢ってね。一番高い奴」
「エッ!」
そんな事を言い合いながら、から揚げを一口。
カリッと歯触りのいい音を立てながら、中から閉じ込められた油が溢れ出てくる。
いつもと味付けが異なる。
フロンシスハーブだろうか。
隠し味に使われているように感じる。
端的に言うと、美味しい。
『グルメイトたちよ、研鑽を怠らなかったその姿勢、ボクはとてもうれしい』
『『『ウレシイ!ウレシイ!!』』』
『今後も期待しているよ、自慢の子供たち!』
『『『ウォォォォオオオオ!!』』』
なんか遠くから聞こえるな。
多分配膳が全て終わったのだろう。
いや、速くないか?
「いつもと違うけど、美味しいね、お姉さま」
「ね。ボクはこっちの方が好みかなあ」
「私はどっちも好き」
「リアラは何でも好きっていうよね~。事実全部美味しいけど」
「路地裏暮らしの話でもする?」
「うへ、やめとくよ。ソラハリアにもよくない」
「でしょうね」
「私は気にしませんよ?」
「気にしてね?」
まあ、食事中に話すことでもないか。
私は箸を動かして朝食を味わう。
「まさか最高神様が働くとはねぇ」
「元々、神話の時代から天神様は人との距離が近しい神として語られています。あまり不思議ではないかと」
「そーなの?」
「神学初級で習うことでしょ、流石に覚えておきなよ、アステリア」
「あ、あはは……」
ちなみにだが、アステリアは座学の成績が壊滅的に悪い。
予想通りというかなんというか。
典型的な実戦屋なのだ。
もっとも、それで退学になることはないが。
「まさかとは思うけど神々の正式名を忘れてないでしょうね?」
「ソ、ソソソソ、ソンナコトナイヨ!!」
「最高神は?」
「天神と剣神じゃないの?」
「不敬ですよ、お姉さま……」
「覇剣の女神と天幻の女神でしょう……」
「え、えへへ……」
「大神たちの名は?忘れていませんよね?」
「夜神、死神、魔神、猫神、識神、守神だよね?」
「黒夜の女神、骨骸の死神、終焉の魔神、顕識の女神、怪猫の女神、堅守の男神。なんですべて略称で覚えているのですか、お姉さま……」
「だ、だってぇ……長いんだもん……」
まあ、確かにあんまり覚えても仕方のない部類の知識ではあるが。
神学を学んで益があるのは神官系の候補生くらいだ。
だがそれでも大神以上の名前くらいは覚えないとだめだろう。
「精進します……」
「神官の方からは顰蹙を買いますよ?しっかりしてください」
「いいぞソラちゃん、言ってやって」
余談だが、アステリアとソラハリアの実家、オークニー家は天剣の血筋と呼ばれており、覇剣の女神と天幻の女神の間に産まれた子を祖に持つ。
なぜ女神同士で子供が?と思わない事もなかったが、まあ神々の事だ、なんでもアリだろう。
『ニョキ!なんで女神同士で子供が?と思ってそうなアトモスフィアを感じたぜ!!』
「……っ(脳内に直接!?)」
『次からは【こいつ、脳内に直接!?】でヨロシク。で、女の子同士でも子供を作れる方法を伝授しましょう!!』
「(いらないです)」
『え~、そう言わずに~』
「(いらないです)」
『アステリアちゃんと良い感じなのに?いらない?そう……じゃあ大人しくしとくね……』
ずっと大人しくしていてほしい。
天神様が派手に動くと組織から下る命令も相応になる。
本当にやめてほしい。
「どったのリアラ」
「ううん、なんでもない。天神様が脳内に直接語り掛けて来ただけ」
「天神様は何と?」
「女の子同士で子供を作る方法を伝授しようとしてきたから断った」
「「あぁ……」」
あれが最高神……アレが最高神か……。
一応、毎日祈るくらいには信仰している対象がアレか……。
言動が残念過ぎてなんと言えばいいのか分からない。
神話を紐解けば、崩壊した旧世界を再構築してゼロから文明を立て直したという、とても偉い神なのだが。
「働いた後のアイスうめ~~」
堂々と氷菓を口に運んでいる姿を見れば、とてもそうとは思えない。
「まあいいや。これから講義あるから、ボク先行くね」
「行ってらっしゃい、お姉さま」
「リアラは?」
「ソラちゃんを一人にする気?」
「姉のボクより過保護じゃない?」
「あの、リアラさん、大丈夫ですよ?」
確かにこの《英傑院》は前提からして英雄の卵として認められた者しか、足を踏み入れることも叶わない。
だが、英雄性は確認しても、その思想までは細かく確認しないのだ。
なので万が一ということもある。
ソラちゃんを一人にするわけにはいかないのだ。
「あのさ、リアラ。心配なのはわかったからソラを抱きかかえるのはやめてあげてね」
「ハッ!?」
「私も講義があるので……はい……」
「……気を付けてね」
「はい!」
二人を見送って、手持ち無沙汰になる。
私も講義があるにはあるが、座学は当面問題なしと言われている。
足りていないのは実技だけだと。
ならば実技の講義に足を向けようか。
仕方なく、足先を変えたところ。
「ソラちゃんが大事ィ?」
「……天神様」
「ただの親愛ってだけじゃないよねえ。ボクにはわかるよ~?」
「……言及は控えさせていただきます」
「やぁん、いけず。ま、キミの道筋が、英雄の道と重なるうちは、見逃してあげるよ」
……やはり、どれだけふざけていても神か。
私と組織の繋がりは、既に露見している。
そう見ていいだろう。
「用件はそれだけ!ボクは次のタイ〇ーに向かうぜ!けがはしてもいいけど死ぬなよ!!じゃあな!!」
そう言って、天神様は彼方へと消えて行った。
何をどうやったら走る時に足がつむじ風のようになるのだろう。
よく分からない。
見逃されているということだけが分かる。
「はぁ……英雄の道と重なるうちは、ね」
つまり、英雄としての道を踏み外したとき。
私は神に裁かれるのだろう。
まあ、それはそれで構わない。
むしろどんと来い。
私の血に塗れた手が、神によって濯がれるというのであれば、これ以上望むことはない。
気を取り直して、講義に向かう。
今日も何事もなければ、いいのにな。
さて、講義と言っても授業らしい授業ではない。
私が必要としているのは実技ひいては実戦の経験であり、言ってしまえば模擬戦である。
ただし、致命傷を負っても生き返る、特別な祭壇を用いた本気の殺し合いである。
「ッシャァ!!今日こそ白黒付けんぜリアラァ!!」
「……相変わらずやかましい」
相手の戦斧を愛剣で受け流し……切れない。
あまりの剛腕、衝撃が強過ぎる。
私は後ろに飛んで衝撃を逃がしながら、態勢を整える。
この祭壇での戦闘において、地形は毎度切り替わる。
荒野であったり、砂漠であったり、水場であったり、森であったりする。
今回の地形は雪林。
足は取られやすく、木々を使うにも滑りやすい。
「逃がさねェよ!!《雷閃戟》!!」
雷光を伴って、大上段からの振り下ろしが迫る。
このままでは避けきれない。
ああ、死が迫っている。
世界は嫌に遅くなり、すぐそこまで迫っているぞと、強調するように色褪せていく。
しかし、灰に染まり、遅くなった世界で、私の身体だけがスルリと動く。
「《廻囃子》」
剣で斧を受ける。
その力を自分の力に変えるように。
程よく拮抗し、十分に力が加わる。
私の身体は勢いよく回転し、攻守は逆転した。
刹那、相手と目が合った。
そこにあるのは、驚愕、感嘆、賞賛。
ああ、英雄というものは皆こうなのだろうか。
私は回転の勢いそのままに、首筋に蹴りを叩きこんだ。
ゴキリと響く、慣れた音。
感慨もない、虚ろな私。
「今日も私の勝ちね、ウルザ=ウィンデス」
『勝者、リアラ=イーディル!!現場復帰入りまーす』
審判から宣言が入り、首の骨をへし折った相手諸共、私は光に包まれる。
光が止めば、次の瞬間には控室だ。
「くっそ、今日も勝てねえ!!」
「通算何戦何勝だ?」
「33敗4勝」
「だぁってろボケ共が!!」
控室で控えていた次の試合の候補生が、やかましく騒ぎ立てる。
律儀に数えていたらしい。
「リアラちゃん地味だけど強いんよな」
「技巧の鬼」
「さっきの技エグイよな。あんなんされたら遠距離から魔法ブッパしか出来ないよ」
「なおリアラちゃんは下手な魔法は斬れるものとします」
「終わった……」
それから、ちゃんと私を研究するのもやめてほしい。
本業暗殺者という関係上、手札が対策されるのはちょっと……。
「ちーす、ボクが来たぞー」
「出た、暴力の権化」
「技のリアラ、力のアステリア」
「今のところリアラに安定して勝てる唯一の暴力装置」
アステリアは座学の講義、というか補習は終わったのだろうか。
実技のこちらに合流してきた。
「補習は終わったの?」
「えへへ、ギリギリ」
「笑いごとじゃないと思う」
「神学なんてテケトーでええのテケトーで」
はぁ。
先が思いやられる。
「ウルザとやったの?」
「うん。結構ギリギリ」
「とか言いながらほぼ勝ってるじゃん」
「詰めが甘いだけ」
「言われてんぞウルザ」
「るせぇ!!」
本当に毎回ギリギリなのだ。
死が迫って、ようやく巻き返せる。
火事場の馬鹿力というべきか。
基礎能力は大きく劣っていると言わざるを得ない。
「追い詰めると途端に動きが良くなるんだぞコイツ!!普段から出せやそれ!!」
「それはそう」
「本当にそう」
そんな事を言われても。
「出せるならとっくに出してるよ……」
「でしょうね」
「知ってた」
「制御できたら強いんだけどね」
私はそもそも正面から切った張ったをする人間ではないのだ。
本業は暗殺者なのだ。
相手が戦闘体制に入っていないところを一撃で屠るのが仕事なのだ。
戦闘に入った時点で暗殺者としては三流もいいところなのだ……。
私は頑張ってると思うのだ……。
「あ、リアラが沈み始めた」
「ああなると長いんだよな」
「誰かソラちゃん呼んできてくんね?」
「残念、ソラちゃんは今《
「じゃあ今日はもうリアラちゃんとは戦えないなあ」
「代わりにボクが相手になるけど?」
「お前じゃ鍛錬にならねえ」
「開幕《
「《
「お前1人対全員でようやく対等だ」
「いいぜ、かかって来いよ弱虫ども」
「吐いた唾は飲めねえぞアステリアァ!」
「なーにが既に英雄の実力じゃい!チョーシこいてるとシバくぞオラァ!」
「全員、対雷撃魔法は準備したな!行くぞ!」
「というわけで《
『うーん……いっか!責任は私が取る!存分に競いたまえ!』
「「「っしゃあ!!」」」
アレ、なんかアステリアと他全員が戦ってる。
アステリアの応援しよ。
がんばえー。
・特別な祭壇
正式名称《競いの大祭壇》
天神自慢のスーパーシミュレーションシステム。
設計上は神々同士の戦いでも耐え得るトンデモアーティファクト。
天変地異だろうが概念マウントバトルだろうがシミュレーションしてやるぜ!とは天神の言葉
・ウルザ=ウィンディス
主人公にな阪関無されているが、その実なかなか優秀な候補生。
前衛でバチバチ戦えるエンチャンター。
身体強化しながら武器に魔法を纏って前衛として戦いながら味方にもエンチャント可能とか言うハイスペック男子。
座学の成績は当然アステリアより上。
・タ◯ミー天神
家を追い出されてメソメソ泣いていた割には人界をエンジョイしている。
大体院内のことは見通している。
腐っても神、ふざけ倒していても神。
・《競いの監督》
実技の先生、ジャージ姿に竹刀を持ったヤンキーな女性型の妖精。
《競いの大祭壇》の現場管理を任されており、有事の際には最前線に出て暴れる役目も持つ。
つまりべらぼうに強い。
なんかレイドし始めてアステリアちゃんを余裕で無力化できる程度には強い。