さて。
その辺に積み上げられた馬鹿どもの屍の山は気にしなくていいだろう。
アステリアに丸焦げにされた哀れな挑戦者たちだ。
「いえーい、ボクの勝ちぃ~~」
山の上で、アステリアは勝利を掲げて立っていた。
相変わらずバカみたいな力を誇っている。
ところどころ傷を負っているが、あれでまだ余裕があるというのだから、私と彼女の力の差は歴然である。
『勝者、アステリア=オークニー!!現場復帰入りまーす』
勝敗は一目瞭然。
私は労いの一杯を渡すために、観戦席から立ち上がる。
「おつかれ、アステリア」
「ドヤ」
「はいはい、強いのは分かってるから。ほら、これ」
「アセリアップルの果実水じゃーん、ありがと~」
ちなみに、甘やかしているわけではない。
戦いが終わった後のアステリアは、闘争本能が高まっている。
放っておくと私と戦うと言い始めて私が苦労する羽目になる。
ので、大好物の果実水を与えて闘争本能を中和しているのだ。
あと、戦った後の彼女はバチバチと帯電している。
戦闘の余韻を覚ますためにも必要なのだ。
代償として、私の懐が若干寒くなるが。
「ん~、戦いの後の1杯ってサイコー!」
「今日はうまくいったほうだと思ったんだけどなあ……」
「やっぱ超帯電強化よくないって」
「超火力遠距離技あるくせに機動力もめちゃくちゃ高いのはっきり言って無法だよね」
「まあそれができてこそ英雄ってことなんですけど」
「壁たっけー」
「いうて数年あれば行ける気するくね?」
「それはそう」
アステリアに果実水を渡して、少しだけ耳を澄ませる。
聞こえてくるのは、将来有望な卵たちの話声。
はぁ。
本物の英雄は違うなぁ。
私にはそんな大層なモノないのに。
どうして私はここの入学試験が通ったんだろう。
裏口入学とかできないはずなのに。
「リーアラっ!また沈んでんね?」
「なに」
「いっぱい考えるところ、ボクはリアラのよくないとこだと思うなあ」
「そんな楽観的にはなれないよ」
「いいとこでもあるけどねぇ~。もっと自分に自信を持ちなよ。キミはボクに単騎で傷をつけられる逸材なんだぜ?」
買い被りだ、偶然だ、過去に一度だけだ。
油断しきっていた彼女に、本気で挑んで一撃入れただけに過ぎない。
今同じことやれと言われても無理だ。
「もう無理よ」
「そんなことないと思うけどな~」
「買い被りすぎ。私はそんなに強くない」
「おいおい、ウルザたちの立つ瀬がなくなっちゃうぜ?」
「しばらくすれば力関係は逆転するよ」
「卑屈だなあ~。ボクは悲しいよ、ヨヨヨ……」
「そういうとこ、天神様に似てるね」
「エッ」
私は英雄にはなれない。
なれるはずもないのだ。
『――――』
「リアラ?」
「ううん、何でもない。ちょっと私、部屋に戻るね」
ああ、さらに憂鬱だ。
何故かって?
組織から緊急連絡が来たからだ。
『三日後、第十三迷宮、氾濫ノ兆シ在リ。人為的災害ト予想。包囲ハ既ニ完了。現地ニテ下手人ヲ抹殺スベシ』
私は、その場を後にした。
仮面を被り、身体を隠す外套を身に纏い。
その時点でもう私は、リアラ=イーディルではない。
暗殺者《墜剣》だ。
私は《英傑院》の外に出る。
向かう先は第十三迷宮。
迷宮と呼ばれる異常空間の中で、13番目に見つかった迷宮であり、現存する迷宮の中で、最も探査が進んでいない迷宮だ。
理由は至極単純。
迷宮内部がとてつもなく広いことだ。
おかげで犯罪組織や敵対組織の拠点となっていることも多いのが悩みだ。
また、魔物が迷宮から溢れる、氾濫と呼ばれる現象も起こりやすい。
これも迷宮が馬鹿みたいに広いせいだ。
広すぎるせいで魔物が多く繁殖し、迷宮内での生態系が崩れ、餌を求めて外に押し寄せてくる。
また、これは人為的に発生させることができ、そういった意味でも第十三迷宮は悩みの種だ。
色々な災害の温床なのだ。
だからこうして、私みたいなのが時折駆り出される。
「《墜剣》、現着。抹殺対象の現在位置を求む」
『現在、第十三迷宮第23階層にて潜伏を確認。細かな座標は不明』
「了解」
迷宮に入り、一気に駆け上がる。
迷宮は実際の広さに囚われない異次元の空間であり、基本構造としてなぜか上へと道が続く。
また、内部は太陽が照り付ける平原であったり、鬱蒼とした森、はたまた洞窟だったりすることもある。
第十三迷宮は1階層がとてつもなく広い上に、既存の階層でも隠し部屋が見つかることもままある。
つまり何が言いたいかというと、面倒くさい。
さっさと仕事を終わらせよう。
迷宮内の地図はあらかじめ覚えてきている。
23階層までたどり着くこと自体は容易だ。
ただ、既に氾濫の兆候が見えるためか、魔物が多い。
その全てを相手していてはきりがないので、速度にモノを言わせて走り去る。
幸いにして、25階層までは狭い洞窟などではない階層が続く。
疾走し続け、十分もしないうちに目的の階へと到着した。
「……」
そして異変に気付く。
第23階層中に広がる、不穏な気配。
鉄錆と見まがう、血の匂い。
ただ潜伏しているのではない。
既に何かが起きている。
「《墜剣》より司令へ。第23階層ではすでに何かが行われているもよう。生贄を要する儀式だと推察される。氾濫は副次的なもの、主目的は大量の魔物を生贄に捧げることにあると思われる。事態の進行が読めない。援軍を求む」
『現在、近隣にこの危険度の任務にあたれる人員はいない。少し時間がかかる。可能な限り事態の収拾を単独で行え』
「……了解」
はぁ。
溜息が出る。
仕方がない。
死臭が強い方へと向かうことにしよう。
どうせそこにいるんだろう。
……帰るまでに血の匂い、取れるかな。
「あーあ」
去っていくリアラの背中を見ながら、ボクは嘆息した。
根っからの本心なんだけどなあ。
最初にキミがボクに傷をつけたとき、ボクだって途中から本気だったんだ。
でもキミは誇らない。
誇れない。
心に隠した何かがそれをさせない。
「ボクじゃだめなのかなあ」
心に何かを抱えているのは知っている。
分かっている。
それをどうにかしてあげたいのに。
この手は彼女の心にかすりもしない。
許せなかった。
キミはこんなにもすごいのに。
胸を張って誇ってほしいのに。
キミは心の底から、誇ることではないと思っている。
「ま、好感度が足りないってやつだね」
「あ、天神様」
どこから現れたのか。
天神様がひょこっと姿を現した。
「彼女が自分から打ち明けるまで信頼を積み重ねることだぁね。それから、てんちゃんとお呼び!!」
「何か知ってるの、てんちゃん?」
「院内で起きてることなら何でも知ってるヨ。オーベロンの髪の毛の本数からリソーサラーが今日頭を抱えた回数までね」
「教えてはくれない感じ?」
「そだねえ。てんちゃん的には、当事者だけで解決してほしいと思ったりナンマンダリ」
「事態が悪化するかもしれないのに?」
「古今東西、人間の心に神が寄り添って良いことが起きたことなんて一度もないのサ!」
「実感が籠ってるね」
「うるせー!!」
天神様は何かを知っていそうだけど。
教えてはくれない。
これも神の試練という奴なのだろうか。
「意地の悪い子孫だ、こんにゃろう」
ぺちっと頭を叩かれる。
本当に軽く、痛くも痒くもない。
そんな一撃。
「ま、頑張りたまえよ。キミが思うほど、あの子は強くないぜ〜」
天神様はそれだけ言うと、突如として開いた穴に落ちて消えていった。
『サラダバァ〜、バァ〜、バァ〜……』という効果音を残して。
「ボクが思うほど、強くはない、か」
その言葉を、忘れないようにしよう。
「ぐっ……」
下手を打った。
抹殺対象自体は殺したが、大規模な召喚術と思われる儀式は止められなかった。
召喚されたと思わしき存在にも、痛手を与えたと思いたいが、敗走を余儀なくされているのが現状だ。
『こちら司令本部。《墜剣》、状況を』
「……抹殺対象は消去済みです。しかし儀式を止めることができず、強力な邪神眷属を召喚されてしまいました。交戦しましたが、傷を与えるだけに終わり、活動は可能ではありますが、戦闘行動は難しい状況です」
『承知した。あとは英雄の領分だ、帰投を許可する。また、最優先はソラハリア=オークニーの護衛であることから、上位までの魔法薬と、帰還魔具の使用も併せて許可する』
「……了解。感謝いたします」
良かった。
そう思ってしまう自分が嫌だ。
吐き気がする。
私は生きていていい人間ではないのに。
いつかは裁かれるべきなのに。
善人も悪人も関係なく、自分の意志などないまま殺し続ける殺人鬼なのに。
どうしようもなく、生きていたいと思ってしまうのだ。
「ん……《
帰還用の魔具を使えば、次の瞬間には《英傑院》の自室に戻っていた。
今回、空間転移の阻害などはされていなかったため、すんなりと戻ることができた。
私は仮面と外套を外して、組織から支給されている魔法薬を棚から出す。
ひと瓶飲み干せば、折れていた肋骨や左腕の骨がめきめきと治っていく。
同時に、かなりの痛みが体に走る。
急速に治っていく肉体に、体が悲鳴を上げているのだ。
尤も、死ぬことはない。
飲みすぎなければちゃんとした薬だ。
まあ、向こう七日ほどは上位の魔法薬を使うことはできないが。
「……血で汚れちゃった。新しい服を申請しないと」
私は血で汚れた服を脱ぎ捨て、浴室で血を洗い流して、新しい服に着替える。
血で汚れた服は後程燃やして捨てよう。
『リーアーラー!今起きてる!てか起きて!!』
『お姉さまがすみません。少しお願いします』
そんなことを考えていたところ。
恐らくアステリアがソラハリアを連れて訪れてきた。
急いで汚れたものや仕事道具をしまって、対応する。
「……なに?」
如何にも疲れているという表情を前面に出して、不愛想に対応する。
これで帰ってくれればいいが。
「やばいよやばいよ、第十三迷宮で邪神眷属がでたってさ!!」
「それが?」
「だいぶ強いみたいでさ、近くにいた《鋼鉄城》《電磁砲》《火剣》が交戦しながら《英傑院》に向かってるってさ」
「……ここを戦場にするつもり?」
「ま、ここは一種の対邪神処刑場だからね」
そうか。
私も駆り出されるのだろうか。
休まる暇がない。
「お姉さま。リアラさんはとてもお疲れのようです。寮は安全ですし、休んでいただきましょう?」
「……気遣ってもらってごめんね、ソラちゃん。今ホント疲れちゃってて」
「ふぅん……今日の講義、そんな疲れた?」
「とっても。正直、雑談に付き合える感じじゃない」
「そ。じゃ、特別単位はボクがいただいちゃうよ?」
「ソラちゃんだけ置いて行って」
「ねえリアラってばボクの妹に執着しすぎじゃない?」
「私の妹な気がしてきた。黒髪だし」
「正気に戻って?」
そんなやり取りをしていると、ソラハリアがするりと私の部屋に入ってきた。
あ、ちょ、待ってほしい。
片づけはしたけども。
「お姉さまは勝手に行っててください。私はリアラさんと寝ます」
「エッ!?」
「……え?」
見事な手際でバタンと扉を閉められ、これまた見事な力運びでなすすべなく寝台に放り込まれる。
体格差など何もないと言わんばかりだ。
「お泊りです」
フンス、と意気軒高に言い放つソラハリア。
いったい何をしたいのだろう。
「リアラさん、隠していること、ありますよね」
「……ないよ?」
「ありますよね?」
「……」
「まあ、答えてくれないというのならば別に構いません。お姉さまも気付いていると思いますし」
「……」
どこでボロが出た?
どこで間違えた?
「私の今の仕事はリアラさんを寝かすことです。問答無用で眠ってください」
「しまっ!?」
動揺していたからだろうか。
疲れていたのもあっただろう。
ソラハリアが放つ睡眠魔法を、私は直に受けてしまった。
「普段から寝不足のようですので。深い眠りで疲れをいやしてください。私も寝ます。おやすみなさい」
薄れゆく意識の中、本当に眠り始めるソラハリアの姿を見て、少し、少しだけ。
私は安堵した。
・《迷宮》
やはりダンジョンか、いつ出発する?私も同行しよう。
英雄が対処しなきゃいけない戦場の一つ。
第十三迷宮とか本当にだるい。
まだ全容が見えてないどころか成長しやがる、ファッキュー。
・《組織》
秩序を守るために裏でダーティなことをやってるダークヒーロー組織。
神非公認、なんならキレてる。
福利厚生は厚い。
それはそれとして任務がハードなので殉職率は高い。
そんなところに物心ついた時から所属していて五体満足で生きてる主人公はエリートオブエリート。
手厚い福利厚生が札束を超えて六法全書。
・《邪神》と《眷属》
分類的には実は神ではないが便宜上邪神と呼ばれるクソつよモンスターの総称。
神々によって《裏世界》に放逐されているが、狂ったやつらが表世界に呼び出すことがある。
多くの眷属を抱えており、今回呼び出されたのはその中でも強い奴。