墜剣のリアラ   作:蓋然性生存戦略

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第四話:雷鳴

少し、眠り過ぎましたか。

体を起こして、隣を見ます。

 

「すぅ……すぅ……」

 

深く、深く眠る、リアラさんの姿。

普段は、ほとんどの人間を寄せ付けない、近寄りがたい空気を纏っているこの人ですが。

眠っている間だけは、無防備な柔らかい表情を晒しています。

 

ですが知っています。

時折顔が歪むのです。

苦痛を耐え忍ぶように、悪夢を見ているように。

 

すでに何度もお泊りをさせてもらっています。

だから知っています。

 

リアラさんは、傷付いています。

《英傑院》に来る、ずっとずっと前から。

それがどんな傷であるかは、私はまだ知りません。

ですが、助けなければと思うのです。

 

――ピシャァァァァァアン!!

 

リアラさんの顔を見ていたら、乾いた轟音が響きます。

外で雷鳴が轟いていますね。

音は少し遠いですが、お姉さまを筆頭に、英雄候補生の皆さんが張り切っているようです。

少し、羨ましいです。

私はまだ、実戦に赴くことを許されていませんから。

 

戦場を、私はまだ知りません。

 

お姉さまは、なんてことないように嬉々として飛び込みます。

嬉々として突撃する場所ではないとは、思うのですが……。

いえ、考えても仕方ありませんね。

 

「良い夢を」

「ぃかないで……」

 

長居してもよくないと思い、リアラさんを置いて部屋を出ようとした矢先。

リアラさんが、私の服の袖を掴みました。

きっと寝ぼけているのでしょう。

それでも。

 

何とも心細そうな声を、私は無視できませんでした。

 

「ここにいますよ」

 

私は、リアラさんの目が覚めるまで、ずっとそこにいました。

 

 

 


 

 

 

……随分と眠ってしまったようだ。

起き上がれば、近くにソラちゃんがいる。

 

「起きましたか。おはようございます」

「ソラちゃん、いきなり睡眠魔法を使うのはやめてね」

「ごめんなさい、眠れていなさそうだったので」

「それはありがとうね」

 

素直に謝って来たので、まあ、許そう。

まだまだ幼いのだ。

目くじらを立てても仕方がない。

 

「一応、何も見ていません」

「信じるよ」

 

多分、寝つきが悪かったのだろう。

ソラちゃんは良い子だから、傍にいてくれたのだと思う。

 

それはそれとして。

 

――ゴロゴロゴロゴロゴロ……

 

「雷近くない?」

「まだまだお姉さまが張り切っているようですね。かの邪神眷属は随分と手強いようです」

「……私も行った方がいいかな」

「大丈夫ですよ、きっと。お姉さまが強いことは、リアラさんが一番よく知っているでしょう?」

「まあ、そうだけど」

 

近くの空で雷鳴が鳴り響いている。

あの閃光には見覚えがある。

アステリアの雷撃魔法だ。

 

「相変わらず《雷霆(ケラウノス)》ぶっ放してるんだろうなあ」

「《雷槌(ムジョルニア)》かもしれませんよ」

「同じだよ」

 

アステリアの戦い方は、いたって単純だ。

遠距離から最大火力を叩きこんで、それを追うように高速で接近してゼロ距離で格闘戦を仕掛ける。

そこに技術は、あんまりない。

ただ圧倒的な速度と膂力を以て叩き伏せる、原始的な暴力だ。

 

故に、やはりあの邪神眷属は手強いのだろう。

アステリアの暴力を直に受けて、真っ当に立っていられる生物は、そう多くはない。

あの暴力は単純な攻撃の領域を超えている。

 

「……私にも、あんな力があればな」

 

思わずつぶやいてしまう。

羨望の眼で見てしまう。

 

もし、私が。

アレだけの力を、最初から持っていたのなら。

 

私は今、何をしていただろうか。

 

「――さん」

「……」

「リアラさん」

「ぁ……ごめん」

「もう少し眠りますか?」

「ううん、ごめん。心配かけたね。ご飯食べに行こうか」

「はい!」

 

少し、呆けていたようだ。

ソラちゃんに謝罪して、一緒に食堂へ出る。

曇天なので分かりにくいが、時間を見れば既に夕飯の時刻に差し掛かろうとしていた。

 

「今日の夕食は何が出るのでしょうね」

「献立とか決まってないのがワクワクするよね」

「はい。家でも食べたことがないようなものばかりで、同じ食事が出たためしもありませんし」

「すごいよね。天神様、料理上手だったなんて知らなかった」

「そうですね……人と距離が近しい神であることは知っていましたが、下界の営みにも詳しいようですし」

「きっと昔は、人と暮らしていたんだろうね」

「かもしれませんね」

 

話しながら、食堂へと着いた。

今日の夕飯は……スタミナラーメン定食?

また耳慣れない献立だ。

 

「ヘイラッシャ!!てんちゃん特製スタミナラーメン定食でぃ!!結構汁が散るから、慣れないうちは前掛けつけときな~?」

 

またしても厨房に立っている天神様。

 

暇なのだろうか。

暇なのだろう。

暇なんだな。

 

「はいそこ不敬~~。超忙しいから、暇とかないから。補給に帰ってくる可愛い英雄たちを出迎える準備で忙しいから」

 

ああ、なるほど。

だから具材を煮込んだ汁に茹でた麺を出しているのか。

すぐに食べれて栄養が取れるように。

 

「そろそろ第一陣が補給にくる、悪いけど雑談してる時間はないんだ、席に着きな!」

「わかりました。お仕事、頑張ってください」

「おうとも!グルメイト、メンマとチャーシュー足りてないよ!リソーサラー締め上げてきて!!」

『了解、了解!!』

 

厨房の喧騒を置いて、私たちは席で食べる。

今日の食器は……箸か。

少し使い慣れないが、問題はない。

ソラちゃんは扱えるだろうか。

 

「箸は苦手です……」

「練習する?」

「そうですね……」

「麺が伸びちゃうから、ほどほどにね」

「はい」

 

まあ、ソラちゃんは器用だ。

少し手ほどきをすれば、扱えるようになった。

私よりもうまい気がするのは気のせいだろうか。

気のせいだと思いたい。

 

「だっしゃらぁ!!てんちゃん、ご飯!!」

「あいよ、沢山食いねぇ!!今日はおかわり無料だよっ!!邪神眷属シバいてこい!!」

「っしゃあ!!」

「野郎ども掻っ込め!!」

「あのやろうしぶといんだよ!!」

「アステリアの《雷槌》何回くらってると思ってんだボケがよ!!」

 

ああ、食堂が騒がしくなってきた。

闘争本能で気が立っている英雄候補生や、現地に集まってきた英雄が次々とラーメンを口に運んでいく。

 

「あつっ、うま!止まらない!!」

「うまい!うまい!うまい!!」

「ところでアステリア何時間連続で戦ってる?」

「そろそろ5時間」

「誰か連れ戻せ」

「いかに《天雷狼》といえどそろそろ魔力がやばいだろ」

 

どうやら、アステリアは無茶をしているようだ。

私が赴くしかないだろう。

 

「ソラちゃんごめん、やっぱり行ってくるよ」

「仕方がないみたいですね。私はお留守番しています。えらいので」

「ありがとう。アステリアにお説教もお願いね」

「お任せください!」

 

私は部屋に愛剣を取りに行き、再びあの邪神眷属のもとへと向かう。

任務の時とは違う。

暗殺者ではなく、英雄として振舞うことが求められる。

ああ、それくらい、朝飯前だ。

 

「リアラ=イーディル、到着しました。戦況は?」

 

戦場は近くなっていた。

すぐさま到着し、指揮を執っているであろう者に状況を聞く。

 

「やや優勢、ってとこだ。ただ、《天雷狼》はそろそろ休ませたほうがいい」

「ですよね。連れ戻します。親友なので」

「ありがてぇ。そのまま交代してくれると助かるが」

「彼女ほどの活躍は期待しないでもらえると助かります」

「はは、そんな無茶は言わないさ」

 

私は最も雷光が激しい中央前線に向かう。

まったく、あの規模の攻撃を5時間も続けているとか、あきれるほどの魔力量だ。

それをもっと無駄なく行使できればな、と思わなくもないが。

 

「《破斬(ハザン)》!!」

 

アステリアに向かう攻撃。

それを剣閃ひとつで叩き落し、アステリアの前に出る。

 

「アステリア、交代」

「ちょ、リアラ!?まだやれるってボク!!」

「限界が来る前に一回休めって言ってんの。休憩が終わるまでは保たせるから」

「でもぉ」

「ソラちゃんが怒ってたわよ」

「うげ、帰ります……」

 

ソラちゃんを引き合いに出して、アステリアを撤退させる。

私は剣を邪神眷属に向け、気合を入れた。

先は負けた。

けどそれは一人だったからだ。

今は違う。

英雄や英雄候補生がいる。

全てが私に向かうわけではない。

ならやれる。

やって見せる。

 

「《破斬・百刃(ビャクジン)》!!」

 

私に大層な魔力はない。

私に大層な加護はない。

私に許されたのは、ただ墜とすことのみ。

 

『Quuuxoxoxooooooooooo!?』

「《破斬・毒静(ドクショウ)》!!」

 

百の刃と蝕む毒で追い詰める。

どのような存在であろうと関係がない。

そこに命があるのなら、私はその命を貶めよう。

 

「このまま終わっちゃうかもね。《破斬・(オキナ)》!!」

 

 

 

 


 

 

 

 

そのあと。

無事に討伐は終わった。

出現から討伐までに丸々2日かかる討伐だった。

1体相手に、急行した英雄や英雄候補生が100人以上いてこれなのだから、とんでもない大物である。

 

「つ~か~れ~た~!!」

「でしょうね」

「だから休んでくださいとあれほど言ったのです。今度から周囲の声をちゃんと聴いてくださいね、お姉さま」

「はい……」

 

私たちは臨時休講ということで、だらだらと過ごしている。

なぜか私の部屋で。

別に構わないが。

別に構わないのだが、なぜ私の部屋なのだろうか。

ソラちゃんがいるから許すが。

 

「リアラ~、なんかお菓子ない?」

「ないわよ。なんだと思ってるの私の部屋を」

「なんだかんだおいしいもの食べてるじゃん」

「食堂に行っておやつでも買ってくればいいでしょう」

「や~だ~、友達が持ってるお菓子が食べたい気分~~!!」

「どんな気分よ」

「お茶、おかわり入れておきますね」

「茶葉の場所とどく?」

「大丈夫です」

「ねぇ~~!!ソラとボクで対応が違いすぎる~~!!」

「当たり前では?」

「当然よね」

「ギャーース!!」

 

ちなみに、《英傑院》の候補生で最も活躍したのはアステリアだ。

やはり暴力、暴力は全てを解決する。

あの苛烈な雷撃の雨に、邪神眷属は随分と弱っていたらしい。

さもありなん。

並の大物なら100は軽く消し炭になっている。

弱るだけで済んでいるほうがおかしい。

なお、アステリアは休憩も挟んだのでぴんぴんしている。

さすがに疲れた様子ではあったが。

出撃時間が30時間を超えているのだから当たり前である。

睡眠はどうした、睡眠は。

 

「はぁ……あの棚に非常用のお菓子が入っているから、それでも食べてなさい」

「わーい」

 

まったく。

世話の焼ける親友だ。

まあ、非常食が取られるくらい大した問題ではない。

備蓄はすぐに補充でき……まって。

その棚には確か血で汚れた服を入れていたような。

 

「まっtt」

「……リアラ、これなぁに?」

「……えっと」

 

どうこたえようか……!?

やらかした……!!

 

「さ、先の討伐で汚れちゃって、捨てるの忘れてた、あははは……」

「ふぅん……随分と血が乾いてるみたいだけど」

「そんなもんじゃない?」

「あと、少なくともこんな大怪我は負ってなかったはずだよね、この服で」

「うぐ……」

「さすがに看過できないかなあ……吐いて?」

「お姉さま、威圧的ですよ」

「うるさいやい」

 

ど、どうしよう……!?

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