少し、眠り過ぎましたか。
体を起こして、隣を見ます。
「すぅ……すぅ……」
深く、深く眠る、リアラさんの姿。
普段は、ほとんどの人間を寄せ付けない、近寄りがたい空気を纏っているこの人ですが。
眠っている間だけは、無防備な柔らかい表情を晒しています。
ですが知っています。
時折顔が歪むのです。
苦痛を耐え忍ぶように、悪夢を見ているように。
すでに何度もお泊りをさせてもらっています。
だから知っています。
リアラさんは、傷付いています。
《英傑院》に来る、ずっとずっと前から。
それがどんな傷であるかは、私はまだ知りません。
ですが、助けなければと思うのです。
――ピシャァァァァァアン!!
リアラさんの顔を見ていたら、乾いた轟音が響きます。
外で雷鳴が轟いていますね。
音は少し遠いですが、お姉さまを筆頭に、英雄候補生の皆さんが張り切っているようです。
少し、羨ましいです。
私はまだ、実戦に赴くことを許されていませんから。
戦場を、私はまだ知りません。
お姉さまは、なんてことないように嬉々として飛び込みます。
嬉々として突撃する場所ではないとは、思うのですが……。
いえ、考えても仕方ありませんね。
「良い夢を」
「ぃかないで……」
長居してもよくないと思い、リアラさんを置いて部屋を出ようとした矢先。
リアラさんが、私の服の袖を掴みました。
きっと寝ぼけているのでしょう。
それでも。
何とも心細そうな声を、私は無視できませんでした。
「ここにいますよ」
私は、リアラさんの目が覚めるまで、ずっとそこにいました。
……随分と眠ってしまったようだ。
起き上がれば、近くにソラちゃんがいる。
「起きましたか。おはようございます」
「ソラちゃん、いきなり睡眠魔法を使うのはやめてね」
「ごめんなさい、眠れていなさそうだったので」
「それはありがとうね」
素直に謝って来たので、まあ、許そう。
まだまだ幼いのだ。
目くじらを立てても仕方がない。
「一応、何も見ていません」
「信じるよ」
多分、寝つきが悪かったのだろう。
ソラちゃんは良い子だから、傍にいてくれたのだと思う。
それはそれとして。
――ゴロゴロゴロゴロゴロ……
「雷近くない?」
「まだまだお姉さまが張り切っているようですね。かの邪神眷属は随分と手強いようです」
「……私も行った方がいいかな」
「大丈夫ですよ、きっと。お姉さまが強いことは、リアラさんが一番よく知っているでしょう?」
「まあ、そうだけど」
近くの空で雷鳴が鳴り響いている。
あの閃光には見覚えがある。
アステリアの雷撃魔法だ。
「相変わらず《
「《
「同じだよ」
アステリアの戦い方は、いたって単純だ。
遠距離から最大火力を叩きこんで、それを追うように高速で接近してゼロ距離で格闘戦を仕掛ける。
そこに技術は、あんまりない。
ただ圧倒的な速度と膂力を以て叩き伏せる、原始的な暴力だ。
故に、やはりあの邪神眷属は手強いのだろう。
アステリアの暴力を直に受けて、真っ当に立っていられる生物は、そう多くはない。
あの暴力は単純な攻撃の領域を超えている。
「……私にも、あんな力があればな」
思わずつぶやいてしまう。
羨望の眼で見てしまう。
もし、私が。
アレだけの力を、最初から持っていたのなら。
私は今、何をしていただろうか。
「――さん」
「……」
「リアラさん」
「ぁ……ごめん」
「もう少し眠りますか?」
「ううん、ごめん。心配かけたね。ご飯食べに行こうか」
「はい!」
少し、呆けていたようだ。
ソラちゃんに謝罪して、一緒に食堂へ出る。
曇天なので分かりにくいが、時間を見れば既に夕飯の時刻に差し掛かろうとしていた。
「今日の夕食は何が出るのでしょうね」
「献立とか決まってないのがワクワクするよね」
「はい。家でも食べたことがないようなものばかりで、同じ食事が出たためしもありませんし」
「すごいよね。天神様、料理上手だったなんて知らなかった」
「そうですね……人と距離が近しい神であることは知っていましたが、下界の営みにも詳しいようですし」
「きっと昔は、人と暮らしていたんだろうね」
「かもしれませんね」
話しながら、食堂へと着いた。
今日の夕飯は……スタミナラーメン定食?
また耳慣れない献立だ。
「ヘイラッシャ!!てんちゃん特製スタミナラーメン定食でぃ!!結構汁が散るから、慣れないうちは前掛けつけときな~?」
またしても厨房に立っている天神様。
暇なのだろうか。
暇なのだろう。
暇なんだな。
「はいそこ不敬~~。超忙しいから、暇とかないから。補給に帰ってくる可愛い英雄たちを出迎える準備で忙しいから」
ああ、なるほど。
だから具材を煮込んだ汁に茹でた麺を出しているのか。
すぐに食べれて栄養が取れるように。
「そろそろ第一陣が補給にくる、悪いけど雑談してる時間はないんだ、席に着きな!」
「わかりました。お仕事、頑張ってください」
「おうとも!グルメイト、メンマとチャーシュー足りてないよ!リソーサラー締め上げてきて!!」
『了解、了解!!』
厨房の喧騒を置いて、私たちは席で食べる。
今日の食器は……箸か。
少し使い慣れないが、問題はない。
ソラちゃんは扱えるだろうか。
「箸は苦手です……」
「練習する?」
「そうですね……」
「麺が伸びちゃうから、ほどほどにね」
「はい」
まあ、ソラちゃんは器用だ。
少し手ほどきをすれば、扱えるようになった。
私よりもうまい気がするのは気のせいだろうか。
気のせいだと思いたい。
「だっしゃらぁ!!てんちゃん、ご飯!!」
「あいよ、沢山食いねぇ!!今日はおかわり無料だよっ!!邪神眷属シバいてこい!!」
「っしゃあ!!」
「野郎ども掻っ込め!!」
「あのやろうしぶといんだよ!!」
「アステリアの《雷槌》何回くらってると思ってんだボケがよ!!」
ああ、食堂が騒がしくなってきた。
闘争本能で気が立っている英雄候補生や、現地に集まってきた英雄が次々とラーメンを口に運んでいく。
「あつっ、うま!止まらない!!」
「うまい!うまい!うまい!!」
「ところでアステリア何時間連続で戦ってる?」
「そろそろ5時間」
「誰か連れ戻せ」
「いかに《天雷狼》といえどそろそろ魔力がやばいだろ」
どうやら、アステリアは無茶をしているようだ。
私が赴くしかないだろう。
「ソラちゃんごめん、やっぱり行ってくるよ」
「仕方がないみたいですね。私はお留守番しています。えらいので」
「ありがとう。アステリアにお説教もお願いね」
「お任せください!」
私は部屋に愛剣を取りに行き、再びあの邪神眷属のもとへと向かう。
任務の時とは違う。
暗殺者ではなく、英雄として振舞うことが求められる。
ああ、それくらい、朝飯前だ。
「リアラ=イーディル、到着しました。戦況は?」
戦場は近くなっていた。
すぐさま到着し、指揮を執っているであろう者に状況を聞く。
「やや優勢、ってとこだ。ただ、《天雷狼》はそろそろ休ませたほうがいい」
「ですよね。連れ戻します。親友なので」
「ありがてぇ。そのまま交代してくれると助かるが」
「彼女ほどの活躍は期待しないでもらえると助かります」
「はは、そんな無茶は言わないさ」
私は最も雷光が激しい中央前線に向かう。
まったく、あの規模の攻撃を5時間も続けているとか、あきれるほどの魔力量だ。
それをもっと無駄なく行使できればな、と思わなくもないが。
「《
アステリアに向かう攻撃。
それを剣閃ひとつで叩き落し、アステリアの前に出る。
「アステリア、交代」
「ちょ、リアラ!?まだやれるってボク!!」
「限界が来る前に一回休めって言ってんの。休憩が終わるまでは保たせるから」
「でもぉ」
「ソラちゃんが怒ってたわよ」
「うげ、帰ります……」
ソラちゃんを引き合いに出して、アステリアを撤退させる。
私は剣を邪神眷属に向け、気合を入れた。
先は負けた。
けどそれは一人だったからだ。
今は違う。
英雄や英雄候補生がいる。
全てが私に向かうわけではない。
ならやれる。
やって見せる。
「《破斬・
私に大層な魔力はない。
私に大層な加護はない。
私に許されたのは、ただ墜とすことのみ。
『Quuuxoxoxooooooooooo!?』
「《破斬・
百の刃と蝕む毒で追い詰める。
どのような存在であろうと関係がない。
そこに命があるのなら、私はその命を貶めよう。
「このまま終わっちゃうかもね。《破斬・
そのあと。
無事に討伐は終わった。
出現から討伐までに丸々2日かかる討伐だった。
1体相手に、急行した英雄や英雄候補生が100人以上いてこれなのだから、とんでもない大物である。
「つ~か~れ~た~!!」
「でしょうね」
「だから休んでくださいとあれほど言ったのです。今度から周囲の声をちゃんと聴いてくださいね、お姉さま」
「はい……」
私たちは臨時休講ということで、だらだらと過ごしている。
なぜか私の部屋で。
別に構わないが。
別に構わないのだが、なぜ私の部屋なのだろうか。
ソラちゃんがいるから許すが。
「リアラ~、なんかお菓子ない?」
「ないわよ。なんだと思ってるの私の部屋を」
「なんだかんだおいしいもの食べてるじゃん」
「食堂に行っておやつでも買ってくればいいでしょう」
「や~だ~、友達が持ってるお菓子が食べたい気分~~!!」
「どんな気分よ」
「お茶、おかわり入れておきますね」
「茶葉の場所とどく?」
「大丈夫です」
「ねぇ~~!!ソラとボクで対応が違いすぎる~~!!」
「当たり前では?」
「当然よね」
「ギャーース!!」
ちなみに、《英傑院》の候補生で最も活躍したのはアステリアだ。
やはり暴力、暴力は全てを解決する。
あの苛烈な雷撃の雨に、邪神眷属は随分と弱っていたらしい。
さもありなん。
並の大物なら100は軽く消し炭になっている。
弱るだけで済んでいるほうがおかしい。
なお、アステリアは休憩も挟んだのでぴんぴんしている。
さすがに疲れた様子ではあったが。
出撃時間が30時間を超えているのだから当たり前である。
睡眠はどうした、睡眠は。
「はぁ……あの棚に非常用のお菓子が入っているから、それでも食べてなさい」
「わーい」
まったく。
世話の焼ける親友だ。
まあ、非常食が取られるくらい大した問題ではない。
備蓄はすぐに補充でき……まって。
その棚には確か血で汚れた服を入れていたような。
「まっtt」
「……リアラ、これなぁに?」
「……えっと」
どうこたえようか……!?
やらかした……!!
「さ、先の討伐で汚れちゃって、捨てるの忘れてた、あははは……」
「ふぅん……随分と血が乾いてるみたいだけど」
「そんなもんじゃない?」
「あと、少なくともこんな大怪我は負ってなかったはずだよね、この服で」
「うぐ……」
「さすがに看過できないかなあ……吐いて?」
「お姉さま、威圧的ですよ」
「うるさいやい」
ど、どうしよう……!?